第7話 喜びと不安
「それじゃ父さん行ってくるから、母さんの言うことをよく聞くんだぞ」
「大丈夫だよ。基本的に言うこと聞くから、父さんは何も心配せずに仕事を頑張っておいで。普段家にいない分はお土産でチャラにするからさ」
「……何も心配いらなそうだな。なあ、母さんや。この1年ちょっとで俊が急に成長してきたんだけど、オレはどうすべきかな? オレの4歳の頃を思い出しても、こんなにしっかりしていた記憶がないんだが。ちゃっかりお土産まで要求しているぞ」
「子供の成長は素直に受け入れるべきですよ、真一さん」
「そ、そういう問題か?」
ここで、俊の現在の父親について説明しておく。
俊の父親の名前は麻倉真一。世界中を飛び回っている地質学者であり、大学の教授でもある。
俊の母親である麻倉陽子より3つ年上で、大学院時代に喫茶店でバイトをしていた陽子と知り合い、交際に至ったらしい。俊が聞いてもはぐらかされることだが、どうも「できちゃった婚」だったそうで、最終的に認められたとはいえ陽子の家族相手に奮闘したようだ。
結婚の際にも、地質学者になることがほぼ決まっていたので、家に帰れないことが多いのが心配だったそうだが、陽子も全部分かったうえで幸せになると宣言したそうだ。
そうして、無事に俊も生まれた。
普段家にいない分、帰って来た時は息子である俊も妻である陽子にもたっぷり愛情を注いでおり、外国に行った際は、必ずその国のお土産を買って戻ってくる。
最近では俊がそのお土産を特に心待ちにしているが、以前のようにおもちゃをあげてもそれほど喜ばなくなり、その国の文化がよく分かるようなお土産の方が喜ぶようになった。「どこどこの国に行くけど、何か欲しいものがある?」と聞いたら、おもちゃやお菓子などではなく工芸品を要求された時は「第2回麻倉家家族会議」が俊を抜かして行われた。
ちなみに「第1回麻倉家家族会議」の内容は、退院後の俊の真一に対する反応が以前の「おとーさーん! おかえりー!」から、「あ、父さんおかえりなさい。お仕事お疲れ様でした」と急に大人びたというか他人みたいな態度になり、まさかもう反抗期なのか! と真一が戦慄したことで、今後の俊への対応をどうするべきかの話がされた。
別に俊は反抗期に入ったわけではない。
ただ、今世の父親に対してどう反応すべきなのか分からなかっただけだ。
俊が外国へ仕事で再び戻った父親を見送ってから数週間が過ぎた頃、母親である陽子が体調を崩し、坂本家に俊を預けてタクシーで病院へと向かった。
その間、俊は坂本家で母親の心配をしつつ時間を過ごす。
数時間後に電話で母親から、病気とかではなかったから夕飯前には帰れると伝えられ、安心して胸を撫で下ろした。
俊を引き取りに来た時の顔も特に暗いものは無く、むしろいつもより嬉しそうに見えるくらいであった。
「母さん、何かあったの?」
「ふふ、夕食の後で話すわ。大事な話なの」
そうして普段通り夕食を食べ終え、俊はテーブルを挟んだ状態で母親の言う大事な話を聞く体制になる。
「それで大事な話って何?」
「驚かないでね。実は……」
母親はそう前置きをし、
「できちゃった♪」
「……できたって……何が?」
「赤ちゃん」
「……アカチャン?」
「そう」
「ダレノ?」
「もちろん私よ。ここ最近もしかしてー? と思っていたけど、今日は特に体調が悪かったから病院で検査したのよ。そしたら、妊娠してますって。俊も手が掛からなくなってきたし、ちょうどよかったわ。俊の弟か妹ができるのよ? 分かる?」
……
…………
………………
「What!?」
なぜか驚きすぎて英語になる俊であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……弟……妹、か。全然考えていなかったけど、可能性はあったんだよな。うーん、未だに実感が持てないな。前世のオレ、1人っ子だったし」
