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前編



 その本に出合ったのは、まさに運命の出会いだった。


 その本は王族の所有する蔵書の中の一冊だ。許可のある人間しか入れないその書庫には王族の所有する沢山の蔵書があるのだが、何故かその日、その一冊の薄い本が目に入った。

 何気なくその本を手にする。

 薄いのに、とても丁寧な装飾が施されていた。

 茶色の表紙に金で文字が打たれており、柄もとても凝っている。その模様は女性のものだと思わせるほど繊細で柔らかだ。とても大事に使われていたのか、紙はそれなりに古いのに、破れたところや汚れたところはない。


 惹かれるままにその本を手に取り、自分の部屋へ戻った。

 侍女たちに体調を心配されながら、長椅子にゆったりと座ると、さっそく本をめくった。



◆◆◆



 この本を手にしているあなたへ


 あなたは今、王位継承権第一でしょう。

 そして、第二位以下の従兄弟達の誰かを王配として選び、結婚を決断しなくてはいけない。


 よく考えなくてはいけないわ。


 ここを手抜きすると、大変なことになるから。

 あなたが不幸になるだけでなく、国までも傾くことでしょう。

 でも、この本にあなたは巡り合えた。

 わたしに巡り合えた。

 わたしはあなたの声を聴くことはできないけれど、あなたはわたしの声を聴くことができる。


 あなたはわたしを信じますか?


 はい、なら8ページへ。

 いいえ、なら次のページへ。



◆◆◆


 なんだろう、これ?

 昔、流行した年頃の女の子が好む、軽い読み物なのだろうか?


 もちろん信じない。

 だから、いいえを選んだ。

 次のページと書かれていたから、ページをめくる。



◆◆◆



 残念なあなたへ。


 わたしを信じられないのね。とても残念だわ。あなたのために、本当に信じて欲しいの。

 でも、信じられないという気持ちもわかるわ。王族でもあるし継承権一位ですもの。簡単に信じてはいけないのは常識よね。


 仕方がないから、あなたがこれから辿る運命を教えてあげる。


 ちなみに運命は不可思議な力に導かれた未来ではないわよ?

 運命はあなたが選んだ結果、巡り合える未来なの。

 そこを間違わないでね?


 さあ、では教えてあげるわ。


 信じなかったわたしではない誰かが辿った未来を。



◆◆◆


 読み進めているうちに、体がぶるぶると震えた。


「何よこれ」


 書かれていたのは、ある日、病気をしてから急激に悪くなったお姫さまのお話。


 医師にかかってもどこが悪いわけでもないのに、体中が怠く、動くこともままならない。楽しみは婚約者候補である従兄弟達との会話。中でも一番頼りにしている従兄がお見舞いに来ると少しだけ体調がよくなる。けれどそれも一日だけ。またもとのように戻ってしまう。


「全く同じなんだけど」


 わたしも健康に何にも問題がなかったのは同じだ。

 つい3か月前に流行り病にかかった後、完治した。なのに、それ以降どことなく体調が悪い。仕方がなく大事を取って寝台にいるが、暇すぎてつまらない。そして、暇を持て余したわたしは書庫に行ってこの本を見つけた。


 驚きにさらにページをめくった。


◆◆◆



 全く同じ!と思っていることでしょう。

 それはね、あなたがわたし達と同じ立場だからよ。それでも信じないというのなら、これだけは試してみてちょうだい。



◆◆◆


 書かれていた内容を見て、これくらいならすぐにでもできそうだった。じっと真剣に本を読んでいると、侍女がお茶を用意し始めた。そこで、書かれていたとおりに尋ねる。


「ねえ、そのお茶、この時間だけ出てくるけど何故かしら?」

「それはマティアス様が気休めだけどもといって用意してくださったものだからです」


 マティアスは婚約者候補の一人だ。小さい頃からよく遊んでくれた5つ年上の従兄。こうして体調を崩すとよくお見舞いも来てくれる。


「マティアス兄さまが。知らなかったわ」

「知らなくても仕方がないかと。マティアス様は遠慮して欲しくなかったのですわ」


 そう告げる侍女をじっと見つめた。少しだけ頬を上気させてうっとりとしている。その顔は色を感じさせるほど艶やかだ。注意深く侍女を観察したまま、もう一人いる古参の侍女に話を振った。


「ねえ、このお茶、どこのお茶かわかるかしら?」


 彼女は言われるままにわたしの持っているカップを受け取ると、香りを嗅いだ。思い当たるお茶がないのか、首を傾げる。


「香りは独特ですね。もしかしたら、体調が悪い姫様のために薬草を使っているのかもしれません」

「そうなのね。これ、もう一杯欲しいわ」


 初めに出されたお茶を飲み干すとお代わりを要求した。うっとりとしていた侍女は少しだけ慌ててそれはできないと告げてくる。わたしは不思議そうに彼女を見つめた。


「お代わり、ダメ?」

「そういうわけでは……ですが、マティアス様が来るまで毎日出してほしいと言われております。お代わりを入れてしまうと早くなくなりますので……」


 歯切れ悪く言い訳をする。ふうん、と唇に指をあてた。


「じゃあ、もう一杯だけ。その代わり、明日はいらないわ」

「それなら……ご用意します」


 そうして、お代わりを貰った。


 飲み干した後、記憶がない。


◆◆◆


 さあ、どうだった?


