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その奴隷は、哀しいものでした。後編

 モリをジッと見ていたら、私を思い出したのかこちらに顔を向け、目を見開いた様に顔の筋肉が動いた。

 それ、本当は見えてないか?


「ご主人様、は、人間だね」

「そうだね」

「僕、仕事入っちゃったんだ」

「何の?」

「人間殺し」

「……そっか」

「うん」

「で?」

「ん?」

「離れないんでしょ?私を安全に連れ帰る策を立てて、一緒に連れて行くんでしょ?」

「…え」

「ほら」

「行くの?」

「行くよ?」

「ご主人様はさ、盗賊を殺すなって言うじゃん。戦う時も何も聞こえないようにしてるじゃない?それでも行くの?」

「行くよ」


 私は、意固地になっていたのもあるけれど、今のモリに私が知らない事なんて、目玉の話だけで充分だ。

 後は、ちゃんと知っておきたい。

 嫉妬に近いのかも?


「――……それでも僕は、優希を離さないからね」


 モリの頭の中で何の結論が出たのか、いきなりそう話す。


「うん、知ってる」


 そう言うと、いつもヘラッと笑う様に上がってる口元が、歪んだ。

 

 安全とは言い難いけど、私はソフトボール大の水晶みたいな所に入った。時空のなんちゃらかんちゃらとやらで、解放出来るのはモリだけ。

 モリが死んだら、私もペシャンコ。元よりモリが居なかったら、のたれ死んだ身だ。

 ただ現実感がないだけか、モリに信頼があるのかあまり怖くない。

 

「モリ!絶対生きて帰ってよ」

「命令?」

「お願い!全部叶えてくれるんでしょ?」

「ンフフ~かしこまり~」


 軽いなオイ。


 モリは、狼になって夜の街を走る。

 大きな城っぽい所に来ると、蛇になったり猫になったりして隙間を縫うように建物に浸入する。

 私は、モリの頭の横でプカプカしてるだけ。


 凄い!鍵開け出来るの?怪盗になれるよ!ひゅーひゅーと、賞賛していたら、しーっと言われてしまった。

 声が漏れるなんて聞いてない。

 あまりに静かに移動するから、音は遮断されてるのかと思った。恥ずかしい。


「地下に行くよ。出来れば目を閉じて耳を塞いで欲しいな」


 目だけ閉じてみた。

 心配だったから、昼間買ったパンツ用の布をモリのように目隠しした。

 言っとくけど、パンツ用であってただの布!服に使われるただの布だから!

 誰ともなく、言い訳をしてみた。


「さぁ、ご主人様。闇の世界へようこそ」


 モリ?中二病ッポイよ?

 この時はまだ余裕があった。


 音もなく移動してるのが分かる。

 足音も聞こえないから、他の音を耳が拾う。

 小さな湿った音と、呻き声、グルルルと獣の唸り声が色んな所から聞こえる。

 ツンと、薬のようなすえたような臭いが鼻をつく。


 ふと、あの手品の小鳥を送ってきた人に怒りを覚える。私のモリに何晒してんじゃごらぁっと巻き舌で責め立てたい。


 ここは、モリの生まれた場所だ。


「ご主人様、あまり吸い込まないで?」


 息するなと?!


「深く吸い込んで、興奮したり嘔吐失禁したら、僕に川で隅々まで洗われると思って?」

 

 どんだけ?!何それ拷問!?


「あ、それもいいな。ご主人様?やっぱり深く深呼吸して?」


 しねぇよ!馬鹿!悪巧みだだ漏れだよ!

 静かにしろって言ったのに、自分は喋りたいだけ喋ってるなぁ。


「フフ、さぁ頑張ってね。ご主人様」


 何…を?


