第25話 好奇心は猫をも殺す
――魔術の結界を自力で突破したとか、マジねーわ……
今も現実逃避中の俊。
目の前で栄光を掴んだかのような雰囲気の女の子――音子は紛れもなく一般人であるはずだというのに、あろうことかドン引きレベルのストーキングによって、俊が修行場所に選んだ林周辺に張った結界を越えて、魔術を使っている所を目撃されてしまった。
さらに魔術師になるために必要な特殊な魔術の適性がある始末。現実逃避でもしなければやっていけなかった。
「すぐに魔術師になれる?」
そんな俊の気持ちなど知らないとばかりに、またも顔を近づけて訪ねてくる音子。今も瞳の中は星のようにキラキラ状態だ!
「いや。この魔術って扱いが難しいだけじゃなくて、オレにも負担があるからな。大悟と菜々美を魔術師にしてから1年経ったか経たないかぐらいしか時間が空いてないから、使っても大丈夫か調べにゃならん。それに音子も魔術師になりたいってことは、本格的に魔術を使えるようになりたいんだろ?」
「もちのろん」
「だったらそこらへんも含めて今後の予定を考えなきゃいけないからさ、とりあえず明確な答えが出るまで数日は待ってくれ。念のために釘を刺しておくけど、絶対に今日のことを誰かにしゃべるんじゃないぞ。家族でもだ。もし破るようなら魔術師にはなれないと思え」
「分かった」
その後も細かい注意事項を音子に言って、その日は解散することとなった。
「そういえば、質問」
「ん?」
帰るために林の中を音子を含めた4人で移動している最中、唐突に音子が俊に語りかけてきた。
「途中で木の棒、削ってた。アレ何?」
木の棒? と一瞬何のことか分からなかったが、音子が今日の修行風景を見ていたのを思い出して、アレとは何を指しているのか見当がついた。
「これのことだろ?」
そう言って、突然広がった空間の穴から俊が取り出したのは、太めの木の枝の先を尖らせ、握りやすいように加工した――短槍だ。
「槍? けど、短い」
「短槍っていう武器だよ。普通の槍が中距離から攻撃するのに対して、短槍は近距離用だな。って言っても、木を削っただけのだから本物とは比べられないけど」
前世の俊は1人での活動がメインだった。そして、どういう状況でも戦えるように工夫していた。新しく魔術を創ったり、役に立ちそうな魔術具を作ったり。
いろいろな武器を試して、1番自分にしっくり来たのが短槍だ。
前世では遺跡や洞窟にも調査に訪れていたので、狭い空間でも取り扱える武器を好んで使っていた。短槍だけでなく、短剣や短弓なども。
地球に転生してから今までは必要性を感じなかったが、『河童事件』から認識を改める。
しかし、子供が武器など買えるわけない。どうしよう?
だったら、無いなら作ればいいじゃない!
と、いうわけである。
ゴミ捨て場で見つけた古びたナイフを用意。修行場所で見つけた丈夫そうな太めの木の枝をチョイス。後は地道に短槍の形になるよう削っていく。
使っているナイフが古いものなので、壊れないよう慎重に削った結果、時間は掛かったものの何とか完成した。
「けど、いつ使う?」
「準備しとくに越したことはないんだよ」
実際、そう遠くない内に武器の出番がありそうだと思ったから作ったのである。
説明は終えたと、再び出現した空間の穴に短槍をしまう。
「今の穴は?」
「『空間魔術』の分類になる『異空間倉庫』っていう、ようは四〇元ポケットみたいな魔術だよ。テレビで見たことないか? 青いタヌキみたいな普通に食事になんかもするロボットが出てくるアニメ。あれみたいに特殊な空間の穴にいろいろ詰め込むことができるんだよ。制限なんかはあるけど」
「修行すれば私も使える?」
「それは音子次第だな」
その言葉を聞いて「絶対モノにしてみせる」と意気込む音子。
そんな音子を見ながら、また騒がしくなりそうだとため息を吐く俊の顔はどこか楽し気なものだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
音子に魔術を見られてから3日が過ぎた。
魔術を見たことを音子は誰にも言っていないようなので、騒ぎもない。
この3日は至って平穏な日常だ。
音子の『まだなの? アピール』を除けば。
「どうにかならないかなー……アレ」
「どうにもなんねーだろ」
「音子ちゃんのワクワクが止まらない~」
今は昼休みの時間。
