プロローグ2 1度目の人生の終わり
本日2話目となります。
「よ、お疲れさん」
「ん? アレンじゃないか。最近見かけないと思っていたけど、どこにいたんだ?」
「一応家にはいたよ。正確には家の中にある工房でずっと研究していたんだ。先に食料とか買い込んでね。昨日出て来て、いろいろな所に顔を出していたんだよ。で、2日目の夕方にこっちに来たわけ」
「おいおい、それだと1週間以上引きこもっていたのか? 身体に悪いぞ」
「ごめん。どうしても少しでも早く解析したい魔法陣があってね」
「それでこんだけ時間が掛かったってか? オマエってそっち方面の魔術に詳しいんじゃなかったっけ? オレは魔術なんて全く分からないけど、オマエって王様にも褒められるぐらいすごいんだろ?」
「古代の遺跡から発見されたものでね。未知の要素が多すぎて、まだ半分もどんな効果の魔法陣か分かっていないんだ」
「はあー。そんなもんがねえ……」
「これから友人と飲む約束なんでね。そろそろ失礼するよ」
「おう! また今度な! たまには夕食ぐらい奢ってくれよ!」
「今度会う時までに、幼馴染に思いを伝えていたら何か奢るよ、ヘ・タ・レ」
「ヘタレって言うんじゃねぇぇええええええええ!!」
ここは、レイアラース王国。
この世界エヴァーランドの東側に存在する大国の1つだ。
一部の者だけが扱える魔術と呼ばれるものが大昔から存在し、今もなお発展し続けている世界にて、魔術の分野で他の国より先に行きたかったレイアラース王国は、幅広く優秀な人材を可能な限り良い環境の中で育て、国に貢献してもらう政策を数十年前から始めたことで、他国と比べて優秀な魔術師が多く存在する国になった。
この国で貴族の籍に身を置く魔術師のアレンも、元々はごく普通の平民の出だ。
いくら王国が幅広く優秀な人材の育成に力を注いでいるからと言っても、魔術を扱えるとはいえ平民が貴族に取り立てられるのには並み以上の努力が必要だ。
そして魔術師のアレンは並み以上の努力をし、その強さを国に認められて貴族になった者の1人である。
アレンが知る限り、この国に自分と同じぐらいの年齢で魔術が使える平民は自身を含めて8人ほどいるが、実際に平民から貴族になった魔術師は2人だけだ。
残り6人は努力したものの実力が足りなかったか、最初から貴族になるつもりがないかのどちらかである。
平民から貴族になればそれ相応の厄介ごとや責任が付いて回るが、レイアラース王国の国民である以上、それを上回るメリットがあるために魔術が使える平民の半数以上は将来貴族になることを夢見て、強く優秀な魔術師を目指している。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現在アレンがいるのは、自宅もあるレイアラース王国の首都である。
貴族が住んでいる地区と、平民が住んでいる地区ははっきりと分かれているものの、割と行き来は自由だったりする。
そのため、アレンのように元平民の貴族はそれなりの頻度で平民が住んでいる地区を訪れ、生粋の貴族も何らかの理由で訪れる場合もあるし、一部の貴族は興味本位で平民の格好をして、ごく普通に店で飲み食いしていたりする。
……しかし、何となく騒がしい店の中を覗いた時、まじめという言葉が服を着ているような知人の貴族が平民の格好をし、どんちゃん騒ぎをしていたのは気のせいだろう。
ついでに、その貴族の知人(仮)と肩を組んで酒を飲んでいる人物が平民時代の悪友そっくりだったが、きっと気のせいに違いない。
お互いに呼び合っている名前が何十回も聞いたことのある名だったが、気のせいだと言ったら気のせいなのである。気にしたら負けだ。
辺りはすでに薄暗くなっており、魔術具の街灯が点き始めた時間帯にようやく目的の店にたどり着いた。
元々早く着く予定だったが、予定よりも少々遅れてしまった。遠い目になってしまう出来事を見たせいだが、それを言い訳にするつもりはない。
その店はアレンが成人した15歳の頃から通っている。
当時の店主が気さくだったこともあり、友人たちとよく飲み食いしていた。
現在の店主は当時の店主の息子だが、店の雰囲気や料理の味は変わっておらず、貴族になった今でも時々足を運んでいる。
――カランカラン
「いらっしゃい! って、アレンか」
「こんばんは親父さん。リウスはいるか?」
「ああいるぞ。奥の方の席だ。アレンが来たら注文されたもんを運ぶことになっているからな、腹減っていても少し待っていろよ」
「どうも」
そうして言われた通り奥にある席に向かえば、かなり付き合いの長い幼馴染である兵士のリウスが席に座って待っていた。
「よ、待ってたぜ。今日はオマエの奢りなんだってな?」
「ああ。今日は好きなだけ飲め。金は気にするな」
「随分と太っ腹じゃないか。何かいいことでもあったか?」
