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妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
オオカオイワの向こう側
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オオカオイワの向こう側.1




 2 オオカオイワの向こう側


 次の日サクヤはお昼ごはんにそうめんを食べた。そしてこげちゃ色の麦わら帽子をかぶって、十二時半には玄関を出た。十分くらいおばあちゃん家の前で、カオルが来るのを待っていた。

 ここだとサクヤの住んでる家と違って、となりの家がくっついてない。道路ぞいにぽつんぽつんと家があって、となりの家でも五分くらい歩かないと着かない。ちなみに大抵の家は、道路よりも少し低いところにある。坂道に家をたてるときは、普通はそうするらしい。

 だからサクヤは、カオルが早く来ないか道路のほうを見上げて待っていた。

 そこに、一匹の白猫がひらりと飛び降りてきた。

 どきん。

 サクヤの胸が高鳴った。

 猫はにゃーおと鳴いて、庭のほうに走っていって見えなくなった。まだ小さい子猫だった。

 その白猫は、去年までサクヤが飼っていたミッケを思い出させた。ミッケはもうおじいさん猫だったから、大きさも動く速さも違ったけど、毛がふわふわなところと、右と左で色の違う目がそっくりだった。

 サクヤは白猫の行ったほうをずっと眺めていた。

 本当はミッケの姿なんてもう忘れていたのに、似ている子猫を見たらふっと思い出した。それがサクヤにはとても不思議に思えた。

「サクヤ君?」

 しばらくぼうっとしていたから、カオルが来たのに気付かなかった。突然後ろから声をかけられて、少しびっくりしてふりかえった。

 今日のカオルは制服じゃなくて、動きやすいTシャツに少し短めのズボンをはいている。背中には赤いリュックサックだ。

「こんにちは。もう遊び行ける?」

「カオルちゃん、こんにちは。全然気付かなかった。もう遊びに行けるよ」

「今の猫、どうかしたの?」

 カオルは不思議そうにきいてくる。見られていたみたいだ。

「うん、ちょっと」

 サクヤはぎこちなく答えた。実はサクヤはくわしく話すのが怖かった。変に思われるに決まってる。だからあまり多くは話さないことにした。

 サクヤの答えに、カオルは首をかしげた。だけどすぐに気持ちを切り替えたようで、にこっと笑った。

「そっか」

 カオルは笑うとえくぼができる。それとやえ歯が口元からちらりとのぞく。カオルはサクヤとあまり身長が変わらないし、今日は短い髪の毛を左右で二つに結んでいた。本当に、同じ年の子といるような気がした。

 カオルは玄関の中に入って、

「おばさーん、ミサちゃーん、サクヤ君と遊んでくるねー」

 と、大きな声で言った。それで返事も待たないでサクヤに、

「行こ」

 と笑って歩き始めた。

 サクヤはカオルにおいてかれそうになって、あわてて後を追いかけた。


 カオルは道路ぞいに山を登っていく。サクヤもすぐに追いついてとなりを歩いた。少し歩くと、カオルはすぐにこっちと言って道路から出てしまった。

 ガードレールのすきまから、わき道が伸びていたのだ。

 どこにでもあるような白いガードレールの間。ちょっと見ただけでは気付かないような細い道だ。

 わき道は地面がむき出しだった。木と木に挟まれていて、まさに山道という感じだ。木の根っこで転びそうになったり、いきなりひざくらいまである段差があったり、道路の何倍も歩きづらかった。

 だけどカオルはなれているみたいで、すいすい進んでいく。そしてサクヤが遅れてくると、少し止まって待っててくれる。

「カオルちゃんはすごいね。転びそうになったりしない?」

「うん。前はいっぱい転んでたでしょ? そしたらそのたびに膝すりむいたりするから、お母さんに怒られたの。だから転ばないように練習したんだ」

 サクヤは疲れてきた足を止めて言った。

「それって危ないところに行くなってことでしょ? 転んでなくても本当はだめじゃない?」

「でも転ばなくなったから、危ないところじゃないでしょ?」

 カオルはあっけらかんと笑って言った。それはちょっと違う気がしたけど、うまく説明できそうにないから、何も言わないことにした。

「村のおじいちゃんとおばあちゃんたちは、妖怪が出るなんて言うけどね。サクヤ君は妖怪怖い?」

 カオルにそう言われて、サクヤは大おばあちゃんとの約束をやぶってしまったことに気付いた。少し足を止めそうになったけど、そうしたらまるで妖怪が怖いみたいだから、気にしていないふりをした。

