3
タロウは二人を連れて、みずうみをはなれて、森の中に入った。西の森のさらに西の森だ。
そこは今までの森よりも、もっと森の匂いが強かった。鼻で息を吸うと、自分まで葉っぱになってしまったみたいな気がする。木々の葉っぱも量が多い。どっちを見ても絵はがきにできそうなくらいキレイだった。
サクヤはもっとじっくり景色を見たいと思ったけど、タロウはどんどん進んで行く。森の中でも軽やかなステップだ。気を抜いたらおいてかれてしまう。
カオルもいっしょうけんめいだった。サクヤをふりかえって気を使う余裕もなさそうだ。
「ねぇタロウくん。少しゆっくり歩こうよ」
サクヤはもうついて行けそうにないと思った。だからそう言った。
タロウは三角の耳をピンとはってこっちを向いた。
「ごめんだ! おれうれしくて、ついはりきりすぎた」
サクヤたちをふりかえったタロウは、もうしわけなさそうにまゆ毛をハの字にさせた。
その顔がすごく悲しそうで、サクヤは吹き出してしまった。まわりにこんな分かりやすい表情をする人なんていない。
「ひどいぞ! おれの顔見て笑ったな!」
タロウはそう言ってげらげら笑った。顔をしわくちゃにして、これでもかってくらいに楽しそうだ。
三人はその場所で少し休憩した。カオルがおやつにクッキーを持ってきていて、それを食べたタロウが目をまん丸にした。
「なんだこれ? べらの蜜よりも甘いぞ」
「クッキー食べたことないんだ?」
「ねぇねぇ、さっきも言ってたけど、べらってどんな花なの?」
「べらを知らねぇのか? おどろいた!」
タロウはべらのことを教えてくれた。なんとべらは、木よりも大きい花らしい。妖怪はべらの花がないと生きていけないから、べらの花のまわりに村を作るんだという。
「村って言っても、べらの花一本で食ってけるのは二十人くらいだ。だから家族みたいなもんだ」
タロウは二十人が少ないみたいに言ったけど、一本の花でそんなに暮らして行けるならすごい。
今度はサクヤとカオルが目をまん丸にした。と言ってもタロウのまん丸さにはほど遠い。だからタロウには、二人がそんなにおどろいてるようには見えなかったみたいだ。
「つまんねぇ話だったな」
そう言ってまたしわくちゃ顔でげらげら笑った。
「ううん、ぼくタロウくんの話おもしろいよ」
サクヤはあわてて首をふった。
少し話してみると、タロウの性格がすごくいいと分かった。ちょっとのことだと気にしないでげらげら笑うのだ。つられてサクヤも楽しい気分になる。
クッキーを食べ終わって、三人はまた歩き始めた。今度はタロウもゆっくり歩いてくれる。
景色は相変わらずみどり一色だ。こんなにみどりが濃いのに、太陽はしっかり足元まで照らしている。そんなみどりがずっと続くかと思ったら、すぐに木が少なくなってきた。地面が固くなってきて、さっきとは違う感じで歩きにくい。
「もうすぐオオカオイワだ」
タロウがそんなことを言った。
オオカオイワってなんだろう?
