第32話 魔法はあったよ
「……バカじゃないよ」
「へ?」
「本物の魔術師のオレからしたら、火之浦はバカじゃない。魔術なんてのはオレにとって、本当に小さな頃から当たり前にあるものなんだぞ? ていうか、オレが火之浦の話みたいに魔術のこと全否定されてバカにされたら、倍返しで心霊現象モドキの体験フルコースをプレゼントしてやる」
この世界では魔術は認知されていない。
妖怪やこっくりさんなどが実在していることから、100%無いと断言する事こそできないが、魔法も魔術も一般的には物語の世界にしかないとされる。
だが、だったら「俊」は何なんだという話になる。
そもそもその魂がこの世界のモノではないのだ。イレギュラー、完全な異物、存在そのものが矛盾だらけ。
前世の記憶が蘇ってからしばらくして、そんな考えに至った。同時に心細くなった。もし魔術にしても魔法にしてもそれ以外の常識外の力にしても、本当の本当にそういうものが存在しないとしたら? テレビなどで紹介されるものが全てトリックだとしたら……
そんな風に考えた途端、酷く寂しくなったのだ。
「孤独」という言葉も浮かんできた。
普通に生活するだけなら家族と一緒だし、友人だって創れるだろう。前世でやりたかったことも、この世界でならできるだろう。将来のことなどそれこそ想像することしかできないが、結婚だってする可能性はゼロではない。
しかし、平穏な生活を望むのなら「魔術師アレン」として今まで何十年と生きて来たそれまではどうなる? 自分は一体何のために生まれ変わったというのか。
時々夢で見る。成長した「一般人の俊」が顔も分からない友人や恋人に囲まれてる姿を、暗い場所から「魔術師アレン」が見ているという夢を。
魔術は使える――隠れてコソコソと……
魔術は使える――誰にも言うこともできず。
魔術は使える――万一のためにと言っておきながら、バレた時に周囲からどんな目で見られるようになるのか想像しただけで震えるというのに。
魔術は使える――手品だと偽って。
魔術は使える――自分1人だけが。
魔術は使える――だから……どうした……
魔術の練習をするたびに、頭のどこからか聞こえてくる。
この世界で生きると決めたのに、と自分で自分が嫌になる。
それは大悟や菜々美と出会っても変わらなかった。
変わったのは、狂暴になった河童から2人を護るために魔術で戦ってからだ。
……魔術のことを告白する時、俊は怖がっていた。心の底で、自分を見る目が変わるんじゃないかと。本当にそうなったら心は折れていたかもしれない。
しかし、ふたを開けてみれば、何も変わらなかった。
むしろ、尊敬や憧れに近い目で見て来た。
そして、魔術師になれる可能性がある特殊魔術を受けることができる適性が2人にはあった。それが、どれだけ嬉しかったか。
魔術師は自分1人じゃないということに、どれだけ救われたか。
「オレなんて生まれた瞬間から世間一般の常識とやらに当てはめたら、世界規模で存在そのもの否定されてるようなものなんだ。最初は余計なことまで考えたりしたけどさ、今はどうでもよくなったよ。だってそうだろう? 先天的にか後天的にかの違いこそあるが、自分と同じ魔術師が他に2人いるんだから。それだけで安心するし、心細くなくなった。オレは今、隣にいる2人のお陰で、心を救われたんだ」
「俊くん……」
「俊、オマエ……」
大悟と菜々美は俊の言葉に目を見開く。
自分たちからしたら、河童から命を守ってもらって、魔術に自然と憧れて魔術師になった。それが俊の心を救っていたなど考えたこともない。
現に、そのことを今初めて知ったのだ。
「だからさ、火之浦。オマエが憧れた存在は実在してるんだ。決して嘘偽りじゃないんだ。……自分の気持ち誤魔化すのは今日までにしとけ」
「(コクコクコク!)」
「麻倉……藤野崎……」
俊がしっかりと椿の目を見て言えば、横からヒョコっと出て来た音子が首をブンブンと縦に振る。それから椿は「ハア~~~」と深く息を吐いた。
「自分の気持ちを誤魔化すのは今日までにしとけ、か。……そうね、そうよね。魔法は、本当にあったんだから。もう変に意地を張るのはやめるわ。魔法は存在しないって、信じないって言うのはもう終わり。うん、何かスッキリした」
そう言った椿の表情は、本当に憑き物が落ちたような晴ればれしたものだった。これが本来の椿の表情だったに違いない。