「別に。ただし、今日は閉店まで話に付き合ってもらうぞ」
上等だぜ、とリウスが言ったところで料理と酒が運ばれてくる。
その後はお互いに初めて会った時のこと、初めてケンカした時のこと、アレンは魔術師としてリウスは兵士としての昔話を閉店時間のギリギリまで語り合った。
「うおぷ。ちょっと酒を飲みすぎたぜ。本当にギリギリまで話すとか……」
「オレは別に騙すつもりなんてなかったぞ? それじゃあ帰るか。親父さん! お金はここに置いていくからな! 今日も美味かったよ!」
アレンは代金をカウンターの上に置き、店を出ようとしたところで、
「……アレン」
妙なまでにまじめな声のリウスに呼び止められた。
「……何だ?」
「つらいことがあるんなら、いつでも相談に乗るからな」
「……ありがとう。オマエは1番の友人だよ」
そして、今度こそアレンは店を出た。
その背中を見つめながら、今にも泣きそうな声でリウスは言う。
「バカ野郎が。一体何年の付き合いだと思っていやがる。何で話している最中ずっと、最後の別れみたいな目しているんだよ。何が……1番の友人だ……大バカ野郎が!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
店から貴族が住む地区にある自宅に帰って来たアレンは、その足で地下にある工房の扉を開けた。魔術の研究が好きな魔術師は大抵の場合、家のどこかに自分以外は入れないようにした魔術・魔術具を研究・開発するための工房を持っている。
ほとんどが地下にあるのは安全性の問題からだ。
アレンの工房も普段は何に使うのか分からない物で溢れているが、現在は端っこの方へ寄せられ、工房の中央部分がポッカリと開いている。
そして、その中央部分には複雑怪奇な魔方陣が描かれていた。
この魔法陣こそアレンが世界中を旅した際に、古代遺跡で発見した紙に描かれていたものだ。本来なら自分よりも魔法陣に詳しい魔術師に調べてもらうべきなのであろうが、今回ばかりは自分で調べるしかなかった。
そもそも、その古代遺跡からしておかしかった。
人がまず踏み入れないような秘境に存在したというだけでなく、一定以上の実力を持つ魔術師でなければ発見できない結界で隠されていたのだから。
遺跡に入ってからも酷いなんてものではなかった。
大型の魔獣こそ出現しなかったが、今まで見てきた中でも厄介な魔獣ばかり出てくる。
ようやく最奥にたどり着いた時は、ぶっちゃけボロボロだった。
最奥にある宝箱(?)を開けると、謎の魔法陣が描かれた紙が。
手に取った瞬間に光となって身体に吸収された時は驚いたが、気付けば頭の中にその魔法陣がハッキリと思い出せるようになっていた。
帰りはなぜか1体も魔獣が出てこなかったので、すんなり帰ることができた。
それからしばらくして、大量に食料を買い込み魔法陣の解析のために1週間以上工房の中に引きこもることになる。
今思えば、本当に身体に悪いとしか言いようがない。
だが、その甲斐あって最低限知りたいことは判明した。
その魔法陣が自分にとって、ちょうどいいことも。
結局半分も解析できなかったが、3つ分かったことがある。
1つは、自分レベルの魔術師でなければ発動できないこと。
1つは、周囲に災いや悪影響を及ぼす類ではないこと。
そして最後に、この魔法陣は発動した本人の命を対価に効果を発揮すること。
普通の魔術師なら「意味ねえだろ!?」と魔法陣の存在を無かったことにするかもしれないが、アレンにとっては違った。
「後は最後の仕上げだけ。そして魔力を流せば……死ねる」
そう、アレンは死にたかった。
そのような考えに至るまでには様々な出来事があったが、ただ死にたかった。無理をして生きるつもりはなかった。
具体的にどうやって死ぬかは考えていなかったが、世界中を見て回ったのも死ぬ前に可能な限りいろいろなことを知りたかったからだ。
そして世界を回り始めて10年が経ち、今では30代後半の年齢だ。
この2日ほどで親しい者にはほとんど挨拶ができた。無論バカ正直に「オレ、この後ちょっと死ぬわ」など言うわけがない。そんな友人と酒を飲みに行ってくるわ、みたいなノリで言ったら、どうなることか……
「よし、始めよう」
ついに魔法陣の最後の仕上げに取り掛かるアレン。
魔法陣の中央に記号を書き終え、1度目をつむり心の中で友人たちに謝罪した後、魔術師アレンとしての人生に終止符を打つため魔法陣に自分が保有する全ての魔力を流した!
どんどん光りだす魔法陣。その輝きは徐々に強くなっていく。
そのまま光はアレンを飲み込んでいき――
「さよなら、みんな。先に逝ってるよ」
この世界から、魔術師アレンは……消えた。
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