第34話 音子と椿の魔術……そして謎
予想以上に長くなったうえに、手首が痛く……
そんなこんなで、その日の昼休み。
図書室に向かう予定だった俊は、音子と廊下を歩いている。
「たまたま目的地が一緒なのも珍しいな」
「うん」
大悟は外でクラスメイトとドッジボールをしに行った。なお、上級生の子を相手にしても勝てるほどの強さらしい。
試合した上級生曰く、野球ボールより早かったとのこと。
先日行われたドッジボールでは俊と大悟の対決となったのだが、他に気を取られた俊の股間に大悟の放ったボールが当たる悲劇に。
菜々美は生物係が世話をしているウサギを見に行った。
3年生になったら生物係になってウサギの世話をしたいと、特に用がない時の昼休みは大抵の場合ウサギを眺めている。
ついでに生物係の子たちに菜々美は人気だ。
生物係の子たちからすればウサギ小屋の掃除の際にジャマにならないようしてほしいが、ウサギも動物なので素直に従うわけがない。
あっちへピョンピョン、こっちへピョンピョン、と好き放題。
そんなウサギがなぜか菜々美の言うことには素直に従うのだ。
菜々美がいるかいないかで作業効率が全く違う。そのため一部では動物と心を通わせられるという噂から、動物関連の相談をされることもしばしば。
椿は学校新聞の取材である。
取材をする側ではなくされる側であるが。
今回作成する新聞の内容に火之浦神社のことを書くことにしたらしく、その神社の娘である椿から話を聞くことにしたらしい。
「そういえば椿で思い出したけど、最近良太はどうなんだ?」
「どうって?」
「いや、だからさ――」
「これ! この石よ! 値段もさほど高くなくてネット通販でも買えるからおすすめね。レビューも見なさい。評判いいでしょ!」
「なるほど。これならお小遣いを溜めればすぐに……」
俊と音子は足を止める。
ひっじょ~~~に、聞き覚えのある声がした。それも2つ。
一度お互いに顔を見合わせてコクリ。
音を立てないよう声の聞こえた方をそ~っと除けば、
「……おい。噂をすれば、その良太が――オマエの弟がどういうわけかオカルト女子に変なもの勧められてるように見えるんだが……」
「良太、何してる……?」
廊下から少し外れた所にある長椅子に見覚えのある姿が2つ。
1人はオカルト女子。音子の観察眼をもってしても「訳が分からない」と言わせた、謎過ぎて極力関わりたくない存在。
どうやら音子ですら名前が未だに分からないままらしい。
俊も、いつかアブダクションでもしでかすんじゃないかと疑っている。
問題はもう1人の方だ。
眼鏡をかけた見覚えのある顔。そこにいたのは今年入学したばかりの音子の弟である、藤野崎良太であった。
当然のことだが、1年生の頃に音子と椿の2人と友達になった俊たちは、それぞれの家にお邪魔したことがある。
椿の家――というか神社で会った椿の両親には初対面で感謝された。「椿の掛け替えのないお友達になってくれてありがとう」と。「自分に素直になれない子だけど、これからも仲良くしてね」と。
あの時の顔を赤くした椿は中々にレアであった。
で、音子の家に行った時の話だ。
出迎えてくれた音子はともかく、その母親のお喋りぐあいに驚かされるイベントはあったが(何で母親がこんなに喋るのに娘が無口なのか全員が疑問に思った)、その後やって来た良太が俊たちに挨拶しようとした瞬間、それは起こった。
俊たちを見た良太の周りに春がやって来た。
正確には良太の真正面にいた椿を見た瞬間、良太の目には自分と椿の周りにキレイな花々が咲き乱れたのだ。
ようは、一目惚れである。
当時はまだ小学校にも入っていなかったというのに、中々にませたところがある。ちなみに、すぐ隣にいた俊たち3人にはまるで気付いてなかった。
え? 今この花畑にいるのはボクと目の前の素敵な女の子だけですが? とそんな感じだ。他に人などいない!
