第23話 にゃんこストーカーは見た!
今年小学校に入学した藤野崎音子は、食品会社に勤める父と専業主婦の母、1つ下で来年同じ小学校に入学予定の弟を家族に持つ、ごく普通の家庭に生まれた女の子だ。
特徴としてはパッチリとした大きなかわいらしい目、セミショートの黒髪、同年代と比べると少々小柄なことだろう。
そしてお気に入りなのか、黒猫のバッジをいつも身に付けている。
しかし、彼女と知り会った人に藤野崎音子の特徴を聞けば、ほぼ全員から帰ってくる答えが――無口無表情なこと、である。
生まれたばかりの頃は普通の赤ちゃんとさほど変わらなかったが、成長するにつれて段々と無口無表情なのが目立ってきた。
全く感情が無いわけでも、一言もしゃべらないわけでもないのだが、同じ幼稚園にいた子供が物陰に隠れて脅かそうとした時も、
「せーの……わ!!」
「!?(ビクッ)」
「へへへ、おどろいたか!」
「うん。ビックリ」
「……ぜんぜんビックリしてないじゃん」
と、こんな感じであった。
子供が急に出て大声をあげて出てきた時は、音子は目を見開いたし、心臓もバクバクしていた。
しかし、表情には何も変化せず口調もいつも通り。
驚かした子供も「驚かしがいがない」と、それ以降関わることがなかった。
実際のところ、音子はかなり驚いていたというのに……
そんな音子にも大好きな趣味があった。
ありとあらゆるものの――観察である。
家の庭に巣を作ったらしいアリの観察から始まり、
家族のちょっとした体調の変化。
学校へ行く通学路にある建物や通り過ぎる人。
時々見かける鳥や野良猫。
同じクラスの子供たちや先生。
そう、目に付くもの全てが音子の観察対象だった。
そして音子は、非常に優れた観察眼の持ち主であったのだ。
入学式当日に母親が寝不足だったことも、通学路にあるアパートの外壁の一部が剥がれかけていることも、通学路で通り過ぎた女性の着ているコートの下がなぜか裸であることも、野良猫のお腹に赤ちゃんがいるのも、普通の人ならよく見なければ分からないようなことでも、音子にはすぐに分かった。
――同じクラスになった麻倉俊が普通でないのも。
音子が初めて俊を見た時に感じたのは、子供の中に当たり前のような顔をして大人が紛れ込んでいるような、しかし現実的に考えてありえないと思える程度の違和感だった。「気のせいだ」そう思いながら母親と一緒に帰った。
しかし、その違和感が気のせいでないことはすぐ分かる。
「やっぱり……変」
入学から数日で違和感は確信へと変わった。
口で説明しろと言われても難しい。
別に俊はおかしな行動を取っていたわけではないのだから。
音子と俊たちのクラスの担任は、俊のことを「落ち着きがあるのに少し変わった反応をするだけで、特別おかしい所はない」と評価していた。
これは休みの時間に、音子が何気なく聞いてみた結果だ。
さらに俊ほどの違和感は無いものの、いつも俊と一緒にいる坂本大悟と小池菜々美も気になる。
「何か、ピースが足りない?」
いつもなら何がおかしいのか、何に対して違和感を持つのかすぐに分かる。なのにそれが分からない。だからこそ考えた。何か自分が知らない要素があるのではないかと。
その日は俊・大悟・菜々美がどうにもそわそわしていた。
特に大悟と菜々美は時計を見る頻度がいつもに比べて多く、この後楽しみなことがあって仕方ない、と顔を見るだけでそんなことを考えてるのが分かる。
「あの3人の秘密、知りたい」
ずっと分からないままだったので、いい加減あの3人のことをはっきりさせたかった音子。
「探偵の尾行風で行く」
考えた結果、1番不思議な俊のことを尾行して、今日の様子を探ることにした。3人の反応を見れば今日、何かがあるのは間違えない。
昼休みの時間にそう決心した後、魔法があるか無いかで議論している子や隣のクラスから突然やってきた子(俊たち以上に音子の不思議センサーが反応したが、今回は見送ることにした。ただし、俊たちの後で絶対に観察することを決意)、そして魔法は無いとまるで自分に言い聞かせているような火之浦椿による騒動はあったが、予定通り下校中の俊を追跡。
俊が家に入ったあたりで、子供用携帯で家に帰りが少し遅くなるかもしれないことをそれとなく母親に伝える。
物陰から家を見張っていた音子は、俊が自転車でどこかへ向かおうとした時は少々慌てたが、子供用の自転車でそれ程スピードが出ていないこともあって何とか追跡することができた。
しかし、
「……え? え? あれ?」
途中であまりにも自然に、だからこそ不自然に俊の姿を見失った。
「? ? ?」
音子は人生で初めてと言っていいほど困惑した。
――確かに後を追っていた。
――バレないよう慎重にだけど、ずっと見ていた。
――なのにいつの間にか見失った!
