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妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
ミッケの思い出
8/13

ミッケの思い出.1

 4 ミッケの思い出




「サクヤ、おはよう」

 お母さんがゆすって起こしてくれた。

「カオルちゃん来たよ。そろそろ起きよう」

 眠たい目をごしごしこすって、サクヤは布団から起き上がった。

「カオルちゃん居間で待ってるよ」

 お母さんはごはんを作ってるところだったらしくて、そう言うとすぐに台所に戻っていった。

 黄色いガラスの時計を見ると、時間は十一時とちょっとだ。

 サクヤはきちんと布団をたたむと、急いで居間に向かった。

 居間では大おばあちゃんとカオルがお話をしていた。

「私ん小さい頃にゃ見たってのもたくさんいたねぇ。だけども最近じゃとんと聞かなくなっちまったよ。ほれ、大きい道路もできちまったからな。いづらくなっちまったんでねぇか」

「おばあさんは見たことないの?」

「私かい? そりゃ見たことあるぞ。こんに大きい口開けてな、村の子供を食おうとしとったんだ」

 大おばあちゃんが大げさに手を広げる。カオルがそれに楽しそうにはしゃいだ。

 ごはんを食べたあと少し休んで、サクヤとカオルはまた西の森に向かった。

 今日は昨日よりはだいぶすずしい。道路のわきから森の中に入ると、空気がひんやりして思えた。

「タロウも大きくなったら、あんな大きな口になるのかな?」

 歩きながらカオルがそんな冗談を言ってきた。

 タロウくんがそんな大きくなるなんて、とても想像できない。

 サクヤはくすくすと笑った。

 きらきら光るカーテンを抜け、二人は今日も黄色い花畑に着いた。

 昨日よりも早く着いたけど、タロウはもう花畑で待っていてくれた。

「サクヤ、カオル、こんにちはだ」

 タロウが笑顔で言ってくる。三角の耳がくたっと、まるでおじぎをしたみたいに動いた。今日のタロウは大きな風呂敷をかついでいた。大ドロボウみたいなみどりの風呂敷じゃなくて、白地にピンクの花がらが描いてある風呂敷だ。

「じゃあ行くぞ。ダイダイジュは森の北だ。北は滑りやすいとこもあるから、気をつけて歩けよ」

 サクヤとカオルがあいさつを返すと、さっそくタロウは目的地を教えてくれる。

 タロウは軽い足取りで滝のわきの道へ進んで行った。

 滝のわきの道は、左は森、右は高い崖の壁にはさまれた、一本道だった。

「ダイダイジュってなにかな?」

 タロウの後を追いかけながら、カオルにきいてみた。カオルは首をかしげながら推理してくれた。

「大きい大きい木じゃないかな?」

「木はジュっていうの?」

「そうだよ。カブトムシが好きな、樹液とかのジュだよ」

 サクヤはなるほどなんて思いながら、大きい大きい木を想像してみた。

 タロウがべらの花を木よりも大きいって言っていたから、大々樹なんて言うくらいだし、きっとそれよりもっと大きい。

 雲まで届く山のような木。

 サクヤはわくわくしながらそんな木を思い浮かべた。

 少し歩くと、木の数が減ってきて、ちょっと歩きやすくなってきた。もう少し行くと、今度は地面がごつごつ石っぽくなってきて、また歩きづらくなる。

「そろそろ地面がぬめるようになるぞ。転ぶなよ」

 タロウがそんなアドバイスをしてくれた。

「あ、あとな。こっから左の方には絶対行くな。マネキダニに呼ばれんだ」

 もう一つのアドバイスは、なんのことだか良く分からなかった。だけどタロウがとても真剣に言うので、サクヤとカオルもまじめにうなずいた。

 地面はもう完全に岩場で、まわりには木が生えてなかった。

 おっかなびっくり慎重に歩く。タロウも転ばないようにゆっくり歩いている。

「二人とも上手いぞ。あと少しでダイダイジュだ。がんばれ」

 タロウがはげましてくれた。

 カオルはもうだいぶなれたみたいで、サクヤが転ばないように手をつないでくれた。

 サクヤは二人の迷惑になりたくなくて、いっしょうけんめい足元を見ながら歩いた。

 だんだんと地面のぬめぬめが取れてきて、また固いしっかりした岩場になった。

 サクヤがふーっとため息をついて、前を向く。そうしたら、もうダイダイジュは目の前にあった。

 思ってたような大きな木じゃなかった。むしろどっちかというと小さい木だ。大人の背よりも少し高いくらいの木が、何十本もまとまって生えてる。

 小さい木なのに、どうしてダイダイジュなのか。

 サクヤにもカオルにもすぐに意味が分かった。

 ダイダイジュは大々樹じゃなくて、だいだい色の木だったのだ。だいだい樹はみきも葉っぱも全部オレンジ色だ。形は松の木みたいなくねくねした木で、葉っぱは細くて固そうだった。

