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妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
ミッケの思い出
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2




 夕方になって、サクヤはカオルと二人でまた滝の道を通った。昨日もおとといも思ったけど、滝の道は行きよりも帰りの方が短く感じる。

 夕暮れに真っ赤になった滝の裏がわは、まるで知らない世界にいるみたいだった。

 サクヤは帰り道のこの赤い景色を見ると、息も忘れるくらいドキドキしてくる。

 カオルちゃんもおんなじ気持ちなのかな?

 サクヤがちらっと見たカオルも、赤い景色にくぎづけだった。

「そういえば、さっきのビンって、おまつりの準備なんだよね? なにに使うんだろ?」

 おとぎの道を抜けると、すぐにカオルがそうきいてきた。

 そうだ、タロウくんは昨日、おまつりの準備でダイダイジュの油をとるんだって言ったんだ。

「うーん、分かんない。明日タロウくんにきいてみよ。それよりぼく、妖怪のおまつりって気になるな。どんななんだろ?」

「私も気になるなぁ。出店とか並ぶのかな?」

 サクヤが知ってるおまつりは、わたあめとか金魚すくいとか、いろんなお店がずらりとならんで、道を大きいおみこしがどしどし進んでいく。

「妖怪の出店ってどんなだろ?」

「ねっねっ、気になるよね」

 サクヤはまた明日タロウに会うのが楽しみだった。


 次の日の朝は早起きをした。朝ごはんにジャムパンを食べた。おばあちゃんもおじいちゃんもサクヤの早起きをほめてくれた。二人がほめてくれると、大おばあちゃんもうんうんうなずいてほめてくれた。

 お昼前にお母さんと居間で二人になったとき、サクヤは言った。

「あんなにほめてもらってばかりだと、なんか照れちゃうね」

 どうしておかしかったのか、お母さんが声を立てて笑った。

「そうだね。きっとサクヤがいつもねぼすけだから、おばあちゃんたちおどろいたんだよ」

 くくっとお母さんが笑った。サクヤはからかわれてるんだと分かって、口をとがらせてみた。

 お昼ごはんを食べて少ししたら、玄関からカオルが呼んできた。

「サクヤくーん! 起きてるー?」

 カオルちゃんにもねぼすけだと思われてるみたいだ。

 それからサクヤとカオルはまた黄色い花畑に来た。

 タロウはまだ来てないみたいだ。

 タロウが来るまで二人でみずうみに入って遊んだ。みずうみの水はすき通ってて、泳いでる魚がきらきら光っていた。

 タロウはなかなか来なくて、二人は花畑にすわって休けいすることにした。

「今日は来ないのかな?」

 サクヤはみずうみに足をつけながらきいてみた。

「おまつりの準備で忙しいのかな?」

 結局その日は夕方になってもタロウは来なかった。

「今日はもう帰ろっか」

 カオルが言うのにサクヤもうなずく。

 タロウに会えなかったのは残念だけど、昨日は約束をしてなかったから仕方ない。

「明日はまた会えるといいね」

 カオルとさよならをしておばあちゃんちに帰ると、今日のごはんはおじいちゃんがとってきた、山菜の天ぷらだった。天ぷらはサクヤの大好物だ。とれたてであげたての山菜はとてもいいにおいがした。

「おいしそう! ぼく天ぷらがごはんの中で一番好きなんだ」

 サクヤは山菜をとってきてくれたおじいちゃんに、ありがとうと伝えたかった。だからどんなに天ぷらが好きか言いたかった。だけど上手な言葉が見つからなかった。それなのに、おじいちゃんはサクヤの気持ちを分かってくれて、大きな声でわははと笑った。

「そうかそうか。ばあさんの天ぷらはな、この世で一番うまい食べ物なんだ。好きなだけ食えよ」

 おばあちゃんとお母さんがどんどんあげて来る天ぷらは、大皿の上で山盛りになっていった。

「ささ、サクヤとじいちゃんとひいばあちゃんは、冷めないうちにどんどんお上がり」

 次の大皿をテーブルにどかんとおいたおばあちゃんが、三人に天ぷらのつゆが入ったうつわをさしだしてくれた。

 サクヤはミッケのことを思い出した。

 ミッケはうちで天ぷらをやると、ぼくもほしいとすり寄ってきたのだ。

 お母さんもお父さんも、猫に天ぷらはダメだって言うから、ミッケを言い聞かせるのが大変だった。

 もう一枚の大皿も山盛りになると、お母さんとおばあちゃんも居間に座った。

 大おばあちゃんは天ぷら三つでお腹いっぱいになったみたいで、また正座したままうとうとしてる。

「サクヤ、お腹いっぱいなったか?」

 サクヤがたくさんの天ぷらを食べて、もうはしを動かせないって思い始めたら、すぐにおじいちゃんがきいてきた。

「うん、もうお腹いっぱい」

「サクヤもよく食べるようになったよね」

 お母さんが懐かしそうな目でそんなことを言った。

「ぼくもう四年生なんだよ? いっぱい食べられて当然だよ。それに天ぷら大好きだからね」

「ふふ、最近サクヤはそればっかりだね。天ぷらかぁ。最近あんまりやってなかったね。うち帰ったら、今度お父さんともやろうね」

 サクヤはまたお母さんが子供あつかいしてきたのだと思った。だけどお母さんの声はどこか切なそうで、からかわれてる感じじゃなかった。

 どうしてお母さんは切なそうなんだろう?