「妖怪は怖くないよ」

 サクヤは言った。だけど、そう言われてみるとまわりの木々が少し不気味に見えてくるから不思議だ。

「少しも怖くないよ」

 そのせいでサクヤは念を押してしまった。ちょっと子供っぽい言い訳みたいだ。

 カオルはあははと笑った。

「本当にいたら私は怖いな」

 笑いながらそんな冗談を言ってくる。

 サクヤは強がりを見抜かれているような気がした。恥ずかしくて、少し困った顔で笑った。

 それからもうしばらく行くと、水の音が聞こえてきた。かなり大きな音だから、滝があるのかもしれない。

「カオルちゃん、これ滝の音?」

「うん。もう少しで着くよ」

 カオルの言うとおり、少し歩くと木がないところに出た。まずはまぶしくて目を閉じた。それから薄目を開けていった。滝がまぶしかったのだ。ごうごう大迫力で滝は流れ落ちている。太陽の光を反射して、滝全体が真っ白だ。光が流れ落ちているみたいだった。

「ほら、着いた」

 滝はみずうみを作っていた。サクヤとカオルはそのみずうみの右から出てきた。

「すごいね。こんなに近くで滝を見たの初めて」

 サクヤが言うと、カオルは不思議そうな表情をした。

「えー。サクヤ君忘れちゃったの? 三年前もおんなじこと言ってたよ」

 カオルに言われて、サクヤはしまったと思った。サクヤが三年前のことをまるで覚えていないのがばれてしまう。

「うん」

 サクヤは少し口を閉じた。それでじっくり考えてみた。覚えているふりをしていると、また何か変なことを言ってしまうかもしれない。

 カオルが不思議そうな顔で見てきている。せっかく仲良くなれそうなのに、がっかりされたり、怒られたりしたらいやだ。

 サクヤはゆっくりとそんなことを考えた。

「実はね」

 サクヤは迷いながら、やっぱり事情を話そうと思った。カオルはまだ不思議そうな顔をしてサクヤを見ている。

「ぼく、去年より前のほとんどのこと、よく覚えてないんだ」

「え?」

 カオルがびっくりした顔になった。

「ほとんどのことって、この村のこと以外も全部?」

「うん。そうなんだ」

「えっと、よかったらなんでかきいてもいい?」

 サクヤはカオルのきき方が優しくてびっくりした。クラスの友達に話したときは、ウソだとか、おもしろそうになんでかきいてきたりとか、サクヤは話すたびにいやな思いをしていた。だからあまり話したくなかったけど、やっぱりカオルはお姉さんだからか、クラスの友達よりもずっと楽に話せた。

「大好きだった猫が死んじゃってね、そのせいで記憶がすごくごちゃごちゃになっちゃったんだって」

 サクヤは少しずつ噛みしめながら話した。

「ぼくにはよく分かんないけど、お医者さんにそう言われたんだ。カオルちゃんはそういうの分かる?」

 サクヤの声は知らず知らずのうちに不安そうな声になっていた。それくらい、このことを話すのには勇気がいった。

「うん。この前授業で習ったよ。適応規制って言うんでしょ?」

 カオルはまじめな顔でそう答えた。知らない言葉で意味は分からなかったけど、カオルが普通そうに言うから、少し安心した。

「そう言うんだ。ごめんね。ぼく、本当はカオルちゃんのこともよく覚えてないんだ」

 サクヤが正直に話すと、カオルちゃんは怒りもがっかりもしなかった。それどころかにこっと笑った。

「そんなの気にしないよ。三年前も友達だったんだから、今も友達でしょ? サクヤ君はずっとサクヤ君だよ」

 当たり前のようにカオルは言った。サクヤは目を大きくしてカオルの表情を確認した。カオルは本当に少しも気にしていないようで、覚えていないことがかわいそうだとも言わなかった。ちゃんと信じて、ただそのまま納得してくれた。その反応はとても新鮮だった。

 そしてカオルが言ったことは、サクヤがいつも思っていることとおんなじだった。覚えていてもいなくても、ぼくはぼくだ。

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