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妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
妖怪まつり
11/13

2




 オオハス舟に乗れば、いつでもカオルちゃんとタロウくんに会いに行ける。

 布団から起き上がったサクヤは、まだ半分夢ごこちでそんなことを思った。

 すぐに今のが夢なんだって思い出して、サクヤは自分がおかしくなって少し笑った。

 古いかべの時計は十時十分のVマークだ。

 今日も寝坊しちゃった。

 サクヤは布団の上でぐーっとのびをして、頭をすっきりさせた。

 お父さんは今夜に来るから、たぶんタロウと会えるのは今日が最後だ。

 サクヤはお昼ごはんにサンドイッチを食べた。

 サンドイッチはおじいちゃんのとくい料理だ。

「どうだサクヤ。じいちゃんのいり卵はゼッピンだろ?」

 サクヤは家庭科でいり卵を作ったことがあった。

 卵をかき混ぜながら焼くだけの簡単な料理だ。

「うんうん。ゼッピンだね」

 おじいちゃんのいり卵も普通のいり卵だったけど、サクヤはにこにこ笑いながらうなずいた。

 おじいちゃんがじまんして言うから、サクヤは気をつかったのだけど、おじいちゃんにはすぐに見やぶられてしまった。

 見やぶったぞ! なんてはっきりは言わなかったけど、「ほんとに大人になったなぁ」なんて頭をなでられたから、たぶんそうだ。

 サクヤはちょっと恥ずかしくてうつむいた。

 お昼のあとすぐにカオルが来た。玄関から居間まで届く、元気な大声が聞こえる。

「サクヤくーん! 遊びに来たよー!」

 居間でのんびりしてたおじいちゃんが、にやって笑った。

「お、今日も台風娘が来たな」

 カオルの声は耳の悪いおじいちゃんにも良く聞こえたみたいだ。

「あ、そうだ。カオルちゃんにもあいさつしなきゃね。サクヤ、一緒に行こ」

 立ち上がって玄関に行こうとしてたサクヤに、お母さんが言ってきた。お母さんもざぶとんから立ち上がる。

 玄関ではカオルがぱたぱた手をふっていた。サクヤも手をふり返す。

「サクヤくん、ミサちゃんこんにちはー」

「こんにちは」

「こんにちは。カオルちゃん、私たち明日帰ることになったよ。宿題はもう大丈夫?」

「え! もう? 宿題はおかげさまでばっちり。次はいつ来られるの?」

「次は冬休みかな? サクヤ来たい?」

 サクヤはびっくりしてお母さんを見た。おばあちゃんちには、いつもは夏しか来てなかったはずだ。だからサクヤはてっきり、来年の夏までカオルとタロウには会えないと思っていた。

