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妖怪タロウと夏休み  作者: 広越 遼
はじまり
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はじまり.1




 1 はじまり


 サクヤとカオルは妖怪と友達になった。そんな夏休みのお話。


 夏休み。

 サクヤはお母さんといなかに行くことになった。お母さんのいなかは遠くにあるから、夏休み一番の早起きをした。寝ぼけたままで歯をみがいて、群青色のリュックをしょった。玄関でお母さんが帽子をかぶせてくれた。

「一人でかぶれるよ」

 なんて文句を言うと、お母さんがうれしそうに頭の上に手をおいた。

「えらいえらい」

 こげちゃ色の麦わら帽子が、耳のすぐ上でくしゃっと鳴った。

 サクヤはもう四年生なのに、お母さんはなかなか分かってくれない。まるで子供あつかいだ。だけど今日は、ひさしぶりにお母さんと旅行だから、サクヤはそれでもいいと思った。

 近くの駅までお母さんと歩いた。朝早いから、思ってたより暑くなかった。けど朝早くでも駅はこんでて、青とか黄色とか、いろんな色のYシャツを着た人でごった返していた。

 ぎゅうぎゅうに潰されながら、お母さんと離れないように進んでいった。そんな人混みの流れに乗って五番線のホームに着いた。

「おばあちゃんちに着いたら、こことはぜんぜんにおいが違うよ」

 人ごみにまいった顔のお母さんがそう言った。

 それからサクヤは電車に乗った。三回も乗りかえをした。乗りかえをするたびに、人の数が少なくなっていった。

 最後の乗りかえのあと、サクヤはこくりと眠ってしまった。なんといっても昨日なかなか眠れなかったから仕方ない。サクヤは懐かしい夢を見た。去年まで飼ってた猫のミッケの夢だ。だけど細かいところは忘れてしまっていた。やわらかい毛並みの手ざわりだけが、指に残っている気がした。

 夢の中ででも、サクヤはひさしぶりにミッケに会えてうれしかった。

「サクヤ着いたよ」

 お母さんがゆすって起こしてくれた。ぼんやりとしながら電車を出ると、外はすっかり様変わりしていた。

 サクヤの街はいろんな色があふれていたけど、ここは見渡すかぎりずっと若みどり色。

 人も全然いない。この駅に降りたのもお母さんと二人だけみたいだ。

 サクヤは息をいっぱい吸い込んだ。みどりのにおいがサクヤの体に溶け込んだ。

「着いたね! おなかすいたぁ」

「そうね、サクヤ駅前のうどん屋さん好きだったよね? そこに行く?」

「好きだったっけ? よく覚えてないな。でもそこにする」

「そっか。この前来たのはもう三年も前だもんね」

 二年生のときは風邪をひいて来られなかった。三年生のときは大好きなミッケが死んでしまって来る気になれなかった。だからサクヤがここに来るのは三年ぶりだった。

「この前来たときサクヤはもっとしゃべらなかったんだよ。大きくなったんだね」

「だからぼくもう四年生だよ」

 サクヤの家はお母さんも仕事をしていて、普段はあまり一緒にいられない。だから今日は本当いうとすごく楽しかった。腕に抱きついて甘えたかったけど、さすがにそれは恥ずかしいからやめた。

 駅員さんがいない改札を出ると、すぐ横にお母さんの言っていたうどん屋さんがあった。古いお店だった。

 百年前からあったんじゃないかな?

 サクヤはそんなことを考えた。

 みどりの風景もうどん屋さんも、一年生までは毎年来てたはずなのに、少しも覚えていなかった。だから全部が新鮮だった。

 うどんの味もやっぱり覚えていなかったけど、たしかにサクヤの好きな味だった。

「うどんおいしかった。来年もまた来ようね」

「そうだね。あ、そうだ、サクヤはあのうどん屋さんのおかげで、ネギが嫌いじゃなくなったんだよ」

「えっ? そうなの?」

「うん、そう」

 お母さんは懐かしそうにうなずいていた。

 お母さんの生まれた家は、そこからバスでまた一時間かかった。バスは三時間に一本しかなくて、サクヤの知ってるバスの、半分くらいの長さだった。ぶろんと音を立てて発車したバスは、お母さんと二人で貸しきりだった。

