第1話 ここはどこ? 私は誰?(いや、まじで)
光の先にあったのは……全然知らない世界でした――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いや何でだよ?」
残念ながらその疑問に答えてくれる人は、ここにいない。
突然頭を襲った意識を失うほどの激痛により、救急車で病院へ運ばれてみれば「異常無し」との結果が出た今年で3歳になる子ども、それが今のアレンだった。
自ら死を望んで命を対価に発動する謎の魔法陣を使用した結果が、自分が生まれ育った世界エヴァーランドとは異なる世界に生まれ変わるなど予想できるわけがない。
ここが自分の居た世界ではないと確信した光景を見て絶叫した日から、すでに数日が経って今日はついに退院することになっていた。
その時、自分でもビックリな絶叫をあげれば、もっとビックリしたのは母親の方だ。
「シューン! どうしたのー!? またどこか痛いのー!?」と大騒ぎする事態になってしまった。アレンはアレンで衝撃から抜け出せず放心していたせいで、病院の先生の所へリターンして再び検査を受ける羽目になっただけでなく、まともな受け答えができなかったことで余計な誤解を与えてしまい「今すぐ手術の準備を!」と医者が集まりだし、その時になってようやく現実に意識が戻って来たのだ。
迷惑かけて本当に申し訳ないとしか言いようがなかった。
では一体何があって叫んだんだ? と質問されれば、「外に出た瞬間の景色に感動しすぎまして!」などと苦しすぎる言い訳をすることに……
病院の入り口から見える景色など道路と駐車場、少し先にあるものでも電車が通るための道路より上側に設置された線路に、普通の家とお店、どこかの会社のビルぐらいしかないというのに、その景色を見て「感動しすぎて」などと言った感想がなぜ3歳児の口から出てくるのか、その場にいた全員が首をかしげることになる。
――咄嗟に出た言い訳がそれだっただけで、別に本当に感動したわけじゃないから。だから、そんなかわいそうな子を見るような目でオレを見ないでくれ!
アレンとしても、どこかに隠れたくなるレベルで恥ずかしかった。
「俊、本当に大丈夫なの? 目を覚ましてからボーっとする時が多くなったけど。死んだ魚みたいな目をする場合もあるし、何かあるならお母さんに言うのよ」
「え!? だ、大丈夫だって。少し考えごとしていただけだよ!」
母親の方は「大丈夫」という言葉を信じていなかった。
少し考え事をするたびにボーっとしたり死んだ魚のような目をするようになった、カワイイ3歳になる大事な息子。これで何も心配しない親がいるなら、その人は親失格だ。
それに、妙に受け答えが今までよりもハッキリしているような?
(しっかりするのよ私! 夫にも「私が付いているから」って言ったじゃない! 私がこの子を護るのよ。ファイトだ私!!)
息子が変? そんなこと知るか! とばかりに身を奮い立たせる母親。隣にいる息子(アレン)は急にやる気全開な雰囲気になって、炎の幻影を纏いだした今世の母親に引いていた。ついでに周囲の人々はもっと引いていた。
ちなみに、遠くで仕事をしていた旦那さんは1度こうだと決めた妻がだれにも止められないことをよく知っているので、まだまだ息子の側にいたかったものの、安心して? 妻に息子を任せて仕事をしていた場所へと戻った。
「お、お母さん。そろそろ家に……」
「そうね! それじゃ、数日ぶりに家に帰りましょうね」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
病院から車に揺られて数十分。ようやく目的地である親子が住む家にたどり着いた。たどり着くことができた。
窓から見える景色をずっと追っていたため、アレンの方は思いっきり酔ってしまったが。先ほどから前世でも感じたことの無い不快感とずっと戦い続けている。
『はあ、はあ、な、中々の強敵だった』
気持ち悪いせいで向こうの世界の言葉になってしまっているぐらい、余裕がなかった。日本語の「強敵」という言葉を知らなかったこともあるが。
そして前世の世界で強い魔獣と戦ってきた魔術師が「強敵」とする、乗り物酔いとはいったい?
