プロローグ1 少し未来の話
ついに始まります「逆転生」!
今日はプロローグ3話を投稿します。
以前投稿した短編とは設定や内容に違いがあります。
「ハァ、ハァ、ハァッ! だ、誰か……!」
日本、某所。
現在、息を切らしながら女性が走っているのは、とある大きな歓楽街から少し離れた裏路地である。
光がほとんどない道に、カビだらけの建物の壁。そこらへんに散らばるゴミと、不衛生な印象をよりあたえるネズミや名も知らぬ虫。この裏路地の印象を聞けば誰しも「汚い」「近寄りたくない」と答えることだろう。
元々この裏路地も店や何らかの会社があったのだろうが、時代の波に押されて少しずつ寂れていき、今では普通の人は誰も寄り付かないような場所へと変わってしまっていた。
(どうして、こんなことに……!?)
さて、なぜこのような場所で女性が必死に走っているのか、それは今から少し時間を遡ることになる。
女性はごく普通の若いOLだ。
自分はいつものように事務仕事を終え、会社の人たちに別れを言って退社した。
その後、帰りにたまたま会った同級生と一緒に居酒屋で問題にならない程度にお酒を飲みながら、お互いの近況などを話していたはずだ。
同級生とも別れ、さあ家に帰ろうというところで若干ながら酔いがきたので、自販機でお茶でも買おうとした。
たまたま目に入った自販機が表通りから少し外れた薄暗い所にある、それだけだった。
ちょっと行ってパパッと戻ってくる、ただそれだけのはずだった。
自販機についたところで、ガラの悪そうな男たちが自分の来た道を塞いで、顔をニヤニヤとさせながらこちらへやってきたことだけが予想外だった。
冷静になれば、その場で大声を出すだけで良かったのかもしれない。表通りから外れているとはいえ、目で見える距離に人がたくさんいたのだから。
しかし、突然のガラの悪そうな男たちの登場に軽くパニックを起こしていたために、声をあげるよりも先に逃げ出していた。――元来た道とは逆方向に。
そして、現在に至る。
いったいどれだけ走ったのだろうか? 冷静になってから何とかして人通りの多い道まで行こうとしていたにも関わらず、予想以上に裏路地の道が入り組んでいたため、「ここ本当に私の住んでいた日本? いつの間にか神隠しにあって、パラレルワールドの日本に来ちゃった♪ とかないよね? ね?」と言いたくなってしまうような場所にまで来ていた。
さらに最悪なことに、今女性がいる場所は……行き止まりだった。
振り向けば先ほどの男たちが追い詰められた獲物を見るような目でこちらを見て、舌なめずりまでしている。
前は壁。後ろはガラの悪そうな……否、明らかにガラの悪い男が5人も。
絶体絶命・袋のネズミとは、まさにこのことだろう。
「ハァ、ハァ、い、一体何ですか、あなたたちっ」
「う~ん? 何ってのはこっちのセリフだぜ姉ちゃん。俺らはちょ~と、美人なあんたに声を掛けようとしただけで、変なことするわけでもないのにさぁ、顔見た途端いきなり逃げちまうんだもん。そりゃ追っかけるって」
「ネズミを追う猫みたいにな。クククク」
「ブフッ! 俺ら猫って見た目でもねーだろ! ぎゃはははは!」
「待て待て兄貴。気分が燃え上がるのは分かるけどよ、今からそんなんじゃ朝まで持たねーぞ? オレの自慢の赤いモヒカンヘヤーも楽しみすぎて、いつも以上にキレッキレなのによ。よお姉ちゃん。オレはここぞという時に熱いハートがメラメラと燃え上がるタイプだから最高の夜にしてやるぜ? なあ弟よ」
「いつも以上にカッコイイぜ兄ちゃん! オレのモヒカンもキレッキレだぜ!」
まずい。女性がそう思ったのは当然だ。
可能性は低いものの、彼らは自分が顔を見た途端に逃げたので、つい追いかけてしまった。というアホのような理由があったのではないかと考えていたが……
女性はこの5人の様子を見て、まだその可能性に縋るような楽観的思考をすることはできなかった。
先ほどから舐め回すかのように自分の体を見ている目を前に、いつまでそのようなことが考えられようか。
「いやー、本当にいい体してそうだよな姉ちゃん。んじゃ、最初は俺が――」
「兄貴、兄貴が最初なのは当然として、次は俺でいいっすか?」
「あ! ずりーぞオメー。こういうのはじゃんけんで決めるもんだろうが!」
「その前に暴れられないように縄で腕を縛って、ガムテで口塞ぐのが先だろうが。弟よ、当然持ってきているんだろうな?」
「もちろん何があってもいいよう、バッチリ用意しているぜ兄ちゃん!」
そんな男たちのゲスな会話を聞いて、
「い……や……」
女性の口から震えながら出たのは、そんな言葉だった。
――怖い。 ――どうして私が。 ――助けて。
心の底からそんな言葉が湧き出てくる。
分かっているのだ。自分は助からないだろうことは。
周囲に人気は無く、逃げることもできない。あと少しすれば前にいる男たちに何をされるのか簡単に想像できる。できてしまう。