サクヤとカオルは目を合わせて首をかしげた。
ちょろちょろ音がしてきて、小川に着いた。川と言っても、サクヤの靴もつかりきらないくらい小さい川だ。タロウはその小川にそって右に曲がった。
小川の上は木がはえてなくて、ずいぶん歩きやすい。小川は少しずつ左に曲がっていて、しばらく行くとようやくオオカオイワがなんだか分かった。
小川の上にどんとサクヤの背よりも大きい岩が転がってるのだ。そしてその岩には、目と鼻と口があってまるで顔みたいだ。
「そっか、大顔岩なんだね」
カオルが言うと、タロウは不思議そうに首をかしげた。
「おう。だからオオカオイワだ。ここまではおれ一人で来られんだ。だけど一人じゃこの岩は登れねぇ。お前たち来て良かった」
タロウはにまっと笑った。サクヤもうきうきしてにまっと笑ってみた。どうもタロウみたいにはにまっとならない。
「こんな大きな岩登れるかな? あ、ていうかまわりまわって行けないの? こんなのぐるって回っちゃえばすぐ後ろに、」
言いながら岩の後ろに回り込もうとしたカオルが、そこで言葉を切った。
「どうしたの?」
サクヤがきいてみると、カオルじゃなくてタロウが答えてくれた。
「木が邪魔して入り込めねぇんだ。おーいカオル。反対側も一緒だぞ」
反対側も見に行ったカオルにタロウが言う。ニヤニヤとからかう顔だ。
だけどカオルはからかわれても全然気にしなかった。目を輝かせて楽しそうに言う。
「すごい不思議! まるでこの向こうを木と大顔岩が守ってるみたい! この先に何があるの? あ、だめだめ。まだ言わないで。想像するだけで楽しいから」
これだけはしゃいでいると、タロウにもカオルが喜んでいるのが分かったみたいだ。うれしそうに顔をしわくちゃにした。
「心配すんな。おれもまだ知らねぇんだ」
大顔岩はサクヤの二倍は大きかった。だけどタロウがサクヤを肩車してくれて、なんとか手が上に届いた。手に力をいっぱい入れてサクヤは岩の上に登った。
同じやり方でカオルも登ってきて、最後にタロウを二人でひっぱり上げることにした。
大顔岩はこけだらけで、滑りそうだった。タロウの手はつかめたけど、ひっぱり上げるのは大変そうだった。
「ダレダ」
そのとき低い声でそんな言葉が聞こえた。
サクヤとカオルはびっくりした顔であたりを見回した。すぐ近くで聞こえたはずなのに、まわりには三人しかいない。
「誰だ。私の上に登るのは」
カオルが小さく悲鳴を上げた。サクヤはびっくりしすぎて頭が真っ白になった。
大顔岩だ。
大顔岩がしゃべってるんだ。
もし今大顔岩がごろんと動いたら、サクヤとカオルはぺしゃんこになってしまう。
そういえば、大顔岩の目と鼻と口は、やけに本物っぽかった。大顔岩も妖怪だったんだ。
すぐに逃げなきゃ、きっと勝手に頭の上に登って怒ってるんだ。
「ごめんなさい! すぐ降りるよ! ただの岩だと思って」
サクヤは勇気をふりしぼってそう答えた。
だけどそれに答えたのは、タロウのげらげらという笑い声だった。
「ごめんだ。ごめんだ。そんなおどろくとは思ってなかったぞ。ただの岩がしゃべるわけねぇ。今のはおれだ!」
気づいたら、となりでカオルもくすくす笑っている。
サクヤが大顔岩に登ってすぐ、カオルがいたずらを考えたらしい。タロウをなんとか引き上げたあと、そううち明けられた。二人でサクヤをからかったんだ。
「もー! ほんとにおどろいたんだよ?」
サクヤはこの一年出したことがないくらい、大きな声で文句を言った。
だけどそれから二人と一緒に笑った。
大顔岩の向こうは、ただ木が密集しているだけだった。大顔岩がなくても、奥には行けそうにない。
「なーんだ」
カオルが残念そうに言った。べつに不思議なところでもなんでもなかった。サクヤも少しがっかりした。妖怪が連れてってくれたんだから、もっと特別な場所だと期待してたのだ。だけどタロウだけは、変わらずにこにこしていた。
「大したことなかったな。お前たち明日も来るか? 来るんならオオハス舟に乗せてやるぞ」
それを聞いたカオルは、すぐにまた目をきらきらさせた。サクヤの心もおんなじだった。
帰りにふりかえってみると、大顔岩はやっぱり人の顔をしていた。
そういえば、最初に聞こえた「ダレダ」ってタロウくんの声とはずいぶん違った気がするな。
サクヤがそんなことを考えたら、大顔岩の口がにやっと笑ったように見えた。
「早くしないと置いてくぞ」
後ろからタロウが声をかけてきて、サクヤはあわてて二人を追った。
最後にもう一度だけふりかえってみると、やっぱり大顔岩はただの岩だった。