第11話 転生後の初戦闘 VS狂暴河童
事前に決めていたセリフを言ってから、俊は正気に戻った。
(いや、違うだろ! てか、アレ本当に河童か!?)
俊はある程度なら、想像と違う河童が現れても驚かないつもりだった。頭のお皿部分が実はただのハゲだったとしても、河童本人が「いや~、世の中のイメージの河童を演じるって大変だわ」とか言って、クチバシや甲羅などの特徴の一部が取り外しできた瞬間を目撃したとしても、内心でびっくりしつつ冷静に対処できる自信があった。
……いや、本当にそうだったら無理かもしれない。
改めて目の前に出現した河童を見れば、前世で戦ってきた魔獣のような狂暴な雰囲気であり、とてもではないが友好を結べるとは思えない。
何よりも……
(河童だったら『Kaaaaaaaa!』じゃなくて、『カパパパ』だろうが!!)
非常にどうでもいいことだった。
「……なあ、いきおいでさっき決めたセリフを言ったけどさ、アレ、何かまずくね?」
「そ、そんなこと、ないよ~。ほ、本物のカッパさん、なんだよ~? わたしは、カッパさんと、おともだちに……」
大悟は俊と同じく河童の異常さから警戒しており、菜々美は河童と仲良くなりたいと思いつつも、恐怖からうまく言葉が出ずにいる。
一応は友好の証であるキュウリを差し出す形で、事前に決めていたセリフを言ってみたわけであるが、
「Kaaa……Kaaaaaaaaaaaa!!」
河童の方は真っ赤に染まった目をさらに光らせて、威嚇の声をあげた。
いつ襲ってきてもおかしくない状態だ。
「――っ!?」
「ひっ!」
そして河童は、何かを溜め込むように後ろに体を反らし、
「マズッ!! 大悟! 菜々美!」
その何かを考えるよりも先に、前世で魔獣と戦い続けたが故の勘なのか、俊は頭の中に警報が鳴り響いた瞬間、2人を飛びつくようにして地面に押し倒す。
「Kaaa……Paaaaaaaaa!!」
すぐ後に河童の口から吐き出されたのは、凄まじい勢いの水だった。
その水は先ほどまで俊たちの上半身があった場所を通り過ぎ、後ろにあった1本の木をなぎ倒した。それほど太くないとはいえ、メキメキと音を立てて倒れる木を見れば、その威力が分かる。
もしも、俊が咄嗟に2人を押し倒さなければ、まだたったの5歳でしかない俊たち3人の命は無かったかもしれない。
連続で攻撃することができないのか、河童は俊たちを見つめているだけだ。
一方で俊は突然の事態に陥ったものの、すぐさば体勢を立て直し、油断なく河童を睨みつける。大悟と菜々美は一瞬何が起きたのか分からない様子だったが、後ろでゆっくりと音を立てて倒れる木を見た途端に顔を青ざめた。具体的に何が起きたのかは理解できないが、自分たちが命の危機に直面していることは本能的に分かったようである。
「な、何が――」
「しっかりしろ! ケガは無いか2人とも!」
「ケガは、ないけどよ……」
「――!? ――!?」
大悟は何とか受け答えできているが、菜々美の方は過呼吸気味になっていた。
「2人とも混乱しているのは分かるけど、とにかく今は逃げるぞ!! 早くこの場を離れなきゃ、またさっきの攻撃が来る!!」
「にげるったって、あ、足がうごかねえ……」
「ふー、ふー。わたしも、たてないの~。うぅ、ぐすっ」
どうやら大悟は恐怖から足がすくんで動くことができず、菜々美は完全に腰が抜けてしまって立てないようだ。
そうこうしている内に、またも河童が先ほどと同じ姿勢になった。今度こそ俊たちに攻撃を当てる気なのだろう。攻撃方法からあの凄まじい水は一直線にしか吐き出すことができないようだが、動ける俊はともかく、大悟と菜々美はその場から動けないため確実に当たる。
大悟は目を閉じ、菜々美は両手を頭の上に乗せてうつ伏せになる。
河童はそんな2人をあざ笑うかのような表情で水を――
「やらせるかよ! 『衝撃波』!!」
「GaPaaaaaa!?」
――吐き出すことはなかった。
謎の衝撃が体を後ろに反らした姿勢の河童の胴体を襲い、ろくに受け身も取れない状態で後方に2メートルほど吹き飛ばされたのだから。
河童が吹き飛ばされた衝撃で大きな水しぶきが上がる。
その音でまだ自分たちが無事なことが分かり、恐るおそる目を向けた大悟と菜々美が見たものは、手を突き出して自分たちを護るように前に出た、友人である俊の姿であった。