 2杯以上飲んでも、何もなかったらきっとあなたにはこの本が必要ないでしょう。


 もし、意識がなくなったり、ひどい状態になったら、間違いないわ。

 あなたには毒が盛られている。殺さず生かさず、弱った心に優しさで頼らせようとしているの。

 ほら、病気で心が弱くなっている時に優しくされると、ついつい頼ってしまうでしょう?

 頼ってしまうと、その人がとっても素敵に思えてくるじゃない。ずっとこうして守ってもらいたい、って思えるのはとても自然だわ。


 だって、自分を常に心配して、優しくしてくれるんですもの。


 それと、お茶を淹れた侍女の顔をちゃんと見ていた?

 うっとりしていたり、色っぽい顔をしていたら間違いないわ。彼女はあなたの婚約者候補に傾倒している。支持する婚約候補者のためなら何でもできる人だわ。彼女は支持する婚約者候補に知られることなくあなたに選ばれるように手を貸していたのよ。


 どうかしら?


 だけど、別に確認はいらないわね。あなたが倒れた時点で、この侍女は投獄されているから。


 あなたはわたしを信じますか?


 はい、なら8ページへ。

 いいえ、なら次のページへ。


◆◆◆


 恐ろしかった。

 あれほど短くない期間、側にいた侍女がわたしに毒を入れていたなんて、信じられない。彼女はいつも体調を崩すわたしに優しくしてくれた。寒くないか、何か欲しい物はないかと。常に気を配ってくれていた。

 ぼんやりと寝台の上で横になったまま、天井を見ていた。涙が次から次へと溢れてくる。


 本に書いてあった通り、侍女は捕まった。だけど、侍女はすでに狂ったようになっていて、お茶の出所が本当にマティアスかどうかまではわからなかった。お茶はとても独特な配合で、この国では滅多に手に入らないようなものだったのだ。だから、侍女がマティアスに言われて、と叫んでも信憑性がなかった。


 確かにマティアスはお見舞いに珍しいお茶を買っていたが、それはちゃんとした王室御用達のお茶屋で購入していて、出所ははっきりしていた。王城では、マティアスが誰かの策略に嵌められたことがすでに判明していた。ただまだ疑っている人たちもいる。


「大丈夫かい?」


 そんな言葉と共にどこか辛そうに言ってくるのはマティアス。涙が溢れている目を寝台の横にいるマティアスに向けた。


「怖いわ」

「もしかしたら君も私を疑っている?」

「疑いたくない……」


 わたしの心の迷いに気が付いたのか、悲しそうに聞いてくる。


「確かに私は貴女に飲ませて欲しいとあの侍女にお茶を渡した。だけど、そのお茶はいつも君が好きだと言っているお茶だ。いつも来る時に持ってきているだろう?」


 確かにマティアスの言う様に、お見舞いに来てくれるときはわたしの好きなお茶を持ってきてくれる。とても貴重なお茶で手に入りにくいのだ。だからお見舞いの時に一緒に飲むことにしていた。そう考えると、マティアスがわたしに毒を飲ませようとしているのではないとわかる。だって、同じポットのお茶を飲んでいるのだから。しかも、あの侍女が出していたお茶とはまるで味が違う。


「そうよね。マティアス兄さまがわたしを傷つけることは絶対にないのに」


 のっそりと起き上がると、マティアスに手を伸ばした。マティアスはわたしの手をそっと取ると優しく両手で包み込む。


「ありがとう。大切な君に疑われるのはとても辛い」

「本当にごめんなさい」


 小さく笑みを返すと、マティアスも微笑み返してくれた。



******


 ようやく長い時間、起き上がれるようになった。長い間毒を飲み続けていた体はすぐには元に戻らなかった。日に日によくなっているのが分かる。どれほど毒を飲まされていたのだろうか。


 そして、わたしは再びあの本を開いていた。


 恐ろしくて先を見るつもりはなかったけど、あれほど的確だったのだ。

 もしかしたら、まだ何か当てはまるものがあるかもしれない。

 そう考えると、続きが気になって仕方がなかった。

 こんな本に振り回されて、という思いと、これで幸せになれるならという気持ちで数日間、揺れていた。テーブルの上に本を置き、じっと何日も何日も見つめた。


 そして。

 今日、とうとうその本を手に取った。





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