 タロウは地面からとがった石を拾って、だいだい色のみきに傷を付けた。そうすると、その傷あとからとろっと樹液がたれた。

 それからタロウは肩の風呂敷をほどいて、中からたくさんのビンを取り出した。

 なれた手つきでタロウが樹液を、ぽとんとビンの中に移した。

 ビンの中に入った樹液は、木とおんなじオレンジ色だ。はちみつみたいにすき通ってる。

「こんな感じでビンの中に集めんだ。一度取った木からはもう取っちゃだめだ。木が病気になっちまうからな」

 広げた風呂敷の中にはビンが十三個入っていた。

 三人は手分けして木から樹液を集めていった。

 とがった石で木に傷を付けるのは、思ったよりも大変だった。木には固いところとやわらかいところがあって、ちゃんとやわらかいところを見つけなきゃいけない。

 ところがなんとか木に傷を付けても、とろっとした樹液をビンに移すのは、もっともっと大変だった。

 何度かサクヤは樹液を地面に落としてしまって、そうしてからビンに入れた樹液は砂まみれになった。

 ビン一本をいっぱいにするのは、だいたい二つか三つの木が必要だ。

 サクヤもカオルも夢中で樹液を集めた。

 サクヤはだいだい樹の林に分け入って、他の二人が傷を付けた木じゃないのを確認して、えいっと石で傷を付ける。

 なれてきたから一発で樹液が出てくる。

 二つ目のビンがいっぱいになった。

 サクヤは三つ目のビンを持って、次の木の前に立った。

 次の木は見たとたんに、どこを切ればいいのか分かった。サクヤがとがった石でなでると、すぱっとオレンジの木にさけ目ができる。

 あれ?

 サクヤはうまく傷を付けたのに、樹液がとろっと出てこない。

 なんでだろうと不思議がって見ていると、だんだん木が白くなってきた。サクヤの付けた傷口からシミが広がるように、どんどん木全体が白くなる。

 サクヤが目を丸めて見ていると、ミシミシ音を立てて木が倒れ始めた。

 どしどしどしと大きな音がひびいて、真っ白になっただいだい樹は倒木になった。サクヤの顔も同じくらい真っ白だった。

 ぼく、木を病気にさせちゃったんだ。そういえば、今の木はちゃんと他に傷がないかたしかめてない!

 音に気づいたタロウとカオルがかけよってくる。

「サクヤ! けがないかっ?」

 タロウがあわてて言ってきた。

 サクヤは頭の中も真っ白だった。

「ごめんなさい。ぼく、木、病気にしちゃった」

 サクヤは泣きそうな声で言った。本当にすごく泣きたかったけど、自分が悪いんだから泣いちゃいけないと思った。

「ああ、そうだな。だけどサクヤが無事で良かった。木がサクヤに倒れたら、大変だったぞ」

「ぼくはなんともないよ。だけど木が……」

 倒れた木は死んでしまったのだ。死んでしまった木は、もう起き上がらない。

「木は大丈夫だ。もし倒れたときに、他の木傷つけてたら大変だったけどな。そしたらこの林ごと病気になってた」

 タロウの言葉に、サクヤはぞっとした。

「ごめんなさい」

 落ち込むサクヤに、カオルが手をにぎってくれた。やさしくされたらまた泣きそうになった。

「あやまることねぇ。初めてのときはみんなやるんだ」

「だけど、木が死んじゃったんだよ?」

 サクヤは去年死んでしまった猫のミッケを思い出していた。死んだらもう元には戻せない。どんなにサクヤが泣いても、それは絶対なのだ。

 サクヤの落ち込みかたに、タロウはじっくり考えてから口をひらいた。

「そうだ。木は死んじまった。だけどな、病気になった木はそこで終わりじゃないんだぞ。倒れた木がくさると、ほかの木の栄養になんだ。木が倒れたところから、また何年もしたら新しい木が生えてくんだ。

 おれがもっと小さいとき、父ちゃんに言われた。おれの父ちゃんが子供のとき、ここの林は全部病気になっちまったんだ。それなのに、おれが生まれたときにはここはもうまた林だった。

 死んだら元には戻せない。だけどな、なんだ。うまく言えねえが、死んでもそれで終わりじゃねえぞ」

 サクヤはびっくりしてタロウを見た。サクヤは死んだらそれが終わりだって思っていたのだ。

 だけどタロウの目を見たサクヤはもっとおどろいた。カオルもおどろいてタロウを見ている。タロウのまん丸の目から、大きな涙がこぼれていたのだ。

 ぽたぽたぽたぽた。タロウの目からどんどん涙がこぼれ落ちる。

 サクヤとカオルは、あわてて今度はタロウのことをなぐさめた。 

 タロウがようやく泣きやむと、三人はまた樹液を集めだした。結局十三個のビンのうち、サクヤとカオルは三つずつしかいっぱいにできなかった。残りの七つは全部タロウが入れた。しかもタロウはなれない二人に、色々と教えてくれながら樹液をとっていたのだ。

 タロウくんってすごいな。

 サクヤはそんなことを思った。

「タロウ一人の方が楽ちんだったんじゃない?」

 カオルがきくと、タロウは顔をくしゃくしゃにして笑った。もうタロウの目に涙はなかった。

「当然だ。だけど一人でやったんじゃ楽しくないぞ」

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