第12話 河童のお皿の価値、プライスレス
俊がしたのは割と単純な奇襲作戦だ。
『身体強化』によって身体が耐えられなくなる前に、河童を倒すには一撃で致命傷を与える必要があった。しかし、『衝撃波』の攻撃力では致命傷を与えることはできない。
そこで目に付いたのが、河童にとって命とも言われている頭の皿だ。
それに思い至った時には、頭の中で作戦を考え付いていた。
河童が水を吐き出した瞬間に威力の高い『衝撃波』を地面に向けて放つ。どのくらいの力加減でどのように放てば土煙が発生しやすいかは、前世で何十回と試しているので難しくはなかった。
土煙が辺りにまった瞬間、『身体強化』で足を限界ギリギリまで強化し、河童の頭上に向かうように大ジャンプをしたのだ。ジャンプする前に河童の吐き出した水が当たったり、河童の頭上まで飛べても真上に来ていた太陽が雲に隠れてしまえば、奇襲作戦は失敗して本当にピンチになっているところだった。
河童が気付くまでは声を出さないようにして、気付いたら最後の攻撃のために声を張り上げる。俊の目論見通り、河童は上を見た瞬間に太陽の光で目が眩んで動きが一瞬止まったのを見て、ジャンプした時に取り出したキュウリを対象に『武装強化』を発動した。
『武装強化』は『身体強化』と同じく『強化魔術』に分類され、自分が手にしている(装備している)武器の攻撃力・耐久力を上昇させる魔術だ。
本来はまともな武器と言える物に対して使うのだが、俊の手元には前世で愛用していた武器も、周囲に武器の代わりになりそうな物も無く、唯一武器としてギリギリ妥協できそうだったのが、河童との友好をはかるために持ってきたキュウリだった。
本来食べ物であるはずのキュウリだった!
結果的に作戦は成功した。
本来であれば友好をはかるための、それも食べ物であるはずのキュウリによって、頭の上にある皿を砕かれた哀れな河童。
皿を砕かれた瞬間に白目になって意識を失う。
砕かれた皿の破片は辺りに飛び散り、皿のあった場所は治りきる前のカサブタを無理やり剥がしたかのような血の滲んだ皮膚がむき出しになっており、申し訳程度に端っこの方に皿の一部が残っている。
俊には河童が倒れる瞬間がスローモーションのように見えた。
「「「…………」」」
沈黙が辺りを支配する。
ものすごく気まずい雰囲気の沈黙が!
「さ、さーてと! ついに河童を倒したぞー! 中々に強敵だったなー! うん。これでみんな無事に帰ることができるぞー!」
何とかこの雰囲気をどうにかしたくて、若干わざとらしく見えるくらい元気な言い方で大悟と菜々美の方を振り返る俊。
目にしたのは、自分に向けられる非難の眼差し!
「ちょっと待て!? 言いたいことは……まあ、分からなくもないけど、それが仮にも命の恩人に対して向ける目か!? 異議を申し立てるぞ!」
「いや、かんしゃはしてるぞ? してるけど……」
「カッパさん、かわいそう……」
「何でオレらのこと襲ってきた河童が同情されて、オメエらを護るために戦ったオレがそんな目を向けられなあかんのかって話なんだよおおおおおおおおおおおおおおおお!! 仕方ないだろ! 他に方法が無かったんだから!」
実際、前世の俊であれば余裕で河童を倒すことはできただろう。
わざわざ皿を粉々に破壊することもなく。
しかし今回は命が掛かっていたうえに、他にとれる方法が思いつかなかったのだから、俊としてはどうしても納得できなかった。
そんな、俊が大悟と菜々美の話に異議を申し立てつつ、この場を離れることを提案しようとした時に、それは起こった。
「……あれ~?」
「だからオレも罪悪感は――? どうした菜々美?」
「あのね、カッパさんから黒いモヤモヤが~」
「あ、ホントだ。何だあれ?」
「……黒い、モヤモヤ?」
倒した河童に何かあったのかと、俊が振り返る。
河童自体はピクリとも動かないが、頭の皿があった部分、そこから黒い煙の塊のようなものが徐々に出て来ていた。
「――っ!!?」