 目にうつる景色が全部新鮮で、バスの中では眠たくならなかった。

「畑と木ばっかりなのに、そんなに楽しい?」

 お母さんがそうきいたのは、窓の外を見るサクヤの目が、とてもきらきらしていたからだ。そういうふうに言われると、また子供扱いされた気がして少し恥ずかしかった。

「おかあさんだってきっと、初めていなかから出てきたときは楽しかったでしょ?」

 サクヤがきくと、お母さんは「そうね」と懐かしそうに笑った。

 お母さんの生まれた家に近付くと、上り坂が多くなって、畑はぐっと減った。変わりに木が多くなってくる。

 移動するのに四時間もかけて、ようやくサクヤはお母さんのいなかに着いた。

「すごい、大きい家だね!」

「そうね。向こうじゃ家は全部小さいよね。何でだろうね」

 サクヤは水色の自分の家を思い出した。おばあちゃんちはサクヤの家とおんなじ二階だてだけど、広さは三倍も四倍もある気がした。

「お母さんも知らないの?」

「さあ、どうかな」

 めずらしくお母さんがいじわるを言う。お母さんも少しはしゃいでいるみたいだ。

 サクヤがそんなことを考えていると、お母さんはガラス戸が開けっぱなしの玄関に入っていった。

「お母さん! 着いたよー」

 玄関でお母さんは大きい声で言った。お母さんのお母さん、サクヤのおばあちゃんを呼んだのだ。しばらくすると、ぱたぱた足音がして、おばあちゃんが迎えに来てくれた。

「遠いところお疲れさん。よく来たね。あれま、サクヤ君も大きくなったねぇ」

 サクヤのおばあちゃんは小さくって丸っこい。そしておばあちゃんなのに早口で、ぱたぱたとよく動き回る。

「さあさ、あがって。長旅で疲れたろ。今じいさんにも声かけてくるから、居間で座って待っとって」

 そう言ってすぐぱたぱた足音を立てて、おばあちゃんはろうかの奥に走っていった。

「じいさん、ミサとサクヤ君が来たよっ!」

 おばあちゃんの大声が聞こえる。

「ミ・サ・と・サ・ク・ヤ・君!」

 帽子とクツをぬいで居間に行くと、おばあちゃんよりももっと小さい大おばあちゃんがいた。大おばあちゃんはむらさきのざぶとんに正座して眠っている。サクヤとお母さんが来たのにも気付いてない。

「正座して寝るのってすごいね」

 サクヤはお母さんに背伸びをして耳打ちした。

「そうね。よく眠ってるみたいだから、このまま寝かせといてあげよう」

 お母さんは大おばあちゃんを笑顔で見つめながら言った。サクヤもそれに賛成だった。

 しばらく居間で待っていると、ぱたぱた足音が聞こえてきて、ふすまが開いて、おばあちゃんがお茶を持ってきてくれた。

「あんまいいお茶じゃないけどね。あれ、ひいばあちゃんは寝ちゃってたかい」

「そうみたいね。ミエは今日仕事なんだっけ?」

「そうそう、ミエね、昨日急に大阪に出張になったのよ」

「あらー、残念ね。まあミエはしょっちゅううちにも来てるからいいんだけど」

「もうミエもいい歳でしょ。早く仕事なんかやめて結婚しちまえばいいのに」

「今はそう単純でもないのよ。結婚したって稼がなきゃ」

「やなご時世だね」

 お母さんとおばあちゃんは二人でおしゃべりを始めた。ミエおばさんに会えないのは残念だけど、他はサクヤにとってあまり興味のない話だった。ひまだなと思い始めたとき、またふすまが開いた。

「サクヤ! ひさしぶりだなぁ、どれ、そんな大きくなっちまって。今何年生だ?」

 おじいちゃんだ。おじいちゃんは耳が遠いから、自分の声も大きかった。

「おじいちゃんひさしぶり。もう四年生だよ」

 サクヤが大きい声で答えると、おじいちゃんは目を大きくして笑ってくれた。

「おお、だいぶ元気に話すようになったな。ばあさんとお母さんの話聞いてたんじゃ退屈だったろ。おれの部屋で車見るか?」

 おじいちゃんは車の模型をいっぱい持ってるらしい。サクヤは車はそんなに好きじゃないけど、小さな模型は好きだった。ぱっと明るい顔でうなずくとすぐに立ち上がった。

「お母さん、ぼくおじいちゃんの部屋行ってくる」

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