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サクヤのとなりに誰かが座った気配がした。
サクヤが目を向けると、夕焼けに真っ赤に染まったタロウがいた。
「サクヤ、おれ、ごめんだ」
カオルがタロウを連れてきたみたいだ。タロウの向こうで、カオルが心配そうな顔で見ている。
サクヤにはタロウがあやまったのが意外だった。
「どうしてあやまるの? タロウくんは悪いことしてないよ」
「サクヤだって悪いことしてない」
タロウに言い返されて、サクヤは少しびっくりした。
二人とも悪くないのに、ぼくたちケンカしてたんだ。
そんなことがあるなんて、サクヤにはとても不思議な気がした。
サクヤは一人でいるあいだ、たくさんのことを考えてみた。考えても考えても分かりそうになかったことが、このときふと分かった気がした。
「そしたらぼくの方も、ごめんね」
サクヤは泣きながら、顔をくしゃくしゃにして笑った。
マネキダニというのは、足場がとても滑りやすい谷なのだそうだ。とても危ないところで、サクヤが隠れていたところからもう少し先にあったらしい。
「妖怪の大人でも、危ないからめったに近づかねえんだ」
タロウがそんな説明をしてくれた。
谷に落ちてしまうことを、妖怪の村では谷に呼ばれるというらしい。だからその谷は招き谷という名前なのだ。
サクヤはタロウと仲直りできたけど、招き谷の近くに来たことは、タロウにとても怒られた。
サクヤとカオルはそれから、タロウに妖怪の村まで連れていかれた。
すっかり忘れていたけど、今日は妖怪のおまつりだったのだ。
妖怪のおまつりはサクヤが思っていたのと、ぜんぜん違った。おみこしも出店もない。もちろん、ちょうちんおばけも妖怪花火もない。
村の広場に大きなかがり火を焚いて、そのまわりでみんな歌いながらおどるのだ。
妖怪村には、タロウと同じような真っ白の毛の妖怪がいた。背が大きかったり、太っていたり、二十人の妖怪が、火のまわりで手をつなぎあって、ほがらかな歌を歌い続けた。
歌はかがり火の中に吸い込まれ、ぼーぼーと夜空に吹き上げられて、空からぱらぱらと降ってくる。
外にいるのに、体育館の中みたいに音がまわりを包み込んでいた。
かがり火の燃料は、だいだい樹の油だった。だいだい樹の油を使うと、火はオレンジ色になって、そんなに熱くなくなるらしい。
ごうごう燃える炎のまわりで、サクヤは覚えたての妖怪の歌を大声で歌った。カオルやタロウや、知らない妖怪の大人とも手をつないでおどった。
「おじさんたちは人間に驚かないの?」
カオルが妖怪の大人にそうきいた。妖怪の大人はタロウの言うおっちゃんだった。村に来て一番に、タロウに紹介されていたのだ。
「おお、人間の子供が来ること、珍しくないぞ。何年かに一度は迷い込んでくるんだ」
タロウのおじさんは歌の合間にそう言った。声は大人の低い声だったけど、しゃべり方はタロウとそっくりだ。
妖怪村の真ん中にはべらの花があった。大きなかがり火に照らされても、べらの花はくきしか見えなかった。くきは家よりも太くて、まっすぐ空に向かって伸びていってる。
暗くて見えないけど、その上には真っ白な花が、いつでも全開にひらいているらしい。
「次来たときは、もっとお昼に来たらいいよう。べらの花が太陽さんにあたると、そらもうキレイなんだから」
妖怪のお姉さんにそう言われた。次はきっと冬になるけど、サクヤは楽しみで楽しみで仕方なくなってきた。
歌はどんどん響いて、歌えば歌うほど大合唱になっていった。サクヤたちがおどる足音も、歌のリズムに合わせてどしんどしんと大きくなる。
ただ歌っておどっているだけなのに、タロウくんの言ったとおりだ。妖怪まつりはとにかくずっと楽しい。
手をつなぐ人はめまぐるしく変わって、気付いたら近くにカオルもタロウもいなくなってた。だけどサクヤは少しも気にせず、大きな声で歌い続けた。
どれほど歌い続けただろう。一人、また一人とおどりの輪から抜け出して、合唱が小さくなってきた。サクヤたちが集めただいだい樹の油も、最後の一つを入れてしばらくたった。かがり火は次第に小さくなってくる。妖怪まつりが終わるのだ。
あんなににぎやかだった妖怪村が、しんと静かな音に包まれた。その音はサクヤの耳に残る、妖怪まつりのなごりの音だった。
気付いたらサクヤの左手をカオルがにぎっていた。右手はタロウとつないでいた。
「どうだ? 妖怪まつりは楽しかっただろ?」
タロウはしわくちゃ笑顔をもっともっとしわくちゃにして言った。
「うん。今までのどんなおまつりよりも楽しかったよ」
「うんうん。なんか違う世界にでも来ちゃったみたい。不思議だよね。私の住んでるこんな近くで、タロウたちはまったく違う生き方をしてたんだね」
言われてみると、本当に不思議な気がした。ちょっと森に入っていけば、いつでもタロウたちはそこにいるのだ。違う世界に生きているわけじゃない。おんなじ世界で、まったく違う生き方をしていて、だけどサクヤもカオルもタロウも、妖怪まつりが楽しかった。
サクヤはそんなことをまとまりなく考えて、なにかがすごく不思議な気がした。
サクヤとカオルは黄色い花畑に戻ってきた。ここまではタロウがたいまつを持って案内してくれた。
「それじゃあ、サクヤは明日から来らんねえのか?」
タロウがさみしげにまゆをハの字にする。
「うん。だけど冬休みにまた来るよ。手紙も書くね」
タロウは今にも泣き出しそうだけど、顔をくしゃっと笑顔にした。
「おう。おれもたくさん絵ぇ描くぞ」
カオルがタロウからたいまつを渡される。たいまつの火はオレンジ色で、明るいのに熱くなかった。
サクヤとカオルは手をつないで、滝の裏の道に入った。
オレンジ色に照らされる岩肌が、たいまつの明かりにゆれる。流れ落ちる黒い滝は、絶えず大きな音を響かせている。
サクヤはカオルの手をぎゅっとにぎった。きっとカオルもおんなじ気持ちだった。ぎゅっとにぎり返してくる。
サクヤはおとぎの道を抜けるとき、後ろをふり返ってみた。
きりが立ち込めるおとぎの道は、まるで妖怪のいる向こう側を隠しているみたいだった。
たいまつの火は森を抜けたときに消えてしまった。だけどここまで来れば、街灯の明かりでそんなに暗くなかった。
「じゃあサクヤくん、次は冬休みね。絶対来てね!」
おばあちゃんちの前までカオルちゃんが送ってくれて、最後にそう言った。
「うん」
サクヤはただ別れの言葉を言うだけじゃ物足りない気がした。だけどなんて言っていいかは分からなくて、それだけしか言えなかった。
カオルはそんなサクヤへ元気に手をふって、ぱたぱたと走っていった。
サクヤはカオルが見えなくなるまで、そこで大きく手をふり続けた。
おばあちゃんちに帰るとお父さんがいた。
お父さんはおじいちゃんとお酒を飲んでいて、よっぱらって言ってきた。
「おーサクヤ。 今年はおばけが怖くて泣かなかったかあ?」
サクヤは三年前、おばあちゃんちでおばけが怖いって泣いたことを思い出した。
サクヤはなんだかとてもおかしくて、お父さんがびっくりするくらいに大笑いした。
妖怪タロウと夏休み。これにて完結です。
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