瞬間、俊はまだ手に持っていたキュウリに『武装強化』を最大出力で発動。『身体強化』も使用して一瞬で河童との……否、黒い煙の塊との間合いを詰める。
そして、河童の時以上に躊躇うことなく、それを切り裂いた。
キュウリによって切り裂かれた瞬間、黒い煙の塊のようなものが苦し気に見えたのは気のせいか、それとも……
「……」
最大出力で『武装強化』されたキュウリが耐えきれずに根元部分でポッキリと折れたのも気にせず、河童の皿があった部分を睨みつける俊。
「シュン? どうしたんだ?」
「……何でもないよ。気にするな」
「え? でも――」
「本当に何でもないから」
大悟としては納得できなかったが、あきらかに雰囲気が変わった俊にそれ以上のことを言うことができなかった。
と、その時、
「いたたた……何が起きたん? 何か身体中痛いし、だるいわ」
突如聞こえた第3者の声。俊たちが声のした方を向くと、倒された河童が身体を痛がりながら起き上がるところだった。
「立った! カッパさんが立った~!」
「こんな時にネタを言うな!」
「? 何のこと~?」
菜々美、どうやら意図せずネタに走ったようだ。
逆に俊は、それがネタであることを理解している。前世で異世界の魔術師だった記憶を持つ俊は順調に地球の、というか日本の文化に染まっていた。
「オマエらそれより、カッパがふつうにしゃべったことにおどろけよ!」
大悟、的確なツッコミである。
「は、はああああああああ!? 人間やん! てか、よー見るとここどこなん!? ワシの暮らしてる山やないやんか!?」
一方で河童の方はあきらかに混乱している様子だった。
先ほどまでの狂暴な姿はどこにも無く、理性の宿った瞳をしている。
「えーと、河童さん? 一応聞いておくけど、話通じる?」
「感じから随分遠くまで来てしもうたみたいやが……ん? 何を言っとる。ワシは河童の中でも高齢だが、まだボケていないぞ?」
「……通じるみたいだな。質問ですが、さっきまでの記憶はありますか? 自分がどうしてここにいるかは分かりますか?」
「さっきって、全然覚えとらんわ。ワシはいつもの通り隠れ里でのんびり暮らしてたんやで? そんで大物の川魚見つけたんで追いかけてたら……追いかけて、どうしたんや? そっからプッツリ記憶が途切れてるわ。何かあったんは間違いないんやけど、君ら知ってるん?」
俊はもしかしてと思い話しかけたが、きちんと会話が成立した。少なくともまた襲ってくるということはなさそうだ。
これには大悟と菜々美も驚いている。
「ええ、オレらはたまたま近くを歩いていて、大きな音が聞こえたので来てみると、目を赤く光らせて暴れるあなたがいたのですよ」
「目が赤くなって暴れる? そんなことが?」
実際はここ最近の河童の目撃情報から、会いに行こうぜ! となった結果であるのだが、本当のことを言うと話がややこしくなりそうな気がしたので、俊は問題ない範囲で嘘を話に混ぜた。
「ところで……頭の上のお皿が大変なことになっているのですが、お気づきになっていますか?」
「皿? 大変なことって一体――な、無い!? 皿が無くなっとるやないか!? あああ! よー見たらワシの皿の破片がそこら中に散らばっとる!? 何があったんや!?」
俊の質問に疑問を覚えつつ、皿のあった場所に手を伸ばせば皿の感触が無く、辺りにはその皿の破片が散らばっているのだ。何も覚えていないらしい河童にとってみれば驚愕なんて言葉では表せられないレベルである。
俊がキュウリで河童の皿を粉々にした瞬間を目撃している大悟と菜々美は、俊がどう説明するのかが気になっている。
仕方なかったとは言え、誠心誠意の謝罪をするべきだろう。
「先ほども言いましたよね。大きな音がしたので来てみると、ここで暴れる河童さんがいたと。危ないので物陰でしばらく様子を見ていると、河童さんが頭から川へダイブしまして、その時たまたま突き出ていた石に皿が直撃して、陶器が割れるような音と共に皿が砕け散ったんですよ」
「何やて!?」
「「!?」」
俊、本日一番の大嘘!
