モリの話。珍獣に出会うまで。
ムーンに投稿したモリ視点を持ってきました。
文体も変形して、今までのほんわかが壊れる可能性大です。
モリのイメージ崩れます。
グロあり、残酷描写ありです。
それでも良いよと言う方、どうぞ。
一番最初の記憶、ヌメリのあるものが身体中に張り付いた感触で動きづらいなと思った。
直後、全身が弾け飛ぶのではないかと思うほどの痛みが襲い、身体の内側に力が渦巻く。
目を開けて見ると、汚れた半透明の膜が張ったようにボヤけていて、前には6人程の人影、後ろを振り向くと脚を広げたまま絶命している元生物らしきもの。
内側にある4種の力が反発・衝突し合い、全身に激痛が駆け巡り、のたうち回っていると自然と膜は外れ視界が鮮明になる。更に、肺に満たされた何かせり上がって、咳をして吐き出される。
呼吸が苦しい。
吸気と共に、感じる臭い。
ここはどこだ?
これは何だ?
「ぁ……あ……ぁあああああーーー!」
唐突に理解する世界。
自分の存在。
あぁ、そうか。自分は造られたんだ……――。
「おい! 成功か?」
「分からん。五感は正常のようだが……」
「とりあえず保温器に入れる。生きてくれよ。お前に俺の出世がかかってるからな~、頼むよ化物」
化物?
聞こえてくる自分以外の声。身体に張り付く体液を雑に拭かれ、保温器に入れられる。
「気持ち悪ぃな。狼の耳に蛇の肌、虎か猫か鋭い前足の爪……しかも眼は紫の忌避色かよ。正に呪われたって感じだな」
「ある意味成功だろ。文献にあった通り、混ざるとはな。大量生産出来れば、我が国も力を持てる」
「出来ればな。ここまで来るのに何体駄目にしたよ?獣人は幾らでもいるが、人間の奴隷は手に入りにくくあるぞ? 出産まで漕ぎ着けたのは、56体目だ割りに合わんだろ」
「あーっ! クソ! 法則さえ分かればなぁ」
「ま、こっからは古い文献で、先駆者様がしたヘマにしないよう育てれば研究費も入るだろう」
さっきまで自分の容れ物だったものが片付けられていくのを見ていた。
恐らくこの知識と理解力は、種を提供させられた物達のだろう。
……――つまらない。
そこから身体の激痛に苛まれつつ、6人の魔術研究員に育てられた。
そこで洗脳しようと教えられる人間至上主義、自分は道具だと言うことを徹底的に叩き込まれる。
隷属契約も、言葉より重い血の契約を結ばされる。
夜に研究室を抜け出し、目につく部屋に入り資料や記録を記憶した。
200年前にも似た研究がされたようで、対象に情が湧き研究を関わる他の人間ごと潰して、一緒に逃げた人間がいたようだった。
対象は3種の複合種のモリ。
人間は雌のサルース。
なるほど。だから前回の失敗を踏まえて、研究員は同性で、感情や情緒を一切無視した教育方針か。
つまらないからいつか出ようと決めたが、まだ知識も身体も充分ではない。機会を伺う事にする。
自分の能力を隠して、研究員に育てられる日々。
貪欲に知識を吸収し、力も4種の内2種まで抑えられるようになった。蛇と虎が手強い。
獣の部分が強いのか、身体は1年でほぼ成獣と同じになった自分は、騎士団との戦闘訓練が始まり、鬱憤晴らしの格好の餌食となった。痛みに耐える訓練にもなるし、命令されれば何でもしてみた。命令を聞いているのが一番楽だ。
この時くらいから、男相手に房事を仕込まれた。
そうすると、夜は知識を集めに行けなくなったし、困った事も起きる。
睡眠を取る時間がない。獸の部分も10時間以上の睡眠、内包しているこの身体も睡眠が必要。だから7日程で倒れた。3日に1回の睡眠の命令が下る。
それからは、昼は訓練と身体検査、夜は房事か睡眠と、もう1年経ち2歳になる。
完全に自分の力を抑えられるようになった。この頃から、獣人狩りと人間同士の戦、獣人との戦に駆り出されるようになり、自分と同じ製法で、少しずつ類似する物が生産されるようになった。
5体ほどになった類似する物は、自分を恐れ噛み付いてくる物もいるが、どうでもいい。
夜間抜け出し記録を見ると、常時人間と獣人200人ずつストックされ生産しているが、成功率は低いようだ。
戦闘か狩りをする毎日を過ごし、もう1年。3歳になると、事態は変わった。
獣人の怒りを買いすぎたこの国は、滅ぼされる。製造された複合種は保護されるが、自分の他にはあと1体だけになっていた。
この時、振り返って滅ぼされた国を見た。
怒りを見つけた。
忍び込んだ王宮図書館で読んだ感情。
その1つがあちこちに見て取れる。憤怒、恨み、憎悪、激憤。これがそうかと理解した。
パキンッ!
