第41話 決意の日
あれから3日。
屋上には俊を含め、大悟・菜々美・音子・椿の姿があった。
朝、教室で会った時も“この時”までは何も話さない方がいいと互いに分かっていたので、今日は「おはよう」以外口をきいていない。
もっともクラスメイトや先生は心配したが。
俊たち5人はクラスでも仲が良く、『ゴミの化け物事件』以降も話題によく上がる子として注目されていた。
上級生とも張り合えるほど身体能力が高い大悟に、動物と異常に仲良くなれる菜々美。無口無表情な音子に、最近モテ期の兆候が出て来た椿。
そして、良くも悪くもアレな俊。
俊だけ妙な評価だが、半分は自業自得の結果だ。
とてもではないが、一言でまとめることができない。あえて言うなら、今も昔も俊のやらかし具合は酷かったのである!
余談だが、オカルト女子については全員一致で“論外”との結果が出ている。ある意味、俊たち以上の問題児だ。
閑話休題。
そんな俊たち5人が碌に会話をしなかったのだ。
先生やクラスメイトがそれとなく尋ねても、その度にはぐらかした。
そして放課後の屋上。
俊は答えを聞くために4人の前にいる。
今朝こそ落ち着かなかったが、4人の顔つきを見て安心した。
わざわざ尋ねなくても答えが出ていることが分かったからだ。
それでもハッキリ本人の口から聞きたいからこそ、3日前と同じ場所で聞く態勢になっているのだが。
「それで? ヒーロー活動するのか? 目的と覚悟は決まったのか? ……全部決まったんなら、1歩前に出ろ」
――まあ、答えは知ってるけど……
3日前の揺れていた目ではない。どうしたらいいのか分からないという表情ではない。皆、まっすぐな目で俊を見ていた。
すぐに踏み出される4つの小さな足。
しかし、その踏み出しには重みがある。
「ああ、もうオレは迷わねえぞ」
「私も~」
「全部ひっくるめて上等」
「3日も時間があれば決められるわよ」
「……そうか。……良かった(ボソッ)」
最後の俊の呟きは誰にも届かなかった。
「何を、とはもう言わないから、話してくれる?」
俊がわざとぼかしたのはもちろん目的のこと。その覚悟のこと。
自然と大悟に視線が集まる。こういう場合はいつも俊から椿までの出会った順番である。
「オレは、もっと強くなりてえ……!」
「その心は?」
「オレは、あの時、俊と菜々美の3人で河童を見つけに行って襲われたあの時、何も、できなかった。俊が河童と戦っている所を指を咥えて見ることしかできなかったんだ! 情けねえ!」
「でも、あの時まだ大悟は……」
「ああ、魔術師でもなんでもなかったさ。だけど! だからって納得できるわけねえだろが! 確かに純粋に魔術への興味もあっただろうさ。でも、今だから分かる。オレはもうオマエ1人に無茶させたくねえんだ。一緒に戦いてえんだよ!」
そう言って俊に頭突きでも喰らわせるつもりなのか? と思ってしまう程顔を近づける大悟。
「俊、オメエには戦う“敵”がいるんだろ? また河童の時みたいに無茶するんだろ? オマエは優しいから、オレたちのこと危険な目にできるだけ会わせたくないってのは分かる。だけどな、だからってオマエが戦っているのにオレが何もしねえなんて冗談じゃない! オマエがオレたちを心配するみたいに、オレだってオマエのことが心配だ。……友達なんだから、当たり前だろうが」
「友達だから」。この一言を言うのだけは簡単かもしれないが、大悟がこの言葉に掛けた思いは本物だ。
物心ついた時にはすでに遊ぶ仲だった俊。それが無茶なことをしようとしているのに、心配することはそれほどおかしいだろうか?
