閑話 麻倉俊 視点:日常①
「母さん、どうなの体調の方は?」
「大丈夫よ俊。心配かけたわね」
「話だけだけど、個人差はあるけど赤ちゃんができたばかりの時期って吐き気とか体調不良とか酷いって聞いて、実際にそうで……」
「心配性ね。俊がお腹の中にいた時に比べればまだマシよ」
「え? オレ、母さんの負担になってたの?」
「そういう意味じゃなくて、慣れたかどうかの問題よ」
「そうか……母さん、お腹撫でていい?」
「ふふふ、俊の日課だもんね」
オレは麻倉俊、今年で5歳になる。
ただし、普通の子供じゃない。異世界で30年以上生きてきた記憶を持つ、転生者と呼ばれる存在だ。3歳の頃に記憶が蘇った。
前世の記憶を思い出してから早2年、本当にいろいろあった。
今いる世界である地球と、前世の世界エヴァーランドとの様々な違いに最初の頃は何もしていないのに目が回ったり、頭が痛くなったほどだからな。
そもそも1年ぐらいして初めて知ったけど、こっちの世界では異世界転生がありふれたジャンルだっていうのが信じられなかったよ。
トラックに轢かれて死んだら神様が現れて、チートって呼ばれるズルみたいに強い力を持って生まれ変わるとか……最初に考えたの誰なんだか。他にも神様のミスで死んでお詫びに転生とか、訳分からん理由で異世界に転移とか、あげくのはてに勇者召喚の儀式で異世界に~ってなんじゃそりゃ!? 何が「お~勇者よ、我が国をお救いください」だ! 他力本願極まりねえよ。わざわざ異世界から強くした状態の一般人呼ぶくらいなら、何とか儀式を改良して、自分らの世界の人間を強くしろや。
ついでにそういう作品に登場する神様、何で異世界転生・転移するのが何で毎回、日本人やねん。この世界、国が200近くあって、日本と大差ないぐらい発展してる国だって何十とあるじゃないか。そっちの人間も対象にしろや。不公平だぞ。
話が脱線したけど、とにかく驚くことばかりなんだよ。
テレビって箱に映る映像を見れば、家にいながら多くの情報が得られるんだから、しばらくは毎日驚かない日が無かったほどだ。
……テレビの見過ぎだって母さんに怒られたりしたけど。
最近の関心はどうにかしてパソコンが手に入らないかってことだな。インターネットっていうのに接続すれば、テレビ以上の情報が見放題らしいし。まあ、さすがに5歳の子供が正攻法でどうにかできるとは思ってないけど。パソコンねだっても違和感を親が覚えない年齢っていくつだろう?
「それじゃあ、今日もおとなしくね」
「了解しましたサー!!」
「……そんなのどこで覚えたのよ?」
ここ最近の日課である、母さんのお腹を撫でながら生まれてくる子が健康で元気に育つ魔術をし終えれば、幼稚園に行く時間だ。
到着して「おとなしくね」と母さんに言われれば、軍隊の人みたいな返しになったのもここ最近である。あの『河童事件』で雷を落とされてからそれなりに日数が経ったが、今だに思い出すと身体が震える。母さんの言う「おとなしくね」がオレには「おとなしくしてろよ。今度勝手なことをしたら……分かっているな?」に変換して聞こえる気がするんだ。
あの日は大悟と菜々美のやつも、こっぴどく叱られたみたいだからな。オレと同じかそれ以上に怖かったんだろうな……
こっちの世界には魔獣がいないと思って、オレも少し油断していたんだよな。まさか狂暴化した河童がいきなり襲ってくるなんて予想してなかった。
結果的には河童の命とも言える皿を、友好を結ぶつもりで持ってきたキュウリで叩き割るという、ツッコミどころしかない方法で倒すことができた。あの時の大悟と菜々美から向けられる今まで見たことの無い非難の眼差しは正直応えたな……
