オオハス舟.1
3 オオハス舟
「お帰りなさい。まあまあ、またそんな泥だらけになっちゃって。すぐお風呂で流して来なさいね。もう温まっとるよ」
晩ごはんの準備をしてたおばあちゃんは、サクヤをちらっと見るとそう言った。ごはんを作っているときのおばあちゃんは、いつもよりもっとぱたぱたしている。
「はーい」
サクヤが返事をするよりも早く、台所にかけ戻っていった。
サクヤはお風呂場に向かって歩いた。おばあちゃんちはお風呂に行くまでろうかを二回も曲がる。
お風呂場に行く途中、台所からお母さんとおばあちゃんの話し声が聞こえてきた。
「珍しいな。サクヤが泥だらけになるなんていつぶりだろ」
「大人しい子だもんね。あんたらにお風呂入れなんて言ったら三十分はぶーたれてたよ」
「えー? 私も?」
お母さんにもそんな子供時代があったんだ。サクヤは少しおかしくて一人でくすくす笑った。
おばあちゃんちのお風呂は、うちのお風呂より背が高い。またいで湯船につかるのが大変なくらいだ。ざぶんと湯船に入ると、お湯がいっぱいあふれた。
お湯はすごく熱くて、サクヤの顔はすぐ真っ赤になった。
ちょっとお鍋になった気分。
だなんてことを考えた。
お風呂から出るともうごはんだった。うちはお母さんが帰って来てから作るから、もっと遅い。今日のごはんは山菜鍋だった。お鍋を見たら、お風呂で考えたことを思い出して、思わず笑顔になった。
「おっ、サクヤは鍋が好きか? こいつはじぃちゃんが取ってきたキノコだ」
顔を真っ赤にして酔っ払ったおじいちゃんが言った。
「家のキノコより大きいね。それにおいしい」
お母さんが言ったのに、サクヤはうんうんうなずいた。
「じいちゃん頑張り過ぎちゃってね、まだまだたんとあるのよ。今回はお土産で持って帰ってね」
「うわー、助かる。最近じゃキノコなんかも高くてさ」
ごはんを食べ終わったら、サクヤはすぐに眠たくなった。ごぉー! と酔っ払っていびきをかくおじいちゃんの隣で、サクヤも一緒に眠ってしまった。
オオハス舟に乗る夢を見た。もっと窮屈になるかと思っていたのに、オオハス舟はとても大きくて、サクヤがごろんと横になって手と足を広げても、まだまだ余裕があった。カオルとタロウは別のオオハス舟に乗っている。サクヤの舟にはミッケが乗っていた。サクヤに寄り添って甘えてきてる。白いふわふわの毛が気持ちよかった。大きな池を三人と一匹で漂っていると、遠くに大きなキノコが見えてきた。
「あそこに行こう」
タロウが人差し指を向けてはしゃいだ声で言った。オオハス舟は勝手にすいすい動き出した。
ちょっと進んだとこで、突然ミッケが毛を逆立ててにぎゃーと鳴いた。ミッケを見ると、ミッケは空を見ていた。
サクヤも一緒に空を見ると、緑色の大きな蛇がサクヤたちに向かって飛んできていた。頭に光る輪っかがあって、羽根もないのに空を泳いでいる。
「竜だ!」
タロウがあわてた声で言った。すると竜が大きな口を開けて火をふいて来た。
ごぉー! ごぉー! ごぉー!
真っ赤に燃える火柱が、サクヤたちに向かって一直線に飛んでくる。
「大変! どうしたらいいの?」
カオルはオオハス舟をとんとん叩いた。するとオオハス舟がすいすい動いて、三本の火柱をよけてくれた。
「うまいぞ! よーし、急いでキノコの下まで行くぞ」
竜はキノコの下までは追って来なかった。キノコのかさが大きくて、竜のいる空が見えないのだ。
帰る時はどうするんだろう?