 キィと扉を開く音がする。

 慌てた誰かの声。風のように移動する感覚。

 断末魔のような叫び声。

 何が落ちて割れ、固いものがぶつかる音。

 何かが折れる音。

 続く叫び声や、助けを求める声が途中で途切れる。

 水の上を歩くピチャッとした足音。

 そして聞こえる、冷たい声。

  

「もう僕を忘れたのか?このモリの名を忘れたのかい?お前達は、どこまで頭が弱いんだい?」

「ひっぁが…ぁ……助け、て」

「僕を記憶しなよ。この計画が立てられる度、僕は出てくるよ?きちんと覚えておくんだ」

「ひぃぃっ!これはぁ!魔術師長の命令で」

「そっちはもう片付けた」

「ひゃあぁぁ!あぐぁっ!」

「必ず記憶しなよ。絶対忘れるな?古い文献に載っているだろう?モリの名が。何が起きたか読み返せ。また新しい文献にでも刻めよ」

「あっぎゃあぁあぁぁぁー!」


 私は聞こえてくる音や叫び声より、モリの声が鮮明に聞こえる。

 そして、思い出す。


【memento mori 】(メメント・モリ)



 確か『誰にでも死は訪れるから今を楽しめ』という風に、解釈されるものだったような。

 画集で『死の舞踏絵』を見た時、死神みたいだなと思った。誰にでも平等な死。


 直訳すると『死を記憶せよ』だった。

 今のモリも、まるで死神みたいだ。

 この世界の、不平等な死神。

 これ以上悲しい存在が現れないように、必死に鎌を振る死神。とても人間臭い死神。


 あの言葉が、とても暴力的で直接的な意味で惨たらしく見知らぬ彼等に降りかかる。

 聞こえてくる生々しい音に恐怖するより、胸が痛くて哀しくて、いつの間にか布が涙を吸い切れず私の頬を濡らしている。

 そんなものになりたくなかった。

 そんな風に産まれたくなかった。

 そんな形で名を残したくなかった。


 少し静かになった部屋の扉を出てから、次から次へと別の扉を開く。

 あの日、初めて会った時の慟哭と同じ声をあげて、何かを切ったり折ったりする音が響き、吐き気を催すほどの臭いが充満している。

 10回くらい扉を開いた後だろうか。

 ピチャンと水滴が落ちる音がするだけで、他には何も聞こえなくなった。


 モリが、いつもの軽い声で話してくる。


「さて、ご主人様。帰ろうか」


 声が出ないから、コクコクと頷く。

 早く出ようこんなとこ。

 いつもの惚けた子供みたいなモリに戻ろう。

 

 酷く生臭い所から、澄んだ空気の外に出た雰囲気がする。

 短い馴染みのある浄化の魔法の言葉が聞こえた後、モリが話しかけてくる。


「ご主人様、出られる?正直言うと、力使い過ぎて保ってらんないんだ。ごめんねぇ」


 出るよ、早く出して。

 

 パキィンと高く澄んだ音がして、一気に重力が戻る感覚がする。

 身体も腕も重くて動きづらいけど、目隠しを剥ぎ取ってモリに手を伸ばす。入る前と同じモリがそこに立っている。


「う、うぅ~、ふぅえぇぇぇん!」


 モリにしがみつき、ボロボロ涙を流す。


  今は、良いよね?

 モリの代わりに、泣いても良いよね?