河童からは驚愕で見開かれた目が向けられる!
大悟と菜々美からはさっき以上の非難の目が向けられる!
友人2人の言いたいことは分かるが、ここは俊も譲れないところであるのだ。自分がキュウリで皿を粉々にしました、なんて誰が言えようか。
「はー、そんなことがなぁ」
「それで、大丈夫なんですか? 緊急を要するなら、手伝えることがあるかもしれません。河童にとってお皿が大事なのはオレらでも分かることですから。くそっ、本当に酷い状態ではありませんか。なんということだ……!」
後ろの方から小声で「どの口が言うんだ」とか「ひどいのはシュンくん」とか聞こえてくるが、俊は気にしない。全力で聞こえないふりをする。
「それについては大丈夫や。若いもんだと神経が通っとるから、皿にヒビが入っただけでも大ごとになってまうけど、ワシみたいに年を取ってくると神経が無くなってくるみたいでな。里に帰れば秘伝の薬もあるから、1年ぐらいで皿も元通りになるやろ。いやーホンマ危なかったわ。こんな壊れ方を若い頃にしとったら冗談抜きに命に関わったかもしれへんわ」
「そ、そうですか! それは良かったです! ええ、本当に!!」
どうやら危うく殺人未遂になりかけていたらしい。
最初の狂暴な状態が普通ならともかく、何らかの原因でああなっていただけで、実は気のいいおじいさんだと分かった今になると、余計に真実を言うことができない。
俊は内心で「やっべー! 危ないところだった!」と冷や汗をダラダラ流していた。これで死んでしまった後に本来の性格がこうだったと分かった日は、家族と友人に別れを告げて交番に行くことになったかもしれない。
おまわりさん、ボクが河童を殺しました、と。
後ろから突き刺さる2つの視線がつらい。正直そろそろ泣きそうだ。
――さすがに反省してるから、もう堪忍して!
「皿もこんな状態やから、そろそろ帰るわ。幸い里の方向は分かるしな。……できれば、ワシのこと言いふらさんでほしいんやけど」
「大丈夫ですよ。オレら口は堅い方ですから」
「良かったわ。あんま一般人と会ったらアカンからな」
ついに河童が帰るために川の中に潜ろうとした時、意を決したように菜々美が声を掛けた。
「あ、あの!」
「ん? 何なん?」
「ここで会えたのも何かのえんだから~、その~、わ、わたしと! おともだちに、なってくれませんか! これ! ゆうこうの~キュウリ!」
「ナナミ、オマエ……」
菜々美はキュウリを差し出す形で、2度目となるお願いをする。
大悟は普通の状態では無かったとはいえ、あれだけ目の前の河童に怖い目に合わせられたにも関わらず、変わらず友達になりたいと言ってのけた菜々美を驚いた表情で見る。それは俊も同じだった。
そして、河童の答えは……
「ははははは! 今どきの若いもんにしては珍しいわ! 友達になりたいか。こんな年寄りで構わないんやら、ええよ。仲よーしてや」
「は、は~い!」
どうやら当初の菜々美の目的だった「河童とお友達になりたい」という願いは無事に叶ったようだ。今は輝くような笑顔で嬉しさを表している。
河童はさっそく菜々美から受け取ったキュウリを食べる。「鮮度はまあまあやけど、十分いけるわ」とつぶやきが聞こえたので大悟は疑問を口にした。
「あのさ、きいてもいいか? カッパってキュウリ好きなのか?」
「ポリポリ、ん? そうやよ。ワシらは種族的に水分がたくさん必要でな、キュウリは野菜の中でも水分が特に取れるからみんな好きやで」
「そうっすか」
河童、実は割と現実的な理由でキュウリを好んで食べているらしい。
俊と菜々美からの「ほら、言った通りじゃないか」と言わんばかりのドヤ顔に口元が引きつるが、大悟は何も言い返せずにいた。
ありふれた作戦で河童に勝利しましたが、相手によっては結構有効。
河童は正気に戻りました。原因は黒いヤツです。
犯行を隠す俊は内心で罪悪感が・・・
菜々美はついに河童と友達に。
次回、『衝撃の真実』




