閑話 勇者と呼ばれた者
大変お待たせいたしました。
「なあ俊、俊がいた異世界に勇者や魔王っていたのか?」
「……めっちゃ唐突だな。いきなりどうした」
それは俊たちが小学校へ入学するしばらく前のこと。
卒園式が終わり、小学校へ入学するための準備などを済ませたり、適当に家でゴロゴロしたりと俊・大悟・菜々美の3人はそれぞれ生活していた。
基本的に遊びに集まる場所はその時その時だが、いつも3人で集まっていたにも関わらず、今日は大悟の家で俊と大悟の2人だけだった。
ここにいない菜々美は先日から親戚の所にいる。家がペットショップなので滅多なことでは家族全員で出かけることなどできない小池家。しかし、それでは小さな菜々美がかわいそうだということで数日間親戚のいる田舎で遊ぶことになったのだ。昨日など『ついたよ~♪』という菜々美が書いたのであろう字と親戚らしい人たちとの写真をFAXで送って来た。
そして今日。大悟の部屋でくつろいでた所、先のセリフである。
「いやよお、最近知ったんだけど前世の俊がいた世界って、剣と魔法のファンタジーってやつなんだよな?」
「あー……間違ってはいないな。それで?」
「でだ、そういう世界って高確率で勇者や魔王って存在がいるって話でさ、実際のところ本当にいたのか気になっちまって」
「……魔王って呼ばれるような存在には心当たり無いな。要するにそれって『魔を司る王』とか『魔獣たちの王』ってことだろ? オレはいろいろ文献とか漁っていたが、過去にこの世界で言う魔王に値するのはいなかったな」
「勇者は?」
「『勇気ある者』とか『英雄』って意味でなら、数百年前に1人いたぞ」
「おお!? マジか! どんな奴だ!?」
「そうだな……せっかくだし物語形式で説明するか。実際、かなり有名な話だから本とかにもなっているんだよ」
そして俊は勇者と呼ばれた者の物語を語り出す。
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昔々、ヴォルサー帝国という国にアイリス=エル=ヴォルサー王女殿下という、まだ若くもとても美しい姫がいました。
アイリス王女にはまだ婚約者はいませんでしたが、城で働いている者だけでなく民衆からの人気も高く、国民から愛される存在でした。
アイリス王女自身も皆からの期待に応えようと淑女としての教育を熱心にするだけでなく、自主的に貧民への炊き出しに力を注ぎました。
そんなある日、王女が炊き出しでの挨拶を行う場面で、1人の貧民の青年が王女に一目ぼれしたのです。
そう、彼こそが後に帝国を救い、勇者と呼ばれるようになった、今はまだ無名の貧民でしかなかったメッチャーだったのです。
「お、王女様カワイイんだな。この胸のトキメキはきっと恋なんだな。お近づきになってお話だけでもしたんだな。ハア、ハア……」
メッチャーは貧民の中でも生まれつき、それはそれはブサイクでした。女性とまともに話したことすらありません。それぐらいブサイクだったので――
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「ちょっと待って」
大悟から静止の声。見れば右手をSTOPとばかりに突き出し、左手で頭を押さえている。表情は分かりにくいが、随分目が泳いでいる。
「どうしたんだよ。まだ話の途中なのに」
「どうしたんだよ、はこっちのセリフって言うかさ……。え? 今オレって勇者の物語を聞いているんだよな? 何か変な奴出てこなかったか?」
「登場人物としてはアイリス王女と勇者メッチャーしか出ていないけど。ああ、もしかして貧民のこと? 貧民って言うのは――」
「それじゃねーよ! そのメッチャーって奴だよ! ツッコミどころありすぎるけどよ、1つだけ言わせてもらうと、ソイツってこの前テレビ見た母さんが言っていた変出者って奴なんじゃねーのか!?」
「オマっ!? なんつ―失礼な奴だ! 謝れよ! 勇者メッチャー=カワイソーナ=クライブ=サイクレス様に謝れよ!」
「何だその憐れみを誘うような名前!?」
大悟の耳には「めっちゃかわいそうなくらいブサイク」としか聞こえなかった。今の気持ちを一言で表すと、ウソだと言ってよママン。
ちなみに、メッチャーに新たに追加された名前は「カワイソーナ」が後に配属された地方、「クライブ」が英雄として帝国が付ける称号、「サイクレス」が家名だ。
