第35話 校外学習たーのしー♪
現在の俊たちの様子を端的に表そう。
――戦争である。
「そのタコさんウインナー、卵焼きと交換しないか!? 今なら、ななな何と! 飾りつけのかいわれも付いてくるぞ!」
「よっしゃ! 牛肉ゲット! 元からある豚肉と合わせれば究極だぜ! 後は鶏肉だけだ! 誰か、唐揚げ余ってる奴いねーのか!!」
「ふむふむ、おやつのチョコを向こうの班で交換したがってるのか~。よ~し、私のウサギリンゴと取り替えられないかな~?」
「……ダメ。……ダメ。……それだったら2個で。……OK」
「このお弁当は死守させてもらうわよ! ていうか、コイツら何でそんな人のお弁当の中身をほしがるの!? 自分の食べなさいよ!」
誰もが欲望を隠しもせず、常に人が動く戦場。
頭を巡らせ、巧妙な手口で狙った品を手に入れる者。例え何を詰まれようとも、自身の品を守り抜くために亡者共との防衛線に臨む者。
ここは、そんな戦場だ。
では、なぜ俊たちがこのような状況になっているのか? それは今から少しばかり時間を遡ることになる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
今日は俊たちの通う小学校からそこそこ離れた場所にある、大きな自然公園でスケッチなどをする校外学習の日だ。
俊たち2年生は朝のホームルームが始まる時間帯までに校庭にクラスごとに分かれて集まれば、移動用のバスに乗り込んで出発する。
そうして移動すること数十分。
辿り着いた自然公園に俊はちょっとした感動を受けていた。
エヴァーランドには名所と呼ばれる場所こそあるが、ほとんどの場合が自然にできたものだ。しかもそんな所だから魔獣が蔓延る場所だったりすることも少なくない。そもそも、珍しいからと平民が気軽に行くなんてことはあり得なかった。
ましてや、人の手で人の暮らす場所に見どころのある自然を創るという発想自体無いのだ。俊も知識としては知っていても、やはり実際に見ると心に感じるものは違った。久々のカルチャーショックである。
公園内に入ってからは先生から注意事項を聞いて、班ごとに行動する。1クラスが約30人程で、それが1学年に5クラスあるのだから単純計算で150人近くの子供が大きいとはいえ、普通の人も訪れている自然公園に来たのだ。
他の人に迷惑を掛けないよう、先生たちも真剣に話すし、聞いている子供たちの大半もその真剣な声からマジメに聞くようしている。
その後のことはこれと言って特筆すべきことは無い。
強いてあげれば、俊がスケッチそっちのけで自然公園を見て回ろうとして班長に怒られたり、何かしたわけでもないのに菜々美の元へ小鳥やらリスやらの小動物が集まって来て、近くにいた全員から仙人扱いされたりした、といった具合だ。
菜々美と戯れていたリスや小鳥がしばらくして木の実を運んで菜々美に渡すという珍事はあったが、特筆すべきことは無いったら無い!
そして迎えたお昼時。
事前に決められたスペースで好きに集まって持参したお弁当の蓋を開け、うれしい悲鳴を上げて中身に手を付けようとする子供たち。
そんな時――
「ねえ、そのおかず私のと交換しない?」
なんて声が聞こえてきた。
そして始まる戦争――という名の弁当のおかず交換合戦。
『隣の芝生は青く見える』なんて言葉があるが、どうにも他の子の弁当の中身が自分の物よりもおいしそうに見えてしまう……
誰かが言った。「よろしい。ならば戦争だ」と。
俊は深夜の通販番組のようなやり方で目的の品を手に入れようとし、大悟は自分のお弁当の中にあった豚肉と交換する形で牛肉・鶏肉と手に入れていく。菜々美はいつの間にか変に意思の疎通ができる小動物を使って情報収集し、音子は交換する品の価値を冷静に分析して1つの品で2つ分を手に入れた。一方で椿は「特に交換したいものは無い」とお弁当を狙ってしつこく交渉してくる子供たちから必死に逃げていた。
白目をむく先生方。微笑ましい表情で見守る離れたベンチに座る老夫婦。隙を狙っておかずを奪取する小動物。
たった数分でカオスな状況となってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うぷ。お腹いっぱ~い」
「そりゃ、あんだけ食べてりゃな。どういう交渉術を使えばあんなたくさんのおかずを確保できるんだよ?」
「リスさんや小鳥さんが持ってきてくれたの~。エビフライだったり~サクランボだったり~。もちろん交換もした~」
「……小動物におかず盗まれたって騒いでる奴らがいたみたいなんだけどさ、オマエが貰ったおかずって……まさか……」
「ナナミ、ナニモ、シラナイ」
現在、俊と菜々美がいるそれぞれの班は一緒に行動していた。たまたま会って進む方向が一緒だから行動しよう、となっただけだ。
