第3話 地球の日本という場所
現状確認回です。
「シューン♪ 何のアニメ見ているのー?」
「わ!? 母さん! いきなり後ろから抱き着かないでよ。ビックリするなもう」
「ごめんごめん。……ふーん、変形するロボットものか~。お母さんアニメには詳しくないけど、アニメ創っている人ってよくこんなの思いつくわよね。おもちゃも人気なんでしょ? 俊は何か欲しいのある? 今なら退院祝いに少し高めのでも買ってあげるわよ?」
「いや、いいってば。ちょっと興味があって見ていただけだから。それと、そろそろ離れない? ちょっと恥ずかしいっていうか……」
「う~~~、最近息子と少し距離を感じる。前はもっと抱き着いてきたのに~」
俊が退院してから、今日で1週間が過ぎた。
この1週間で魔術にしても、知識の補充にしてもできる限りのことはした。
やらなければならないことが多すぎるうえに、テレビや本などから得たこの世界の情報が予想以上に凄まじく、3日目には知恵熱が出てしまったが。
そして取り乱すのは俊にとって今世の母親である麻倉陽子だ。
ただでさえ謎の激痛によって病院に運ばれて入院していたというのに、退院3日目で突如熱を出してしまったのだから大変である。
詳しい出来事は置いておくが「もう本当に迷惑かけて申し訳ない」と謝罪したかった。実際にそんな謝罪を3歳の子供がしようものなら、別の問題が出てくるが。
そんなこんなで、1週間は家の中で安静にすることを約束された。「指切りげんまん」というこちらの世界独自の約束事の形で小指同士を繋いだ時は、人同士の触れ合いによる温かさを感じたものだ。
……その後の「嘘ついたら針千本飲―ます♪」の部分で一気に冷汗が出て、指を切られる前に前世の記憶を思い出してから初めて全力で逃げたが。
――何だあの約束!? 何て怖ろしい文化を持つ世界なんだ!?
笑顔でとんでもないことを言い出した母親から逃げた先で躓き、床に顔面を強打するハメになってしまったのには失敗した。
そして追いついた母親が取り乱して――以下略。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いろいろなことを決めた翌日に俊が最初にしたのは、必殺「ね~ママ~、アレな~に~?」だ。そんな必殺技があってたまるか、というツッコミは無視する。
ようは子供っぽい仕方でする質問タイムだ。
いきなり3歳の子どもが「世界についてのありとあらゆる情報が必要なため、可能な限りの情報を教えてくだされ母上!」などと言えば、怪しさが限界突破すぎる。
ついでに、なぜに武士風? というツッコミも無視する。
不自然にならないよう1つ1つは何気ないことを、たまに本当に知りたい情報を聞き出したことで最初の一歩を踏み出すことができた。
テレビの存在もかなり役立った。
前世の世界エヴァーランドでも遠くで起こった出来事を別の場所にいる相手へ伝える魔術具はあったが、所有しているのは大抵が貴族である。
それに比べて、このテレビは家にいながら世界中の出来事を見ることができるのだ。そういうのを紹介しているニュースはいつの時間帯でも放送しているわけではないものの、別の番組を見ても様々な情報を知ることができた。
エヴァーランドでテレビを――同じのは無理でも似た魔術具が一家に一台あれば、それだけでどれほどの影響が出てくるのか想像できない。
ぶっちゃけ、『カルチャーショック』とやらの状態だ。
母親への質問・テレビ・家の中にある本などから現在自分が住んでいる国、日本についても知ることができた。どうやら日本は世界的にも『良い』国らしい。
『良い』という言葉の中には、四季があり極端な気候の場所が北海道と沖縄の方面ぐらいであるということ。文化水準が高いこと。宗教上の差別が表立って無いこと。国民全員が教育を受ける義務があり、教養があること。各国と比べた際の犯罪数や国民性。そして世界中から人や物、文化が入ってくる土壌があることなどが入っている。
右も左もほとんど分からない世界で、トップクラスに何をするにしても動きやすそうな国に生まれたことにはほっとした。
一歩外に出れば盗みにあったり、地中に埋まった地雷という危険物がある国に転生した日には、いるかも分からない神を呪うところだ。
