第16話 創造従魔
驚愕の表情のまま固まった俊に困惑したのは、『強化魔術』でどんなことができるかを考えていた大悟と、事の中心になってしまった菜々美だ。
「どうしたんだ一体?」
「わたしのまじゅつを調べてたんだけど~、くりえ何とかがどうこう言って~、う~もう何か言ってよシュンくん~! 不安だよ~!」
「――っえ!? あ、ごめん」
ついに我慢できなくなって叫ぶ菜々美。
それはそうだろう。自分の1番得意な魔術が何か楽しみにしながら俊に調べてもらっていたのに、突然その俊が聞き覚えの無い言葉を言ったまま何もしゃべらなくなってしまっていたのだから。
珍しく怒った表情の菜々美の顔が目の前に来て叫んだことで、驚いた俊はようやく自分が深く考えをし過ぎて菜々美を不安にさせたことに気付いた。
「やっと反応してくれた~。それで一体どうしたの~? も、もしかして、ふつうのまじゅつじゃないから……使えない……とか?」
「ああ、違う違う! 確かに普通の魔術ではないけど、使えないって訳じゃないんだ! ……えっと、たぶん、なんだけど……」
「たぶんって何~~~~~~!!」
俊のどうにもハッキリしない言葉に少々キレ始めた菜々美。
せっかくの魔術が自分だけ使えないなんてことになったら、本気で泣いてしまう。そんなのあんまりだ。
「だー! 落ち着け! 仕方ないんだよ! 『創造従魔』はとんでもなく珍しい魔術で、オレが生きてた時代には使い手なんていなかったんだから! 最後に現れたのも300年も昔で、資料でしか知ることができないんだ!」
菜々美もキレ気味だったが、俊もキレ気味だった。
俊だって予想外すぎたのだ。菜々美の持つ魔術の素質の中で1番高いのが、前世の世界で珍しいなんてものでは済まない魔術なのだから。
「とりあえずさ、そのクリ……クリエイト何たらがどういうもんなのか教えてくれよ。話はそれからじゃねーか? 2人ともいったん落ち着けっての」
「……ふう。そうだな。まずは『創造従魔』が何なのかを説明しなきゃ何も始まらないか。ていうわけだから、菜々美も1度落ち着こう。オマエが考えてるような最悪なことにはならないはずだから。な?」
「……は~い」
大悟の言葉にようやく落ち着きを取り戻した俊と菜々美。
菜々美は元の位置に戻って話を聞く体制になる。つい数分前とは違って、非常に真剣な目つきをしていた。
そして俊も、真剣な表情で話し始める。
「まず『創造従魔』って言うのが何かについてだけど、魔術の分類で間違いはないんだ。ただその素質を持っている魔術師が極端に少ないんだよ」
「少ないって、どれくらいだ?」
「さっきも少し口にしたんだけど、前世のオレが生きていた時代には1人も使い手がいなかったんだ。最後に『創造従魔』の素質を持って、実際に扱うことのできた魔術師が確認されたのは300年も昔。しかも公式に残っている記録だと、今までに『創造従魔』の素質を持った魔術師は片手で数えるほどしか存在しない、エヴァーランドで最も謎に包まれた魔術なんだよ」
「ええぇ~~~~!?」
自分が想像していたよりもはるかに珍しい魔術だという事実に、菜々美は驚くほか無かった。そんな魔術の素質を自分が持っているのだから。
「魔術の素質については前にも話しただろうけど、素質が全く無い魔術はどんなに修行しても覚えることはできない。『創造従魔』なんてのは、魔術師にとって素質が無いことが前提の魔術なんだ。他に普通の魔術師は素質をまず持っていない魔術もあることにはあるけど、『創造従魔』と比べれば十分多い」
「ほえ~」
「ふーん、ナナミが1番得意な魔術がそれなのか」
俊の説明を聞いた菜々美は何とも言えない表情のまま、自分の手を見ながら握ったり開いたりしている。それからハッと何かに気付いたように俊を見た。
「そ、それで、その『クリエイト・ビースト』ってどんなことができるの~? ダイゴくんの『強化魔術』みたいのだと少しこまる~。身体動かすの苦手~」
「そこは安心しろ。『強化魔術』とはまったくの別物だから。そもそも『創造従魔』っていう魔術名はオレの世界の言葉をこっちの言葉に訳したものなんだけど、『従魔を創造する』って書いて『クリエイト・ビースト』と読むんだ。つまり『創造従魔』はゼロから自らの望んだ疑似生命を創り出して、それを使役する魔術なんだよ。記録に残されている通りだとすれば」
「え~と~…………どゆこと?」
「……すまん。オレも分からん」
どうやら2人には難しい言い方だったようだ。
しかし俊も実際に見たわけではないので、どう説明すべきなのか悩む所なのだが、とりあえず菜々美が興味を持つ説明の仕方をすることにした。
