第27話 ピンチに駆けつけるヒーローズ
目の前にいるのはゴミの化け物。
正確には、ゴミで形作られた人の上半身のような姿をした化け物。
周囲にあったゴミが集まって頭・腕・胴体の形になっている。集まったゴミに統一性はほとんどなく、薄暗い中でもよく見れば、大きい所だと冷蔵庫・電子レンジ・洗濯機・本棚・机などの一般家庭にある物。細かい所だと密集したそれらの隙間を埋めるように、服・本・紙屑・アクセサリーなども見られる。
よく分からないのだと金属や木材の部品だった物だろう、形も大きさもバラバラな近くで見なければ分からない物まで化け物の一部と化している。
偶然なのかは分からないが化け物の顔の部分には、目に当たる場所にタイヤがくっつき、口に当たる場所にはテレビやラジオなどの音が出る機械があった。どうやら先程の謎の声はその部分から流れてきたようだ。
「……え? ……何これ? CG?」
「ア、アハハハ……冗談でしょ……」
現実逃避することしかできない子供たちのことなど知らぬとばかりに、ゴミの化け物の目が光る(どうやら目の部分になっているタイヤの真ん中に電球があるようだ)。そして、ガシャガシャとゴミ同士が擦れ合う音を響かせ、
「――げて」
その巨大な腕部分をゆっくりと上げていき……
「みんな早く逃げて!! 走って!!」
音子の悲鳴にも聞こえる言葉で、ようやく子供たちは我に返っていく。その時にはすでにゴミの化け物の腕は頭よりも高く上げられていた。
――まずい。
この場にいる全員がそう思った。
ゴミの化け物の行動が何を意味するかを頭で考えるよりも先に、自身の命の危機を知らせる警報がけたたましく鳴ったのだ。
「イ、イヤァアアアアアアアアアア!!」
「何かよく分かんないけど逃げろー!」
「たいひ! たいひー!」
子供たちが全速力でその場から逃げ出す。
そのすぐ後だった。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
高々と上げられた巨大な腕が振り下ろされる。
――ドッガシャアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!
轟音と共にやって来た風圧で逃げていた子供の何人かが転がる。辺りを覆う土煙が晴れた時、子供たちが見たのは先程まで自分たちのいた場所にある山のようなゴミ――否、ゴミの化け物の巨大な腕であった。
もしも音子の叫びが無かったら……
もしもあと少し逃げるのが遅れていたら……
それは、子供でも簡単に想像できるほど。
「――うん、分かった。とにかく逃げる。じゃ」
目を限界まで見開いている椿も含め、呆然としてる子供が多い中、音子は携帯で話していた相手との通話を切ってゴミ処理場の入り口の場所を再確認する。
「何アレ何アレ何アレ!? ゴミが集まって化け物になって襲ってくるですって!? これよこれ! 私が待っていたのは! 何なのかしら? ポルターガイスト? いえ違うわ。もっと別のすごい何かに違いない! オカルト魂が騒ぐわ。生きて帰ったら録音した化け物の声とさっきカメラで撮った写真をテレビに送って、世間にオカルトブームを巻き起こしてやるわ!」
オカルト女子はブレなかった。
実は逃げる瞬間に連続でカメラのシャッターをきっていたりする。プロの戦場カメラマンも顔負けの腕で!
しかし、不思議な現象に興奮するのは仕方ないとはいえ、もう少し空気を読む能力を身に付けるべきだ。何気に死亡フラグまで立てよった。
『OOOOOOOOOOOOOOOO……』
再び聞こえるゴミの化け物の声。
よく見ると決して早いわけではないが、足の無い胴体を引きずるようにして移動を始めた。引きずられてる部分のゴミが大量に蠢いている。
移動してる方向は――子供たちの方。
「き、来てる来てる来てる!?」
「私たちのこと狙ってるの!?」
「こちら現場の『ガラゴロガシャン!』――です。私たちは肝試しに来たゴミ処理場で、突如現れたゴミが集まってできた化け物に襲われています。はたして私はここから生きて帰れるのでしょうか!?」
子供たちはパニック状態だ。
若干1名、おかしなのがいたが。
「早く入り口に! こっち!」
音子は入り口からここまでルートを正確に覚えていた。なので自分が先導して逃げることに。今も「うそ……まさか、本当に?」とつぶやいていた椿の手を引っ張り、興奮しっぱなしのオカルト女子の頭を引っぱたく。
逃げる子供たちをゴミの化け物はゆっくりと、確実に追う。まるで弱者をいたぶるかのように、恐怖を与えながら……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――ガラゴロガラガシャ!