3歳の子どもの記憶では色と大雑把な形の違いぐらいでしか、住んでいる場所を覚えていなかったが、あらためて家を見ればアレンの居た世界では考えられない要素が多々ある。
それは近くにある別の家々にも言えることだ。
「ねえ、お母さん」
「うん? なあに?」
「家っていうか、ここら辺ってお金持ちの人たちが住んでいる場所なの?」
「いやねえ。そんなわけないわよ。本物のお金持ちの家は普通の感性からしたら『なんでそんな所にまでこだわるのかしら?』って言いたくなるぐらい、すごい豪邸よ?」
「……そうなんだ」
別に豪邸を知らないわけではない。
貴族はほぼ全員が大きな屋敷に住んでいる。アレンは「屋敷とか、お手伝いさんとか興味ねーっす」だったので、他と比べるとかなり小さな屋敷(目の前の家ぐらいの規模)で暮らしていた。
しかし平民の家というのは、もっと小さくて外見も最低限のキレイさがあれば構わないといった感じなのである。もちろん大商人レベルの住む家ともなれば、また違ってくる。
しかし、そうなると一般人が住む家に当たり前のように使われている技術の高さに目が行くこととなる。魔術具が使われているなら納得できる部分もあるが……
(それらしい反応は無いな。そもそも魔術自体あるかどうか怪しいのが問題なんだよな……)
疑問は尽きないが、まだ乗り物酔いが治っていないため早く横になりたかった。もう少し整理したいこともある。
「お母さん、気持ち悪いから寝ていたい」
「あー、やっぱり酔っていたのか。分かった。内線の電話を置いとくから、何かあったらかけるようにしてね? すぐに行くから」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ベッドの中で乗り物酔いが収まってきたアレンは、これまでに分かったことを思い出していた。
まず自分はエヴァーランドという世界にある、レイアラース王国の魔術師アレンだ。これは間違いない……と思う。
現在の3歳の子どもとしての記憶もあるが、あくまでも自分はアレンだ。
子どもの頭の中にいきなり30過ぎのオッサンの意思が出現して人格を上書きしたというよりも、今まで忘れていた「アレン」としての記憶を思い出した感じだった。
というか、そうでなければ不安になる。
2つ目に、ここはあきらかに自分が住んでいたエヴァーランドとは違う世界だ。
病院の入り口から見た光景で確信はあったが、その日の夜に母親から見せてもらったこの世界、地球の世界地図はエヴァーランドのとは似ても似つかなかった。
そうなってくると、次は3つ目の問題となる。
1つ目と2つ目の問題から考えるに、例の魔法陣は発動者を別の世界に転生させるものであったということになるが……
「普通の魔術……じゃ、ないよな~」
そう、どう考えても普通の魔術ではない。
アレンの居た世界には様々な魔術が存在するが、別世界への転生魔法陣の魔術など、いくら何でもむちゃくちゃだ。ありえない。
しかし、こうして自分の存在自体が証明になっている。
正直、現時点ではいくら考えても答えなど分からないだろう。
あの遺跡に関しても、別の世界である以上調べようがない。
4つ目に、なぜ今なのか? ということだ。
別に母親のお腹から生まれる瞬間を経験したい、母乳を吸いたいといった、アブノーマルな性癖を持っているわけではない。
というか、そんな奴に出会った日は全力で記憶から消す以外の選択肢は無い。
考えられるのは、アレンとして生きてきた30年以上の記憶を最低限受け入れるための器ができていなかった可能性だ。
人の脳の構造など大まかにしか知らないが、あの時の激痛は数十年分の記憶がよみがえったことによるものだろう。
むしろ、よく死ななかったものだ。生まれた時点で記憶が流れ込んだら、冗談でもなく頭が破裂したのではないだろうか?
そして、最後にして最大の問題は……
「転生……か。これって『アレン』は死んだと見るべきか? それともまだ生きていると見るべきなのか? オレは、どうすればいいんだ?」
自分は、アレンは、死ぬために例の魔法陣を発動させたのだ。
あの世界では、もう生きる気が無くなったから死のうと思った。
しかし今は別の世界で別人になっているとはいえ、生きている。
「シュン。麻倉俊。それが、今のオレの名前。今の、オレ自身か」
自分が「シュン」と言う名前であることは周囲からの呼びかけと記憶から分かっていたが、母親から教えてもらったフルネームを知ると、違った思いが出てくる。
言葉で表すことのできない思いが。
「……そうだな。『アレン』は死んだんだ。今のオレは麻倉俊だ。何者でもない、ただの麻倉俊なんだ。自分の意思ではないとはいえ、転生までしたのにもう1度死のうだなんて思えない。不安ばかりだけど、そんなこと知ったことか。今決めた。もう決めた。今日この時をもってして、オレは『アレン』ではなく『麻倉俊』としてこの世界で生きる!」
こうして、元居た世界エヴァーランドから別の世界である地球に逆転生した魔術師アレンは、麻倉俊としての新たな生を受け入れ、生きることを決めた。
そしてこの時の決断により、様々な事件に巻き込まれ、運命を変え、数え切れないほどの人々を救うことなるが、それはまだ誰も知らない未来の話である。
自分でも苦しいと思う言い訳に穴があったら入りたい主人公。
母親は母ちゃんパワー全開。
『アレン』は『麻倉俊』として新たな生を受け入れました。
次回、『魔術というモノ』




