妖怪まつり.1
五 妖怪まつり
昨日いっぱい泣いたから、次の日はお母さんたちに会うのが恥ずかしかった。だけどお母さんたちは、何もなかったみたいに普通にしててくれた。
お昼のあとにカオルが来た。気付いたらカオルは最初の日よりもずっと真っ黒だ。
サクヤは自分の腕を見た。自分の腕もカオルとおそろいだった。
カオルは今日も台風みたいないきおいで、サクヤの手をひっぱって連れ出した。
「今日はタロウ来るかな? あ、もし今日もタロウがいなかったら、ちょっと二人だけで探検してみよ」
「えっ、大丈夫かな?」
そんな話をしながらおとぎの道を抜けると、ちょうどタロウの声が聞こえた。
「おーい! サクヤー! カオルー!」
タロウは森の中から出てきたところで、二人に大きく手をふっている。
「あ、タローウ! 昨日はどうしていなかったのー?」
カオルが遠くのタロウに、大きな声でそうきくと、タロウがかけよってきた。タロウはとても足が速くて、あっという間に二人の近くまで来た。
「おお、昨日はごめんだ。言い忘れてた」
「ううん、サクヤくんと二人で遊んだから大丈夫だよ。昨日はなにかあったの?」
タロウが近くに来たから、二人とも普通の声に戻った。
カオルの質問に、タロウはいつものしわくちゃ笑顔じゃなく、しっとりとほほえんだ。
「昨日はおれの父ちゃんと母ちゃんの命日だったんだ。だから墓参り行ってた」
カオルの目が大きくひらいた。サクヤは命日という言葉は知らなかったけど、タロウの言葉から、その意味がだいたい分かった。
「タロウくんのお母さんとお父さん、死んじゃったの?」
「ああ、そうだ。もう六年前だ。だからおれ、今はおっちゃんと暮らしてんだ」
サクヤの学校にもお母さんやお父さんがいない友達はいた。だけど二人ともいないなんて話は初めてだ。
サクヤはミッケが死んでしまったとき、みんなからかわいそうと言われるのが、すごくいやだった。だからそれは言っちゃいけないと思った。
だけど他になんて言っていいかが分からなかった。
「六年も前のことだから、おれはもう大丈夫だ。おっちゃんもいるし、今はサクヤとカオルとも友達だ。だからすごく幸せもんだぞ」
タロウはいつものしわくちゃ笑顔で言った。
「私もだよ! 私もタロウと友達になって幸せもんだ」
カオルが少しタロウの口まねをして言う。タロウがそれにげらげら笑うと、サクヤもほっとした。
それから三人はキョジンイセキに向かった。タロウが言うには、この妖怪の森には、むかし巨人が住んでいたのだそうだ。
巨人の古い家が六軒、森の真ん中にそびえ立っていた。いくつもの大きな岩で組み上げられた家には、森のつたがぐるぐる巻きついている。
家の中には、太い切りかぶの上に、平らな石をはめたテーブルがあった。テーブルはサクヤの背の二倍は高い。三人はテーブルの横にある石ざぶとんのまわりにすわり、おやつを食べた。
今日のおやつはカオルが作ってくれたパンケーキだ。
タロウが「ふわふわだ!」なんてびっくりした目をするから、サクヤとカオルはおかしくて大声で笑った。
「あ、そうだ! 明日はおれの村のまつりだぞ。お前たちも手伝ったんだから、お前たちも来い」
「ほんと? 行ってもいいの?」
おやつを食べ終わってひと休みしていると、タロウがそう言ってきてくれた。カオルが目をきらきらかがやかせる。
「妖怪のおまつりってどんなおまつりなの?」
サクヤがきくと、タロウがまたげらげら笑った。
「どうもこうもねえ。まつりってのはとにかくずっと楽しいんだ」
サクヤはそれを聞いて、どんどん妖怪のまつりへの期待が高くなっていった。
キョジンイセキのあと、三人はまただいだい樹を見にきた。
サクヤが倒してしまった木からは、まだ新しい芽は生えてなかった。
「いつぐらいに生えるかな?」
「おお、きっと秋にはもう芽ぇ出てるはずだ」
秋ならサクヤはもう帰っているから、芽が見られるのは来年になる。
サクヤがそんな話をしたら、タロウがまゆ毛をハの字にした。
「サクヤ。帰っちまったら来らんねえのか?」
「うん。ぼくの家はここから四時間もかかるんだ」
サクヤだってタロウやカオルと会えなくなるのはさびしかった。だけど仕方ないことだから、すなおに言った。
「サクヤくんはいつ帰るの?」
