第47話 寺田さんの心の声は……
その日、寺田鉄製品製作所のまとめ役であり、同時に社長の立場(本人はガラじゃないと言っている)でもある寺田博文の機嫌は悪かった。
元々、大手の金属加工会社に入社し、新人でありながらどんどん技術をモノにして、20代前半でありながら先輩からも頼りにされるほどの腕を手に入れた。
金属加工に興味があったのでその門を叩いた寺田だったが、どうやら自分にはそっち方面の才能が飛び抜けてあったようなのだ。
最初の頃からスポンジのように技術を吸収して周囲からも頼られるようになったことで、寺田は将来は安泰だと思っていた。
実際そのままであれば、現実になっていただろう。
状況が変わったのは寺田がちょうど29歳になった頃だ。
その年齢になってくると自分の仕事に誇りを持つようになり、金属加工のノウハウも完全にモノにしたことで自信を持って職人を名乗れるまでになっていた。
だが、その年に会社の社長が病気で亡くなった。
代わりに社長のイスについたのは前社長の息子だったのだが、非常に寺田との相性が悪かったのだ。
前社長が人格者で社員と仕事へのこだわりを第一に考えてたのに対し、新社長は儲けと事業の拡大のことしか頭になかった。
寺田は新社長と言い争いになり、自分から会社を辞めた。
そこからは溜まりに溜まった今までの給料の余りで土地を買い、“誇りを持って仕事をする”を理念に『寺田鉄製品製作所』を新たに建てた。
幸いにも、会社を辞めた直後に訪れた相談所で現在の社員であり、仲間でもある栗原哲郎と田中幸雄の2人と出会うことによって、すぐに動き出すことができた。
もちろん最初は“大変”では済まされないほどいろいろとあったわけだが、職人レベルの実力を持つ寺田と最初は素人だったがやる気だけは人一倍ある2人が揃っていたのだ。設立から2、3年も経つ頃には軌道に乗った。
今では栗原(35歳・小太り・独身)と田中(34歳・ガリガリ・独身)の2人は、他の金属加工会社に行っても即戦力になる腕前である。
ここで最初に戻る。その日、寺田は機嫌が悪かった。
いつものように仕事をして昼飯を食べていた頃、1本の電話が掛かってきた。
相手は例の社長。不機嫌になりながらも、もう10年近く経っているのだからマジメな仕事の話なら聞こうとしたのだが……
「クソッ! 全然イライラが収まんねえ。何が『うちの会社に他の2人共々戻ってこないか?』だ。あの恥知らずが!」
同じ金属加工の会社なので噂には聞いていた。
案の定、寺田が辞めてからの10年間で経営難に陥っていたらしい。
寺田以降も今まで働いていた腕に自慢を持つ社員が何人も辞めていき、無理な事業の拡大で金がどんどん逃げていったと。
よくもまあ10年間もったという話だが、元々大手企業だったのだ。溜まっていた金やコネで誤魔化してきたのだろうが限界が来た、ということだろう。
ハッキリ言って「ざまあみろ」という気持ちは強いが、仮にも自分が初めて勤めた会社を台無しにしてくれたことに対する怒りの方が強かった。
前社長が存命の頃は、楽しい思い出ばかりだったのだ。
どうして、前社長からあんなボンクラ息子ができるのか不思議で仕方ない。
と、そんな時、栗原の声が聞こえてきた。
「寺田さーん」
「ん? どうした栗原? 仕事なら田中が仕上げしているので今日は最後だぞ? 何か他に用事でもあるのか?」
「実は俊くんが友達と一緒に来まして。随分真剣な表情で『大事な話があるので、仕事が終わり次第3人で聞いてほしいことが』って」
「あぁん? 俊がか? アイツ友達なんていたのか?」
寺田、俊に対して地味に酷い言いようである。
麻倉俊。2年程前に知り合ってから、たまに金属加工の様子などを見に来る変わった――いや、寺田からしても随分と変な子供だ。
ある日、外で休憩がてらタバコを吸っていると急に声を掛けられた。