大悟と菜々美は何も分かっておらず、音子は弟の気持ちを分かってしまったのか口元が引きつり、当の椿は一体何が起こっているのか理解できず、音子の母親は非常に状況をおもしろがっていた。
結局しびれを切らした俊が魔術で音を増大させた拍手を良太の耳元で炸裂させるまで、何とも言えない雰囲気が藤野崎家の玄関を支配することになった。
結論からいえば、良太はまだ椿に対して恋心を自覚していない。
椿に対して初々しい反応を見せたりするものの、音子が2人きりの時にさりげなく聞いた限りでは「近くにいると幸せな気持ちになって、ドキドキする。何でだろ?」といった感じだ。今の所、良太の気持ちを知っているのは音子の母親である初音を除けば俊と音子だけだ。前世の記憶がある俊はまだしも、なぜ良太と1つしか違わない音子がハッキリと弟の気持ちを理解しているのかは謎であったが。
とりあえず俊と音子が下した結論は「放っておこう」である。
良太もまだ自覚していないし、椿も“友達の弟”以上の感情を抱いているわけではないので下手につつかない方がいい、となったわけだ。
そんな良太がなぜオカルト女子と共にいるのかといえば、
「姉さんの学年でそういったものに詳しい人がいるって聞いてたけど、予想以上の情報でした。ちょっと全部を理解できたわけじゃないんですけど。すみません」
「いーのいーの。私みたいに心の底から好きじゃなきゃ1回で理解できるものじゃないし。とにかく気になる人と出会いやすくなるおまじないは誰もいないことを確認してからね。ネットで売っているまじないの石は大きいのから小さいのまであるから好きなのを選べばいいわ。特別貴重なわけじゃないから大丈夫とは思うけど、注文するなら早いにこしたことはないと思うから今日の内に家族の人と話し合いなさい」
「はい! 今回はありがとうございました。――「あなたたち、何やっているの?」――さん!」
「「!?」」
いきなり後ろから声を掛けられて驚く俊と音子。
振り返れば知らない先生が。どうやら隠れて良太とオカルト女子のことを見ていたため、通りすがりの先生に不審がられたようだ。
「いえいえ、何でもありませんよ! なあ!?」
「(コクコク)!」
「そう? ならいいけど……」
若干怪しみながらも去っていった先生の背中を見送った2人が再び良太たちのいたところを見れば、もうそこには誰もいなかった。
「……行こうか」
「……うん」
2人がオカルト女子の名前を知る日は来るのだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ここで現在の俊たちの魔術関連の状況を説明する。
小学校に入学したての頃こそほぼ毎日魔術の修行をしていた俊・大悟・菜々美の3人。そこに音子・椿の2人を新たに加えて、しばらくは放課後に修行場所に集合して魔術の修行をしていた。しかし、音子と椿の両名とも魔術の才能が非常に高かったこともあり、短期間でそれなりの魔術を扱えるようになった。
そうすると俊は言うに及ばず、大悟・菜々美も前々から修行していたこともあって毎日のように修行しなくてもいいのではないか? という結論に至った。
なので今は1週間に一度、土曜か日曜に集まって魔術師としての腕を磨くようになった。俊のスパルタ修行術も現在は封印だ。
「ホント、酷かったよな」
「俊くん、鬼だったよね~」
「最初の頃のアレを見たらそう思うわよね」
「同情」
「…………いや、だからさ? 人のことディスるんなら、せめて本人がいない所でしてくれっていつも言ってるでしょ? 結構くるんだから」
もう1年近く立つんだから時効でしょ? と言えば、俊に突き刺さる4つの視線。俊のガラスのハートにひびが入る!
「椿の炎に焼かれちまえって、たまに思うぞ?」
「音子ちゃんの落とし穴に落ちちゃえって、たまに思う~」
「オメーら、それはシャレにならんからやめい。椿も音子も本当にそんなことしないよな? な!?」
「「……」」
無言が1番怖かった。
音子と椿に才能があった魔術はどちらも特殊だ。
得意な魔術はそれぞれ2種類。
音子は『空間魔術』と『特殊干渉魔術』の2つ。
『空間魔術』は俊が使っている『異空間倉庫』と同じ分類で、その名の通り空間に関係する魔術を使うことができる。
今はまだできることは少ないものの、『落とし穴』という指定した場所に空間の穴を発生させる魔術が音子のお気に入りだ。
本来『落とし穴』は地味ながらも効果が高い代わりに、座標の指定や発動までにかかる時間がネックなのだが……
音子の恐ろしいところは、それをほぼタイムラグ無しで発動できるのだ。
音子のもう一つの得意魔術『特殊干渉魔術』は、『干渉魔術』の亜種として俊が音子と相談して決めた魔術名である。
『干渉魔術』は自分を含めた相手や味方の魔術に干渉し、相手が使う魔術の攻撃力低下や妨害、味方の使う魔術の攻撃力増加や補助などが行える支援向き魔術だ。