「もう最後まで聞いとけ。それで偉大さが分かる」
「ヤベー、勇者について聞いた過去のオレ殴りてえ……」
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メッチャーは貧民でしたが頭は悪くありません。
王女に思いを伝えたところでつり合うわけないことぐらいは分かります。しかし、自分の思いを隠して生活しても虚しさが込み上げてくるだけでした。
「ああ、せめて思いだけでも伝えられたら……」
普通に挨拶するぐらいならできるでしょう。
それが恋をしたと伝えるとなれば話は違います。何の力も無い今の自分がそんなことすれば「不敬だ!」と騎士に捕まり、国を追い出される可能性だってあります。
そこでメッチャーは考えました。
基本的に強力な魔獣による被害が出た場合、率先して戦うことが義務ずけられる魔術師でもある貴族ですが、それほど強くない魔獣であれば平民でも剣を持って戦い、素材を売ったり肉を食したりします。そして数は少ないものの、魔術を使うことができないにも関わらず、魔術師でも手こずる魔獣を倒すことができるほどの強さを持った者もいます。
ヴォルサー帝国では「例え相手が平民だとして、1つでも自分より優れた分野があれば、その1つは尊敬し認めよ!」という教えもあります。
なら、その1つで強さを示せば……
「そうだ! 手柄を立てて思いを伝えても許してもらえるようになればいいんだな! 誰もが認める強さなら1度くらいは許されるかもしれないんだな!!」
メッチャーはさっそく行動に移しました。
知り合いのツテを辿って、若い頃に平民でありながらもそれなりに魔獣と戦い勝ってきた初老の男性に教えを請い、基礎を学びました。
「こら立たんかいこのブサイクが! この程度で根を上げるようならさっさと下らねえ夢なんざ諦めな! 1度でも倒れたら魔獣はもうオマエを餌としか認識しねえぞ! ここで終わるようなら所詮テメーなんざただの“ピーッ”だ!」
「た、立つんだな。ボクの夢はくだらなくないんだな! だからお願いします師匠、もっと厳しくしてください! 絶対に夢を叶えるために! その鞭(家畜用)でもっとボクを叩いてください! もっと汚く罵ってください! ハア、ハア」
メッチャーは師とした男性の厳しい特訓に挫けるどころか、より厳しい特訓を嬉々として受け入れ続けて逞しく成長を――
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「ちょっと待って」
再び大悟から静止の声。
「またか。最後まで聞けって言ったろ?」
「もうオレ最後まで聞くの怖えよ。物語再開した時はちょっとまともかと思ったのにさ。その勇者って絶対ただの変態だよな?」
「ここからはノンストップでお送りします」
「無視かよぉ……」
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1年後、メッチャーは強くなった。
元々才能もあったのかもしれないが、努力に努力を重ねてどんどん強い魔獣を枯れるようにまでなったのです。
戦斧を武器に大抵の魔獣は一撃で葬り、本来なら魔術師が必要になるほどの魔獣相手でも勝てるようになっていきました。
獰猛な四足歩行の魔獣ウルフェルベインを相手にしても、
「ぐわっ!? また爪で切られてしまいましたか。ですが、無数の傷が私の身体を熱くさせる。高ぶりますぞおおおおおおっ!!」
植物系魔獣エルダートレンティアーを相手にしても、
「効きません。効きませんぞ! その鞭のような枝による攻撃、師匠の鞭捌きの足元にも及びませんな! ハア、ハア、思い出したら急に体が熱く……」
そうして手柄をあげ続け、「ヤベェ、めっちゃ強いブサイク野郎がいるぞ」「強い魔獣と戦いながら頬を赤く染めてたってよ」「夢のために戦ってるって話だ」などと帝国中にも知られるほどになりました。
そして、さらに1年が経った頃のことです。
帝国中が震撼する程の大事件が起こりました。
何と非常に強力な魔獣が突如として現れ、王都からそれ程離れていない町が壊滅したというのです。魔獣は全長5メートルはあるかという大きさの二足歩行型だという情報だけは、死に物狂いで逃げ帰った者の証言で判明しました。
