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毬を飼う

キラキラ光る。クルクル変わる。私と姉はそんな毬に夢中だった。



「姉ちゃん、次貸して!」

「いいよー。」



ポイ、と投げてよこす間にも、毬はクルクルと万華鏡のようにその色を変えた。


つい最近発売されたばかりの『彩毬』。光にあてたり、投げたりすると、表面の柄がザア、と変わるのだ。今子供たちの中で大流行し、持っているのが一種のステータスになってる。現に小学校のクラスの半分くらいが持っているんじゃないだろうか。


とても私のお小遣いじゃ買えなかったけど、姉と相談して二人で一つを買うことにした。なけなしのお小遣いとためておいたお年玉を握りしめ、一緒にペットショップに行った。

店員さんに『彩毬』が欲しいと言うとニコニコしながら奥へと案内された。

『彩毬』のコーナーはまるで夢の中のようで、姉と二人、買いに来たことも忘れ茫然としていた。キラキラと色とりどりに輝く毬。赤、黄、青、緑。窓際に置かれた毬は緩やかに模様を変えていた。

唖然としている私たちに、店員さんは慣れているように一つ手に毬を持ち、ポイ、と真上へ投げた。つられて真上を向くとクルクルと回りながら桃色の花柄から黄色の星柄に変わる。華やかなそれに目がちかちかとした。

姉と二人でいくつか手に取っては投げてみたり、息を吹きかけてみたりして、色や柄をじっくり見て、飼う毬を決めた。


「お兄さん、この赤い色になる毬ください。」


本当は七色に変わる毬が欲しかったけど、私たちのお小遣いとお年玉を合わせても手が届かなかった。

お金を渡して、箱に入れられた彩毬を受け取る。


「お嬢ちゃんたち、彩毬の飼育は簡単だよ。日の出てる日は日向ぼっこをさせてあげること、毎日霧吹きで水を上げること。それから週に一度は藻の生えた池に連れていくこと。いいね?」


毬を抱いて頷く。都会の子たちは彩毬のために藻のはった水槽を用意したりするけど、私たちの地域ではいらない。学校の裏にあるため池。そこならたくさん藻が生えているから、彩毬にとって良い餌になるだろう。ふたを開けてそうっと毬の表面を撫でるとさざ波のように黄から桃色に変わる。ずるい、と言うように姉はふう、と息を吹きかけた。模様が揺れる。



「大事にしてあげてね。それから、いいかいお嬢ちゃんたち。」

「なあに?」

「決してこの毬を割ってはいけないよ。」

「ふふ、もちろん。それくらい知ってるわ。」



毬を割ってしまえば、毬の中に住む光虫が逃げてしまう。


ぽん、ぽん、と太陽に向けて毬を投げる。万華鏡のように色を、模様を変えた。

この世にある光、それは太陽の光、電気による光、それから光虫の光だ。

私が生まれる前までは、電気による光が一番多く使われていたらしい。今では光虫が使われている街灯も、携帯電話も、昔は全部電気だったらしい。そんなにたくさんの電気をいったいどこから調達してきたのか不思議だ。光虫はたくさんいていくらでも使うことができる。

光虫は宇宙から来た。流星群が降り注いだとき、光虫も一緒に来た。だから光虫は星と同じようにいろんな色に光ることができる。先生はそう言ってた。

最初は虫が宇宙で生きられるわけないと思っていたけど、少しの水、少しの光で生きていられると知ってからは、それももしかしたら本当なのかもしれないと思い始めた。光虫の詰められたこの毬は、少しの水、少しの光、少しの草を必要とする。でも光虫は必ずしもこれを必要とするわけではない。街灯の光虫は雨が降ったときしか水を飲めないし、餌だって空中を舞う黴や苔を食べてると言う。携帯電話は、人の皮膚から出る微量の汗から水分を取るし、餌は指や手の皮膚や垢を食べて生きる。

たぶん光虫たちは雑食なんだと思う。なんでも食べる。もしかしたらこの毬にドーナツを近づけたらペロリと食べてしまうかもしれない。ポン、ポンと投げる。クルリクルリと模様を変えた。


それは突然だった。

大きく地面が揺れ、窓ガラスが割れ、コンクリートにひびが入った。

地震だ、と思う間もなく反射的にしゃがみ込む。そのとき、彩毬が手から飛び出しポンポンと転がって行った。



「待って!!」



慌ててそれを追おうとした。ぐらりと電信柱が、まるで棒切れが倒れるみたいにひびの入ったコンクリ―トに叩きつけられた。そして運悪く、彩毬は電信柱の下敷きにされた。パシュ、と小さな音を立てて、彩毬はしぼんでしまった。揺れが収まって、おそるおそる立ち上がり、彩毬のあったところまで走る。でもそこにあったのは赤でも黄でもない、透明の潰れた毬だった。



「光虫……逃げちゃったのかな。」



大騒ぎになって逃げまどう人の中、私は光虫に置いて行かれた毬を手に茫然としていた。

道にある街灯のほとんどが光虫でできていたが、地震のせいで壊れてしまい、ことごと光虫に逃げられてしまっていた。

それでも、街が暗くなることはなかった。私たちはどれほどの光虫を普段から使っていたのだろうか。どれほど飼っていたのだろうか。それなのに、私たちは光虫という性物のことをどこまで知っていたのだろうか。


何もかもを飲み込む色とりどりの光、光、光。

入れ物を飛び出し自由になった光虫たち。


彼らの食べるものがなくなるまで、世界に夜が来ることはない。


潰れてしまった毬の残骸は、無知で想像力の足りなかった私たちそのものだった。

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