モリの話。珍獣が欲しい。
はい、変態がいますよ。
毛と芋の虫が出ます。
僕は、常に優希を試している。
僕は、常に優希を観察している。
その目は怖がってないか、その手は震えてないか、その身体は怯えてないか。
どんなに注意深く見ても、その触れてくる手に躊躇いは無く、 恐怖など欠片もなくその目には歓喜に溢れてる。 獣身の時には、 その身体で全身で甘えてくるし、この前は狼にも虎にも蛇にも、キスをくれた。嬉しくて、調子に乗って舐め返していたら酸欠起こさせて怒られた。
でも、不安になる。
毛が生えてるから? 滑らかな鱗が好きだから、僕に甘えてくれるの?
試しに、毛が生えてるものとツルッとしたものを贈ってみる。
「優希!」
「何?」
「贈り物を受け取ってくれる?」
「え? ありがとう? 何で急に?」
「いいから! 優希の好きな毛皮があるし、ツルッとしてるやつも捕まえたの。ハイッ!」
「……っ! ぎゃあぁああああーーーっ!!!」
初めて見た優希の全速力で逃げる姿は……遅かった。
可愛い。
「どうしたのっ?!」
「なんつーもん、持ってんだー!!!」
「え? 毛虫と芋虫」
「そんな私の腕くらいある虫、持ってくんなー!」
「大好きな毛が生えて……」
「アホかぁーーーっ!!」
虫は毛が生えててもツルッとしてても、駄目みたいだ。凄く怒られて、3日触らせてくれなかった。
もう、虫を贈るのは止めよう。
でも、他の獣人で試す気にはならない。
貴女が触れるのは僕だけ?
僕は、貴女のものになっていいの?
僕の、サルースになってくれる?
僕は、傍にいていい?
問えない代わりに、貴女の存在を確かめる。
温もりも、柔らかさも、甘い香りも……忌避が無い事を。
獣身だと腕が上手く回らない。だから人身で今日も、貴女の存在を僕で包んで確かめる。
貴女は、ここにいる。
ぎゅ~グリグリグリ。
「や、やめ、ひっひっ」
「ん~気持ちいい。柔らかい……僕が埋まりそう」
「おい! それは何か? 贅肉たっぷりって言ってんのか!」
「もっと付いててもいいよ?」
「乙女の心抉る所業! ひっあひゃひゃひゃ!」
お腹は、とても擽ったいみたい。
「モリ、もしかして見えてる?」
ドキリとした。実は、襲いかかってくる盗賊の目を魔力でコーティングして、僕に嵌め込んである。
弱い人間のものだから直ぐダメになるけど、次から次へと補充されるから、もう眼球は戻ってるも同然。だって、優希を見たかった。色も姿も見たかったから。
「ん~?」
「見えてるよね?」
「何言ってるの?僕には目が無いんだよ?」
でも、流石に分かるか。
最初眼球すら無いから、眼窩は窪んでいたもの。
今は、眼窩窪んでないし。
「何にもぶつからず歩いてるし、ご飯も一人で取ってくるし、さっき迷わず腹に突撃かますし」
「僕は色んな獣が入ってるから」
「気配で分かるって事?」
「そんな感じかな」
「そっかぁ、凄いね」
え、信じるの?
……優希は、少し観察力を身につけた方がいいかもしれない。いや、でも。
「うん。……優希はそのままでいてね?」
「は? どういう意味?」
僕の浅ましさを知ったら逃げてしまうから、鈍感なままでいい。
その分、僕が守ればいい。
今度、強種の獣人の眼球を手に入れよう。
前と同じ紫が良いな。
優希は、忌避色も受け入れてくれる?
ミトのように、綺麗と言う?
僕をどこまで受け入れてくれる?
僕は、いつまで優希を試すんだろう。
いつまで。
今日も、優希を膝に乗せ、ピッタリくっつく。
一番嫌いな人身に一番優希の身体が嵌まる。
少し、この姿が良かったと思えた。
僕の匂いを擦り付けても嫌がらないと思ったら、怒った。優希は獣身を触れないのに、僕だけ狡いって。
怒る所はソコでいいの?!
食事を作るから、褒美に獣身を触らせてと言う。
何故、命令しないの? 喜んで変わるのに。
でも、優希の料理とても気になる。
息を吸うように、危険に突っ込んで行く優希にあまりさせたくないけど、誘惑に負けて作ってもらった。
あ! そのナイフ両刃だから!
モルガの実は、味に変化が付くとかのレベルじゃないから! 死ぬから!
火打石、その打ち方だと皮膚を挟むから!
駄目! その木は爆ぜるから火にくべちゃ駄目!
