ソーシャルゲーム第参話
定期的に訪れる災厄
もうすぐ冬が終わり春を迎える。
その頃、春に向け、彼は穏やかな日常を送っていたのではなく、寧ろ、情緒不安定と言った方が正しかった。
「テストォォォァァァァ」
スマホを触り、暇潰しをする僕の隣で彼の絶叫が聞こえる。まあ彼の絶叫が聞こえるのは日常茶飯事なのだが。
今、二月下旬、高校生にとっては年度最後の期末テストなわけだ。当然、勉強も必要になってくる。ソーシャルゲームのランクを気にしている彼は無駄に多くの問題を抱えていた。
「今経験値イベントくるなよぉぉぉぉぉ」
ソーシャルゲームでは時々、ゲーム内イベントが行われる。その内容はレアなキャラが貰えたりゲーム内アイテムが貰えたりと多種多様なのだが、彼がやっているゲームではダンジョンクリア時の経験値が増えるイベントがよく行われる。経験値が増えればランク上げも速くなる。
だが、ゲームの運営はプレイヤー個人の都合に合わせてくれるわけでもなく、無慈悲に唐突に開始しては即座に終えていく。ランクを気にしている彼にとっては一大イベントなのだが、今の彼には悠長にゲームをプレイしている暇はない。
現級留置、所謂留年というものがかかっている。
留年とは縁のない人が多いだろう。だが彼には一学期と二学期サボったつけがまわってくる。彼と僕が通う学校では三つの学期の平均点数が三十を下回る、つまり赤点となると留年の危機に晒される。
苦手な国語を一学期も二学期も放っておいた彼が悪いのだろうが少し気の毒になってくる。
「ていうか、何で今イベントきたら駄目なの?」
彼からすれば愚問かもしれないが、スマホから顔を上げ、隣で鬼の形相で文法書に目を光らせる彼に少し面白がって尋ねてみた。
「あいつにランク抜かれるぅぅぅぅ」
――あいつ、か。
恐らくは彼との対話で度々出てくるSNSを通じて繋がった友達のことだろう。僕も少しくらいはSNSをするので、一度彼がその人と話していたのを見たことがある。
――すごい会話だった、うん。特筆しないがすごい会話だった。
以前見たことを思い出しながら考える。
「別に抜かれてもよくない?」
「今ちょっとの差でギリギリ勝っとんやん。抜かれたらあいつ調子に乗るし年下のくせに」
少し趣旨のずれた返答が返ってくる。
要するに彼の意味のない謎のプライドとイベントに乗り遅れて時代遅れになる感じが嫌なのだろう。
留年したときの方が下級生に混ざることになり嫌なのでは? と言おうとしたが、またわかりあえない押し問答が続くだけだろう。まあ彼も流石に留年まではない、と、思いたい、が……
これ以上彼の勉強の邪魔はしないようにし、口をつぐむ。
そして、スマホへと目を落とした。
勉強を邪魔しまいと一度は口をつぐんだ。だが、スマホを見た瞬間、どうしても言いたいことができてしまった。
「なあ」
「何? 今勉強しとんやっ……」
彼の文句を遮り、無慈悲な報告をした。
「五周年イベントだって」
「あっ……」
それは彼の最後の言葉だった。