俊は風景のスケッチを終え、菜々美も仲良くなったリスと小鳥のツーショットをスケッチしていた。……わざわざポーズにまでこだわって。
コイツ、本当に動物関連ではチートって言われてもおかしくなくなってきたな、と俊が歩きながら考えている時だった。
「どこ見て歩いてんだよクソガキ!!」
聞いているだけで不快になる怒声が聞こえてきた。
俊以外は肩をビクッとさせ、怒声に驚く。
声が聞こえた方を見れば、別のクラスの班だろう子供たちが如何にも「オレら不良だよ? 何か文句ある?」という格好の男2人に絡まれている。
「す、すみません。前、見てなくて……」
「謝ればいいと思ってんのか? あぁん!?」
「ひっ! ゴ、ゴメンナ……」
「聞こえねーんだよ! もっと大きく言えや!!」
どうやら不注意から、不幸なことによりにもよって不良にぶつかってしまったらしい。これが普通の人なら謝って許してもらうのだろうが、不良2人はちょうどいいおもちゃを見つけたとばかりにニヤニヤしながら罵声を子供に浴びせる。
そもそも見た目は高校生ぐらいに見える年の男2人がこんな時間に自然公園で何をしてたんだよ? と俊は思ったが、すぐに頭を切り替える。
さすがにこの状況を見過ごすわけにはいかない。
とはいえ、だからと言って魔術を使って黙らせるという方法を使う訳にもいかなかった。可能な限り自然な方法で不良2人を追い払うのがベストである。そして、それができる人物がすぐ隣にいた。
「菜々美、ちょっと」
「え? 何~?」
「あーぶつかった所が急に痛くなってきたわー。医者に行かねーとなー。1万は必要だわー。つーわけでよこせガキ」
「お金なんてもってないよー。グスッ」
「あぁ? だったら身体で払ってもらおうか? サンドバック代わりによー。100倍返しだから100発なー?」
「そんな!? う、うえええぇぇん。ゴメンナザイって言っでいるのに、もうがえしてよー。」
不良たちは楽しんでいた。
学校に行く気もせず適当にぶらぶらしていたら、子供の方からぶつかってきたのだから。いい暇つぶしになると考えたわけである。
普通の人からしたら、そんな考えをする不良たちの頭の中に疑問を覚えるところだが、そんなことは当人たちからすれば関係なかった。
自分よりも弱い存在をいたぶるのが楽しい。それ以外に理由なんてない。自分たちが良ければ後は知ったことではないのだ。
無論、本当に暴力を振るおうものなら警察沙汰になるのが分かるぐらいには脳味噌があるので、言葉だけで泣かせている。
次は何て言ってやろうか。そんな風に不良たちが考えている時、2人の頭の上に何かがボトッと落ちて来た。妙な水気を含んだものが……
嫌な予感をしつつ、手で拭きとれば、
「ゲッ!? これ鳥のフンじゃねーか!?」
「おい! 上にカラスが3羽もいんぞ!」
見ればカラスと思わしき鳥が不良たちの頭上で円を描くように飛んでいる。不良たちから絡まれていた子供が意を決してその場から逃げるために走り出した瞬間であった。3羽のカラスの目がギラリと光る!
急降下するカラス! 慌てる不良!
3羽のカラスはクチバシやツメを使って容赦なく不良たちを攻撃する。
「いたたたたた!」
「何なんだこの鳥チクショ――はう!!」
カラスたちの連携攻撃ですでに不良の服は2人ともボロボロだ。しかも時折急所を狙ってくるから質が悪いどころの話ではない。
怒りに任せ殴ろうとしたり、捕まえようとしても、嘲笑うかのような華麗な動きで全てを躱す。カラスのくせに!!
不良たちは途中から必死に逃げているが3羽のカラスは執拗に追いかけまわす。クチバシでつつき、ツメで引っ掻き、フンを降らす。
不良たちがどうにか逃げ切った時には、もう見るも無残な姿だった。身体の傷こそ浅いが、心の傷は非常に深かった。
「うまくいったな」
「悪党、せ~ばい~」
はい。犯人は俊と菜々美でした。
あの3羽のカラスは菜々美が『創造従魔』で創った「イタズラ好きの3羽カラス」である。
ポチやタマとは違い、意思のない従魔であるが命令には忠実に従う。
菜々美がした命令は至ってシンプル。「あの不良2人組にこれでもかってぐらい嫌がらせをしろ」というものだ。もちろん考えたのは俊。
特殊な力を使えない代わりに連携能力を高く設定し、フンらしきものを出すことができるようにしたのである。
余談だが、この光景を見ていた人たちによって、「あの自然公園で悪さすると、どこからともなく3羽のカラスがやって来て痛い目に合う」という噂が流れるのだが、数年もの間、俊たちが知ることはなかった。
最初に交換を提案した子供「ふふふ、こうして顔を広めていけば、オカルト好きの素質持った子をリストアップする作業も簡単ね」
不良たちはこの日からカラス恐怖症になりましたとさ。
次回、どうも最近ガラの悪い人が増えているようで……?