優希はよく僕を『心配』してくれるけど、僕もこの日は存分に『心配』を味わった。
なるほど、心臓がもたない。
僕は『動揺』も知った。
こんなにも心が動く事があるなんて。
まぁ『心配』なんてもう二度と味わいたくないけど。
出来上がった料理は、串焼きだった。味付けはいつもと同じ塩。とても美味しくて、嬉しかったけど、優希は不満みたい。
「ううう~、チャンスを! もう一回作らせて! 調味料揃えてから! お願い!」
え゛。
どうしよう。確かに美味しくて嬉しいけどもうあんな危険な目にあって欲しくないし僕の心ももたないと思うんだ、だからだから……ごめん。
嫌われるのに怯えて、痛みを覚悟してお願いを断る。
「ん~…………やだ」
「うわ~ん! モリのけち~」
けち。嫌いじゃなくて、けち。
それに痛くない?
しかも走り去って行く足は本気じゃない。嫌ってない? 触っていい? 捕まえていい?
頭で考えるより、離れようとする優希の腕をいつの間にか掴んでいた。振り払われるかな……。
「毛玉触れなかった~」
毛玉なの?
「……(嫌われなくて良かっ)た」
「へ?」
「優希、痛くない」
「へ? 何が? 毛玉触れないショックで、私の心は痛いけど?」
「違うよ。優希のお願い断ったけど、痛くない」
「っあ?! 試したの? 馬鹿! 痛くなったらどうしてたのよ?!」
「我慢する」
「お馬鹿!」
「ンフフ~。僕のご主人様可愛い」
心配してくれる優希は可愛い。嬉しい!
断ったのに、何故怒らないの?
「モリのツボが分からない。とにかく、そういうのはやめて。知らぬ間に痛い思いされてるのは、なんか嫌」
「ん~…やだ」
「おいこら」
「やだやだや~だ~、や~だ~よ~」
嬉しくて、身体が弾む。
躍りを見られて、優希に笑われた。
潜入時代に、何でも器用にこなせると言われたけど、ダンスだけは壊れたケルパ(ゾンビ)と言われていたのを思い出した。
優希に知られた『穴があったら入りたい』
でも、楽しそうに笑う優希は可愛い。
優希が望むので、1日獣身で過ごした。
夕飯時に、人身でピッタリくっつく。
魚の骨に付いた身をかじっていた時、頬ずりしたら、鼻に骨が刺さったと怒られた。
出会った時より感情の豊かな優希が、嬉しくて、楽しくて、おかしくて暫く僕も笑った。
……更に怒らせてしまったけど。
明日他の人間の町に行く事にした。
虫のプレゼントは不評だったから、欲しいものを贈りたい。
人族が良いと言われたらどうしよう。
他の獣人を見てあっちの毛皮が良いと言われたらどうしよう。
でも離せないし、離さないけど。
案の定、優希はとても喜んだ。
欲しいものが沢山あると。ミトのように大量に欲しがったら僕のお金だけで足りるかな?
でも、ずっと簡易な服ばかり着せて、装飾品も付けさせず、食事だって味付けも素材も単純なものだけ。
考えてみたら、僕は、優希に女の子らしい事を何もしてあげられてない。少し罪悪感が湧いた。
明日はどんなにお金が足りなくても、欲しいものを全て買ってあげよう。
足りなければ、そこら辺から盗ればいいや。
人間の町に行く前に、優希にはぐれないよう呪いをかける。
洗脳と言う名の、寧ろ、呪い。
「優希、よく聞いて?」
「どうしたの?」
「人間の町は、死者が甦る」
「……」
目を見開く優希。
まぁ、完全な嘘ではないから良いよね?
正しくは、ネクロマンサーが甦らせたらだけど。
「一人でいると、狙われるんだ」
「な、何に?」
「死者に。一人の時を狙って眠るときでも、歩くときでも、風呂やトイレも、一人になった途端、闇に生者を引きずり込もうと、ず~っと待ち構えている」
優希が、きゅっと僕の服を掴んでくる。
あぁ、可愛い。怯えた顔にゾクリとする。
僕は、無意識に舌舐めずりしていた。
小さな耳に口を寄せて、囁く。
ピクッと肩が小さく跳ねる。かあいい。
「一人でいるとき少しの隙間から、目線を感じたら気を付けて? 柔らかい土の上を歩くときも。死者に、常に見られて狙われているから」
「ど、どうやって気を付けるの?」
「一人にならないで?」
「ひ、一人にしないで!」
しないよ。
服を掴むだけではなく、ピトとくっついてくる。
もっと、もっとだよ、優希。もっと近くに来て? その掴む手を離さないで?
頼って? 縋って? 僕以外見ないで。僕以外必要としないで。
あぁ駄目だ。顔が緩む。潤んだ目で怯えた表情で、僕にしがみつく優希にゾクゾクする。
貴女にも、僕しかいないと思って欲しい。
「絶対一人にしない。優希も僕から離れないで」
「絶対離れないから! 異世界超怖い! しかも町なのに、バイオ○ザードとリ○グのコラボとか有り得ない!」
「バイオ? リ?」
「私の世界の超絶恐怖の物語。マジで怖い!」
どうやら、優希の世界にもネクロマンシーがいるみたい。こちらは、ぐちゃぐちゃにしない限りほぼ人の形で甦るけど、優希の世界のネクロマンシーは、2つに分断しても動けるそうな。
高度な技術だな。
折角優希から近寄ってくれたから、両腕に囲い膝の上に乗せ、退路を塞ぐ。人身の時は、あまり自分から触れてくれないから、嬉しい。
おずおずと、背に手を伸ばされる。なんて愛しい。
ごめんね?