エヴァーランドには神が複数実在する。
実際に地上にいてアレコレ命令をする訳ではないが確かに存在し、それぞれが司るモノによって人々から信仰される。
アレンの頃は特にこれと言って神を信仰したことは無い。が、どうも地球の神はエヴァーランドの倍以上の数がいるとされていながら、実際には存在しないらしい。それぞれの国で崇めている神が違ううえに、あくまでも大昔から崇められ人々の教えや生きるための理由になっているだけだ。それが俊には不思議で仕方がない。
エヴァーランドのように信仰している人たちのために僅かながらも目に見える形で力を貸したり、熱心に神を崇めている魔術師だけが後天的にも使えるようになる魔術の力の源になるわけでもない。
母親も人が昔から神を信仰しているのは当然のように知っているが、神の存在自体はそんなの現実にいるわけないと否定している。
そしてテレビを見て驚いた事実の1つが貴族や王族のことだ。
今でもその血筋の人物はいるみたいだし、国によって扱い方にも差があるようだが(国が大小合わせて200近く存在するのを知って、飲んでいたジュースを噴き出した)、エヴァーランドで疑問にも思っていなかった王政がとっくの昔に廃れ、立候補した政治家という職業の人たちの中から、国民が今後数年に渡って自分たちを導いていく国の代表を選挙で決めるやり方には、俊の思考を数秒間停止させた。
エヴァーランドに近い貴族・王族の在り方は、もう何百年も昔のことだった。
時代の流れで自然と無くなっていった場合はともかく、国民が貴族のやり方に反発して革命が起こったことで、国民側が勝利して国を治めるようになったという歴史をテレビで紹介していた時など、「はいっ!?」と大きな声で驚いたものだ。
エヴァーランドでもその昔、革命が起こった国が無いわけではないが、平民が貴族に勝利することなどほとんどの場合でありえない。
平民側にも魔術師はいるだろうし数も貴族より多いのだろうが、貴族は全員が魔術師なのだ。それも国の危機とあれば率先して戦場に出ることが義務づけられている人が半数以上おり、何の前振りも無く奇襲された場合を除けば、何度も戦いを経験して状況に合わせ様々な魔術を使える貴族側が負ける要素は無い。
――そう、魔術があれば負けなかった。
神のこと王族や貴族のことと、俊にとって驚いてしまうことばかりの世界、それが地球であった。しかし、一番の衝撃は……
「事前にある程度予測していたとはいえ、本当に魔術どころかそれに類するモノすらないとか……」
この世界には魔術が無い。
それが事実であり、全てであり、真実だった。
魔術・魔法・呪術・奇跡など呼び方はいくつかあるが、そう言ったものは物語だけの話であり、実際に使える人は1人もいないのだ。
占いや手品など、それっぽいものはある。
しかし、占いはイマイチ本当かどうか判別することができず、手品とは種も仕掛けもあるものだ。
物が消える手品など、未成年の『空間魔術』の使い手が路上パフォーマンスの一環で平民相手に見せて、小遣い稼ぎをしているのを見たことがある。しかし、テレビに出ていたマジシャンによると納得できるトリックによるもので、魔術ではなかった。
占いに関しては昨日の時点で信じないことにした。
天気予報を伝えていた若い女性が今日のあなたの運勢とやらを勝手に占いだしたのだ。俊の星座に当てはまるその日の運勢はザ・普通。「お外を歩くといいことあるかも」って外歩けないんだよ! しかも「かも」ってなんだ! ラッキーアイテムはオシャレな靴? 踏むと音が鳴る子ども靴なら持ってますが何か! ラッキーカラーはピンク? そんなの1つもねーよ!! とそんな感じだったのである。
2回目となるが、この世界には魔術が無い。
発動に必要な魔力すら存在しない。つまり、魔術師はいない。
――俊を除いて。
今はまだ初歩の魔術すら使えないが、そう遠くない内に使えるようになる。
しかし、使えるようになったとしてどうするべきか?
バレたら確実に大ごとになる。
「本当にどうしよう?」
前世との違いがありすぎて知恵熱が出た俊。
退院してすぐに謎の熱を出した息子に慌てる母。
魔術が無い世界で今後どう魔術を使うかという課題が出来ました。
次回、ついに幼馴染の登場です。