 それは分からなかったけど、お母さんの声につられて、サクヤも切ない気分になってきた。だからまたミッケのことを思い出した。

「うちで天ぷらやるなら、ミッケのおはかにもおそなえしよ。ミッケはもう死んじゃったから、天ぷらあげてもダメじゃないよね? ミッケ天ぷらほしがってたから、きっとよろこぶよ」

 サクヤは自分がそう言ったのが不思議な気がした。どうして不思議なのか考えてみると、サクヤはミッケが死んでから、お母さんの前でミッケの話をしたことがなかったのだ。

 お母さんがびっくりした目でサクヤを見ている。その目にじわっと涙がにじんで、あっという間にこぼれてしまった。

 サクヤはお母さんが泣くところなんて初めて見た。どうしていいか分からなくて、おばあちゃんとおじいちゃんの方を見た。

 おばあちゃんは優しい手でお母さんの背中を叩いている。おじいちゃんは真剣なまなざしでお母さんを見ている。


 そのあとしばらくして、お母さんとおばあちゃんがごはんの後かたづけで台所に行った。大おばあちゃんはもう完全にいねむりしてる。

 おじいちゃんが優しい声でサクヤにきいた。

「サクヤ。サクヤはどうしてお母さんが泣いたか、分かったか?」

 サクヤはてっきり、お母さんがミッケを思い出して悲しくなったんだと思ってた。だけどおじいちゃんが言うには、お母さんが泣いたのはサクヤのせいだったのだ。

「お母さんはな、サクヤのことをそりゃもう心配してたんだ。サクヤは覚えてないだろうが、ミッケが死んでから、サクヤはしばらくごはんも食べられなかったんだ」

「えっ、そうなの?」

 サクヤはミッケが死んでしまって、それまでのことが全部ごちゃごちゃになって、うまく思い出せなくなっていた。ミッケが死んでしまったときから、しばらくあともよく覚えてない。

 おじいちゃんの声はいつもより、ずっとずっと静かだった。

「だからお母さんはな、サクヤがいっぱい食べるようになって、うれしかったんだ。うれしくて切なかったんだ。サクヤにはこんな気持ち分かるか?」

「うん、分かるよ」

 サクヤはそんな気持ちになったことはないけど、そういう気持ちがあるってことは知っていた。

 おじいちゃんはうんうんうなずいた。

「それでな、サクヤが辛い辛いミッケの思い出を思い返して言ったから、お母さんすごくうれしくて、すごく泣けてきちまったんだよ」

 サクヤは言われてはっとした。そういえばサクヤは、ミッケが天ぷらをほしがっていたことを、ちゃんと覚えていたのだ。今まではミッケとどんなことをしてたかなんて、ごちゃごちゃになって分からなかったのに。

 それからサクヤは、お母さんの気持ちを想像した。

 お母さんはきっと、サクヤのことをたくさん心配してくれたんだ。サクヤだって、ミッケの元気がなくなって、ごはんをあまり食べなくなったとき、とても心配した。

 サクヤはそのときの気持ちを思い出した。お母さんもきっとあんな気持ちだったんだ。

「ぼく、どうしよ。お母さんにあやまらなきゃ」

 サクヤが言うと、今度はおじいちゃんの目に涙が浮かんだ。

「それは違う。サクヤ、サクヤはミッケが死んで、悲しかったんだろ? だからごはんも食べられなかったんだ。それはちっとも間違っちゃない。だからサクヤはな、あやまることなんて少しもねえ。サクヤはな、お母さんにありがとうって言わなきゃいけないんだ」

 サクヤはおじいちゃんに言われると、いてもたってもいられなくなって、台所に向かって走っていった。

 台所でおばあちゃんと洗い物をするお母さんがいた。お母さんはもういつものお母さんらしく、明るくおばあちゃんとお話ししていた。

 サクヤはそんなお母さんを、すごく大好きだと思った。

 お母さんの背中に抱きつくと、お母さんがびっくりして、どうしたのなんてきいてきた。

「お母さん、お母さん」

 サクヤは言いたい言葉がたくさんありすぎて、なんにも言えなくなってしまった。

 それでお母さんの背中でいっぱい泣いて、かさかさの声でようやく言えた。

「ありがとう」


 その夜サクヤは、ミッケの夢をたくさん見た。一緒に遊んだことや、ケンカしたこと。

 まるで今まで忘れてたことを、全部思い出したみたいな気がした。

 今度はずっと覚えてるからね。

 サクヤがミッケに約束すると、ミッケは興味なさそうにあくびをしていた。

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