結局、しばらく辺りを見て回ったものの、俊を見つけることは叶わなかった。
次の日の学校では疲れた様子の大悟と難しい顔で悩んでいる様子の菜々美がいた。俊はそんな2人を見て苦笑い気味だ。
「やっぱり、何かあった?」
その日は菜々美の方を隠れて追跡してみたが、俊を見失った周辺に差し掛かったあたりで菜々美までも見失ってしまう。
「う……そ……」
その時の音子は愕然と、そして呆然と立つことしかできなかった。
数十分後、音子は帰宅した。
出迎えたのは音子と違って、非常におしゃべりな母親だ。
「音子おかえり~。学校どうだった? 友達出来た? 昨日もそうだけど今日も帰りが遅かったよね? どっかで道草くってるの? 電話してくれるから安心できるけど心配なのよ? ……音子? 俯いてどうしたの? どっか痛いの?」
「べ――に――ほん――じゃ――し」
「? 音子? どうした――」
「別に本気じゃないし昨日も今日も軽い気持ちだったからだしあんまりしつこすぎるとマナーが悪いから加減していただけだし全然本気じゃないんだから実力の2割でしか観察していなかったから見失っただけで本気出したらありとあらゆるものまる裸にできちゃうから無意識で抑え込んでただけであの3人が凄いわけじゃないそうよそうですそうなのよこのままじゃ終われない1ヶ月よ1ヶ月で私の観察眼を100%覚醒させて見せる3度目は絶対に追跡しきってみせる今度こそ見失わない今度こそ見失わない今度こそ見失わない今度こそ見失わない今度こそ見うしな――」
「音子ちゃん!!? 一体どうしたの!? ちょ、だ、誰か来てーーー!! ヘーーールプ!!」
藤野崎音子、6歳。
悔しすぎて小学1年生が絶対に言わないようなことを呪詛のように垂れ流す。
音子の自宅の屋根にカラスが集まりだしたのが不吉だ。
次の日から音子はとことん自分を磨いた。
両親にツ〇ヤで探偵モノやストーカー系のホラー作品を借りてきてもらい、テレビで追跡に少しでも役立ちそうな番組を録画し、父親のパソコンで『探偵』『追跡』『ストーカー』『気配の消し方』などのキーワードで検索をし、どれも目に穴が開くほどの思いで見た。
そして自分に叩き込む!
調べている内容があまりにもアレすぎるため、母親だけでなく父親も、そして弟までもドン引きすることになったのは言うまでもない。
――うちの娘(姉ちゃん)、将来大丈夫か!?
音子以外の家族の心が1つになった瞬間である。
しばらくして『第1回 藤野崎家 家族会議』が音子を除いて行われた。
ついに1ヶ月後、3度目の正直で俊を追跡する日が来た。
「もう、絶対、見失わない……!」
ここにいるのは、もう探偵音子ではない。
……観察能力をカンストし、気配を消す術まで身に付け、執念で獲物を追跡して見せる、完全無欠のストーカーだ!!
そして、絶対の自信と確信を持って俊を追跡する音子。
移動中におかしな気配を第6感で感じ取るが、どこにもその気配を見つけることができない俊。
例の俊を見失った周辺であらゆる感覚をとがらせる音子。追跡し、追跡し、追跡し、――林の中へと入っていった。
しばらくして、大悟と菜々美が合流したのをギリギリ観察できる距離で身を隠した音子が確認した後で目撃したのは――!
生まれて初めて見る、魔法や魔術などといった、超常的な力であった。
(=ↀωↀ=)ニャー!?
次回、『魔法を信じる者』