「こういう時のために、魔術を最低限でも使えるように努力していたんだ。転生してから初めての戦闘だが、相手になってもらうぞ!!」
(あーあ、やっちまったなー)
俊はカッコイイことを言った中で、僅かに後悔していた。
実際、万が一の時は魔術を使ってでも家族や友人を助ける覚悟を決めていたが、予想より遥かに早くその時が来てしまったのだ。
この後どうなってしまうのか、考えるだけで胃が痛くなる。
(ま、そんなこと、今この状況を切り抜けて、オレも大悟も菜々美も、全員無事に助かってから考えればいいことだよな……)
別に今ので河童を倒せたとは思っていない。
モロに『衝撃波』を喰らったとはいえ、元々それほど殺傷能力の高い魔術ではないのだ。現にこちらを怒りの籠った目で睨みつけながら起き上がった。
『衝撃波』
それは前世アレンだった頃に、初めて創り上げたオリジナル魔術だ。
当時から1人で行動することが多かったアレンは、魔獣との戦闘で多対一になった際、どの方向から襲われても対処できる使い勝手のいい魔術を取得したかった。しかし、現存する魔術の中にはアレンのお眼鏡にかなう魔術は無かったのだ。
だったら無いなら新しく創ればいいと、割と早い段階でアレンはオリジナル魔術の開発に手を掛けた。オリジナル魔術の開発は非常に難しいものであったが、決して不可能ではない。結局最後は本人の努力と才能がモノを言うのである。
そうして出来上がったのが『衝撃波』だ。
魔術の分類としては『空間魔術』にあたる。
一定範囲内であれば、あらゆる場所に衝撃波を発生させることができる。衝撃の方向も自分の意思で決められ、発動の時に込めた魔力によって威力や範囲を増大させることも可能だ。そのうえ不可視なので非常に便利な魔術だが、欠点もある。
まず発動前にどの場所で、どの方向に衝撃波を発生させるのかを瞬時に決定しなければならないので、戦闘の最中でも一瞬だけ間が開いてしまう。これは実力が上の相手には隙になってしまうので、どのタイミングでどれだけ早く発動できるかが重要となる。
そして1度発動すると、次に発動するまでに僅かに時間が掛かるのだ。その時の威力によって、比例して再発動までの時間は伸びる。同じ場所で発動しようとすると、さらに時間が掛かってしまう。
それでもアレンだった頃はとても重宝した魔術だ。
突然の奇襲でも対処することができ、広く応用することができたのだから。
「さて、と。大悟、菜々美、そこでじっとしていろよ。アイツを倒したら、みんなで帰ろう。母さんたちと無事に会うんだ」
「今、何が? てか、シュン! まさか、戦うのか!?」
「あぶないよ、シュンくん!」
「オレだって出来ればこの場は逃げたいさ。全盛期の頃の半分の強さも発揮できない状態なんだぞ? でも、友人を置いて逃げるなんて死んでもごめんだね」
振り返って2人を見つめる俊の目には、嘘や偽りなどと言った感情は一切無く、覚悟の決まった男の目をしていた。
「……オレはこの世界で生きるって決めたんだ。もう2度と、大事なものを失ってたまるか。もう2度と、生きる気力を失ってたまるか。誰にも奪いさせやしないぞ。絶対に奪わせるもんか!」
「「…………」」
俊の事情を知らない大悟と菜々美には半分も言っていることが分からない。しかし、本気であの河童に立ち向かおうとしていることだけは分かった。
「Kaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
「あっちも痺れを切らせてきたか。上等だ。異世界に転生した魔術、アレン改め麻倉俊! 推して参る!」
すぐに河童に向かって飛び出す俊。
ただ無闇にまっすぐ飛び出したわけではない。河童に向かいつつも、今は河童の意識が自分だけに向いていることから、河童の攻撃が大悟と菜々美に当たらないよう、少し迂回しながら近づいているのだ。
「『衝撃波』!」
「Ga!?」
再び『衝撃波』で河童を攻撃する俊。
しかし、河童も予想していたのか、ダメージは受けたようだが先ほどのようにふっ飛ばされることはなかった。
なによりも、
「GaPPa!」
「うお!? 危な!」
威力は高いが、溜めに時間が掛かって隙が大きい攻撃をやめて、威力は低いが、溜めも隙もほとんど無い攻撃に切り替えてきた。