カオルがきいてきた。
「お父さんが迎えに来たら帰るんだ。お父さんの仕事がどのくらいで終わるかは分かんないんだって。だからいつかは決まってないんだ。だけど、そんなに長くないって言ってたよ」
サクヤが説明すると、タロウがさみしそうに笑った。
「そうか。そんなら仕方ねえな。また来るか?」
サクヤはもちろんとうなずいた。
「そしたら私、サクヤくんに手紙書くね! タロウも書きなよ。私一緒に送ってあげる」
タロウは手紙がなんだか分からなかったらしくて、カオルと二人で説明した。そしたらなんと、タロウは字も知らないのだという。
だからタロウの手紙は絵で描くことに決まった。
サクヤはタロウからどんな絵が送られてくるのか、とても楽しみだった。
その日の夕方おばあちゃんちに帰ると、お母さんが「お父さんから電話あったよ」と教えてくれた。
お父さんは明日の夜こっちに着いて、あさってには帰ることになった。
お父さんとひさしぶりに会えるのは楽しみだったけど、やっぱりタロウたちと会えなくなるのはさみしかった。
その日の夢には、お母さんもお父さんも、カオルも、ちょっと向こうにタロウもいた。おばあちゃんとおじいちゃんと大おばあちゃんと、もちろんミッケもいる。
サクヤは眠る前にさみしいなんて思ってたことはすっかり忘れた。
だってみんながいるんだ。さみしくなんかない。
「お父さん初めてだよ」
お父さんがサクヤのとなりでそう言った。少し向こうにいるタロウもうなずいている。
「おれたちも人間来るのは初めてだ」
何が初めてなのかと思っていたら、とつぜんまわりでちょうちんの火が灯った。それも一つじゃない。あたり一面見渡すかぎり、赤やみどりや黄色のちょうちんが、ぷかぷか浮いてる。
そのちょうちんのむれが、みんなカタカタ口を開けて笑い始めた。
「わっ! サクヤくん、ちょうちんおばけだよ!」
そうか。ぼくたち妖怪まつりに来てるんだ。
お父さんも妖怪まつりは初めてだったんだ。
ちょうちんおばけが口をカタカタするのが、いくつもいくつも重なって、たいこのふちを叩いたみたいな音になる。
低い音のカタカタ。高い音のカタカタ。もっと高い音のカタカタ。
とてもにぎやかだ。
「ぼくもちょうちんおばけ見るの初めてだよ!」
あたりがあんまりにもにぎやかだから、サクヤは大きな声になった。
せいいっぱい大声で言ってみたけど、それでもカオルは聞こえなかったみたいで、「えーっ?」なんて聞き返してくる。
「サクヤ、カオル! もうすぐ花火が上がるぞ!」
タロウが両手をいっぱいに広げて、目をまん丸に開いて、大きな大きな花火のジェスチャーをしてくる。
妖怪まつりの花火だから、きっと普通の花火じゃないんだ。
サクヤはカオルと目があった。カオルもワクワクした顔だ。
サクヤはミッケにもよく見えるように、だっこしてタロウのとなりまで走った。
カオルも近くに来て、サクヤはカオルと一緒に空を見た。
まっくらな空にきれいな星がいくつも見える。サクヤが今まで見たことないくらいたくさんの星だ。
ミッケも二人につられて空を見ている。
「お前らどうした? 空になんかあんのか?」
「えっ? だって花火なんでしょ?」
タロウの言葉にカオルがこたえた時、地面からばちばち音を立てて花火がふきあがった。
赤い花火、みどりの花火、黄色い花火、青い花火、オレンジ色の花火。
たくさんの花火におまつり会場がうめつくされた。
サクヤの腕の中、ミッケの白い毛が、いろんな花火の色に染められる。
「お、ミッケおそろいだ」
タロウが顔をくしゃくしゃにしてげらげら笑った。
見てみたらタロウの毛も、絵の具をめちゃくちゃにまぜたみたいな色になってた。
「次は流れ星花火だぞ」
カラフルタロウがにんまり笑った。それから夜空を見上げる。
サクヤとカオルも一度目と目を合わせて、空を見る。
まるでおとぎの道の滝みたいだ。
真っ白な花火が空から流れ落ちてくる。
白い花火は大こうずいになって、おまつり会場をみずうみにした。
いつの間にか屋台もちょうちんもなくなって、サクヤはみんなとオオハス舟の上にいた。
花火のみずうみは波うって、びゅんびゅん舟をはこんでくれた。もうあっという間に、四時間向こうのサクヤの家まで着いてしまった。