SIDE A
この家の住人は無精者だ。
てきとうで、いいかげんで、学習能力もない。
「あぁ! もう、また、しわくちゃに干して!」
「ちゃんと隅まで掃除してよ! ほこりが残ってるじゃない!」
「お茶碗にご飯つぶついてる……」
住人が出掛けたあと、彼がてきとうに済ませた家事の後始末をするのが僕らの仕事だ。
――いや、正確には“仕事”ではない。
彼は僕らにそんなこと頼んでないし、そもそも彼は僕らの存在を知らない。
僕らは小人だ。
何十年も前から、この家の床下で暮らしている。
もちろん許可なんて取らずに勝手に住みついているだけだ。
人間たちは僕らの存在を知らない。知られてはいけない。
“存在を知られたら住処を変えなくてはいけない”
それが僕たち小人が生きていくためのルールだ。
だから僕らは彼がいるときは絶対に床下から出ない。
息をひそめ、音を立てないように注意する。
食べものを探しに行くのも彼が出ていってからだ。
――そう。本当は僕らは食べものを探しに床下から出てきているはずなのだ。
それなのに。
「今度はシャツ? うわー、おっきいなぁ……」
「……やっときれいになった……。次はあっちね」
「うーん……とれないなぁ……」
出たときに、しわが伸びていない洗濯物や、部屋のほこりや、汚れの落ちきっていないお皿などを見つけると、どうしても手を出してしまう。
これは小人の性と言ってもいい。気になって気になって仕方ないのだ。
僕らは人間より体がずっと小さい。
自分の体の何倍もある服を伸ばしたり、お皿を洗ったりするのはとても大変で、何時間もかかってしまう。
気づいたら日が暮れているなんてこともよくあって、そうすると僕らは床下に帰らなくてはいけない。夜は危険がいっぱいだ。
今日も食べものを探しに行けなかった。
がっかりしながら昨日の残りものをかじっていると、この家の住人が帰ってきた。
「……あぁ、今日もよく乾いているな」
僕らが頑張ってしわを伸ばした洗濯物を見て、住人はそんなことを言う。
気楽なもんだ。僕らが手を出さなかったら、それはしわくちゃなままだというのに。
住人は僕らがそのせいで食べものを探しに行けなかったなんて考えもせず、自分の食事の準備を始めた。
「――あ、しまったなぁ。また作りすぎた」
しばらくして聞こえてきた声に僕らは呆れかえる。
ここの住人が作りすぎたり買いすぎたりするのはいつものことで、数年前に亡くなったおじいさんもそうだったから、きっとそういう血筋なんだろう。
「仕方ない。また、お供えするか」
住人が作りすぎた煮物を持って庭に出た。
庭には以前住んでいたおじいさんが建てたお地蔵さまがいる。社に入った、立派なものだ。
そのお地蔵さまの前に皿を置き、住人は手を合わせた。
その様子を、僕らはこっそりと床下から覗いていた。
そして、住人が家に戻ったことを確認し、皿の上の煮物を回収する。
お地蔵さまには悪いが、どうせお地蔵さまには食べられない。
ここの住人のせいで食べものを探しに行けなかったのだ。このくらいもらっても、バチはあたらないだろう。
いちおう「ごめんなさい」とお地蔵さまにあやまって、僕らは床下に戻った。
こうして食べものにありつけるから、僕らは呆れながらも住人のうっかりを嬉しく思う。
彼が頻繁に食べものをお供えしてくれるから、みんな、ぶつぶつ言いながらも「他の家に行こう」とは言わない。
なにしろこの家は、食べものの心配さえなければ、とても安心して暮らせるのだ。
ここの住人は、てきとうでいいかげんで学習能力もないから、洗濯物のしわが伸びていたり、部屋やお皿がきれいになっていたり、お供えものが知らないうちに消えているなんて些細なことを気にしない。
僕らがうっかり大きな音を立ててしまっても、「ネズミかな?」の一言で終わる。
人間に気づかれることをもっとも恐れる僕たちにとって、それはとてもありがたいことだ。
だから僕らはここに住む。
てきとうでいいかげんで学習能力もない、どうしようもない住人にぶつぶつ文句を言いながら。
たまに、思う。
僕らが手を出すから、彼はいつまでたっても成長しないんじゃないか?
しかし僕らは――
「あぁ、もう! またしわくちゃだよ!」
「だから四角い部屋を丸く掃除しないでって!」
「またご飯つぶが……」
そう言いながら、手を出さずにはいられない。
そして彼は――
「……あぁ、今日もよく乾いているな」
今日も気楽な台詞を口にする。
そして作りすぎた料理をお供えする。
決して知られてはならない同居生活。
僕らはこの生活が続くことを祈ってる。