河童が口から吐いた水の塊をギリギリで避ける俊。
大人なら、例え喰らっても大したダメージにはならないだろうが、今の俊の体では1発喰らっただけで足が止まってしまう。
下手をすれば倒れてしまい、すぐに威力の高い攻撃がきてしまうかも知れない。
そもそも今の俊は足が短く、体力もほとんど無いため、1歩の移動距離も短いうえに早くもない。回避行動にだって一苦労だ。
「GaPPa! GaPPa! GaPPa!」
続いて3連続で水を吐き出す河童。
先ほどの攻撃でもギリギリの回避となった俊にとって、2発までなら何とかなるかもしれないが、3発目は回避できない軌道だった。
普通なら。
「『身体強化』」
水が俊に当たると思われた瞬間、急に俊の動きが良くなり、先ほどまでと違って余裕で躱す。
『身体強化』は『強化魔術』に分類される基本魔術の1つである。
効果は単純に身体能力を上げる。ただそれだけだ。
しかし、これが戦闘だとバカにできない。ゲームと違って攻撃をまともに喰らえば次の行動に支障が出るのだ。躱しても問題ないのであれば、躱す。攻撃を躱すためには、身体が動かなければ意味がない。
相手だって当てるつもりで攻撃しているのだから、実戦で速度のある攻撃をしてきた相手に対して「ちょっ! 速いから! 待って待って、躱せないよ!」なんて言葉が通じるわけがない。
俊は前世で近接戦闘をメインにしていたのだ。『強化魔術』の素質は普通より少し上のレベルで、当然使い慣れているのため息をするように発動できる。
ただし、
(――っ、やっぱり今の身体じゃ、負担が大きいな……)
今の普通の5歳児と変わらない身体の俊には、『身体強化』を発動し続けることに無理があった。『身体強化』は確かに使用者の身体能力を上げることができる魔術だ。修行によって、その上げ幅を伸ばすことだってできる。
しかし、上げ幅を伸ばしても、その身体能力の上昇に身体が耐えられなければならない。無理な強化は自滅に繋がる。そのため『身体強化』をより使いこなすためには、地道に身体を鍛えなければならないのである。素質が非常に高いと身体への負担が激減するが、鍛えなくていいわけでもない。
そして俊は、現在進行形で河童の攻撃を避けられるレベルに身体能力を強化しているが、それに身体が長時間耐えることができないのだ。簡単な話が、土台ができていないのである。そもそも5歳などまだ成長途中で身体ができていないのだから、最低限の身体能力の強化でも負担が掛かる。無理をして発動し続ければ、身体が悲鳴をあげるのは時間の問題だ。
なので俊としては短期決戦にしたいところだが、今の俊が実戦で使える魔術の数は少ない。河童の攻撃を躱しながらこちらも『衝撃波』で攻撃しているが、決定打になっていない。残り魔力に関しては問題ないが、このままでは先に俊の身体の方が耐えきれなくなってしまう。
(イチかバチかだが、勝負に出るか……!)
「GaaaaaaaPaaaaaaa!!」
自分の攻撃が避けられ続けていることからか、苛立ちの声を上げる河童。
溜めが少し大きい動作で水を連続で吐き出す。
「『衝撃波』!!」
その瞬間、俊は威力の高い『衝撃波』を発動した。
……地面に向けて。
――ドォオオオオン!
俊の魔術により土煙が辺りにまう。そして、河童の吐き出した水はその土煙の中へと消え、水の当たった音だけが聞こえる。
「シュン!?」
「シュンくーん!!」
大悟と菜々美が叫ぶ。河童は口を楽し気に歪める。
どちらも土煙が晴れるのを待ち、
その時、河童は上に気配を感じた。
咄嗟に上を見上げる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そこで目にしたのは、上から降ってくる俊だ。
「Ga!?」
驚きつつも攻撃しようとするが、上を向いたことで真上にあった太陽の光で目が眩み、攻撃のタイミングを逃してしまう。
避けようにも間に合わない。
「『武装強化』!!」
俊が新たに魔術を発動する。
そして、手に持ったそれを、渾身の力で河童の頭に振り下ろした。
――ガシャーーーーン!
まるで、陶器が割れたような音が辺りに響く。
その時、大悟と菜々美が目にした光景は……
俊の手に握られたキュウリが、河童の頭にある皿を粉々に砕いた所だった。
次回、『河童のお皿の価値、プライスレス』




