匣 【贈り物】 《2000字》
私は一人、頭を抱えていた。
見慣れたテーブルの上には正方形の黒光りする箱がおかれている。
悩みの種たる箱は数分前に我が家を訪れたのだ。
「宅急便です!こちら、受け取り書にサインお願いできますか?」
「はい、ありがとございます。お疲れさまです。」
爽やかな宅配のお兄さんから渡された段ボールには実家の住所、それから母の名前が書かれていた。なにか荷物を送ると言った連絡は受けていないが、家でできすぎた野菜か何かなのだろう。そう思い、貼られたガムテープをベリリと引っぺがした。
開けた段ボールから姿を見せたのは、そう、異様な雰囲気を纏わせた黒い箱であった。
「何、これ。」
黒い箱。見覚えのない怪しげなそれ。母が送ってきたとは思えない。しかし段ボールを見返すもそこには母の名前がある。
ひとまず、揺らさないよう慎重にそれを段ボールから取り出す。箱は三十センチ角の立方体。軽すぎず、重すぎない。箱の素材はさわった限り紙や金属ではない。つるりとした表面には開けられそうな部分はない。外から開けられることなど想定もしないような、黒い立方体。おそるおそる、揺らしてみる。何の音もしない。手で軽く叩いてみると、中に空間があるのがわかった。
ふと、昔どこかで読んだホラー小説を思い出す。その話ではたしか箱の中にバラバラにした人の死体が詰められていた。それはフィクションであり、私にはまさか人間の死体を送ってくるような知り合いはいない。
鼻を箱に近づけて匂いを嗅ぐ。血の臭いや腐臭などはしない。どうもスプラッタなものが入っている訳ではないらしい。安堵する。もっとも、密閉されていたら匂いもしないだろうが、そういう最悪の事態は極力考えたくない。
確認のため母に電話をしてみるが、呼び出し音が続き、留守電に切り替わった。ため息をつき受話器を置く。母の名前が書かれているが、なんの連絡もなく突然中身のわからない物を送ってくるようなことはしない人だと、私は思っている。だが聞けないのならどうしようもない。
テーブルの上で圧倒的な存在感を放つ黒い箱。ここは私の部屋だと言うのにひどく居心地が悪く、招かれざる贈り物に自分のテリトリーを侵された気分だ。
贈り物とは誰かのためにあるものだと私は思っている。それは相手の心に作用を及ぼそうとするもので、必ずしも、良い影響だけを想定したものではないとも。感謝は祝いの贈り物のほかに、相手の不信感を煽ったり、恐怖を抱かせるものも、その両方が当てはまる。
私には、この送り主不詳の贈り物に、マイナスの感情を抱いた。
箱の中身はわからない。だがその中にこの上ない不快感がつまっていることは確信できる。きっとこれは、ろくでもない何かだ。そうでなければこんなにもただの箱を警戒することはないだろう。
圧倒的な警戒心と不信感。この得体の知れない物をいかに処分するかという思考に切り替わった。これは何ゴミに入るのだろうか。少なくとも可燃物ではない。出すならば壊すごみの日だろう。壁に掛けてあるゴミ出し表を確認した。
だがしかし、もしこれが凄まじい危険物であったらどうしようか。例えば、火に近づければ発火する、とか無理に壊そうとすると爆発する、とか。そうなると不用意にゴミに出すのは申し訳ない。
はてどうしたものか、と首を傾げる。じいと黒い箱を見つめていると、今までとは違った感情が生まれ始めた。
どう処分するか、どう手放すか、それよりも何が入っているのか、それが気になりだしてしまった。気味が悪くて恐ろしげなものは、気づけば激しく好奇心をくすぐるものとなっていた。つるりとした箱を撫でる。
恐怖の匣は不思議な匣に姿を変えていたのだ。
箱が我が家を訪れて数時間、それが私の我慢の限界であった。
この箱の前で時間を浪費してもしょうがない、そうつぶやきながら黒い箱に指を掛ける。
「あっ、」
蓋を開けようとしたまさにその時、ミシリ、そんな音を立てて箱に切れ目が入った。
私の戸惑いなど知らぬように、箱にはみるみるひびが入ってくる。
多大な警戒心と耐え難い好奇心を抱えたまま、私は高鳴る胸を押さえて箱の中身が姿を現すのを、ただただ見つめていた。