表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
妖怪まつり
12/13

3




 サクヤはほっとしたけど、タロウのあまりの仕打ちを思い出して腹がたってきた。

 サクヤがタロウをふりかえると、タロウはまだ三角の目で怒っていた。

 サクヤはそれを見たら急に怖くなってしまった。タロウが怖いんじゃない。じゃあ何が怖いのかは分からなかったけど、目に涙が浮かんできた。

 サクヤは自分が小さくなった気がした。

 なにかとてつもない大きなものに笑われているようで、いてもたってもいられなくなった。

 サクヤが泣き出しそうなのを見たからか、タロウがはっと耳を立てた。

「サクヤ」

 タロウが何か言おうとしたけど、サクヤはどんな言葉でも聞きたくないと思った。

 だからサクヤはタロウを振りきるように逃げ出した。

 だいだい樹のある方に、全速力で駆けた。子猫を抱いていたときよりもずっと速く走った。

 カオルとタロウが呼び止めようとしてきたけど、その声もすぐに届かなくなった。

 どこに行くつもりでもなかったけど、とにかくタロウのそばから離れたかった。

 タロウくんはひどい。あんなのってない。子猫はケガをしてたのに、みずうみに投げ飛ばすなんて!

 サクヤは走りながらそんなことを考えた。

 タロウくんのことを信用してたのに、タロウくんのことを優しいと思ってたのに。

 サクヤの目からまた涙があふれてきた。

 ミッケのことを思い出した。昨日の夢じゃタロウとミッケは仲が良さそうだった。だけどタロウが猫を嫌いなら、きっとミッケのことも嫌いなんだ。

 だいだい樹の林まで半分くらい来た。それまで一気に走り抜けてきたサクヤは、そこで転んでしまった。地面がぬめぬめして滑ったのだ。

 ひざをすりむいた。地面についた手があざになった。

 滑りやすいから転ぶなよと、タロウが言ってたことを思い出した。

 サクヤはみじめな気持ちになって、立ち上がる元気もなかった。

 だけどこのままここにいたら、タロウくんたちに見つかっちゃう。

 もしそうなったら恥ずかしいから、サクヤはなんとか立ち上がった。このまま進むと、森がなくなって、しばらく滑りやすい道が続く。だからサクヤは向きを左に変えて、森の中に隠れることにした。

 森の中はみどりのにおいがぐっと濃くなる。

 サクヤはいっぱいに息を吸いこんで、森のにおいを取り込んだ。それから大きな木の下に座り込み、ぎゅっと目を閉じた。そうするとまるで森と一つになったみたいで、サクヤは自分の体がみどり色になっている気がした。

 しばらくそうしていると、サクヤもだいぶ落ち着いてきた。

 落ち着いた頭で考えてみると、やっぱりタロウはひどいと思った。だけどそのあと逃げてきたのは、良くなかったとも思った。カオルにも心配させてしまっていると思う。

 だけど今さら顔を出すのも恥ずかしくて、サクヤはそのまま隠れ続けた。

 一度サクヤを呼ぶタロウの声が聞こえてきたけど、サクヤが応えようか迷っているうちに、遠ざかっていってしまった。

 ずいぶん時間がたった。心細かったけど、もう自分でもどうしたらいいか分からなかった。

 できたらカオルちゃんに見つけてもらいたい。

 そう思いながらサクヤはじっとしていた。

「サクヤくん、見つけた」

 サクヤの思いが届いたのか、ついにサクヤはカオルに見つけてもらえた。サクヤがゆっくり目を開けると、心配そうな顔のカオルが前に立っていた。

 カオルはすぐには何も言わないで、サクヤのとなりに腰を下ろした。

「ごめんね」

 サクヤが言うと、カオルがううんと言ってから話し始めた。

「サクヤくんは何も悪くないよ。私もあの子猫がかわいそうだって思ったもん」

 カオルはいつもの早口じゃなくて、大人みたいな落ち着いた話し方だった。

「あのあとね、私タロウに怒ったんだよ。なんでそんなことするのって。そしたらタロウね、ちゃんと理由話してくれたよ。

 タロウはね、猫が嫌いだからあんなことしたわけじゃないんだって。サクヤくん、べらの花って覚えてるよね? タロウが話してたやつ。べらの花がないと妖怪は生きられないんだって。そのべらの花をね、猫は病気にさせちゃうの」

 サクヤはびっくりしてカオルの方を見た。カオルは真剣な目でサクヤを見ている。サクヤはカオルの言葉の続きを待った。

「だから妖怪は猫を見たら、絶対向こう側に追い出さなきゃいけないんだって。じゃないとタロウの村の妖怪がみんな生きられなくなっちゃうの」

 聞けば、猫はべらの花のくきで爪とぎをして、今まで何回も妖怪の村を台無しにしていたという。

 カオルは台無しという言葉を使ったけど、サクヤにもそれがどれだけ大変なことかは想像できた。

 カオルのおかげで、タロウが怒ったわけは分かった。だけどサクヤはやっぱりさみしい気がした。

 サクヤの大好きなものを、タロウは絶対好きになれないのだ。せっかく友達になれたのに、それがすごくやりきれなかった。

「私、タロウにサクヤくんがいたって伝えてくるね。タロウ、サクヤがマネキダニに呼ばれたかもって、すごく心配してたから」

 カオルは一通り説明してくれたあと、そう言って立ち上がった。

 サクヤはもう少しカオルにいてほしかった。それにタロウにはまだ会いたくなかった。だけどそれがわがままなことだと分かっていた。

 サクヤがこくりとうなずくと、カオルは「待っててね」と、一言残して行ってしまった。

 前にもタロウはマネキダニの話をしてたけど、サクヤにはそれがなんなのかは分からなかった。

 サクヤは急に不安になってきた。気付けばあたりは夕暮れで、みどりの森は赤く染まって、薄暗い。

 いつもより木が大きく見える。虫や鳥の鳴き声も大きく聞こえて、サクヤは押しつぶされる気がした。

 サクヤはぎゅっと目を閉じて、耳をふさいだ。

 タロウの顔が頭に浮かんだ。笑ったり泣いたりおどろいたり、頭の中のタロウの表情がくるくる変わった。

 いつもたくさん気づかってくれて、ちょっとのことで顔をくしゃくしゃにして笑う。

 タロウは妖怪だから、べらの花がないと生きられない。

 いつも楽しかったからちっとも気にしてなかったけど、タロウは他の友達とはまるで違う。

 そう、タロウは妖怪なのだ。分かりきったことだったのに、サクヤはすっかり忘れていた。

「妖怪は人間とは違う生き物だ」

 大おばあちゃんが言ってたことを思い出した。

 タロウはサクヤとは違う。どんなところで育ったかも、どんなものを食べてきたかも、どんなことをして遊んできたかも、どんなものを見て、どんなものを聞いて、どんなふうに感じたかも、まるっきり違う。

 サクヤにとって、子猫には優しくするべきなのに、妖怪のタロウにはそうじゃない。

 違う生き物だということは、こんなに違うということなのだ。

 ぎゅっとつむっていたはずの目から、涙があふれてきた。

 ついにサクヤは気付いたのだ。

 気付いてみると、それはとても当たり前のことだった。当たり前のことなのに、サクヤは自分で気付いたことにびっくりしていた。

 サクヤとタロウでは、どんなものが正しいかも一緒じゃない!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