母親からの衝撃的なカミングアウトから数日、俊は自室であれこれ考えていた。生まれてくるのが男の子か女の子かは分からないが、無事に生まれれば俊はお兄ちゃんになるのだ。
――無事に生まれれば。
「あー! 不安だ! 不安すぎる。この世界の出産率は向こうよりずっと多いのは分かっているけど、それでも不安になっちまう!!」
異世界エヴァーランドでは医療技術がほとんど発展していない。
理由は様々だが、こちらの世界のように産婦人科など無いし、手術を行うのに必要な麻酔の類もない。単純な怪我なら魔術もしくは回復薬で治せるが、病気やそれ以外のことになると、途端にシビアになる。原因不明の不治の病とされるものも多く、そういうのに掛かってしまった者は己の不幸を呪うしかない。
そんな世界だからこそ、死亡率が多いのが赤ん坊だ。
1番人が死ぬ原因となっているのは魔獣による被害だが、その次に多いのが赤ん坊に関することであり、流産や死産も悲しいことではあるが、無事に生まれても病気などに掛かって1年以内に死んでしまうことが多いのだ。
何とかならないかと、いろいろ研究している国もあるそうだが、根本的な解決には至っていない。最先端の医療技術がある現代でも、死んでしまう時は死ぬ。
生まれてくる弟か妹に、もしもの事があったらと思うと胃がキリキリする。
「だからこそ! リウスに子供が出来た時に開発したオリジナル魔術『超赤ん坊誕生』が必要なのだ! ぶっちゃけ今のオレだとまだ難しい魔術だが、できるできないの話ではない。やるかやらないかっていうか、やるしかない話なんだ!! 待ってろよ、まだ見ぬ下の子。お兄ちゃんが絶対に元気に生まれてくるようにしてやるからな!!」
麻倉俊、今年で5歳。前世の記憶が戻ってから約2年。未だかつてないほどの集中力と気迫で、魔術の再習得に心血を注いでいた。
その魔術のネーミングセンスは酷いものだったが。
家の近くの電線に止まっていたスズメが急に何かを感じ取り、大慌てで逃げていく! 主人に引かれて散歩中だった犬が吠えまくる! 坂本家の面々がそれぞれ戦闘態勢を取る!
この魔術は前世の友人であったリウスが結婚し、奥さんとの間に子供が出来た時、友人の子が元気に生まれるようにと開発したオリジナルの魔術だ。
簡単に説明すると、定期的に赤ん坊がいるお腹に特殊な魔力を流し、病気にも掛かりにくい丈夫な身体を生まれる前の時点で創り上げる魔術である。
ただし、特殊な魔力を流すのはかなり気力のいる作業となり、友人の子でもなければ2度とやりたくないというのが本音だったりする。なお、無事に生まれたリウスの子供はすくすくと成長していき、15歳の時点で父親であるはずのリウスが全くかなわないぐらい強くなっていた。
俊の前世最後の日にリウスと酒を飲みながらしていた話の1つで、「元気に育ってくれたのはいいけど、元気すぎだ。息子の奴もうオレより立場的に偉いんだぞ? 嬉しい反面、複雑すぎるわ」と愚痴をこぼしていた。
――んなこと言われても知らんがな。
それから1週間ほどでその魔術を使えるようになり、母親のお腹を撫でながら毎日のように魔術を使って、元気な子が生まれるよう祈った。
その後、母親のお腹の中にいるのが双子の男女だと判明し俊は大喜びするが、生まれてきた双子がやたらとハイスペックで、俊が「やっべーすわ。ちょっとやり過ぎちゃった……」となるのはもう少し先の話になる。
俊に双子の弟・妹が出来ました。生まれるのはまだ先です。
やたらとテンションが上がった俊は将来のこととか考えてません。
俊のネーミングセンスの悪さは前世からです。
次回、本格的に俊の物語が動き出します。