その後、河童が正気に戻ってこっちが安心していたら、あんな目にあったはずなのに菜々美が本当に河童と友達になったんだ。菜々美の評価を心の中で上げたよ。河童も皿が割れて不幸だったけど、菜々美とも仲良くなっていたし結果オーライ――って思いたい。
……あの時、河童から出てきた黒い煙の塊みたいなやつ、アレが出なかったら本当にそう思えたんだ。オレの思い過ごしや勘違いならいいんだが……
「おーす、シュン」
「シュンくん、おはよ~」
「ああ、おはよう大悟、おはよう菜々美」
おっと、考えごとをしながら幼稚園の部屋に入っていたみたいだ。ここでは他の子供との違いを特に気を付けなきゃいけないからな。いろんな意味で気をしっかりと持たないといけない。
大悟はオレの家の向かいにある家に住んでいる同い年の子供、ようは幼馴染だな。記憶が戻ってから初めてあった時はやんちゃすぎたんだが、オレの大人の対応によって今ではお互いに友人と呼べる関係だ。実際に声に出していう時は子供らしく「友達」って言うんだけどな。
ん? 大人の対応で友人に~って思った瞬間、どこからか「大人気ない対応だろ?」なんて聞こえた気がするけど、きっと気のせいだな。
菜々美は幼稚園に入ってから仲良くなった、2人目の友人だ。オレと大悟と気が合いそうな子供が中々いなかった中で、オレたちの方から「友達にならないか?」と話しかけたんだよな。最低1人は大悟と共通の友人を作ろうとしていたのに、前世と比べ物にならないレベルで精神年齢が低いから誰と友人になるのか決めるのに数日も掛かった。
動物が大好きで、何気ない話の大半が動物の話題だ。「家のペットが~」とか、「テレビで面白い動物が~」とか、「夢で珍しい動物と~」とか。
そんなこんなで、今日もオレの幼稚園ライフが始まる。
「じゃあ今日はみんなで動物の絵を描きましょうね」
「「「はーーーーい!」」」
……始まってほしくなかったな~
いやー、辛い。本当に辛い
オレ、身体は正真正銘5歳のそれだけどさ、中身30を過ぎた世の中ではオッサンと言われるような年齢なんだぞ? 何が悲しくて子供のお絵描きせなあかんのかって話だよ。精神疲弊するわ。拷問か。
オレさ、前世で魔法陣なんかを上手に描くために、練習として風景や生き物の絵なんかをそれなりに描いていたから、一般的な人よりもうまく描けるんだよ。
それが今はアダになってるけどな!
普通に大人としての画力があるから、意図的に5歳の子供レベルまで画力を下げなきゃいけないんだ! 今オレが描いているのはサイなんだけどさ、普通に描いたら誰でもサイだって分かるぐらいの絵になるから、怪しまれないように客観的に見て「これは……ああ、サイか! うまいね~」って言われるような絵にしてるんだよ!
こんなに大変だとは最初は思いもしなかったんだ。けど実際にやってみると、時間内でどれだけ今の年齢の子供の画力に自分の画力を落とした状態で絵を描くことができるかが問題になるから、周りにいるみんなが絵を描き終わって上手く描けたかどうかなんかを楽しく話し合っている中で、オレだけ精神的に疲れ果ててグッタリしてる。
先生に心配されたのだって、片手で数えられなくなってきた。
ちなみに、友人である大悟は元々絵を描くのが苦手なのか苦戦してたけど、オレみたいにグッタリすることはやっぱりなかった。
対して菜々美は……めっちゃ上手い。描いているのが動物なのもあるんだろうけど、何でクレヨンでそこまで上手く描けるの? ってレベルだ。
どうでもいいけど、一応は分類的に『動物』のカテゴリーに入る人間を菜々美が描いたら、上手いのかな? それとも年齢通りの画力の絵になるのかな?
