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ソーシャルゲーム第弐話


二端は基本ですから


最近、彼の口癖が一つ増えた。元々、彼はハマったことや面白いと思ったことをCDプレイヤーのリピート再生のように言い続ける癖があり、口癖なんてものは一週間にいくつ増えているか数えれたものではない。

今は朝の通学中。電車通学なのだがそこそこの田舎なので朝といえど電車が特筆して混み合っていることは滅多にない。

そこで彼は″ランク上げ″をしながら一言、語尾を丁寧語にして話しかけてきた。

「電車でのニタンハキホンですよね」

――は?

いつも通り耳にイヤホンぶっさして黙ってランク上げしてろ、と言いたいところだがなにせ言っていることが理解できない。

まあかくいう僕も特にすることもなかったので聞いてやることにする。

「は?」

「いや、だから。今時ニタンが常識なんやで」

――もういい、面倒になってきた。黙れ。

そう言いたいところだが開けてしまったパンドラの箱は閉じることができない。タブーに触れてしまった数秒前の自分を恨みたい。

彼には同じことを何回か言う癖がある。そのことを肌で感じながらキャラが濃いなと思う。まあそれが彼の長所でもあるんだが。

なるべく早く終わらせたかったので、話が円滑(えんかつ)に進むようにもう少し丁寧に聞く。

「ニタンって?」

「ニタンはニタン」

――もういいっすか?

彼はおしゃべりで、話していて退屈になるわけでもない。これだけ聞けば誰もが「良き友ではないか」と思うだろう。だが、彼には明白な欠点があった。そう、語彙力がない。

「もっと他の言葉使って……」

「えっと、あー、その、あれよあれ」

――年寄りか!

いつもならこのあたりで僕が察して「はいはい、○○ね」と答えるのだが、今日に限っては彼はまだニタンしか喋ってない。本人も自分が何をしているのか十分に理解していないのか、″ランク上げ″の話になると突然語彙力が二段階ほど低下する。以前、彼がSNSで「(小並感)」と書いていたそれはまんざらでもないようだ。

「えっとな、端末を共有して一つのデータで二つのスマホからできるようになるから……」

やっとわかった、ニタンが暗号でも隠語でも彼の血迷いでもなく二端末、略して二端であると。

「わかったわかった。で、そのランクが上がるのが二倍の速さになると?」

「ちゃうってや」

彼は少し顔をしかめて言った。

もう大阪のおばちゃんと喋っている気分だ。

「じゃあなんなの?」

明らかに棒読みになっているのを自覚しつつ聞く。

「片っ方でダンジョン入ってるときはもう片っ方では入れへんのや」

簡単に言うとどちらかしかプレイできないと。だが彼はダンジョンに入ると言った。敵と戦うことだろう、なら、ゲームのキャラやアイテムなどは見たり整理したりできるのだろう。

言いたいことが見えてきた。ならどちらかしかプレイできないという見解は改めなければ話についていけない。

どちらかでしかできないのなら二端末プレイには一切の価値がない。だが、そこに有用性を見いだすのは……

「キャラの整理?」

「そーそー」

向こうも話すのに飽きがきてしまったようだ。

ダンジョンで仲間になったキャラも大量に出る。それを整理する時間さえ惜しいのだろう。ランク上げの周回だの時速だのというくらいなら一分一秒を争っているのだろう。以前、キャラの特殊能力の話でそのようなことを言っていた。本来ゲームを楽しむ上でプラスの能力も周回ではそれが必要にならない限りコンマ数秒のロスになるのだと。

まあ僕には微塵も理解できないのだが。

「二端ね、わかったわかった」

最後にそう答えると彼はもう一度繰り返した。

「電車での二端は基本ですよ」

僕には理解できない崇高な意見をかざした彼はまだランク上げを続けている。だが悲しいことに、彼の手の内には端末が一つしかなかった。

片手にカイロを握っていたので、「端末の代わり?」と(あお)ろうかと思ったがもう話を伸ばすのは()()りだ。

黙って車窓を(なが)めていると彼がまた口を開いた。

「うわ、ブログ見たい~……」

どうやら好きなアイドルのブログが更新されたようで、その知らせが彼のスマホの画面上部を通り過ぎた。

仮に二端末あっても両方ゲームに使わないだろという無粋な憶測はやめておこう。禁忌に触れかねない。

彼は最後にまた言った。

「二端は基本ですよね」

――口癖なら仕方ないか。

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