第18話 誕生。そして入学
大変遅れて申し訳ありません。
活動報告でもそれとなく書きましたが、リアルの方で忙しかったり、精神的にショックなことがあったりと、小説を落ち着いて書ける状態ではなかったもので。
今日からまた更新再開です。
赤ちゃん。赤ん坊。ベイビー。
様々な呼び方があるが、普通に呼ぶなら「赤ちゃん」だろう。
生まれたばかりの頃はしわくちゃで目も開くことができない猿みたいな外見だが(実際にそんな感想を親の前で言おうものなら黄金の右拳が飛んでくる)、数日もすると本当に……本当に愛くるしい姿になる。そのつぶらな瞳で見つめられ笑顔を向けられれば、誰しもつられて笑顔となって赤ちゃんを可愛がるに違いない。例え、普段とは違う口調になって赤ちゃんへと話しかけても「仕方ない」と思われてしまう。
つまり、何が言いたいかというと……
「よ~しよ~し♪ お兄ちゃんですよ~♪ お母さんの言うこと聞いていい子にしていましたか~♪ 2人とも元気かな~♪」
「「あう~」」
こういうことである。
俊は大気圏突破レベルでキャラ崩壊していた!
普段では考えられないくらい、だらしない顔だった!
俊の母親である陽子が産気づき、救急車で運ばれて無事に病院へ着けばすぐさま手術室へ。一緒についてきた俊と父親である真一は手術室の側にあるイスに腰かけ、双子が無事に生まれることを祈りながら待ち続けた。
実際にはそれほどでもないにも関わらず、俊は永遠とも思える時間をイスに座った状態で何度も貧乏揺すりしながら待っていた。
それなりの時間が経った頃、真一が隣に座っていた俊に目を向ければ、貧乏揺すりが超高速の域にまで達している! 真一は目を疑った! 俊の足が残像を残すほどの速さで貧乏揺すりをしているのだから!
どうやら無意識の内に『身体強化』を発動させて、無駄で無意味な高速貧乏揺すりをし始めていたようだ。
どれだけ心配なのだろう……
本人は気付いていないうえにどうでもいいことだが、その日俊は貧乏揺すりの世界記録を塗り替えていたりする。
真一は「オレ疲れてるのかな? 息子が陸上で世界を狙えるレベルの速さで貧乏揺すりしているような……」と目をこすった。
実際、俊が陸上の競技に出れば世界一になれるだろう。
ただし、魔術と言うインチキを使っての話になるが。
その時、手術室の明かりが消えた。
真一はそれに気づいて勢いよく振り向き、俊も貧乏揺すりやめる。
そして中から出てきた人により、無事に双子が生まれたことが伝えられた。
現在、俊がいるのは母親の病室だ。
母子ともに健康で容態も安定してきたため、こうして新たに増えた2人の赤ちゃんを加えて家族全員が揃っている。
父親がいるのは扉付近の廊下だが。
父親である真一は病室の扉を開けてすぐに「陽子とニューベイビーたちは元気か~♪」と満面の笑みで言う準備をしていたが、「陽子t」辺りで俊が邪魔だとばかりに真一を押し出して、どれだけデレデレなの? と聞きたい程のキャラ崩壊をしながら母親と赤ちゃん2人に掛け出したので完全に出鼻を挫かれてしまった形だ。
扉の前の廊下で体育座りのまま「の」を指で書く真一。
――いいもんいいもん。最近息子のオレに対する扱いが少し雑になってきてるけど、別に何とも思ってないもーん。
どんよりした空気を纏って体育座りする真一に、廊下を通り過ぎる人たちは何とも言えない表情で通り過ぎていく。一部始終を見ていた案内役の看護師だけが同情の眼差しを向けながら、心の中で「挫けないで、ファイト!」と励ます。
「真一さーん? そこにいるのー?」
「ここにいるよ陽子! 一体どうしたんだい?」