 サクヤはもちろんと大きくうなずいた。

「冬休みも春休みも来たい」

 サクヤがそんなふうに言うと、お母さんがゆっくり笑った。

「そしたら冬休みも春休みも来よう」

「やった。そしたらサクヤくん、次は冬休みだね」

 カオルがタロウみたいに手をぱちんと叩いた。さすがに跳びはねたりはしなかったけど、それでも少し大げさな感じがした。

 お母さんがそれを見て声をあげて笑うと、カオルも少し恥ずかしそうに笑った。

「あ、そういえばミサちゃん、今日なんだけどね、帰りがいつもより遅くなるかもしれません」

「ん? そうなの?」

「うん。今日サクヤくんとおまつりに行くから」

「へー、そうなんだ。この時期におまつりなんてあったっけ? ふもとの方のおまつり?」

「ううん。友だちのおまつりなんです。秘密のおまつりなの」

 お母さんはそれだけきくと、「ああなるほどね」なんて納得した。

 それからサクヤはカオルと二人で、また西の森に入った。

 太くて黒ずんだ木の下に、こけだらけの根がある。

 サクヤはそこをひょいと飛び越えた。

何日も通った道だから、サクヤももう転びそうにはならなかった。

 ごつごつした石の上も、どう足をふみだしたら通りやすいか、サクヤはもう知っていた。

 サクヤは歩いてきた方をふりかえってみた。

 目にうつるのは、サクヤの家のまわりじゃ考えられない深い森だ。こんなところを通って来てるなんて、自分でもふと信じられない気持ちになった。

「サクヤくんどうしたの?」

 カオルが後ろを向いてるサクヤに気付いて、声をかけてくる。

「ううん。ただ何日か歩いただけなのに、もうすっかり知ってる森みたいな気がしたんだ」

「そうなの? あっ、そっか。サクヤくん、三年前も四年前もたくさんこの森に来てるから、体が覚えてたんだよ」

 サクヤはカオルに言われて少しびっくりした。言われてみたら、たしかにそうなのかもしれない。

 ぼくはこの森のことをよく知ってるんだ。

 そう考えると、とたんにこの森のことがなつかしくなってきた。

 そのときサクヤの目に、この森にはめずらしい色が飛びこんできた。葉っぱのみどりや木の茶色ばかりの森で、真っ白な生き物がうずくまっていたのだ。

 それはタロウみたいに大きくなかった。サクヤの手に乗るくらいの小さな体が、木々のあいまで小きざみにふるえてる。

「カオルちゃん、あれ」

 サクヤが指さすと、カオルも「あっ」と声を上げた。

 白い小さな生き物は、ふわふわで、左右目の色が違う子猫だった。

 サクヤとカオルはその子猫に近付く。子猫は弱々しく顔を上げたけど、二人を見ても逃げ出さなかった。

「サクヤくんのおばあちゃんちにいた猫かな?」

 カオルがきいてきた。サクヤもあのときの子猫とよく似ていると思っていた。

 近くで見ると、子猫は左の後ろ足にけがをしているみたいだった。

 だからサクヤたちを見ても逃げなかったようだ。

 サクヤはそんな白猫を抱き上げて、とほうにくれてカオルを見た。サクヤには子猫のけがをどうしていいか分からない。

 それはカオルもおんなじだったみたいだ。サクヤが見たカオルの顔は悩んでいる顔だった。

「ここからならタロウのとこのが近いよね。タロウに相談してみよ」


 けがをした白猫を抱きながら二人は走った。

 カオルの言ったことは、サクヤにはとても名案に思えた。タロウは二人が知らない色んなことを知っている。あの優しいタロウなら、きっとこの子猫を治してくれる。

 速く速くと思いながら走ったから、滝のみずうみまではあっという間だった。

 おとぎの道もそんなに長く感じなかった。

 滝のカーテンを抜けると、サクヤはすぐにタロウの姿を探した。

 いた。

 サクヤたちが急いで来たから、タロウはおどろいた目でこっちを見てる。

「サクヤ、カオル、どうしたんだ? あんまりあわてると転んじまうぞ」

「タロウくん! 大変なんだ!」

 サクヤは叫ぶように言ってタロウのところに走った。

「お? なんだサクヤ、その白いの、何持ってんだ?」

 サクヤが近よると、タロウはころっと首をかしげた。カオルもすぐにサクヤに追いつく。

「タロウくん、この子が足をけがしてるんだ。どうしたらいいかな?」

 サクヤは急いで質問したのに、タロウはびっくりした目のまま動かない。

 どうしたんだろ?

 サクヤは不思議に思ってタロウの目を見る。タロウの目は白い子猫にくぎづけだった。

「サクヤ、それ、もしかして猫か?」

「うん。そうだよ。タロウくんならけがをどうしたらいいか知ってるかなって」

「サクヤーっ!」

 突然! タロウがわれるようなどなり声をあげた。

 タロウの顔が見たことないくらいに真っ赤だ。目が三角になってる。

 びっくりだ。

 あの優しいタロウが怒っているのだ。

 まさかタロウは猫が嫌いなのか。サクヤはあんまりのことにしりもちをついた。そのひょうしに白い子猫がサクヤのうでから飛びおりた。

「にゃー」

 のんきな声で子猫がけがした足をなめ始めた。

 そんな子猫をむんずとつかんで、タロウがなんと、みずうみにぽーんと投げすてた。

「タロウ!」

 カオルが悲鳴をあげた。

 猫はボールみたいにみずうみに向かって飛んでいく。

 サクヤは猫を追いかけてみずうみまで走る。

「にゃぎゃー」

 ぼちゃんという音と、猫の必死のなき声が重なった。

 サクヤは急いだ。けがをした猫が泳げるわけない。そう思ったのだ。

 だけど子猫はあんがい平気そうで、すましたしぐさで泳ぎ始めた。滝がうずを作っているのにおかまいなしで、すいすい泳ぐ。そしてそのまま向こうの岸まで泳いでいってしまった。

 サクヤもすぐに向こうまで戻ろうと思ったけど、子猫の前に同じ様なふわふわの大きい猫がかけよってきた。

 子猫は後ろ足をひきずりながら、うれしそうに大きい猫に近づく。

 子猫は無事、お母さん猫と会えたみたいだ。

 お母さん猫は子猫の首を優しくくわえて、そのまま森の中に消えていった。

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