「同情でもなければ義務感でもねえ。オレがそうしたいと思ったからするんだ。ヒーローやるのも目的のための手段だ。……これがオレの覚悟だ。文句あっか?」
「……ないね。まあ、とりあえず離れろ」
変な理屈を考えないで、自分がそうしたいと思ったからそうすると決めた。実に大悟らしい答えだ。そう俊は思う。
「次は私~」
大悟が元の位置に戻った後、前に出たのは菜々美。
「私はね~河童さんみたいに、いないって世間で思われてるような動物や妖怪みたいな不思議な生き物と仲良くなりたいの~」
「その心は?」
「私は動物が大好き。心の底から好き~。普通の動物さんとは~普通に触れ合えるかもしれないけど~、普通じゃない動物は――生き物は、そうはいかない~」
そう、例えば妖怪とか。
「河童さんがいるんなら他の妖怪なんかもいるだろうし~、それ以外の未確認生物なんかもたぶんいる可能性だって高い~。でも~、そういう生き物は普通じゃ行けない場所に住んでたりするし~、全部が最初から友好的とも限らない~」
実際、河童とは戦いになってしまった。
仲良くなれたのは結果論だ。
「それでも、私はたくさんの生き物と仲良くなりたい~。普通じゃ辿り着けないなら普通じゃない方法で~。強いのとしか仲良くできない~って生き物がいたら、ちゃんと強さを認めさせたい~。もしかしたらヒーロー活動の最中に~河童さんみたいな不思議な生き物と出会う可能性だってある~」
生き物の中には狂暴なものも少なからずいる。
それでも、菜々美はそんな生き物とも仲良くなりたい。
「魔術は私にとっても近道で~切っ掛けにもなる~。だから、もっとたくさん魔術を教えてほしい~。これが私なりの覚悟だけど~……ダメ?」
「いいんじゃないか? 河童の時だって、あんな怖い目にあったっていうのに、すぐに河童と友達になろうとしたじゃんか。もうあの時点で菜々美のこと結構評価しているし。もしかしたら本当に『ふははは! オレとお友達になりたいなら貴様の実力を見せ、オレに認めさせてみよ!』みたいな生物と遭遇する可能性もゼロじゃないから」
世間一般からしたら、そんな生き物と出会った日は無言で回れ右することになるのだろうが。そんな生き物でも仲良くなりたいと言うのだ。ここまで来たら感心するほかない。覚悟は十分だろう。
「次、私」
3番手は音子。長文を喋ることができるのだろうか? いつも通りだと俊としてもたいへん困ってしまうのだが……
「魔術も含めて、もっと世の中の不思議を見てみたい」
「……その心は?」
「魔術っていう非日常的な力と巡り合うことができた。私自身が魔術師になって魔術を扱うことができるようになった。これはとても素晴らしいこと。興味を持ったからこそ魔術の修行もがんばった。がんばることができた。世の中には不思議が満ち溢れていることが分かった。もっと知りたい。俊たちが戦っている姿がカッコイイと思った。私もああなりたい。もっと俊たちと行動を共にしてたくさんの経験をしたい。友達だから俊の助けになりたいって言うのもある。もちろんヒーロー活動自体に興味あるのは否定しないけど。だってそれはそれでカッコイイし。そういうの全部をひっくるめて覚悟はできました。……ふう」
「予想以上の長文!? よくできました!」
やりきったぜ、みたいな音子と驚きつつも心の中で拍手喝さいの俊。他の3人は実際に手をパチパチしている。
「えーと、最後はアタシね」
予想していたのとは別の意味で空気がおかしくなってしまった中、勇気を持って話し始める椿。
「アタシは、本当に魔術があるんだってみんなに知ってほしい」
「その心は?」
「ほら、アタシが魔法とかの超常的な力を全く信じ無くなった話は1年前に言ったでしょ? それで、思ったのよ。アタシみたいに魔法に憧れて、でもそれが存在しないって落ち込んでいる子が他にもいるんじゃないかって」
椿のように極端な例はほとんどいないだろう。
だが、絶対じゃない。
世界中が範囲なら、少なからずいるはずである。
「そういう人たちにアタシと同じ思いをしてほしくないって思ったの。魔法や魔術が無いって決めつけるな、本当に存在したじゃないかって。アンタたちが信じたものは、憧れたものは夢幻じゃないって知ってほしいの。そうなるとアタシ的にもヒーロー活動ってちょうどいいのよ。ほら、そういう活動すれば絶対に目立つじゃない? 今のご時世、すぐにネットなんかに取り上げられたりテレビで話題になったりするでしょ? その分、そういう人の目に触れる機会が多くなるわけよ」
今の時代、メディアの力は凄まじい。
テレビ・新聞・ラジオ。情報源はいくらでもある。
「だから、アタシが見せつけてやるのよ! あんな思い、もう誰にもさせるもんですか! 目的が決まったら覚悟もすぐできたわよ。アタシなんてまだまだ子供だけど、アンタが全力で協力してくれるってんなら話は早いわ。やるうえでアタシたちに足りない所を全部教えてちょうだい。何だってやるわ。どう? これでもまだ覚悟が足りないかしら?」
音子はこの日のために自室で練習を重ねました。内容が内容なのでブツブツと。それを聞いてしまった両親と弟には呪詛を吐いているように聞こえましたが。
音子のいない所で家族会議が開催されたのは間違いなし。
次回、『俊の目的と黒い煙』