「ああぁ!? また道塞がれた!」
「ぐすっ、もう嫌だよー。えぐっ、いつまで逃げ続ければいいのー」
「足が痛いよ~。ママ~パパ~」
子供たちがゴミの化け物に追われ始めてからまだ5分も経っていないが、肉体的にも精神的にも追い詰められていた。
ゴミ処理場の入り口までは子供の足とは言え、全速力で走れば1分掛かるかどうかという距離だ。しかし、未だに辿り着けずにいる。
それは、入り口までの道を何度も大量のゴミが塞ぐから。
十中八九ゴミを操っているのは、今も追いかけて来ているゴミの化け物だろう。逃げては道を塞がれ、逃げては道を塞がれと繰り返すうちに疲弊していく。
何よりも現在の状況は非常にマズかった。
「最悪」
「ど、どうしたのよ?」
苦虫を嚙み潰したかのような表情で言う音子に、隣にいた椿が嫌な予感を覚えながらも聞く。
「分からない? もう逃げ道が……無い」
「何ですって!?」
がんばって逃げ続けたが、ついに大量のゴミに周囲を囲まれて逃げられなくなっていた。ゴミの山を登って無理矢理入り口にまで向かおうとする子供もいたが、それは音子がやめさせた。ゴミの移動速度は速くないものの、登ってる最中に移動させられたら余計危険だと判断したからだ。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!』
ゴミの化け物はもう間近に迫っていた。
「あ、あ、ああああああぁぁ……」
その姿を見て足がすくみ、絶望の声を上げる椿。その姿を嘲笑うかのように、再びゴミの化け物の巨大な腕が振り落とされる。
「避けて!!」
子供たちに向かって叫ぶ音子。足が震えてる椿を火事場の馬鹿力で抱き着くように抱えて跳ぶ。
瞬間、轟音。
直撃は避けたが吹き飛ばされる子供たち。
「「「ギャアアアアアアアアアアア!?」」」
「「キャアアアアアアアアアアア!?」」
「イヤアアアアアアッ!? まだよ! まだ私は負けない! この写真と音声を持って帰るまでこんな所で死ぬわけには――ヘブッ!?」
「ぺっぺっ。……無事?」
「口の中がジャリジャリする以外は掠り傷よ。アンタは?」
「生きて帰れたら、明日は筋肉痛確定」
「帰れたらね……。とりあえず、ありがと」
僅かながらに感じる痛みに顔をしかめながら起き上がる音子と椿。
辺りを見渡せば他の子供は全員生きているようだが、気を失っていた。オカルト女子と思われる子供は犬〇家みたいなポーズでゴミの山に突き刺さっている。
そしてゴミの化け物は音子と椿を視界(?)に入れていた。
ゆっくりと上げられていく巨大な腕を見ながら、しかし2人ともすでに逃げる気力を失っていた。怪我は大したことないが立つことはできそうにない。
「……こんな状況でなんだけどさ」
「何?」
「ここに来るまでの質問。魔法信じないことに特に理由なんてないって言ったけど、アレ実はウソ。本当はそれなりに理由あったりするのよね」
「どうして、ここで?」
「さあ、何でかしら?」
ついに1番高くまで上げられた巨大な腕。
振り下ろされる瞬間が2人にはゆっくりと見えた。
そして直撃を受けた自分たちがペチャンコになる姿を幻視――
「『中規模衝撃波:レベル5』!」
「『魔拳』!」
「ポチ~! タマ~!」
「アオーーーン!」
「ニャオーーーン!」
――することはなかった。
『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!?』
なぜなら、そのゴミの化け物が後ろに倒れ込んだのだから。
「「え?」」
音子と椿が見たのは、振り下ろされる途中の腕に体当たりをして止めた犬と猫。ゴミの化け物の顔部分に拳を突き刺している子供と不自然にへこんだ胴体部分。
「よう。ギリギリ間に合ったみたいだな」
倒れ込むゴミの化け物を呆然と見ていると、後ろから声を掛けられた。椿は誰か分からず、音子は分かったからこそグリンッ! と音がしそうな勢いで振り向く。
「え? アンタ、同じクラスの……麻倉?」
「……待ってた」
困惑顔な椿に対し、音子は心から安堵した表情を見せる。
「お客様。当店ではミックスピザの取り扱いはしておりませんが……」
声を掛けた子供――俊は得意げに笑う。
「代わりに、希望をお届けに参りました」
ピンチに助けてくれるヒーローはそこにいた。
次回、『VSゴミの化け物 前編』