今さら声を上げたところで、こんな場所には誰も来ない。仮に善意ある人が来たとしても、この状況で助けられるとは限らない。むしろ、助けに来てくれた人まで被害に合わせてしまう。
もう、ダメなのだ。
それでも、それでも女性は言わずにはいられなかった。
助けを呼ぶ声を。
「誰か、誰か助けて!!」
「バーカ。映画でもあるまいし、そんな都合よく助けなんて来るわけ――」
「ところがどっこい! 来ちゃうんだなーこれが」
「「は?」」
突然のタイミングがいい第三者の声に襲おうとしていた5人組の男たちも、襲われそうになっていた女性までもが呆けた顔になった。
そして揃って声が聞こえた方向――行き止まりとなっていた高い壁の上に目をやれば、そこにいたのは……
「こんな所で女性を襲おうとするとは、ただで済むと思うなよ?」
「とりあえず、あいつらをボコればいいんだろ」
「ふっふ~ん。お仕置きだぞ~」
「成敗」
「ほんっとに最低ね! 2度とこんな真似できなくしてやるわ!」
なんてことを言う、月をバックにした5つの小さな影が。
助けを呼んだはずの女性は、何を言えばいいのか分からなかった。
少々離れているものの、その背格好は小学生にしか見えず、声も普通に声変わりする前の子供のそれだった(後にどんな声だったのか正しく認識していなかったことに気付く)。
何より、コスプレ? と言いたくなるような恰好をしていたのだ。
1人は黒い動きやすそうな半袖の服を。
1人は青い胴着のような服を。
1人は黄色いフリフリした服を。
1人は猫耳のカチェーシェを付けた、緑色のミニスカートの服を。
1人は下の丈が少し短い巫女服を。
5人とも違う服装ではあるが、共通しているのはどう見ても普通に売っている服ではないこと。そしてデザインが違うものの、顔の上半分が隠れる仮面を付けていることだ。
気付けば、女性は四つん這いになっていた。
――助けてとは言ったけど、何でよりにもよってコスプレした子供なの!
明日占い師に運勢でも見てもらおうかしら? と本人は気付いていないが、割と心に余裕が出てきた女性を無視して事態は進んでいく。
5人のうち、黄色いフリフリした服の女の子がビシッ! と指を男たちに突き付け、
「私たちが来たからには観念してもらおうか~。月にかわっておジィッ!! ~~~~ッッッ!!」
噛んだ。
決めゼリフっぽいのを言おうとした瞬間、思いっきり嚙んだ。
仮面で顔の上半分は見ることはできないが、確実に涙目になっている雰囲気が伝わってくる。
ついでに痛みを紛らわすための行動として、その場でピョンピョンと飛び跳ねている。
月がバックにあることも相まって、その姿はウサギのよう……
ウサミミを頭に付ければ完璧だろう。
あ、今夜の月の影の模様もウサギだ。
いつもよりハッキリと見えております。
「……何やってるんだよ?」
「ひゃ、ひゃって~」
「何でかしら? 決めゼリフを言おうとした瞬間、金髪ツインテールのお姉さんが思いっきり頭を叩いた幻影がアタシには見えた気がするんだけど?」
「んなもん見えたか? オレには見えなかったぞ?」
「さあ?」
「アレじゃないか? 自称美少女の有名なセリフをパクろうとしたから、天罰が下ったんだろ」
「ひ、ひひょいよ~」
そんなコントのような5人組の子供たちの姿を見ていた男たちは、ようやく我に返った。
「……どこのガキか知らないが、人の楽しみに水を差しやがって、ったくオメーらみたいなガキにかまってやるほどこっちも暇じゃないんだよ! とっとと帰れ!」
「ここからはいろんな意味で大人の時間なんでな。クククク」
「おいおい。オレの熱いハートを冷ますようなことするなんざ、ちと仕置きが必要か? なあ弟よ?」
「オレもそう思うぜ兄ちゃん!」
「…………」
当然と言えば当然の反応をする男4人に対し、なぜか沈黙する最後の1人。
「あ? どうした?」
「いつもみたいにバカ笑いしねーのか?」
「兄貴たち、落ち着いて聞いてくれ。実は最近ある都市伝説があるんだよ。悪さをしている奴をマジもんの魔法だか魔術だかの力で懲らしめ、捕まえる、謎の5人組のコスプレしたガキの話。まさかとは思うんだけど、さ……」
様子を見ながらそんなことを言った男に、顔を赤くした兄貴と呼ばれていた男が詰め寄る。
そして、
「テメーふざけてんのか!? そんなもの信じてるのかよ! バカバカしい、魔法やら魔術なんてオカルトのもんあるわけ――」
「無視してんじゃねーよ! 『フレイム・ナックル』!!」
「あぁん? ――ブベラハッ!!」
詰め寄られていた男が見たのは、炎を纏った拳を突き出す青色の服の子供と、その拳が顔にめり込んで吹っ飛ぶ兄貴の姿だった。
ぶん殴られた兄貴さんは漫画のように錐揉み回転しながら、飛ばされた方向にたまたまあったゴミ箱の中へホールインワン!