突如、身体の中の何かが解放された感覚がある。
隷属が切れた。どうやら契約者が誰かに殺されたと分かる。名のない自分らが、結ばされた血の契約。
言葉で縛るよりより強力。
呼吸も感情すらも縛る、全てに置いて命令が必要となるもの。
途端に襲われる脱力感。
自分は何だ? 身体が震える。心も脱力する。
後で気付いたが、この時襲われた感覚は不安と恐怖だった。
ずっと縛っていたものをいつの間にか自分は支えとして立っていた。
支えであるものを無くし、自分の全てが剥き出しになった感覚だった。
救出してくれた獣人達は、優しかった。
ある程度受け入れてくれてくれたが、自分は異質。何種も混ざった化け物には、畏れがあるようで、見守るというよりは、関わりたくないという空気が常にあった。元々、獣人は個人主義が多い。
住む場所や食糧を与えられたけど、それだけだ。
誰も、自分に何をすべきか教えてくれず、与えてくれなかった。
ずっと不安と恐怖が付きまとう。
全てが恐くて恐くて堪らない。
ずっとビクビクして過ごしていた。
そんな時、あのモリに会った。
同じ生産所で作られて、200年前人間の雌と逃げたモリ。
高齢のモリは寝床から自力で起き上がれず、自分は、世話役を与えられた。何をすべきか分からなかった自分は、やっと得た役割に没頭した。
傍目には熱心に世話をしているように見えたが、自分は、唯一与えられた役割に縋っているだけ。
モリは、常に穏やかだった。
共に過ごしたサルースは、既に寿命で亡くなっていて、自分と同じ様に支えを無くしたのにも関わらず。
同じ複合種なのに、この違いに戸惑った。
ある日聞いてみた。
「何故?」
「ん?」
「何故、アンタは死を待つばかりの複合種なのに、そんなに穏やかでいられるんだ?」
「ふむ。名は?」
「ない」
「では、ナイ。僕は、唯一を知ったからだよ」
「…………。唯一?」
「サルースという唯一を」
「もう無いだろう」
「あるよ。ずっとここに」
モリは頭を指さす。ボケたんだと思った。
「記憶に、彼女の匂い、声、体温、姿。全て残ってる。そして、最後の約束があるから」
「約束?」
「ウフフ。とても可愛い約束」
「それは?」
「彼女は僕が寿命を全うしたら、迎えに来てくれるんだって。だから、死は怖くない」
「来ないだろう?」
「分からないよ? 僕は来ると思うんだよねぇ」
「来ない」
「フフ。彼女のことだから、遅刻はしそうだね」
自分には何もない。
この時、妬み、羨望を覚えた。
自分にろくな感情を与えないモリなのに、何故か離れられなかった。
聞かされるサルースとの思い出。
殆どイライラしたけど、語られる世界を自分に置き換えると、何故か恐怖や不安が少なくなって、後でやっぱり自分には何も無い事が、鮮明に浮き彫りにされて、余計恐怖した。
話を聞くだけで、恐怖や不安が薄くなるなら自分も欲しい。
「自分もサルースが欲しい。どこに行けばある?」
「ん? ん~、僕のサルースは僕のだけのだからあげないけど、探すしか無いんじゃないかな?」
「どこを?」
「それは分からないよ」
役に立たないジジイだ。
自分は、サルースを探した。
積極的に他者と関わる。が、複合種と分かると恐怖し避けられる。サルースは見付からなかった。
ある日、モリに呼ばれて面会に行く。
見たら分かった。もう死ぬのだと。
「やあ、ナイ」
「アンタのせいで、自分はナイと呼ばれるようになった」
「フフ、それは申し訳なかったねぇ。じゃあ、名をプレゼントしようか? 僕にはもうあげられるものがソレくらいしかないから」
「アンタの名前がいい」
「僕の?」
「アンタはその名前でサルースを見付けたんだろう? だから自分も、その名前がいい」
「ウフフ。いいよ。君は今から【モリ(死)】だ。結構、縁起悪い名前だけどねぇ。本当に良いの?」
