第44話 これからに向けて
「エヴァーランドの国々は文化やら考え方に多少の違いこそあるが、大昔みたいに『自分の国以外全部敵だ!』みたいのがほとんど無かったのが幸いだったな。『アンノウン』による事件や被害が徐々に増え始めてから本格的に協力し合って、連絡手段の確保や騎士・魔術師の強化計画、それぞれの国での合同演習の実施。万一のための平民・貧民も含めた避難訓練……とにかく、やれることはやるだけやった。そのおかげで、被害は最小限で済んでいる」
逆に言えば協力的ではなかった数少ない国――『自分の国以外全部敵だ!』という考え方をしている国の状況は悲惨だった。
元々後先考えず領土拡大やら資源目的で戦争を仕掛けている所だ。
ぶっちゃけ、上層部は協調性や譲歩という言葉を母親のお腹の中に置いてきたような連中ばかり。基本的に自分の身の安全が最優先なのである。
で、当然のごとく被害を受けるのは下の者たち。
無茶な命令でどんどん命が散っていく。
下の者たちが減れば、それだけ攻防で動かせる者も減る。
結果、約100年という長いように思えて短い時間の中で、協力関係を築かなかった小国が2つほど地図から消えるハメになった。
その原因が『アンノウン』である以上、尻拭いをするのは協力関係を築いている国々。全くもって、いい迷惑である。
情報が少ない場所へ連合軍を派遣しようと思えば、装備・食料・金が大量に必要となり、敵や地形の情報を集めるのにも時間が掛かる。
さらに滅んだ国の領土を自分たちのモノにしようと、余計な横槍を入れてくる愚か者の存在も政治的に無視できない。
ついでに、生き延びた平民の一部がいろいろハッちゃけて頭をおかしくした結果、現れてしまうのが世紀末覇者。
彼らを見た者たちのほとんどが、こう言うという。
――一体何があってそうなったの君ら? と。
「憑り付かれた魔獣が強力な個体だったり、事件が起こった時の規模が大きい程、倒されて出て来た『アンノウン』の姿が具体的になるんだ」
大悟と菜々美が見た『アンノウン』は黒い煙のような姿をしていたが、俊が今までに見た『アンノウン』には様々な姿があった。
黒い煙がもう少し物質的になった状態で、大きな単眼があるタイプ。蝶々のような形のタイプ。角や爪らしきものがあるタイプ。
煙の塊というよりも物体に黒い煙が纏わり付いているような状態で、悪魔のようなタイプ。天秤のようなタイプ。台所に出没する黒いアンチクショウのタイプ。
「これらを区別するために、『下級アンノウン』『中級アンノウン』『上級アンノウン』の3つに区別した。オマエらが会ったのは『下級アンノウン』だけだ」
本来の俊であれば狂暴化した河童もゴミの化け物も秒殺できたが、残念ながら今の俊には力も武器も道具も揃っていない。
そのせいか、2つの戦いではどちらも苦戦を強いられることとなったため、4人には実際以上に『下級アンノウン』が強く思えるのだろう。
「でもよ、オレや菜々美も一緒だったのに……」
「こういうこと言うのはどうかと思うけどさ、本格的に魔術の修行し始めて1ヵ月程度しかたってなかったんだぞ? ど素人もいいところじゃないか。それに相性の問題や周りの状況もある。むしろ初めての実戦にしてはいい方だったって。オレが保障する」
ゴミの化け物との戦いで今の椿が火力要員としていても、結果は変わらなかっただろう。
椿の得意魔術は『火属性魔術』だ。そう、“火”なのだ。
あの場所で強力な『火属性魔術』を使おうものなら、ゴミの化け物は倒せたかもしれないが、ゴミに火が引火して大惨事になってしまう。
下手をしたら自分たちまで巻き込まれる。
結論として、椿に魔術を使わせることができなかったのである。
本格的な戦いになるなら、周りに被害を出して大丈夫かどうか。自分の魔術が逆に足を引っ張らないか。そこまで考える必要が出てくる。
ゲームのように「街中でモンスターが現れた! 高火力の攻撃! モンスターは倒された」とは現実的にいかないのだ。
「そもそも、その『アンノウン』って何が目的なのよ?」
「捕食ではない。……人殺し?」