10点。10点。10点。 世界新記録!!
突然聞こえた大きな音に「この場合、いったい何の占いに当てはまるのかしら? 一番近くのマダム・カリーの占い館は恋愛専門だったし……」などとトリップしていた女性もようやく事態に気付いた。
一応自分を中心に事態が進んでいることを自覚してほしい。
あと、マダム・カリーって誰やねん。
そして最初の位置から動いていない残り4人の子供たちはと言うと、
「殴られた時の反応、吹っ飛び具合、そして最後のゴミ箱へのダイブ……世界を狙えるな」
「一体何の話なの~?」
「金メダル確定」
「いやだから何の話なのよ!?」
自由か。
そんなカオスな空気の中で、吹っ飛ばされてピクリとも動かない兄貴と呼んでいた人物を見て、徐々に顔色を無くしていく男たち。
一番最初に立ち直ったのは、熱いハートを持っているらしい赤いモヒカンヘヤーの男だ。
「……っ! 兄貴を一発で殺るとはやるじゃないか。だが、これでオマエの負けは決定したぜ」
「あん?」
「仲間を殺ったオマエへの怒りでオレの熱いハートは臨界点を突破した! 今のオレは心も身体も燃え滾っているぜ! 誰にも負ける気がしねえ! 兄貴の敵取らせてもらうぜ!!」
こちらを完全に敵として見て一歩踏み出したモヒカンの男に、子供の方も戦闘態勢を取る。
ちなみに先ほどから赤いモヒカンヘヤーの男は「兄貴を一発で殺るとは」とか、「仲間を殺ったオマエへの怒りで」とか言っているが、別に兄貴さんは死んでいない。
もし兄貴さんに意識があれば、「勝手に殺すな」と言うことだろう。
一触即発。
「先に動いた方が負ける」といった言葉が出てくるほどの緊張感が辺りを支配する。
周りの男達も息を飲んで見守り、他の子供たちも信頼から手を出さずにいた。
襲われそうになっていた女性は、いつの間にか蚊帳の外にいるような気分になり、必殺「やめて! 私のために争わないで!」オーラを出したが完全に無視されていた。
女性は若干涙目になるが、男たちも子供たちも全員無視だ!
「『着火』」
そんなこと知らんと、空気を読まずに手を出す例外が約1名いたが。
「フフフ、分かってはいるがいつも以上に身体が熱いぜ……」
「に、兄ちゃん!? 燃えてるよ!!」
「おう、今のオレのハートは太陽のように燃えているぜ」
「違うよ兄ちゃん! 兄ちゃんの命の次に大切なキレッキレのモヒカンが物理的に燃えているんだよ!」
「………………んんん?」
隣にいる弟の言葉を理解することができず、正確には認めることができず、一瞬何を言われたのか分からなかったが、頭の中で先ほどの言葉を再生するとだんだん自身のハートではなく、頭の上が火傷しそうなほど熱くなっていることに気が付き始めた。
口元が引きつっていき、近くにあった水たまりに目を向ければ……
何ということでしょう~。赤く染めたキレッキレのモヒカンが見事に燃えているではありませんか。
毎朝セットに1時間かけていたモヒカンが燃えているではありませんか~
命の次に大切な自慢のモヒカンが、どこのファイヤーカーニバルだよと言いたくなるレベルで思いっきり燃えているじゃないか!?
「NOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!?」
次の瞬間、男は水たまりに頭からダイブ!
