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惜しむように手を伸ばして 《1000字》



納豆を一粒箸でつまむと、離れることは耐えがたいというように糸を引く。ケーキをナイフで切れば、無念であることを示すようにその刃にクリームやスポンジをつける。つるりとしたとした紙を引き裂くと、別れを惜しむように繊維が手を伸ばしあう。あのさらりとした水でさえ、遮られると涙を流すようにぽたりぽたりと雫を落とす。

この世にあるものは、別れを突き付けられたとき多少なりとも感慨を抱き、惜しむように手を伸ばすものだ。


それに比べて僕らはどうなんだろうか。



「それは君が私になんの未練も感慨も抱いてないってこと?」

「うん、そうだね。ただ未練っていう言い方は少し違うかもしれない。それじゃあまるで恋人か何かだったみたいだ。」



僕と彼女は、正しく関係を表す言葉をお互いに持っていない。幼馴染ではない。クラスメイトではない。恋人ではない。部活の仲間ではない。友達でなければ血縁者でもない。

それでも赤の他人以上の関係である僕らは、日々のんべんだらりとこの屋上でとりとめもない話をする。



「明日も僕は屋上に来る。それは君が屋上に来なくても変わらない未来だ。」

「そうね。きっと君が屋上に来なくても、私は屋上に来るわ。」

「君が来ないからと言って、僕は何も思わない。」

「そうね。ただ来てないと認識するだけね。」

「うん。今まで二人だったのが一人になった。たぶんただそれだけなんだろうね。」



僕らのするとりとめのない話は、何の役にも立たない。本当は話し相手すら必要のない、独り言ですら構わない話。誰でも良いどころか、誰も居なくても良い。



「それで、突然そんな当然のことを言いだした君は、いったい何になりたいの?」

「うん、そうだね。味気ないと思ってね。」

「味がないってことも味の一つじゃなくて?」

「その味でさえも、存在するために分子同士で手を繋いでいるんだ。」

「あら、君は私と手を繋ぎたいの?」

「いや、そういうわけじゃないよ。」



何といえばいいのだろうか。ひねくれ者同士の会話は酷く迂遠で、言葉遊びばかりだ。



「ただね、僕は今まで一度だって君を引き留めようとは思ってなかった。でも今は思うんだ。」

「私を引き留めるための口説き文句が見つかったの?」

「引き留めないよ。でもね、離れる時が来たら、僕は手を伸ばしたいんだ。だから君も手を伸ばしてくれるかい。」



すこしだけキョトンとした彼女は、柵の向こうでくすくすと笑った。

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