「今日はみんなで『どろけい』って遊びをしましょうね」
「「「はーーーーい!」」」
やだねー、もう。本当すぐに帰りたくなるよ。
みんな強制参加の外での遊び。今日は『どろけい』ってのか。確か泥棒と警察だったか? よくこういう遊びを考え付くよなこの世界の人間って。
「アサクラ、かくごー!」
「ほいっと」
「どろぼう、つかまえるぞー!」
「あらよっと」
うーん暇。今のオレは泥棒役なんだけど、さっきから警察役の子供の手を簡単に避けてる。動きが単調だし、前世の記憶や経験があるからこの程度なら考え事しててもできるからな。とは言え、そろそろ飽きたし捕まるか。
「シュンくんタッチ~」
ちょうどいい所に警察役の菜々美が来たからわざと捕まる。
ただな……
「10~、9~、8~」
コイツ、数字数えんの長いんだよ……
もっと早く言わなきゃ、その間に泥棒役が逃げるぞ。
「菜々美、もういいから。さっさと行こう」
「7~、ん? 分かった~」
菜々美と『どろけい』って相性悪いよな。
絶対コイツに捕まる泥棒役なんていないだろ普通は。
大悟? オレと同じ泥棒役だったけど、最後まで逃げ切ったぞ。
「それで、今日はどんな話なんだ?」
「わくわく~」
「そうだな、じゃあオレが初めて参加した大規模な魔獣殲滅戦の話でもするか」
今はオレが大悟と菜々美の2人に秘密を打ち明けた幼稚園の端っこの方で、『人払いの結界』と『遮音結界』を発動して、異世界の話を聞かせてる。
やっぱり、自分たちが今いる世界とは全く違う世界の話は聞いていて面白いらしく、ここ最近はずっと1日に1つは異世界のことを話す。難しすぎる話はまだ2人には早いし、暗い話も今は言わなくてもいいだろう。そういうのは、もう少し大きくなってからでいい。
2人とも魔術に非常に興味が出ていた。河童との戦いでオレが思いっきり見せたからな。自分たちも使いたいと思っていたようだが、オレが魔術を使えるのは前世の世界の影響だから、普通は2人とも使えない。だからこそ、普通ではない例の魔術を2人に掛けた。
今のところは魔力を感じ取る練習をさせている。オレも協力しているし、後数日で感じ取れるようになるんじゃないか? そうしたら、本格的に魔術をできるようにする。
気になるのは2人の素質だけど、この世界で生まれ育った人間の素質って、エヴァーランドの人間と違いとかが出るのかな?
幼稚園から帰ったら、今日の出来事を少し母さんに話して、リビングでテレビを見る。そしたら夕食を食べて、またテレビを見て……アレの時間だ。
「さあ俊、バンザーイ!」
「……ばんざーい」
「今度は下もねー」
「……はーい」
はい、お風呂タイムです。
オレ、スッポンポンです。
ついでに我が母親も完全無欠の裸です。
そりゃまだ5歳だからね。1人でお風呂は難しいからね。両親のどっちかは一緒に入るよね。うちって父さんが仕事で家にいないことが大半だから、必然的に母さんと一緒にお風呂入ることになりますね。それがもう前世の記憶が蘇ってから2年間続いてるんだよね。
何て言うか、その、あの、悟り? みたいの開いたね。
だってオレ、中身は大人だよ? 男だよ?
母さん、若いしキレイだし、とても一児の母に見えんのよ?
前世じゃ死ぬ最後の日まで童貞だったんだよ?
最初の頃は全力で拒否したさ。
有無を言わさず脱がされましたとも。
その後も抵抗はし続けたんだよ。
有無を言わさず脱がされましたとも。
結論。
何も考えずに身を任せることにしたよ。
それ以外にどないせえ言うんじゃ。
世間では「よい子は早く寝ましょうね」って言われてるけどさ、ベッド入ってもしばらく寝られん。オレ、将来ちゃんと背伸びるかな?
次回、『閑話 坂本大悟 視点:日常②』