「そうだな……2人にも分かるように言うと……自分にすごく懐く好きな動物を、自分の手で新たに生み出す魔術って言えば分か――」
「本当に~~~!?」
「近い近い! 顔が近いから!!」
ズイッと、とんでもなく輝いた瞳で俊に急接近した菜々美。さすがに唇が触れそうなほど近づかれて、俊も動揺してしまう。
俊は菜々美のことを異性として見ているわけではないが、うっかりキスされてしまった日には変に意識してしまうかもしれない。
これが見た目通りの子供の心情であれば「純情」などといった言葉が出てくるかもしれないが、残念ながら俊の中身は30年以上生きてきた、年齢=恋人いない歴の童貞だ。どちらかと言えば出てくる言葉は「ヘタレ」の方が似合っている。ただでさえ母親との毎日の入浴で少なからず心労が溜まっているのに、これ以上余計な女性(菜々美はまだ子供だが)関係を抱えたくなかった。
ようやく落ち着いた菜々美が詳しい説明を求めてきたので、俊も知っている限りの『創造従魔』のことを話す。
記録に残されている『創造従魔』の特徴はいくつかあり、
① 魔力によって創造できるのは生物でなければならない。
② 創造された従魔は、基本的に創造主である魔術師の命令のみを聞く(魔術師が指定した人物の言うことを聞くように命じた場合は、その限りではない)。
③ 従魔には、自ら考えて行動することができる意思を持った従魔と、与えられた命令を機械的にこなすだけの従魔の2種類が存在する。
④ 修行によって、従魔を強化したり、1度に出せる数が増やせるだけでなく、特殊な能力を付与させることも可能になる。
⑤ 魔術師が気絶・死亡すると、出現していた従魔は消える。
⑥ 戦闘の際に魔力を使って従魔を支援する魔術が確認されている。
この6つが『創造従魔』について分かっていることだ。
1度創造された従魔はずっとそのままなのか、どこかから呼び出すことができるのか、創造する従魔に制限はあるのか、その辺りの詳しいことは記録に残っていなかった。『創造従魔』の素質を持つ魔術師にしか分からないことがあるのかもしれない。
そして記録上、最後に確認された『創造従魔』の使い手は、大規模な魔獣戦の際に100匹近い狼のような姿の従魔を従えていたそうだ。
魔術師本人の側には通常の数倍の大きさの狼たちが控えており、他の狼とは比べ物にならない強さだった。通常の狼はいくつかのグループに分けて、意思のある狼の従魔に指揮を取らせることで効率よく運用していたとある。
「これより前の『創造従魔』の使い手の情報はほとんど曖昧なことばかりで、どれが本当でどれが嘘なのか判断できない。唯一確実な情報と言えば、さっき話した300年前の使い手は『群』としての強さに重きを置いていたそうだが、過去には『個』としての強さに重きを置いた奴もいたそうだ」
「それって、どういうこと~?」
「ようは、それほど強くない従魔を100体用意するんじゃなくて、特別強い1体だけを限界まで強くするってことだ。『創造従魔』の使い手にもいろんな考えの奴がいたんだよ。これから先、菜々美がどんな風にその魔術を扱うかは菜々美自身が決めることだ。難しいかもしれないけど、ちゃんと相談にだって乗るから、後悔だけはしないようにしとけ」
「は~い」
俊としては動物好きの菜々美がどのように『創造従魔』を使いこなすのか楽しみだった。何となく菜々美の目指す方向性は予想できるが、わざわざここで言うこともないだろう。
その後は2人に、1ヶ月ほど魔力に身体を馴染ませてから『未分類魔術』を練習させるつもりであることを伝える。『未分類魔術』なら危険性もないうえに、親がいなければ自分の部屋でも練習しても問題ない。
大悟の『強化魔術』も菜々美の『創造従魔』も、本格的に修行してもいい場所でなければ危ないのだ。前世と違って地球では魔術が存在しないため、万一にでもバレるようなことは避けたい。
俊は修行場所にピッタリのある場所が思い浮かんでいるが、そこで何かをするためには小学校に入って、子供たちだけでも自由に行動できる時間を作らなければならない。大人の監視の目がある今はやりたいことも碌にできないのだ。
ついでに、小学校から家に帰って来てから修行場所予定地に早く行くため、自転車も買ってもらうつもりでいる。
その辺りのことも含め、絶対に勝手に魔術を今のうちから使うようなことはしないよう2人に約束させ、今日は解散となった。
菜々美の得意魔術は『創造従魔』。
これで大好きな動物を作り放題?
次回、おや? 俊の母の様子が・・・