「それがなー、分からないんだよ。いやマジで。これも当然のことなんだが、『アンノウン』が何なのか? 目的があって行動しているのか? 一体どこから現れたのか? 本能で生きているのか? 下級や上級で思考に違いがあるのか? ……100年近く経ってもなーんも手掛かり無し。根本的な解決策が無いから魔術が使える貴族もどんどん減ってきた」
俊――アレンが生まれる10年程前には目に見えて貴族が減ってきていた。
国の命令に従ってくれる魔術が使える者が減ってくると、軍事関係にかなり影響が出て来る。強力な魔獣や何が出るか分からないビックリ箱のような『アンノウン』への対策として、少しでも多くの、そして様々な種類の魔術師が国としては必要だった。
そこで投入された新制度が、“才のある魔術師であれば平民でも積極的に貴族にすることができる”というものだ。
アレンもこの制度で貴族になった。
アレンが貴族となった頃には平民出身の貴族やその家系の貴族がそれなりに多くいたので、割と素直に受け入れられた。
初期は……いろいろと大変だったらしい。
それこそ、王様が直接動いたりしたそう。
「で、最初の目的に戻るわけだけど、『アンノウン』はエヴァーランドに突如として現れたイレギュラーな存在だった。それが、何故かこの世界にもいた。魔術師や魔獣の存在が人々に認知されてたエヴァーランドと違って、この世界では一般的に魔獣に当たる存在がいないし、魔法や魔術と言われるものが空想の中だけの話になっている」
――だが、それが問題になる。
「突然自分たちの常識から大きく外れた存在が暴れ出した時、人々は冷静でいられるか? 答えは否だ。特に『アンノウン』なんて、いつ・どこで・どんな姿で現れるのか予想できない。さらに『上級アンノウン』や『中級アンノウン』でも上の方が相手になると、近接武器が効かない、遠距離物理攻撃が弾かれる、なんて特性を持ったのまで出ることがあるんだ。この世界の主流となっている武器は銃だろ? 『下級アンノウン』までなら何とかなりそうだけど、それより上は難しい」
協力関係を築いた国々の間では頻繁に『アンノウン』に関する情報を集め、分析し、それぞれの国で情報を共有した。
そうしてくると、こちらからの攻撃に対して耐性を持つ個体も存在することが分かって来た。
近接武器が効かないほど身体が硬い『アンノウン』が相手の時は、盾役が足止めしている間に遠距離から魔術師たちが攻撃する。
弓や『地属性魔術』『氷属性魔術』による遠距離からの物理的な質量を持った攻撃を反らしたり弾き返す『アンノウン』が相手の時は、優れた指揮官からの指示の元、攻撃する者と下がらせる者のタイミングを把握しながら騎士と魔術師の役割をうまく活用した。
最悪だったのが、先程とは逆に物理的な質量を持っていない魔術による攻撃を無効化する類だ。100年近い『アンノウン』との戦いの歴史で2回しか確認されていないが、相当数の被害が出たという。
「そんな『アンノウン』と2回もオレたちは会っている。運が悪かったと言えばそれまでだけど、本格的に世間が『アンノウン』による被害を受ける前に、“魔術”の存在を世間に認知させ、万一の時にすぐ動けるようにしたいんだ」
謎の力を持った知らない者が突然「自分は味方です。奴らを倒すのに協力します。そちらも自分にご協力ください」とか警察や政治家に言ったとして素直に受け入れられるわけがない。すぐに「署までご同行願おうか」と言われるのがオチだ。
しかし、事前にある程度でも謎の力のことを知っていたら? 少なくとも悪人ではないと思わせることができれば?
反応は違ってくるだろう。
「たぶん、世界中でアンノウンによる事件が他にも起きている。世間に知られていないのは、暴れているのがまだ『下級アンノウン』ばかりで何とか対処できているからだ。でも上級が出ればそうはいかない……」
「待ちなさいよ! それって一部の人間はもう『アンノウン』の存在を知っているの? 何で世間に公表しないのよ!?」
「情報不足や混乱回避もあるだろうけど、詳しいことは分からん。どの道、今から準備しておかないと間に合わなくなる。どうやって、できる限り荒波を立てずに世間に魔術があると認識させるかが問題だったんだが……ヒーロー活動ってのは分かりやすくて持ってこいじゃないか」
次回、『これからに向けての準備』




