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おじいちゃんはやせてて頭が真っ白で、目がくりくりしている。あと耳に肌色の機械を付けてる。
ぼくもおじいちゃんになったら、おじいちゃんみたいな白髪頭になりたいな。
サクヤはおじいちゃんを見てそんなことを考えた。
おじいちゃんはじまんの車を見せてくれたあと、お母さんに内緒でアイスをくれた。
いたずらっぽく笑って渡してくるから、サクヤは少しおもしろかった。まるでおじいちゃんも子供みたいだ。
「こりゃバレちまうな」
サクヤもおじいちゃんもくちびると舌が青くなった。おじいちゃんは青い舌をべーっと突き出す。
「お母さんがさ、悪いことなんてみんなバレるんだって言ってたよ」
「そうか、それは失敗したなぁ」
おじいちゃんはそう言うとげらげら笑った。サクヤもおかしくて一緒に笑った。
サクヤはおじいちゃんのこともおばあちゃんのことも、本当はあんまり覚えてなかった。猫のミッケが死んでから、ショックで記憶がごちゃごちゃになってしまっていたのだ。だからうどん屋さんも覚えてなかったし、景色がぜんぶ新鮮だったのだ。
だけどおじいちゃんもおばあちゃんも、会ってみると懐かしい感じがして、初めてじゃないんだと分かった。
それからおじいちゃんは少し言いにくそうに言った。
「ところでサクヤ、カオルは覚えてるか?」
「カオル?」
サクヤはそうやってきかれるのになれていた。正直に首を横にふる。
「鳴坂さんとこの女の子で、お前がこの前来たときまで毎年遊んでたんだぞ。そうかぁ、まあ覚えてないのはしかたねえな」
おじいちゃんは少し残念そうで、サクヤはごめんなさいと思った。
「昨日サクヤが来るって言ったら喜んどったから、中学校が終わったらすぐ来ると思うぞ」
サクヤはおじいちゃんの言葉にうなずいた。
それなら覚えてるふりをしないと、カオルちゃんが怒るかもしれない。
サクヤは少し緊張してきてしまった。
それから夕方ぐらいに、おじいちゃんの言った通り、カオルが遊びにやって来た。
「大宮さん! サクヤ君来てる?」
元気な声が玄関から聞こえた。この家にも呼び鈴があるのに、お母さんもカオルちゃんも使わないみたいだ。
サクヤは緊張したまま玄関に向かった。
玄関ではYシャツのすそで汗をぬぐっているカオルがいた。肩までないくらいの黒い髪で、中学校の制服姿だ。サクヤはカオルの顔をよく見た。こむぎ色に日焼けしていて、顔は小学生だと言われても信じそうだ。よく見てみたけど、やっぱりちゃんと覚えてない。
「ああ! サクヤ君ひさしぶり! 大きくなってるー」
けどカオルはしっかりサクヤを覚えていたみたいで、うれしそうに手をふってきた。
「ひさしぶり、カオルちゃんだよね?」
「そうだよ! ねぇねぇサクヤ君、明日は遊べる? 今日で補習が終わりだからさ、明日遊びに行こ!」
カオルはひさしぶりなのに全然気にしないで、さっそくサクヤを誘ってきた。
「うんいいよ」
サクヤは元気なカオルに、少し緊張をほどいた。
カオルちゃんとは友達になれそうだ。と、サクヤは思った。
「あら、カオルちゃんおひさしぶり。元気してた?」
お母さんが奥から顔を出して、カオルにあいさつした。
「あ、ミサちゃん、ひさしぶりです! 私は見ての通りです」
カオルは笑って、その場でくるりと回ってみせた。
「ミサちゃんも元気でした?」
「ええ、もちろん元気よ。今補習って聞こえたけど、カオルちゃん勉強苦手なの?」
「そんなことないですよ! ただこの村に英語が分かる人いないんだもん。塾だってバスなくなっちゃうから行けないし。英語以外は普通です」
「ああ、そうなんだ。簡単な英語だったら教えてあげよっか」
お母さんがそう言うと、カオルは目をきらきら輝かせた。
「わっ、本当に? ありがとうございます。じゃあ宿題手伝ってもらっちゃお。それじゃあサクヤ君、明日一時くらいに迎えに来るから。ミサちゃんもまた明日お願いします!」
カオルはそう言うと、手をふりながら前を見ないで走っていった。少しの差でおばあちゃんも顔を出して、
「あれあれ、ほんとに台風みたいな子だね」
なんて感想を言った。
おばあちゃんの言うとおり、カオルは台風のようだった。クラスの友達にも、こんなに元気で明るい子はいないと思う。
カオルちゃんとはどんなことして遊ぶんだろう。
サクヤは明日のことを考え始めた。カオルがあんなふうだから、楽しい想像しかできない。
それからサクヤは夜ごはんを食べた。おばあちゃんが腕によりをかけて、いくら入りの散らし寿司を作ってくれた。
そのころには大おばあちゃんも起きてた。
「良く来たなぁ」
そう言って、サクヤたちのことを喜んでくれた。大おばあちゃんはしわくちゃの顔で、いつでも笑っているみたいだった。
「ほんにうまい散らす寿司だねえ。ショウゾウは良い嫁さんもろうたねえ」
大おばあちゃんは散らし寿司をとても気に入ったみたいだ。ごはんの間に五回は同じようなことを言った。
「まったくいくつになってもおかあには敵わんな」
おじいちゃんがそう言って豪快に笑った。お酒を飲んでいるから、もっと声が大きくなってる。
ごはんを食べ終わると、おじいちゃんはいびきを立てて眠ってしまった。
「あらあら」
なんておばあちゃんが言いながら、となりの部屋から毛布を持ってくる。おじいちゃんにそれをかけてあげると、ごはんの片づけを始めた。
「私も手伝うよ」
お母さんもお皿を洗うのを手伝いに行った。
さて、おじいちゃんが寝ているから、サクヤの話し相手は大おばあちゃんになった。
「大おばあちゃんは今何歳なの?」
「さてなぁ。米寿にゃあこなんだなったんだがな」
サクヤがきくと、大おばあちゃんはゆっくり首を振って言った。よく覚えてないみたいだ。
「サクヤや」
大おばあちゃんはしわくちゃの顔で、真剣な目をして、サクヤに語りかける。
「サクヤは西の森の話は知っとるか?」
サクヤは正直に首を振る。大おばあちゃんがまじめな声だったから、サクヤもちゃんと座りなおして話しを聞いた。
「知らんなら知らねえとならんよ。西の森にはな、妖怪がおんだ。妖怪は人間とは違う生き物だ。サクヤみたいな子をな、食べちまうんだ。だからサクヤ、お母さんに会えなくなったらやだろ。西の森には行っちゃならねぇぞ。妖怪はな、きっとサクヤが村来たのももう知ってんだ。サクヤが早く来ないか、てぐすね引いとるぞ」
大おばあちゃんの話し方は少し恐かったけど、さすがに妖怪のことは信じなかった。けどもしかしたら、迷子になりやすい森なのかもしれない。だからサクヤは、大おばあちゃんの言葉にしっかりうなずいた。
「うん。じゃあ西の森には行かないね」
サクヤはそう約束した。サクヤは本当にそのとき、行かないようにしようと思った。
大おばあちゃんはサクヤが約束すると、満足そうに顔をもっとしわくちゃにして笑った。