「あぁ。アンタのサルースが、間違えて自分を迎えに来ても文句言うなよ」
「言うようになったね。必ず見付かるよ、君の【サルース(救い)】。僕は僕のサルースと君を見てるよ。……あぁ彼女が迎えに来る。……僕は幸せだ」
モリは死んだ。
最後の最後まで、自分を苛立たせるジジイ。
羨ましい、幸せそうな顔だった。
自分は、モリになった。
モリになれば見付けられる。
だから彼がやっていたことを引き継いだ。
人間の計画を潰す事。
この頃、自分と同じように造られたトートが参加していたが、アレはただ殺すのが好きなようで、理解出来ない生き物だ。
名を貰ったからか、不安や恐怖は少し薄れたがその分欲求が強くなった。
サルースが欲しい。
僕にも逝ってしまったモリに与えられたサルースを下さい。
暫くは、人間の計画を潰したり潜入捜査をしていた。組織は、半獣が主だ。人間相手には丁度いい。名さえ取られなければ腕輪は効かないし、訓練次第で最高の殺人鬼になる。洗脳を解くのは面倒だったがそれは僕の仕事じゃない。
先代のモリのサルースは人間。
だから人間の中で探してたから、とても都合のいい仕事だ。
邪魔する者と対象を排除していたら、手口は残虐非道でいつの間にか人間を一番憎んでいるとされていた。
違うのに。人間にはネクロマンシーがいるから、徹底的に潰さないと、しつこく蘇ってくるからだ。
獣人は、死にも死体にも敬意を払う。
殺したら、必要以上壊さない。
獣人は死ぬと森や大地に浄化され、世界の一部となりまた生まれてくる。
人間は、少し違う変なもの崇めてるけど。
そんなんだから、世界の一部にもなりにくい人間は蘇りやすい。禁忌らしいけど。
ちゃんと殺したのに、4回くらい会った事あるどこかの将軍には、流石に同情というものを覚えた。
まぁ、蘇らせようとするのは人間だけだけど。
僕はどっちなんだろう?
人間混ざってるけど。
先代のモリには迎えが来た?
迷わず逝ったのかな?
迎えに来たのも人間だから、浄化されずその辺にいるのかもなぁ。見てるって言ってたし。
それはそれは……イラつくなぁ。
僕はずっとサルースを見付けられない。
人間の国への潜入で、結構上まで食い込んだ。
紫眼のまま潜入してたから、出てくる出てくる雑魚共が。そっと殺したり、ちゃんと失脚させたり、罠に嵌めたりしてて、楽しいという感情を覚えた。
そんな事してたら、近衛隊長とかになってた。
人間の雌が大量に湧き出てきたが、モリに名を貰った時にも及ばない。サルースはいない。
僕とヤってても、紫眼は直視出来ないみたい。
根性はあるよね。
そんな時、見つけた。
僕のサルース。
召還されてきた異界人のミト。
人間ではあり得ない何物にも染まらない黒を持つ人。
彼女は僕の紫眼を綺麗と言ってくれた。
嬉しいという事を覚えた。
きっと僕のサルースだ。
近衛隊長とかいう位置も、彼女の側にいつもいられたから何でもした。
彼女は、僕の目を見ていつも言う。
「とても綺麗な色よ? 皆、貴方が優秀だから、妬んでそんな事言ってるの。気にしないで? どんな色だってどんな姿だって貴方は貴方よ。強くて、優しくて素晴らしい人だわ」
彼女の側はぬるま湯の様で、不安や恐怖もほぼ消えた。これが、先代の言う幸せなんだ。
だけど、僕にとっての唯一は、彼女にとっては唯一じゃなかった。
けど、側にいられればいいから、何でも言うことを聞いた。
命令される事は楽だから。僕はまた支えを手に入れた気がした。
隷属とそう変わらないから、奴隷契約を結んで欲しかった。希望したけど、どうやら奴隷には抵抗があるようで。
「近衛騎士のナイを奴隷にしたら、責められちゃうわ。そんな事出来ないけど、私は、貴女の【サルース(救い)】だから、必ず守ってくれるでしょう? ずっと私の側にいてね? 私、契約しなくても側にいてくれるナイが、だぁい好きよ」