バッシャーン! という音と、ゴツン! という音がほぼ同時に聞こえた。
どうやら、モヒカン男は自分の消火に成功したらしい。その証拠に先ほどまで燃えていた火はきれいに消えていたのだから。
ついでに燃えていた自慢のモヒカンも、きれいさっぱり消えていたが。
根本近くまで燃えていたため、今ではスキンヘッド状態である。
元モヒカン男は頭からのダイブによって、大きなたんこぶを作り気絶していた。
顔は水たまりの水で濡れているが、それ以外の目から出ている水でも濡れているように見えるのはきっと気のせいだろう。
「「「「うわぁ」」」」
戦闘態勢をとっていた子供の方も、残りの3人もドン引きしている。
唯一、元モヒカン男の髪を燃やした張本人である巫女服の子供だけが「ざまあみなさい」とばかりにドヤ顔だ。
残された3人の男たちは完全に顔色を無くしていた。
男たちはピクリとも動かない兄貴と呼んでいた男を見て、続いて自慢のモヒカンが天に召されてしまった男を見て、最後に謎の子供たちの方を見て……逃げた。
「兄貴がやられたぁぁあああああああ!」
「あの都市伝説やっぱ本物だったぁぁあああああああ!」
「兄ちゃんゴメン! 俺だけでも生き残るよぉぉおおおおおお!」
見事な逃げっぷりだった。
しかし、それは当然だろう。自分たちのリーダー格2人が倒されたのだから。
ただしモヒカン弟の方よ、兄ちゃんを勝手に殺すな。
すぐにこの場から逃る男たちだったが、彼らは1つ失念していた。
残り3人の子供たちが、男たちを逃がす気が全くないことを。
「逃がさない。『落とし穴』」
逃げていたモヒカン弟が踏み出した地面が突如として消え去り、それなりに深そうな穴が現れる。
「へ? え、ちょ、まああああああああぁぁぁぁぁぁ――!」
男はそのまま穴へと落ちていった。
段々と声が遠のき、穴の中から鈍い音が聞こえる。実に痛そうな音だ。
残り2人の男たちは特に示し合わせたわけでは無いのだろうが、それぞれ左右に別れて逃げ出していた。
しかし、そんな簡単に逃げられるわけがない。
右に逃げた方の男が次の角を曲がろうとした時、突如地面が光ったのだ。
正確には、地面に浮かび上がった複雑な模様が光っていた。
「え!? これ、本物の魔法じ――」
「正解。『電撃罠』!」
バチッ! という音が聞こえた後、男の体が倒れた。
しっかり気絶しているのを確認し、特製の縄で縛り上げた黒い服の子供は周囲を確認した後、縛り上げた男をかなり適当に引っ張って、来た道を戻る。
足を掴んでズルズルと引きずることに、何も気にしていない……
引きずるたびに男の頭部がガツンガツンと地面にぶつかっているが、気にしないと言ったら気にしないのだ。
そして先ほどの場所まで戻れば、左に逃げたはずの気絶した男と、
「わふっ」
「よ~しよ~し、えらいぞ~」
その男の上できれいにお座りをしている一匹の犬と、その犬の頭を優しく撫でている黄色い服の子供の姿があった。
「ありゃ、先を越されちゃったか」
「ん~? それはまあ、そっちは今回、罠を張って待ち受ける方法にしたんだよね? 私の場合、ポチがすぐに捕まえてくれたからね~」
「わん!」
「なるほど。えらいな、オマエは。それに比べてご主人様の方は……」
「あ~ひど~い! さっきのはもう忘れてよ~」
「はいはい」
そんな会話をして元の場所に戻れば……
「何であそこでモヒカン野郎のモヒカン燃やすんだよ! あそこは向かって来たところをオレが迎え撃つ場面だろ! そのせいで勝手に自滅しやがったじゃん!」
「知らないわよ、そんなこと。こっちは5人、向こうも5人で1人ずつ対処すればちょうどいいでしょ? アタシだってアイツらにぎゃふんと言わせたかったんだから!」
仲間の2人がケンカしていた。
黒い服の子供は「別にいいだろ、そんなこと」と言いたかったが、中々会話に割り込めずにいた。
ふと、この場に残ったもう1人の仲間を探せば、襲われそうになっていた女性の対処をしている。後は5人の男たちを全員縛り上げて警察に届け、女性に後日警察への説明を約束させれば今日はもう帰っても大丈夫だろう。
女性を人通りの多い道にまで送り届ける役目はポチに任せれば安心だ。
(気が付けば、もうアレから何年も経ったんだよな……)
女性への対処が終わった猫耳カチェーシェの子どもと、先ほどまで従魔であるポチを撫でていた子供が、ケンカしている2人を止めに入っている光景を見ながら、黒い服の子供はこの4人と出会う前のことを思い出していた。
そう、あの運命の日を。
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