愛する妻の声に立ち上がり、テンションが上がった状態で部屋の中の家族を見る真一。俊にも今日まで内緒にしていた赤ちゃん2人の名前発表イベントを任されるのかな? とウキウキしながら聞き返せば、
「俊がのど乾いたらしいから、下の自販機で何か買ってきてあげてー」
「…………はーい」
ただの雑用だった。
今にも泣きそうな表情で下の階に向かう真一。その様子にいつの間にかホロリと涙がこぼれ、ハンカチで目元を拭く案内役だった看護師。
「父さん、なんだか元気なかったけど……」
「一体どうしたのかしら?」
看護師は「誰のせいだ、誰の」という言葉を飲み込む。
本人たちに悪気が無いのが余計に質悪かった。
「そういえば母さん、女の子の方がお姉さんで男の子の方が弟だってことは分かってたんだけど、名前はまだ聞かせてもらってないよね?」
「今日まで秘密にしていたからね。……お姉さんの方が麻倉優香。弟の方が麻倉直樹って名前よ」
「……優香……直樹……それが、オレの新しい家族の名前。君たちの、名前なんだね……」
俊のつぶやきに、意味を分かっていないはずの双子は笑顔を返し、その姿を見た俊は本当に自然で幸せそうな表情になった。
――この子たちのためなら、神にだってケンカ売れるな……
心で思ったことはかなり過激だったが!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日は俊にとって、いや、俊を含む同い年の幼稚園に通っている子供たちにとって、特別な日だった。
そう、卒園式である。
「先生、今までありがとうございました。わたしがオカルトを好きになった、この幼稚園での思い出は、ずっと、忘れません! 『こっくりさん』を100%できるようになったら、先生たちと一緒にしたいと思います! 楽しみにしてください!」
「はい、ありがとう。でも『こっくりさん』はやめてね」
今はそれぞれ子供が今まで世話になった先生に対して感謝の言葉を言う時間だった。大抵は簡単な言葉で済ませる子が多いが、中には最後の最後まで名前が分からなかった『こっくりさん事件』からオカルト関係に興味を持った女の子のように、そこそこ長く話す子供もいる。
次は最後の方に自分から回った俊の番であり、オカルト好きの女の子の後ろに並んでいたのだが、結局最後まで自分の前にいる女の子の名前が分からなかったことが不思議で仕方なかった。謎の光だけでなく、風で舞った砂や葉で見えなくなったり、名札が見えそうな場面に限って人が前を通り過ぎたり、挙句の果てに先生や友人が名前を呼んでも自分の側だけ別の音が遮るせいで聞こえない始末である。
最近では「この子の存在そのものがオカルトなんじゃ?」と疑問に思っていたりする。もう直接本人に名前を聞くか迷ったが、何か負けた気になったので結局やめた。
俊が女の子の名前を知れる日は来るのであろうか?
ちなみに、大悟と菜々美はすでに終わっており、俊がどんなことを言うのかを親たちと見ている。俊の両親と生まれて間もない双子も一緒だ。
菜々美は特に何も考えていない表情だったが、大悟の方は俊の番が近づくにつれて不安そうな顔になっていたので、サムズアップしておいた。
――最後の締めくくりは任せとけ!
大悟の表情が目に見えて不安そうになる!
俊は思った。解せぬ、と。
「じゃあ次で最後ね……麻倉俊くん」
「はい!」
いよいよ俊の番が来た。
懐にしまっていた紙を取り出し、それを見ながら感謝の言葉を言う。
「暖かな季節となりました今日この頃。約3年の月日を得まして、本日、私、麻倉俊はこの幼稚園を旅立ち、新たな一歩を踏み出します」
室内にいる大人が全員こけそうになる!
子供は頭に「?」を浮かべる!
