モリの話。珍獣と出会ってから。
人が襲われるシーンがあります。
変態の片鱗が見られるような。
ミトの様に忌避を抱く前に、手っ取り早く恐怖で支配しようとした。
なのに、この子は目の無い僕の手を取り、ミトすら触れなかった血液に触れる。僕の為だと。
この子は、色々大丈夫かな?
ミトは僕を見て頬を赤らめていたけど、この子は痛々しい表情で見てくる。まるで自分が傷付いたかのような……まぁ、僕の目が無いからだけど。
獣身になったら、どこまで脅そうか考えていた。脅し過ぎるのも、命令で止められては僕は動けないし、ギリギリを見極めようと観察してた。
初めての夜、服を脱がす優希にミトより積極的だなと思ったのに、僕に自分の服をかけた。うん。
その後 ……寝たフリで動向を窺ってる思ったから、濡れた髪をわざと魔法で乾かしてあげたんだ。
だって、眠ってるとは思えなくて。
外で! しかも! 半獣の自分が近くにいて!
両手も両足も広げ、スピスピ眠る優希を見て……あまりにもスピスピ眠る優希を見て……僕は。
狼になって、牙を剥いた。
虎になり、爪を目の前で寸止めした。
蛇になり、優希の身体の回りにぴったりついて顔を覗き込んでジッとしてみた。
声をを抑え、低く唸ってみた。
ちょっと柔く噛んでみた。
……優希は、本当に眠っていた。
魔物の出る森、夜に、外で、半獣の僕の隣で。
眠ってると理解した後、僕は無駄に威嚇していた事に、とてもいたたまれない、何故か走って吠えたい衝動に駆られる。
優希が最初の夜に僕にくれた感情は、後の優希曰く『穴があったら入りたい』という微妙なものだったなぁ。
森での生活に、優希は何も命令しない。
僕の話すことは、全て信じている様に見える。
獣身の中で一番弱い猫をよく好んだ。
確かに、不意を突かれたら猫の姿では力を発揮しきれない。でも、油断しなければの話だ。
なのに、何故この子は僕のお腹に顔を埋めるの? 拘束もせず、無防備に。
気付いてる? その柔らかな首をその目を例え猫でも爪で触れれば、致命傷だからね?
僕の手を引き「石があるよ」と教えながら自分が転ぶ。
「イチゴがある!」と、魔物撃退用に使われるモルガという激辛の実を食べようとする。
「魚なら捌ける。手伝うよ」と、最初食事に毒でも盛られるのかと思いきや、それ以前に魚で怪我をした。「尾は2本だし鱗飛ばしてくるし、あんなの魚じゃねぇ」と、嘆いていたけど、死ぬと分かったら、魚だって足掻くでしょう? 人間だってそうなんだから。寧ろ、鱗ごときで傷付いた皮膚の弱さに驚いたよ。
手伝えない事をとても悔やんでいる様子だけど……。
お願いだから、何もしないで!
とても危ない。何なんだ? 死にたいの?
一緒にいたくないから?
死を選ぶほど僕から逃げたいの?
でも、夜は寒ければ僕の毛皮に抱き付き、暑ければ鱗に寄り掛かる。
ねぇ! 本当に何なの?! 何なのこの子!!
先代! これ、何の生き物なの?!
盗賊が襲ってきた時、ちょうど良いと思った。優希は、決して弱くない力を保有しているのに、実力を中々見せないから、確かめるためにわざと一匹残した。膨大な魔力があるから、何の心配もしていなかった。
他のを片付け、敵をどう倒すのか観察していると、簡単に組み敷かれていた。
なるほど、房術で油断させて殺すのか?