 だって、私はモリの主人なんだから。

 モリを守るのが私の役目なんだから。


「おっとと……ご主人様?あ~と、恐かった?嫌になった?悪いけど」

「恐くも嫌にもなってないわよ!あん、あんたが泣かないから出てるの!」

「へ?」


 年相応の間抜け面を見れた気がして、ちょっとスッとした。

 モリの表情が歪む。ミシッと音が聞こえた程、モリが私にしがみついてくる。私も負けじとしがみついて泣く。


「モリ、め、命令、する、わ!」

「…………何?」

「泣きたい時に、泣き、なさい」

「…何それ……僕目玉無いんだけど」

「現代の日本を甘く見るなよ?人体の構造を知り尽くしてんだから。目玉無くても、涙は出るんだよ。

 涙は、目玉とは関係ない所で出るんだから出せ」


 この世界の人体が同じ構造かと聞かれたら知らないけど、さ。モリの目隠し布に、透明な染みが広がったから言わないでおこう。

 照れ隠しか天然か、今度はミシミシと抱き締められ、私は軽く意識が遠退きそうになったから、ギブアップの意味を込めて、背中をテシテシタップした。

 少し緩んだ腕の中で、私はそのままモリの背中を撫で続けた。


「初めての命令が泣けだなんてさぁ。本当にヘンテコなご主人様だよ」

「良いでしょ。モリを守るのが私の役目なんだから」

「守るんだ……フフ~、毒虫一匹で叫び声あげるご主人様が、僕を守るんだねぇ。頼もしいなぁ」


 モリは直ぐ涙を止めて、私を抱えて歩き出した。

 私としては、もっと泣いて欲しかったけど。声がいつも通りに戻ったから、まぁ良いか。

 抱えられた私は、降ろせと言って立ったら、生まれたての子馬のように、四つん這いでガクガクしていたため、抱えて歩くのは良しとしよう。


 モリの口元がいつものニィじゃなくて、ニヨニヨしてるのが少々引っ掛かるけど。

 後であの時は、重いものを持って疲れたとか言いそうでやだな。


 街の外に出ると、誰かが立っていた。

 暗くてよく見えないけど、モリと同じくらいの影の大きさ。


「よぉ、魔術師長は済んだぞ。遅かったな、ってなんだそいつ?」

「僕のご主人様」

「あそこから拾ったんか」

「アレには関係ない」


 会話から分かる。こいつだ!こいつが、モリに仕事を依頼したんだ!

 主人として言ってやらねば!


「ちょっとあんた!もう、私のモリに仕事依頼しないで!あんたのせいでっぐむがむが」

 

 ちょっとモリ!何で口塞ぐのよ!言ってやらないと気が済まないんだから!


「ははっ威勢がいいな?」

「あげないよ」

「ふーん。…今回は大分壊したから、直るのにも時間かかるだろう。お前の名前もきっちり置いてきてやったからな?」

「むがーっ!むごむが」


 モリは、そんな風に名前も残したくないのに!このやろう!

 でも、モリが静かに言う。


「良いんだよ、ご主人様」

「もが」

「へー、良いなソレ。面白い。ま、馬鹿な連中が、教訓忘れてまたやらかす頃に、な」

「あげないよ。あぁ、それじゃあな」


 瞬きする早さで、ふっと消える黒い影。

 

「ふが」

「あ~あ。トートに目をつけられちゃった。ご主人様、愛想振り撒くのは止めてよね」


 えぇ?!酷い言い掛かりだ!断固抗議する!

 てか、知らないよあんな人。

 口を押さえられているため、表情で抗議していると、モリがいきなり笑いだす。


「ハハハッ!わ・た・し・の・モ・リだって」

「……?」

「意識せずに言ったの?」

「……っ?!」


 思い出した。無意識だったよ。何か恥ずかしい。

 多分、赤面しているのを蛇の熱感知で知られているだろう。逃げ場無いな。


「嬉しい。本当に僕のご主人様は、可愛いなぁ」


 あぁ恥ずかしい。





 大変疲れたあの日から7日過ぎて、私達は特に変わりない。

 だだ、毛玉とツルツルだけ愛でていた私にモリが、


「人身も僕なのに…血まみれだった姿は触りたくないよね……」


 なんて言うから、獣成分耳だけモリの背中をポンポンする事が増えただけ。


「優希、ず~っと一緒ね。愛しいご主人様」


 ん?






お読み頂きありがとうございます。




これで一旦、完結となります。

またふわっとネタが溜まりましたら、ちょいちょい増えるかもしれません。


ありがとうございました。

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