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妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
妖怪まつり
13/13

4

 サクヤのとなりに誰かが座った気配がした。

 サクヤが目を向けると、夕焼けに真っ赤に染まったタロウがいた。

「サクヤ、おれ、ごめんだ」

 カオルがタロウを連れてきたみたいだ。タロウの向こうで、カオルが心配そうな顔で見ている。

 サクヤにはタロウがあやまったのが意外だった。

「どうしてあやまるの? タロウくんは悪いことしてないよ」

「サクヤだって悪いことしてない」

 タロウに言い返されて、サクヤは少しびっくりした。

 二人とも悪くないのに、ぼくたちケンカしてたんだ。

 そんなことがあるなんて、サクヤにはとても不思議な気がした。

 サクヤは一人でいるあいだ、たくさんのことを考えてみた。考えても考えても分かりそうになかったことが、このときふと分かった気がした。

「そしたらぼくの方も、ごめんね」

 サクヤは泣きながら、顔をくしゃくしゃにして笑った。


 マネキダニというのは、足場がとても滑りやすい谷なのだそうだ。とても危ないところで、サクヤが隠れていたところからもう少し先にあったらしい。

「妖怪の大人でも、危ないからめったに近づかねえんだ」

 タロウがそんな説明をしてくれた。

 谷に落ちてしまうことを、妖怪の村では谷に呼ばれるというらしい。だからその谷は招き谷という名前なのだ。

 サクヤはタロウと仲直りできたけど、招き谷の近くに来たことは、タロウにとても怒られた。

 サクヤとカオルはそれから、タロウに妖怪の村まで連れていかれた。

 すっかり忘れていたけど、今日は妖怪のおまつりだったのだ。

 妖怪のおまつりはサクヤが思っていたのと、ぜんぜん違った。おみこしも出店もない。もちろん、ちょうちんおばけも妖怪花火もない。

 村の広場に大きなかがり火を焚いて、そのまわりでみんな歌いながらおどるのだ。

 妖怪村には、タロウと同じような真っ白の毛の妖怪がいた。背が大きかったり、太っていたり、二十人の妖怪が、火のまわりで手をつなぎあって、ほがらかな歌を歌い続けた。

 歌はかがり火の中に吸い込まれ、ぼーぼーと夜空に吹き上げられて、空からぱらぱらと降ってくる。

 外にいるのに、体育館の中みたいに音がまわりを包み込んでいた。

 かがり火の燃料は、だいだい樹の油だった。だいだい樹の油を使うと、火はオレンジ色になって、そんなに熱くなくなるらしい。

 ごうごう燃える炎のまわりで、サクヤは覚えたての妖怪の歌を大声で歌った。カオルやタロウや、知らない妖怪の大人とも手をつないでおどった。

「おじさんたちは人間に驚かないの?」

 カオルが妖怪の大人にそうきいた。妖怪の大人はタロウの言うおっちゃんだった。村に来て一番に、タロウに紹介されていたのだ。

「おお、人間の子供が来ること、珍しくないぞ。何年かに一度は迷い込んでくるんだ」

 タロウのおじさんは歌の合間にそう言った。声は大人の低い声だったけど、しゃべり方はタロウとそっくりだ。

 妖怪村の真ん中にはべらの花があった。大きなかがり火に照らされても、べらの花はくきしか見えなかった。くきは家よりも太くて、まっすぐ空に向かって伸びていってる。

 暗くて見えないけど、その上には真っ白な花が、いつでも全開にひらいているらしい。

「次来たときは、もっとお昼に来たらいいよう。べらの花が太陽さんにあたると、そらもうキレイなんだから」

 妖怪のお姉さんにそう言われた。次はきっと冬になるけど、サクヤは楽しみで楽しみで仕方なくなってきた。

 歌はどんどん響いて、歌えば歌うほど大合唱になっていった。サクヤたちがおどる足音も、歌のリズムに合わせてどしんどしんと大きくなる。