もちろん帝国はすぐに動きます。
王命によって選りすぐりの魔術師たちと騎士が集結され件の魔獣、後に災厄の鬼神王と呼ばれる魔獣を討伐しに向かいました。
犠牲は出るかもしれないが、負けることはないだろうと誰もがその時まで思っていたのです。
数日後、討伐に向かった者たちがボロボロで帰ってくるまで。
生き残りに話を聞けば、何とその魔獣を中心に一定範囲で魔術が無効化されてしまうと言うのです。火力重視の遠距離で魔術を扱うものは多くが生き残りましたが、『強化魔術』の効果を信じて立ち向かって言った者の末路はとても言葉では表せないものだったそう。
何より最悪だったのが、その魔獣が王都に向けて歩を進めていることだったのです。
帝国は大混乱に陥りました。そんな中でも必死に国民に落ち着くよう言葉を掛けるアイリス王女。
その姿を見たメッチャーは決心しました。
「私が……その魔獣を倒す!」
メッチャーは1人走ります。その魔獣の元へ。
たどり着いた時には他の小さな村がいくつも潰された後でした。
赤黒い肌に額から角を生やしたその魔獣からは、離れていても分かるほど血の匂いがこびりついていたそうです。魔獣はメッチャーを見ても「新しい獲物が自分から来た」ぐらいにしか思っていなかったのでしょう、ニヤニヤした顔だったそうです。
「アイリス王女のため、オマエはここで倒します!」
戦いは3日3晩続いたと記録されています。
新たに編成された討伐隊が到着した時に見たのは、全身血まみれの状態で立ったまま気を失っているメッチャーと首を落とされた魔獣だったそうです。
そうして、一命を取り留めたメッチャーは英雄になりました。
帝国中がメッチャーを称えたのです。
そして皇帝直々に好きな褒章を授けるという話になった時、メッチャーは今までにないほど真剣な表情で言ったのです。
「数年前から、アイリス王女に、どうしても伝えたいことがございました。本来なら私のような者が言うなど無礼な事でありますが、それを1度だけ許していただきたいのでございます」
皇帝はそれを許可し、アイリス王女をメッチャーの前に出しました。
「それで、私に言いたいこととは?」
「……初めて遠くから目にした際、一目惚れしました。私は、アイリス王女様を好きになったのです」
謁見の場はざわつきますがメッチャーは続けます。
「私のような者がアイリス王女様に恋をするなど、心に留めるならばともかく、それを伝えるなど不敬なことでございます。しかし今、1度だけ何を言っても許されるのであれば、この思いだけでもあなたに伝えたかったのです」
「……ありがとう。私にはもう婚約者がいますからその気持ちに応えることはできませんが、私の近衛騎士になりませんか?」
「是非に」
こうしてメッチャーの夢は叶いました。
この話は帝国中に広まり、顔が不自由なせいで女性にモテず、働く場所も中々見つからなかった帝国に住むブサイクたちは、例え顔がブサイクでもきちんと評価してくれるのだと己を鍛え、強者のブサイク率が必然的に上がりました。そして普通の顔やイケメン顔の騎士や魔術師も「ブサイクに負けてなるものか!」と競争するように強くなっていったのです。
今も栄える武力国家、ヴォルサー帝国の王都の広場には勇者メッチャーの銅像があり、観光名所となっています。
おしまい。
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「いい話だったろ? ヴォルサー帝国はエヴァーランドでも1、2を争うほど強い国でなー、オレも行ったが強い奴が多くて――どうした?」
俊が気付いた時、大悟は部屋の隅っこで体育座りしていた。
「なあ、一体どうしたんだよ?」
「……いろいろと疲れたんだよ……」
「はあぁ?」
「どうしたのよ大悟。今日の夕飯はせっかくの肉料理だってのに? 食欲ないのか? というか、目が遠いぞ……?」
「……なあ、母さん」
「な、何だ?」
「世の中って、知らない方が幸せなこともあるんだな……」
「本当に何があった!?」
今どき普通の勇者など流行らんのだよ。(作者)
次回、『閑話 藤野崎音子 視点:日常④』
気分転換もかねて、新作の短編で『アルビノ少女の異世界旅行記』を投稿しました。よろしければご覧ください。