残念。人間の国で真名は明かせないから、契約して僕の名を呼んで欲しかったのに。
彼女は僕をナイと呼び、僕に語る台詞と似た言葉をどこにでも吐いていた。
それでも構わない。側にさえいられれば。
きっとあのモリのように、幸せに死んでいける。
やがて、彼女は獣人を殺し始める。
人間の洗脳という教育に染まっていった彼女は、獣人は、他種族は悪だと教えられ、存在を拒否し、殺した。
「魔法1つで何十もの獣人がって、ゲームみたい。実感無いわぁ……良いよね? 悪なんだし」
強力な力を持ち、人間の進行の妨げとなる獣人を殺す彼女は聖女とされていく。
誰にでも優しくて、生き物を殺すことに躊躇っていた彼女は、獣人を殺し、王太子の婚約者を僕に殺させ、王太子妃になった。
彼女は、今度は人間を殺し始めた。スラムと言われる場所の子供を見捨て、老人を女を周囲で煩く言う者達を。
「ねえ聞いて! 今日は300匹以上倒したのよ! 新記録よ! 王太子が怪我して今日は、夜空いてるの。興奮して眠れそうにないから、……ご褒美頂戴?」
「いくらでも。僕のサルース」
楽しそうに殺した数を報告してくる彼女に、寝所でも奉仕する。
側にいるためには最高の快楽を彼女に。
彼女の命令は、契約していなくても絶対だ。
僕のサルースだから。
彼女を抱きながら、名をくれた先代には見られたくないなと、ふと思った。
その日もいつもの通り、寝所で奉仕をする。情欲にまみれ妖艶に腰をくねらせる彼女は、何故か美しくない。
でも側にいられなくなるから、抱かなくては。
気を抜いていたら間抜けにも、人間にしてやられた。情事中に、他の騎士と王太子が駆け込んで来て、僕と彼女を引き剥がし捕まえる。
「きっさまぁ! 何をしている?! 捕らえろ!」
「えっ?! きゃぁあ! なにっ?」
「ミト! これはどういう事だ!」
「で、殿下ぁ、私、ナイに無理矢理っ!」
それでは駄目だ、ミト。
王族の女は、王族の夫以外のものを例え無理矢理だとしても、1度でも銜え込んだ事実があれば、処刑か、避妊術を受け、慰みものにしかなれない。
知っている筈だ。血筋に拘る下らない人間の教育を受けて来たのだから。
だから、僕と行こう。
僕と一緒に行こう。
一緒にいてくれるでしょう?
僕は、ここから脱出するために力を解放する。
幻術を解き本来の姿になり、ミトへ手を伸ばす。
「ミト、王族は君を捨てる。だから、僕と一緒に行こう?」
呆気にとられた顔をしている騎士や王太子が面白かった。今しか脱出出来ない。
早くこの手を取ってミト。
「ひっ! いやぁぁぁあああっ!! 助けて!」
「え?」
ミトは怯えていた。
「どうして? ミト、どんな姿でも良いって」
「で、でんかぁ! あの化け物をどっかにやって! 私は、騙されてたのよ! 助けてぇっ!」
王太子に縋りつくミトは、僕に怯え、もうこちらを見ていたかった。
「黙れ! よもや賎しい穢れた半獣などに体を許しおって。王家の恥だ! お前の処分は後だ。黙っていろ! あいつを殺せ!」
「ミト! 僕しか助けられない! 早くこっちに来て、お願い! 一緒にいて」
「嫌よ! あんたなんか気持ち悪い! 獣人だったなんて、よくも私を騙したわね!」
「嫌だ、違う、ミト。お願い。そんな事言わないで、僕と一緒に来て……僕のサルース」
伸ばした手は、騎士に捕らえられ僕は捕まった。
捕まった牢屋に入れられ、拷問を受ける。潜入しているものが他にいないか聞いてくるが、そんな事はどうでもいい。
僕は何とかミトを救出して脱出する方法を考えていた。
腕を鎖で固定され、磔のような格好で眠っていた時、石造りの牢屋に響く足音。
この足音は、ミト!