ただし、どうも俊が調べた限りでは音子の『干渉魔術』は通常よりも応用の幅がかなり広いらしいことが分かった。
ようは普通の『干渉魔術』ではできないことも、将来的にできるようになる可能性が十分高いのだ。
そのため、音子の扱う『干渉魔術』は他と区別させるために『特殊干渉魔術』と呼ぶことにしたのである。
そして椿は『火属性魔術』と『神聖魔術』の2つ。
『火属性魔術』はその名の通り、火に関する魔術を扱える。
単純な火種の発生から殺傷能力の高い魔術まで、攻撃に特化した魔術である。
椿にとって、問題は『神聖魔術』だ。
『神聖魔術』は神と何らかの関りがある者、もしくは神に対して熱心に祈りを捧げた者だけが扱える魔術だ。
前者の場合は先天的に持っており、後者の場合は後からでも素質を持つことができる。エヴァーランドでも特殊な魔術の1つである。
『神聖魔術』の特徴は実在する神と目に見えないパスが自身と繋がることによって、その特定の神の力を人間にも使える魔術という形で借りることができる点であり、神に関する力を使うことができるということで、芽が出ない魔術師が祈って使えるようになろうとすることはあるが、ほとんど成功していない。
どうやら、誰から命令されたわけでも神の力を使える魔術を覚えたいという欲望があるわけでもない、純粋に心から祈りを捧げた者だけが後天的に扱えるという結果になっている。先天的に持っている者の理由はハッキリしていない。ある説では神々が地上の様子を見るために力を与えた使徒のような存在ではないかとも考えられているが、それも定かではない。
しかし、この説は非常に有力でもある。
なぜなら先天的に『神聖魔術』を持つ者全てが、物心ついた時には力を借りられる神の名を自然に知っているからだ。
閑話休題。
現在の椿はこの『神聖魔術』関連である大問題を抱えている。
『神聖魔術』を使ううえで一番重要となるのが、自分が何の神と関わりがあるかをきちんと自覚している状態で、自信を持ってその神の名を口にすることができるかである。魔術を使う際には必ず神の名を先に言わなければならない。
椿の抱えている問題、それは……
「あー、もう! そんなのアタシが聞きたいわ! アタシん家、一体何の神様を祭ってるってのよー!? 資料も何も残されてないとか何の嫌がらせー!! せっかくの一番素質が高い魔術がこれじゃ使えないじゃないのー!!」
今は休憩時間。菜々美はおやつを食べ、音子は飲み物を飲んだりとそれぞれ好きにくつろいでいる。そんな中で俊がした「椿の神社で祭ってる神、結局まだ分からないのか?」という質問に対する答えが先ほどの椿のセリフだ。
椿の家でもある火之浦神社。名前からしても分かる通り火の神を祭っており、主に火災などの厄除けなどをしているのだが、どうも火之浦神社が建てられた当初から肝心の神の名前が分からなくなっているのだ。
まるで意図してそうしたかのように。
火に関する神といっても、日本の神は無駄に多いせいでどれのことなのか特定できない。あてずっぽで名前を言っても、確信がないせいで結局発動せず。
結局、椿は『神聖魔術』を使えないでいた。
椿に『神聖魔術』の素質がある以上、対象となる神は火之浦神社で祭られている神以外ありえなかった。話を聞いた限りでも今まで特定の神に対して熱心に祈りを捧げたことなど皆無らしいので、間違いないだろう。
もっとも、何か分かるかと『分析』で椿を徹底的に調べたことで分かった新事実もあるが……
「そもそもよ、『魔術因子」が2種類あるってのが分かんねーんだけど、この世界には魔術師なんていねーんじゃなかったのか?」
「そのはず、なんだけどな……。今となっては自身が無い。さすがに予想外過ぎてな。1年近くたった今なら何か進展があるんじゃないかって思ったけど、やっぱり何も分からずじまいだ。火之浦家に秘密があると思うけど……」
そう。椿を徹底的に調べた結果、魂に存在する『魔術因子』だけでなく、椿の身体そのものに俊が知るのと全く違う未知の『魔術因子』があることが判明した。しかも2つの『魔術因子』が互いに溶け合い、上手い具合に融合している始末。
「一応、椿の魔術の才能が異常なレベルの理由は分かったけどな。ようは元から身体の中で眠っていたこっちの世界の『魔術因子』と、オレが椿に与えた異世界の『魔術因子』が融合した結果生まれたハイブリット魔術師だったわけだ」
この世界に魔術は無い。
それは前世の記憶が蘇った後、俊が可能な限りで調べつくした結果辿り着いた結論。普通の人からしたら当たり前。俊からすれば驚愕のこと。
しかし、椿の存在がその前提を覆そうとしていた。
椿は地球と異世界の『魔術因子』が融合したことで生まれたハイブリット。
大悟は空手家の母と柔道家の父を親に持つサラブレッド。
菜々美のおやつはキッ〇カット。
音子が飲んでいたのはポカ〇スエット。
俊は……特になし。
次回、一同校外学習へ。