俊たちが音子のいる席に目をやれば、そこにはいかにもソワソワした様子の音子が。3人の視線に気付いたのかキラキラした目で見つめてくる。
――まだなの? 後何日待つの? 早く早く早く。
目を見ただけでそう言いたいのが分かる。
なので俊も目で返す。
――落ち着け。約束は守るから大人しく待ってろ。
一応は俊が言いたいことが伝わったのか、軽く頷いてソワソワした動きをやめる音子。ここ3日はいつもこんな感じだ。
魔術師にするための魔術も何とか使えそうだし、明日あたり音子と今後のこと相談するか、と俊が考えている時だった。
「ねえ、その話本当!?」
「いたたたた、ちょっと離して」
どっかで聞いたことがある大きな声が。
やけに響いた声のした方を俊たちが見れば、
「……またオカルト女子かよ……!」
「最近よく来るね~」
「聞いた話じゃ、他のクラスでもオカルト関係の話題を持って突撃してるらしいぞ。何があそこまで動かすんだか」
隣のクラスなのに時々俊たちのクラスにやって来てはオカルト関係の話をする、魔術を知った時の音子のように目をキラキラさせたオカルト女子さんが。
そんなオカルト女子は現在、俊のクラスの男の子にズイッと顔を寄せて肩を掴んでいる。かなり力が込められているのか、男の子は非常に痛そうだ。
「ああ、ゴメンゴメン。で、さっきの話本当?」
「本当に反省してるの? まあいいけど。……学校の北方向に大きなゴミ処理場があるのは知っている? ゴミなんかの処理をするとこなんだけど、ここ数ヶ月、夜になると誰もいないはずのそのゴミ処理場で何かが動く姿とゴミが崩れる音が聞こえるんだって」
「残業している作業員とかじゃなくて?」
「気になって見た人がそのゴミ処理場を管理してる会社に電話で聞いたらしいけど、そんな作業員はいないって。で、この話をネットに上げたら、他にも夜に変な影を見ただのおかしな音を聞いただのって情報があったんだよ。ボクもネットで記事を見たお兄ちゃんから聞いた話なんだけど……。もしかしたら幽霊が出たんじゃないのかって……」
少し離れた所で話を聞いた俊は、以前自分の住んでいる地域について調べた際のことを思い出していた。
確かそのゴミ処理場はゴミを溜めておくスペースがかなり広く、鉄格子の扉から見える範囲では常に粗大ゴミなどが小山のように積まれている。住宅地から離れた場所にあるが、ゴミを処理する時に出る臭いなどの対策もきちんとしているはずだ。
今まで事故らしい事故も起きていない。
そんな場所でここ最近になって幽霊が出ると噂になっている……
「ふん! 幽霊だなんてバカみたい。そんなのいるわけないじゃないの」
突如反論したのは火之浦椿だ。
話の輪には加わっていなかったが、どうやら聞き耳を立てていたらしい。
あいかわらず不機嫌そうな顔だ。
「そんなこと言って、ホントは怖いんじゃねーの?」
「本気で怖がる人ほど幽霊とか信じないって聞いたことあんぞ!」
「何ですって! そんなわけないでしょ!」
一部の男子が椿を煽り、椿もそれに乗っかってしまう。
「だったらさ今日の夜、肝試しでもしないか? そのゴミ処理場で。夜に家から抜け出してさ」
「おっ! それいいね!」
「私もやりたい! おもしろそう!」
男子の提案に他の子供たちも興味を持ったのか、肝試しに参加する人数が増えていく。当然のようにオカルト女子も参加を決定。
「火之浦も来いよな。幽霊はいないんだろ? だったら怖くないよな? それとも本当は怖いから無理なのかな~」
「ふん! やってやろうじゃない! 幽霊なんていないこと証明してやるわ!」
男子がニヤニヤと言えば、売り言葉に買い言葉とばかり椿も参加することに。
「私も」
さらには音子まで興味を持ったのか、肝試しのメンバー入り。
その様子を見ていた俊は、なぜか『河童事件』の時に感じたような得体の知れない不安を感じていた。
「妙に嫌な予感がするな……」
その予感が現実のものとなるまで、残り数時間。
魔術の無い地球で魔術師の仲間ができるのは、なんだかんだ言って嬉しい俊。
音子は早く魔術を使いたくてソワソワ、ウズウズ、ニヤニヤ。家でもそんな感じなので近いうちに第2回家族会議が予定されていたりいなかったり。
クラスの何人か(+オカルト女子)が肝試しに。子供なので夜に抜け出してそんなことしたらどうなるかまで頭が回っていません。
次回、子供たちがゴミ処理場で見たものとは?