 ただ歌っておどっているだけなのに、タロウくんの言ったとおりだ。妖怪まつりはとにかくずっと楽しい。

 手をつなぐ人はめまぐるしく変わって、気付いたら近くにカオルもタロウもいなくなってた。だけどサクヤは少しも気にせず、大きな声で歌い続けた。

 どれほど歌い続けただろう。一人、また一人とおどりの輪から抜け出して、合唱が小さくなってきた。サクヤたちが集めただいだい樹の油も、最後の一つを入れてしばらくたった。かがり火は次第に小さくなってくる。妖怪まつりが終わるのだ。

 あんなににぎやかだった妖怪村が、しんと静かな音に包まれた。その音はサクヤの耳に残る、妖怪まつりのなごりの音だった。

 気付いたらサクヤの左手をカオルがにぎっていた。右手はタロウとつないでいた。

「どうだ? 妖怪まつりは楽しかっただろ?」

 タロウはしわくちゃ笑顔をもっともっとしわくちゃにして言った。

「うん。今までのどんなおまつりよりも楽しかったよ」

「うんうん。なんか違う世界にでも来ちゃったみたい。不思議だよね。私の住んでるこんな近くで、タロウたちはまったく違う生き方をしてたんだね」

 言われてみると、本当に不思議な気がした。ちょっと森に入っていけば、いつでもタロウたちはそこにいるのだ。違う世界に生きているわけじゃない。おんなじ世界で、まったく違う生き方をしていて、だけどサクヤもカオルもタロウも、妖怪まつりが楽しかった。

 サクヤはそんなことをまとまりなく考えて、なにかがすごく不思議な気がした。

 サクヤとカオルは黄色い花畑に戻ってきた。ここまではタロウがたいまつを持って案内してくれた。

「それじゃあ、サクヤは明日から来らんねえのか?」

 タロウがさみしげにまゆをハの字にする。

「うん。だけど冬休みにまた来るよ。手紙も書くね」

 タロウは今にも泣き出しそうだけど、顔をくしゃっと笑顔にした。

「おう。おれもたくさん絵ぇ描くぞ」

 カオルがタロウからたいまつを渡される。たいまつの火はオレンジ色で、明るいのに熱くなかった。

 サクヤとカオルは手をつないで、滝の裏の道に入った。

 オレンジ色に照らされる岩肌が、たいまつの明かりにゆれる。流れ落ちる黒い滝は、絶えず大きな音を響かせている。

 サクヤはカオルの手をぎゅっとにぎった。きっとカオルもおんなじ気持ちだった。ぎゅっとにぎり返してくる。

 サクヤはおとぎの道を抜けるとき、後ろをふり返ってみた。

 きりが立ち込めるおとぎの道は、まるで妖怪のいる向こう側を隠しているみたいだった。

 たいまつの火は森を抜けたときに消えてしまった。だけどここまで来れば、街灯の明かりでそんなに暗くなかった。

「じゃあサクヤくん、次は冬休みね。絶対来てね!」

 おばあちゃんちの前までカオルちゃんが送ってくれて、最後にそう言った。

「うん」

 サクヤはただ別れの言葉を言うだけじゃ物足りない気がした。だけどなんて言っていいかは分からなくて、それだけしか言えなかった。

 カオルはそんなサクヤへ元気に手をふって、ぱたぱたと走っていった。

 サクヤはカオルが見えなくなるまで、そこで大きく手をふり続けた。

 おばあちゃんちに帰るとお父さんがいた。

 お父さんはおじいちゃんとお酒を飲んでいて、よっぱらって言ってきた。

「おーサクヤ。 今年はおばけが怖くて泣かなかったかあ?」

 サクヤは三年前、おばあちゃんちでおばけが怖いって泣いたことを思い出した。

 サクヤはなんだかとてもおかしくて、お父さんがびっくりするくらいに大笑いした。




 妖怪タロウと夏休み。これにて完結です。

 いかがでしたでしょうか?

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