「ミト! 来てくれたの? ここから一緒に逃げよう? 僕の側にいてくれるだけでいい。それが嫌なら、助けるだけでもさせて! その後は好きに生きていい。ミトに生きていて欲しい」
ミトが僕の房の前に来る。
もう、一緒にいてくれなんて言わない。死なないで、生きていてくれるなら。
「――……たの、せいで」
「どうしたの? ミト。あいつらに何かされた?」
鎖が邪魔で近くに寄れない。
ガチャガチャ鳴る音が煩く、ミトの声が拾えない。
顔を上げたミトは、僕を憎々しげに見ていた。
「あんたのせいで、全部滅茶苦茶よ」
「ミト……」
「あんたのせいで! あんたのせいでっ!!」
ミトは檻を魔力で壊し僕の側に歩いてくる。
「ずっとその目が煩わしかったのよ。何かを期待しては勝手に失望して。ずっと苛ついてたわ。何でも言うこと聞いてたから側に置いてたけど、半獣だなんて最低。気持ち悪い」
「ミ、ト……?」
「私は、アンタのサルースなんかじゃないわ! アンタなんかにそんなものは現れない! 汚れた獣人の癖によくも私に触ったわね! 視界に入れる事すら許されないわよ!」
そう言ったミトは、拷問器具の何かを僕の目に突き立てた。
「気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い」
「あ、がぁ」
何が起きたか分からなかった。
理解する前に、狭くなった視界が、全て黒に変わった。
「紫の目は穢れだってね。アンタに相応しいわ。なくなっちゃったけど。……もうアンタなんかいらない。死んで」
片目に刺した刃物が更に奥へとグッと力が入るのを感じた。
何が、いけなかったんだろう。
見付けたと思ったのに。
ずっと優しくしてたのに。
僕には、サルースは見付けられないんだ。
今の姿は、先代には見られたくないな。
見付けられないまま会いに行ったら、どんな顔するだろう。
目の奥の痛みが酷くなった時、何処かの扉が開いた音がした。
「何してる?! どこから入ったんだ! こいつにはまだ聞くことがあるっ! 殺すな!」
熱感知で見た光景は、ミトが押さえつけられる光景。声は、牢番か。
たかが牢番が、王太子妃であるミトにその物言い。やはり、その地位は地に落ちたのだろう。
もう一人の牢番が、怪我の確認の為僕の鎖を外す。
見えずに怪我で動けないと思ってるらしく、そのまま医師を呼びに行った。
目の前には、ミトと牢番。
怒りか憎しみか、真っ赤になっているシルエットのミトに手を伸ばす。
「ミト、助けるから、この手を取って……」
「死ねよ! 化け物! アンタのせいでぇっ!」
「おいっ! 動くな!」
僕は、伸ばした手を引いて、一人で逃げる。
僕のサルースを僕は、見捨てた。
逃げて、追手を撒いたり殺したり。
国の外まで出ると追手はもう来なかった。
一息つくと、どうしようもなく悲しかった。
僕には見付けられない。
サルースを見付けられない。
ミトを失った悲しさより、サルースを見付けられない事が悲しかった。
化け物だから、半獣の複合種だから、ずっとこのまま一人なんだ。
どうしようもないぐちゃぐちゃな感情が、渦巻いて僕は吠える。このままここで魔物に食べられても良い。見付けられないなら、生きていたくない。
誰か、僕を……殺して……――。
カサッと、土を踏み締める音がする。
こんな近くまで気配に気付けなかった。
人間では持て得ぬ膨大な魔力。魔の者?
何でも良い、ちょうど良い。
「殺……して」
「……は?」
それは、地球の人間だと言う。
それは、僕に大丈夫かと尋ねる。
それは、獣化している耳を持った僕に声を掛け、殺さないと話す。
触って嗅いで確かめると、ミトに似た香りがする。
あの国がミトに見切りを付け、新たに召喚をしたのか? だが、ミトを召喚して既に大地の魔力が足りず、出来ない筈だ。
……ミトの魔力を使ったのか?
これは、好機かもしれない。
サルースが見付けられないなら、サルースを作ろう。この子を僕のサルースに。
どうやって名を聞き出そうか悩んでいると、あっさり答えてくる。
なんて、無防備。
直ぐ様、隷属契約を結ぶ。
ミトの様に間違えず、余計な知識も与えず、誰にも会わせる事なく、僕の事だけ見るようにすれば良い。
獣化の耳を見ている反応が、変だ。
獣身になれば、きっと恐怖するだろう。
逃げ出さないよう、早めに恐怖で縛っておくのも良いかもしれない。
後でミトは、半獣に殺され食われたと聞いた。
僕のせいで死体も無いと。いつの間にか、僕が殺した事になっていた。
きっとミトの血肉を使って、人間の国にこの子は召喚されたんだ。それでも足りない魔力でこの子は途中で落ちたんだろう。
僕がずっと守ってあげる。
だから、ずっと側にいて?
僕のサルースになって?
逃がさない。
翌日早速、獣身になって大いに怖がってもらおうと思った。離れたら僕に食い殺されると、思ってくれれば良いと。
だけど、予想を遥かに飛び越えて、その子は僕に突撃してきた……。
おかしい。恐怖してもらおうと、他の獣身にもなれると……全て貴女を簡単に殺せる獣だよ? と暗に言ってみる。
が、その子は、更に離れなくなった。
おかしい。
変な生き物を見付けてしまった。
お読み頂きありがとうございます。
これ大丈夫かな?
駄目かな?