第2話 魔術というモノ
説明回です。
『アレン』改め『麻倉俊』として生きていくことを決めたその日の夜、俊はすっかり忘れていた重要なことの1つを思い出した。
「あ! そういえば、この身体にも魔力ってあるのかな?」
別の世界で別の体になっていたこともあり、魔術師として魔術を扱うために必要な要素の1つ、魔力が自分の中にあるのかの確認を忘れていた。
この数日で、ここが別の世界であることを理解したため自然と魔術が使えないと思い込んでいたが、一部例外を除き魔術の構築と発動は自分の中で完結しているため、魔術師を名乗るための最重要要素である魂に存在する『魔術因子』の有無によっては、この世界でも魔術を使える可能性は十分にあった。
ここで前世の俊がいた世界エヴァーランドの魔術について説明する。
そもそもエヴァーランドでは、魔術を使えるかどうかは生まれつき『魔術因子』と呼ばれる存在と、その因子の影響で身体に流れるようになる『魔力』を持つかで決まる。
魔術因子を持つ者は大抵の場合が貴族である。魔術因子を持つ者同士の間に生まれた子は必ず魔術因子を持っているため、貴族は貴族としか基本的に結婚しない。
魔術因子を持たない者と結婚するのは稀で、夫婦の内片方しか魔術因子を持っていない場合、生まれてくる子が魔術因子を持つかどうかは半々の確率となってしまう。まあそういう貴族は男性だと第2、第3婦人を取るか、結婚せずに愛人として囲うかだろう。女性だと素直に諦めて思い出としてしまうか、事例は片手で数えるほどだが逃避行する場合もある。
ただし、稀に貴族ではない平民から魔術因子を持った子が生まれることがある。理由は分からないものの、昔は「魔術を使える平民」というだけだった。
しかし俊の前世である平民のアレンが生まれた頃、とある理由から貴族の数が目に見えて減ってきたために、平民の魔術師でも実力と功績があれば貴族になれる法がレイアラース王国で新たに創られた。
この法が出来てから数十年、アレンが転生の魔法陣を使った日までにそれなりに多くの魔術の使える平民が貴族になる。最初の頃は風当たりも強かったらしいが、王様の「お主らの貴族としての最初の先祖だって元は平民ではないか。ん?」という言葉と時間がそれなりに経ったことで、今では親が元平民でも「すごいんだね」と受け入れられるようになっていた。
全員が全員そうだというわけではないが……
魔術因子を持った者が得意とする魔術は『分析』という魔術で調べることができる。魔術師が持つ魔術の素質にはそれぞれ得意な魔術や不得意な魔術、全く素質が無い魔術などがあり、得意な魔術は努力次第でどこまでも伸ばせる可能性を秘め、不得意な魔術は発動に時間が掛かったり発動が難しかったりし、素質が無い魔術はどんなに努力しようとも発動できない。
例えば、とある仮の人物が持つ魔術の中から4つの魔術の素質を10段階に分けてみる。
・火属性魔術 5
・水属性魔術 10
・風属性魔術 2
・地属性魔術 0
このような素質を持つ魔術師の場合、『火属性魔術』は普通のレベルで扱うことができ、『水属性魔術』に関しては天賦の才を持っている。逆に『風属性魔術』はかなり苦手で発動に時間が掛かったり、中級レベル以上の魔術が使えなかったりする。『地属性魔術』に至ってはどんな過酷な修行をしようとも、初歩の初歩というような魔術すら一生使うことができない。
もちろんこれは極端な例だ。
さらに数は少ないが後天的に低かった魔術の素質が上がり、実戦で使えるレベルにまでなった魔術師もいる。
この素質の中で例外なのが『未分類魔術』である。
『未分類魔術』とは他のどの魔術の系統にも属さない魔術であり、魔術師ならば誰でも使えるようになる。『分析』もこの系統だ。
さらに言うと、個人が持つ魔術の素質は生まれてから5年が経たなければ不確定で『分析』でも調べられない。元々ある生まれつきの才能+生まれてから5年間の環境によって魔術の素質が決まってくるのだ。
100年以上昔に大規模な実験として、赤ん坊の頃から人為的に整えた環境で育て、得意魔術の方向性をある程度操作しようとした国があったらしい。