今までのようなトゲトゲしい雰囲気が完全に無くなり、幼いながらも整った顔立ちの椿の魅力が増していた。
「それで、その……あの、タイミング的にどうなのよって思うかもしれないんだけど……4人とも、ア、アタシと! 友達になってくだしゃい!」
顔を赤らめて、最後の方で若干噛みながらも言った椿の「友達になってほしい」という言葉に、俊たちは――
「「「いいよ」」」「(コクコクコク)」
即答だった。
「えええぇぇっ!? 早!? いいの!?」
「だって断る理由なんて無いし。あー、ほれ」
俊はビックリしたままの椿の手を持って無理やり握手する。そしてその上から大悟・菜々美・音子の手が重なっていく。
「これでオレらはもう友達だ。それと、友達なんだし下の名前でこれからは呼んでくれよ。オレらもそうするから。……よろしくな、椿」
「よろしく頼むぜ、火之――椿」
「椿ちゃん、よろしくね~」
「(コクコク!)」
自分の手に伝わる4人の温かさを感じながら、椿は最高の笑顔で返す。
「うん。俊、大悟、菜々美、音子……これから、よろしく!」
それは本当に花が咲くような、満面の笑みだった。
「……ふふふ、やーぱりな。予想通り」
「? え、どうしたの急に?」
急に笑い出した俊に、頭の上で?マークを浮かべる椿。
実は俊、椿の手を握った時に『分析』を発動していたのだ。いつものように背中ではないので時間が掛かったが、知りたいことを確認できた。
「椿……オマエ、魔術師になれるぞ」
「は?」 「「え!?」」 「!」
そう、当然確認したのは大悟と菜々美を魔術師にした特殊魔術を受けることができるかどうかの適性。確信があったわけではないが、もしやと思い調べれば適性あり。これで適性なしだったらどうしたものかと、頭を抱えることになっただろう。
とりあえず、その辺りのことを椿に説明する俊。
すると――静かに目から涙があふれる椿。
「アタシ……魔術師になれるの?」
「ああ。ここまで来たら、音子と一緒に面倒見るさ」
「アタシ……魔法が……使えるようになるの?」
「魔術な魔術。まあ、似たようなものだけど」
これは夢なのだろうか?
小さな頃から大好きだった魔法が本当にあって、自分もそれを使うことができるようになれるなんて……
夢なら、いつまでも覚めないでほしい。でも、頬をつねれば痛みがある。これは現実のことなんだ。きっと今、自分の人生の中で1番幸せな時だ。
椿が泣き止むまで、俊たちは側にいた。
「そういえば音子」
「?」
「何でオマエ、今日はずっと喋らないんだ?」
椿が泣き止んだ時点で、いつ聞こうかと思っていたことを俊は音子に聞いた。
無口無表情なのは知っているが、今日の朝から音子は一言も喋っていないのだ。先ほどから首を縦に振るしかしていない。
しばらくして音子はポンと手を叩いて納得した様子になると、ポケットからメモ用紙とペンを取り出し、そこにサラサラと何かを書いていく。
書き終わって見せてきたメモには――
『昨日、普段はしないぐらい声を張り上げたり、長く喋ったりしたから、朝から口やのどがひどい筋肉痛になった。喋るの今は無理』
――なんてことが。
「オマエ普段どんだけ喋らないんだよ!? いや、知ってたけどね!」
音子は目を明後日の方へ向けた!
さすがに自分でもどうなんだと、自覚しているのだ!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま」
「おかえり椿。ちゃんと今日は帰って――椿? 学校で何かあったの?」
「何かって、何?」
「その、随分と懐かしい表情の椿だったから……」
「懐かしい表情、か。ふふふ、そうかもね。今日は本当に気分がいいんだ。今までで1番! ……ねえ、お母さん」
「ん?」
「魔法は、あったよ」
方向こそ違いますが、俊は椿の気持ちが少し分かります。大悟と菜々美が魔術師になれると分かった時、1番嬉しかったのは実は俊。
今後は音子と椿が仲間に。修行はもちろんスパルタ。
音子は喋ろうとすると口やのどに痛みが走って、その日は1日中身振り手振りで過ごすことに。食事が特につらかったそう。
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次回から閑話をいくつか挟んで新章に。
気分転換に短編も書こうと思います。