振り返れば、まだ小学校に入学したてではないかと思うぐらい幼い子供がいたのだ。今でもその時のことはよく覚えている。
簡単に話しただけでも、随分大人びた子供だと思ったものだ。
しかも、金属加工の工程を見学させてほしいのだという。
もちろん寺田は当初、若干言葉使いこそ悪かったが「子供を工場の中に入れることはできない」と言って、帰らせようとした。
寺田がその子供ぐらいの年の頃など、周囲の子供も含めて全員じっとしていられない。金属加工に使う機械や道具などの危ない物だってあるのだ。興味があると言うならなおさら。万一ケガでもされては問題になってしまう。
しかし……気付けば見学を許可していた。
以前テレビで見た手品を見せられてキョトンとする動物のような顔をしていたと、後に俊は語った。
約束してしまった以上は仕方ないと細心の注意を払いつつ、見学させた。
すると、言われた通りその場から勝手に動こうとせず作業を見ているではないか。しかも途中でちょっとした質問もしてくる。
寺田には俊が見た目通りの子供とは思えなかった。
そんなこんなで2年も経った今では他の2人も合わせて、愛着を持たれている俊。加工の工程などの話を真剣に聞いてくれるので、たまに訪れた時は3人ともテンションが上がり、作業の出来やスピードも1段上がっていたりする。
そんな俊が友達を連れてマジメな話?
自分たち3人に対して何を話したいというのか。2年間見てきた俊の性格からして、くだらない話ではないはずだ。
「……分かった。今行くから、田中にもこのこと伝えてこい」
くだらないにも程があった。
どうにかイラつきを抑えるので精一杯である。
「はあ~~~……あのなー俊。一体何の冗談なんだ? そこの4人に罰ゲームで言わされているだけなのか? 魔術とかあるわけないだろうが」
最初は簡単な挨拶から始まった話し合い。俊の友達とあって、他の4人も礼儀正しい子供だった。だが、真剣な表情の俊の口から出て来たのは、非常に疲れてしまうほど意味の分からないこと。
異世界、転生、魔術、『アンノウン』……どれも信じられないことばかりだ。
「あるわけない」、「くだらない」と言った言葉が出るたびに、ポニーテールの女の子から殺気のようなものを感じたが気のせいだろう。
「あのオッサン……燃やす」などと、物騒極まりないことを瞳孔の開いた目で言っているのが聞こえても、気のせいだっと言ったら気のせいだ!
「とにかくな、魔術がどうこう言うんだったら、見せて見ろってんだ。バカなこと言うだけなら今日のところはもう帰って――」
「『魔力玉』」
「『着火』」
――寝ていろ。と、寺田はそう言いたかったができない。
俊の手にトリックでは説明できない謎の球体が出現した。
俊は「どうだ」とばかりに、口元を挑戦的に上げる。
ポニーテールの女の子の5本の指全部から火が出ていた。
さっきの言葉は冗談ではないかもしれない!
寺田が両隣を見れば、ありえない現象を前に自分と同じように信じられないといった表情だったはずの栗原と田中の口がバカみたいに開いている。
そのまま顎が外れそうなレベルだ。
まずは自分が何か言わなければ次に進めない。寺田は焦る気持ちを無理やり抑え、何とか口を開いた。
「なんだよそれ! 本物の魔術なのか!? 今まで内緒だったなんざ水臭いじゃないか! 他にはどんなことできるんだ?」
「「……寺田さん、心の中で言っている言葉と実際に口から出ている言葉が逆になってますよ?」」
寺田と10年近い付き合いの栗原と田中、自分たちの尊敬している人の何とも言えない様に、冷静にツッコミを入れるのであった。
実はすぐ近くに座っていた俊にも椿の呟きが聞こえ、『念話』で「椿いいいいいい!! 早まるな! 落ち着けええええええええ!!」と椿に言い続けてました。
次回、『錬金術と植物の(魔術的)品種改良』