サクヤはそう思ったけど、すぐにこれが夢だと思い出した。だから帰りは心配ない。
「ねーねーほら、このキノコ、足から小さいキノコが生えて来てるよ」
カオルが大きなキノコのそばで言った。
いつの間にか大池はなくなって、三人と一匹は地面に立っていた。
学校の一番大きな桜の木よりも、キノコの足は太かった。そんなキノコの足から、小さいキノコが生えていた。
「これ、取っても平気?」
サクヤがタロウにきくと、タロウはしわくちゃ笑顔でうなずいてくれた。
これでおじいちゃんにお返しできるか考えたけど、夢の中だからやっぱり無理だ。
そこから先はカオルもタロウもいなくなって、サクヤはおじいちゃんとおもちゃの車に乗っていた。どうして乗っているのか考えたら、おじいちゃんが迎えに来てくれたんだって気がしてきた。
おもちゃの車はがたごと揺れて、サクヤをおばあちゃんちまで運んでくれた。
次の日目が覚めると、サクヤは布団の中にいた。となりを見ると、お母さんが寝てた布団がきれいにたたまれている。
サクヤとお母さんが泊まっている客間には、古い時計がかかっている。古すぎてガラスが黄色く曇って少し見にくい。少し壊れかけてる時計は、一秒に三回、ぱちぱちぱちと音を立てる。目をこらすと、時計はもう十一時を指していた。
サクヤは起き上がって布団をたたんだ。家ではいつも適当にたたむけど、おばあちゃん家だから少し見栄をはってみた。だけどお母さんのほどきれいにはたためなかった。
サクヤが居間に行くと、カオルがもう遊びに来ていた。お母さんに宿題を見てもらってる。
「あ! サクヤ君おはよ」
「カオルちゃんおはよう。ずいぶんねぼうしちゃった」
サクヤはお母さんにもおはようと言って、カオルちゃんの宿題ノートをのぞき込んだ。ノートはアルファベットしか書かれてなかった。
「サクヤ君はもう学校の宿題終わったの?」
「ううん。けどもうそんなに残ってないよ」
カオルは少しお姉さんぶった感じで、えらいえらいとほめてくれた。
サクヤは行儀よくカオルとお母さんが宿題をするのを見ていた。カオルは宿題をするのにも元気いっぱいで、二人とも楽しそうだ。
一時間くらいすると、おばあちゃんがおそばをゆでて持ってきてくれた。
「鳴坂さんとこには電話しといたから、カオルもたんとお上がり」
それからおじいちゃんと大おばあちゃんも来て、みんなでお昼ごはんを食べた。
今日は昨日よりも五度も暑いらしくて、冷たいおそばがつるつるのどを通っていくのがおいしかった。
お昼ごはんを食べ終えると、早速サクヤとカオルは遊びにでかけた。
今日はタロウがオオハス舟に乗せてくれるのだ。
二人の足取りは昨日よりもずっと速くて、滝のあるみずうみまであっと言う間に着いた。
みずうみの向こうに黄色い花畑は見えない。
二人はまた手をつないで、滝の裏の道を渡った。
昨日と同じで、おとぎの道はとても長く感じた。
滝の裏から抜け出すと、不思議なことに、やっぱりそこは黄色い花畑だ。向こう側を見てみると、そこは今までいたごつごつした岩場だ。
「おーい」
サクヤたちが花畑に入ると、森の手前からタロウが手を振ってきた。
白い毛むくじゃらが、顔をくしゃくしゃにしながらかけよってきた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「おお、こんにちはだ」
カオルとサクヤが続けてあいさつすると、タロウの顔はよりいっそうくしゃくしゃになった。
タロウは自分の身長よりも三倍は高い竹の棒を持っていた。両端をまっすぐに切りそろえた細長い竹だ。
どうしてそんなものを持ってるんだろう?
「それなあに?」
「これか?」
タロウはとんとんと竹で地面を叩いた。
「これはかじって言んだ。これでオオハス舟操縦すんだ」
サクヤもカオルも想像がつかなくて、二人で目を合わせて首をかしげた。
「ははは。まあ見てのお楽しみだな」
タロウはにまっと笑って二人についてくるように言った。