「思えば長いようで短い日々でございました。幼馴染である坂本大悟以外の同年代の者たちと出会い、小池菜々美という素晴らしい友人と巡り合うことが出来ました。皆様方との思い出は深く、私の記憶に刻まれることでしょう」
菜々美は嬉しそうに頬を掻く。
大悟は目元に手を乗せて「あ~あ……」と天井を見上げる。
「先生方には大変お世話に……なりま……した。グスッ。今、ごの時も、思い出が溢れがえっで、ございまず。ズズッ。みなざまと、ずごじだ、まいにぢは、私の成長にづながるごどでじょう。おっおう……」
俊はガチ泣きしていた。周りが引くほどに。間違っても幼稚園に通っている6歳ほどの子供がする反応ではない。それ以前の問題であったが。
子供の親たちが俊の家族を見る。陽子は双子を相手に「お兄ちゃん、よっぽど幼稚園が好きだったんだね~」と話しかけ、真一は口からエクトプラズムを吐き出していた。
「長くなりましたが、先生方……改めて、今まで、お世話になりました! また会う日まで、お互いに健康でいましょう!」
「あの、その、えーと……はい」
先生は思う。どう反応したらいいんだ、と。
周りも反応に困ってしまっている。
「ダメだコイツ。早く何とかしないと」
そんな大悟の言葉で卒園式は幕を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「卒園式からそれなりに経ったけどよ、オマエどんだけアホなんだって今でも思うわ。オレもあんま考えるのは得意じゃねーけど、あそこまで酷くねーって」
「反省はしてるけど後悔はしていない(キリッ)」
「かっこいい~」
「オマエら2人ともバカだろ?」
春。たくさんの桜が咲いた小学校の敷地内に俊・大悟・菜々美の3人はいた。
卒園式から1ヶ月ほどが経ち、3人は小学生になったのだ。
今は入学式を終え、母親たちがおしゃべりしている間に少し離れた所で満開となった桜を眺めている。特に俊のテンションがやたら高く、菜々美が振り回され、大悟が落ち着かせていた。
俊もただでさえ小学校入学という新たな一大イベントがあるうえに、前世の世界であるエヴァーランドには桜のような木が無かったので、その美しさによってただでさえ興奮気味だったのが余計に手が付けられない状態になったのだ。
3年の間に桜ぐらい見てるだろ? と思うかもしれないが、俊にとって「それはそれ。これはこれ」な感じなのだ。
「さーて、幼稚園の10倍以上の人数がいる小学校を相手に6年間がんばることになる。ここからが本番ってやつだ。気合い入れて、友達100人を作るぞ!!」
「お~~~!」
「いや、新しい友達作るのは賛成だけどよ、100人は現実的じゃねーだろ」
俊が奮い立ち、菜々美が感化される中、大悟は冷静にツッコミを入れるが、次の瞬間には俊が両肩を強く掴んで睨む。
「バカやろう大悟! 本気で言ってるのか!」
「いたたたたた! な、何だよ!?」
「小学校に入ってからの6年間で友達を100人作れなかったらどうなるか!」
「ど、どうなるの~?」
「母さんが言ってた。ここで100人の友達を作れないと、理屈もクソも無く、今後それ以上の友を絶対に作れないと! さらに、この呪いの様なものは感染の危険をはらんでおり、6年生の時点で友達が100人に達していないと、警察まで動きだして1年間友達作りに集中させられ、最悪、中学校に上がることができないと!!」
「「いやそれ絶対ウソだから!」」
小学生になっても俊は何も変わっていなかった。
双子が生まれた日、貧乏揺すりの世界チャンピオンは靴紐が突然切れたことで、不吉な予感を覚えました。
ジュースを買って、病室に戻って来た真一は双子の名前の発表をしようとしましたが、俊に陽子から先ほど聞いたからもういいと言われorzに。看護師は泣きました。
卒園式の時の俊は自分でも分からないくらい泣いていました。俊にとっては本当に思い出の詰まった場所です。
Q.どうして友達100人作らなきゃ~ってウソを俊に?
A.だってあの子ったら、最初は冗談のつもりだったのに、本気で信じ始めるからついつい調子に乗っちゃった♪
ちなみに、俊の誤解は無事に解けました。
次回、『魔法を信じない者』