でも、気にくわない。
寸前で止められるように狼になると、耳が優希の声を拾う。
「た、すけ……や、……モリぃ……」
――瞬間、全ての毛が逆立った。
気付いたら、盗賊を噛み殺して優希の前に立っている。
あぁ、いけない。血にまみれた姿では怖がらせてしまう。獰猛な獣の部分を見せては、怯えさせてしまう。一旦、浄化をするため退こうとしたら、何かがくっついてきた。
「も、もぎ、ごめ、ごめん。ご、怖かっ……ごめん。殺させた、ごめん、ごめんね。ぅぐ、うっ」
優希は、本当に怖がっていた。
……どうか、泣かないで。
僕のせいなのに、謝らないで。
殺すことなんてどうでも良い、貴女を傷付けてごめん。
血に汚れた毛皮に掴まると、貴女が汚れる。
僕に、触っちゃ駄目だよ……。
そう思うのに、僕は人身になり優希を深く抱き締めて浄化魔法かけていた。
ずっと謝って泣き続ける優希に、僕は初めて『罪悪感』を覚える。
「ごめん。ごめんね。優希」
「ふっぇっえぐ……私が、ごめん。いつも、危険な事させて、ごめん」
そんな事で謝らないで。
貴女の為なら何でも殺せるから。貴女が傷付かない様に守るから。だから。
血で汚れた狼に縋って泣いて?
鋭い爪で獲物を殺す虎の手に触れて?
毒の牙を持つ蛇に寄り添って眠って?
ふかふかにした猫の毛に顔を埋めて笑って?
半端な人身の僕の手を引いて?
――……僕の傍にいて。
縋って、必死にしがみついて、依存して。
恐怖で心を縛ろうとしていたのに、今は一欠片の恐怖も抱いてほしくない。
優希の驚異となるものを排除出来るよ。
僕はとても役に立てるから、僕を掴んだ手を離さないで。
「ご主人様、ご命令を。……誰を殺しますか?」
「殺んないよ!?」
どう役に立てるか、戦闘能力がどれだけあるか自分を売り込むために、何故複合種なのか話したけど、喜んではくれなかった。
何故か夜に泣いていて、聞いても教えてくれない。
でも沢山撫でてくれたから、そのまま眠った。
盗賊が来ても、優希に1滴の血すら被らないように、二度と誰にも触れられないように、特殊な防御結界を張る。
如何に速やかに戦闘不能に出来るか、もう二度と武器も匙すら持てないように潰して見せた。
時間をかけて殺すか、一気に殺すか決めて欲しくて、優希を見たら木の影で吐き戻していた。
血臭が駄目なのかな?
今度は風上に結界を作るか、結界を工夫してみよう。それよりも今は、どうやって再起不能に出来るか、僕の腕の見せ所。
「ねぇねぇ、ご主人様? どれ殺れば良い?」
「殺んねぇよ! ウキウキすんな!」
殺してはいけないと、そう言うけど僕の役に立てる一番の事なのに。
町に捨ててこいと言うから、そこら辺にぶん投げた。魔物が片付けてくれるだろう。
早く、戻らなきゃ。優希の元に。
結界の僕の魔力を通じて、優希の様子が分かる。
「――……一体この檻は誰の趣味で作られたのか。防御魔法に何故この見た目を選んだんだ、モリよ」
それは秘密だよ、優希。
僕が再構築した黒い鳥籠の防御結界。
生産所を抜け出して、王宮図書館で読み漁った中にあった、悪い獣人とお姫様と勇者の話。
そのお姫様が、捕らえられていた黒い鳥籠の様な檻。悪を倒し、鳥籠から出すためにお姫様へ手を伸ばす勇者。
忘れられない物語。
実際は優希を守る結界だけど、迎えに行くと満面の笑みで僕を迎えてくれて、あの勇者の様に鳥籠から出してあげる。
その瞬間が、何故かとても気に入っている。
僕は悪い獣人だけれど、優希が気付かない間は僕が――――。
「じゃあ、優希。ご褒美!」
「はいよ!」
忌避もなく、僕の獣姿に触れてくるその手が、とても気持ちがよくて、よく撫でてもらうのをねだる。
猫はすっぽり優希に包まれて、優希の甘い匂いが全身に付くから好き。
でも、知ってる?
これは本当はキモチワルイ事なんだよ?
拒否してもいい事なのに、優希は躊躇い無く触れてくる。
優希にも、僕の匂いを付けたい。
例えどこかに行っても、直ぐ見つけられるように。
「ねぇねぇ、僕もやりたい。撫で撫で!」
貴女二触レタイ。
お読み頂き、ありがとうございます。