ほぼ嘘だけど、これだけは本当だから。
よく聞こえるように、耳に直接語りかける。
「ウフフ、絶対離さないから、安心して?」
「! お、おおおお、おう!」
可愛い! 耳も顔も真っ赤。
優希の甘い香りが強くなる。
……服を剥いで、直接その肌に手を這わせたい。その体温を感じたい。
ゆっくり丁寧に堪能しながら、全て味わいたい。
もっと、嗅ぎたい。舐めたい。触りたい。
もっと近くに。
「モ……リ、くるし、い」
「……あ、ごめん、ね?」
いつの間にか、力が入ってた。
いけない。まだ、子供の優希に発情しそうになった。自分を抑えていると、優希が可愛らしい事を言ってくる。
「モリも、一人にならないでね? 引きずり込まれたら、どうやって助ければいい? お経とか一言しか唱えらんないんだけど」
「優希が? 僕を助けるの?」
「うん。物理的に攻撃してくるのは、とりあえずぶん殴る。触れないのは、どうするか……」
「…………」
「モリ?」
「僕のご主人様が可愛い」
「突然どした?! 大丈夫? モリも怖いの?」
「うん。怖いから、今日はこのままくっついて眠っていい?」
「お、おう」
「フフ、悪夢も見ないで眠れそう」
「魘されてたら、起こしてあげるよ」
「頼もしい。お願いね」
両腕にある存在を余すことなく包みたくて、きゅうっと抱き締める。
「うん。ふふ、モリは甘えんぼだなぁ」
幼子をあやすように、背中を軽く叩かれる。
何故か、少し胸が苦しい。
「うん。ご主人様にだけ」
「でっかい子。よしよし、私がついてるから。怖い事ないから、いい夢見ながらお休みなさい」
「うん。お休みなさい」
自然に、優希の額にキスをする。
きょとんとした優希が、ニコと笑って頭を撫でてくる。……気持ちいい。
流れるように、優希にキスをする。
額、瞼、頬。唇に落とそうと顔を傾げたら、手で塞がれた。残念。
「ちょっ、こういうのはしない文明で生まれ育ったたから、頬までで許して下さい」
「ふぁむふぇむ」
「ん? ん~じゃあ、はい」
優希は、僕の額にキスをする。
「……人身の僕には、してくれないのかと」
「え? あ~自分と同じ人の姿だと気恥ずかしいと言うか、なんと言うか。今のは、良い夢見るおまじないだよ!」
「ウフフ~。毎日してね?」
「わ、分かった」
「約束ね? お休みなさい、優希」
「はい、お休み~」
直ぐに眠りに入る優希。
唇に触れ、むにむにしてみる。
柔らかい。
子供でも、キスくらいなら良い……かなぁ?
そっと唇を合わせてみると、直ぐ夢中になった。
起こさないように、ゆっくりゆっくり唇で優希の柔らかさを堪能し、舌を差し入れる。
奥へ奥へ、もっと優希の中へ。
甘さに目眩がする。
もっと、欲しい。もっと、ちょうだい。
優希をちょうだい。
「ん……ぐぅ、う」
いつの間にか、頭を抱えて夢中で貪っていた。
身動ぎする優希にハッとなり、名残惜しいけど離れる。呼吸が荒いから、苦しかったみたい。
ごめんね?
「まぐろ、も……いらな」
「まぐろ? 何だろう? フフ、いつか意識あるときキスさせて? いい夢を」
額にキスを落とし、防御結界を張り、眠る。
その夜は、胸が温かいままでいられた。
その後、優希は怯えに怯え、嬉しい事にトイレにまでついてって良いって言ってくれた。だけど恥ずかしくてトイレを我慢して苦しんでいたので、結構な罪悪感に苛まれた僕は、離れた時用に作った魔封じと探知、集音機能と幻術のついた魔石を首にかける。
「優希、このお守りはトイレとか少しの時間なら守ってくれるから、肌身離さず持っていて」
「マジで?! ありがトイレいってくる!」
余程、我慢していたみたい。
僕は、気にしないのに。寧ろついていきたい。
戻ってきた優希は、僕に抱き付いて凄くお礼を言う。
優希、完全に騙されてるよ。悪い獣人に騙されてるんだ。目の前にいる獣人は、貴女を如何に縛り付けるかしか考えていない。
あんまり、お礼を言わないで。胸が痛い。
こんな事、今までなかったのに。
でも、とりあえず注意を一つ。
「優希、お菓子やご飯くれるって言われても、知らない人にはついていっちゃ駄目だよ」
「ついてかないよ! どこのお子様だ!」
「本当かなぁ」
今日、町に行く。
呪いのお陰で、優希は僕から離れようとはしないだろう。
お読み頂きありがとうございます。