しかし、実験は失敗。5年後の検査では特に突出した才能があるわけではない平均的な、悪く言えば個性の無い素質の魔術師にしかならなかった。このため、魔術因子を持った子は最低5年間は下手に環境をいじらない方が魔術の素質が高い子になりやすいという結論に至った。
次に魔術因子についての説明だ。
魔術因子とはその人の魂に宿っているものであり、魂の中に存在する魔術因子にアクセスすることができるようになると、自分がどんな魔術が得意か不得意かが分かるようになり、身体の中を流れる魔力を消費して魔術を発動することが可能となる。
魔術を覚えるためには自身の魔術因子にアクセスするしかないため、特に最初の内は感覚で覚える努力が必要となってくる。「魔術因子の存在を感じ取って、それにアクセスするんだ」などと言われても、普通はいきなりできるわけがない。出来るのは一部の天才だけだ。
そうして自身の中にある魔術因子の存在を感じ取りアクセスできるようになってくると、現時点で自分が使える魔術が分かるようになる。後はそれを実際に練習してモノにする。
魔術の上達に必要なのは、魔術因子へのアクセスの慣れ・具体的にどんな魔術を使いたいかという意思・その魔術に対するイメージ力・魔力を魔術にするための過程、以上の4つである。
魔術名を言えば簡単に発動するわけではないので、絶対に繰り返しの練習が必要となってくる。
「魔術因子は魂に宿っていると言われる。なら、身体が変わっても残っているかもしれない。問題はこの身体が3歳のそれだということだが……やるしかない」
目を閉じて意識を集中させる。
そして何十年も共にした魔術因子の存在を探る。
魔術因子へのアクセスなど息をするようにできたのだ。それ自体は問題ない。初めて魔術因子の存在を感じたのが5歳の頃で、今が3歳なのが不安になる原因だが。
不安を紛らわせるように集中する。身体の奥深く、魂を感じ取るように。
そして――
(……っ! 感じた!!)
ついに感じ取った。魔術因子の存在を。
(身体が変わったせいか? 今まで使えていた魔術がほとんど使えなくなっているみたいだな。『アレン』と同じ強さに戻るまで何年掛かることやら)
そもそも地球で魔術師としての強さが必要になるかどうか不明だが、何があるか分からない以上やれるだけのことはやるべきだろう。
それよりも気になることがあった。
(ん? 魔力の量は前世の時と同じ量みたいだな。あれ? 魔力量の限界値、前よりもずっと多くなっていないか? もしかして前世以上の魔力量に増やせる?)
魔力というのは年齢と共に徐々に増えていき、修行によっても増やすことができる。ただし、魔力量には限界値があり、個人によってその限界値には差がある。
前世、アレンの魔力量は平均よりも上であったが、それより魔力量が多い魔術師など何人も知っている。魔術師としての腕前は大きく劣るのに魔力の量では勝ててしまうなど、あちらの世界では珍しくもない。
そんな魔力量の限界値が、前世の倍以上になっていた。
今でも十分なのに、まだ増やすことができる。
保有魔力量が増えるのは喜ぶべきことだろうが、今のまともな魔術を扱えるかどうか怪しい状態では宝の持ち腐れだ。
何より、今の身体を流れる魔力に慣れておかなければ先に進めない。
しばらくは魔力に身体を慣れさせることからだ。そうしなければ、まともな修行の1つもできやしない。
「その間に日本っていうか地球のことを少しでも調べないとな。もしかしたら魔術みたいなものがあるかもしれないし。あーでも今のオレって3歳なんだよな。下手なこと聞いたら絶対に母さんに怪しまれる。まじでどうしよ? それ以前にここでの暮らしに慣れなきゃいけないし、今日まで誤魔化せたけど3歳の子どもの行動から『逸脱』しすぎないよう気を付けなきゃ。あれ? そう言えば母さんと、少しだけ会った父さん以外に知り合いっているのか? 全然思い出せないけど。知らない言葉もあるからもう少し覚えたいし、後はえ~と……」
前途多難すぎた。
前世の主人公がいた世界の魔術はシビアというか、割と現実的です。自由度は高いけど、ゲームみたいな要素はありません。
俊はやること考えることが多すぎて混乱。
次回、『地球の日本という場所』