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四件目

 すっかり夜も更けたころ、俺は一人街に繰り出していた。今回は長丁場になるかもしれないので、幽華は事務所で留守番をさせている。

 ちなみに今日の依頼は、一人の女子高生からだった。

 ある日学校から帰っていたところ、夜道で不審な生物に出会ったらしい。姿形は動物のようだったそうだが、人間の声を発し何度も彼女の名前を呼んでいたそうだ。幸い怪我はなかったそうだが、またいつ何が起こるかわからないということで、俺のところに依頼に来たという。

 妖怪の中には、危険なものも少なからずいる。最悪の場合、人間を殺すことだってありうる。俺の仕事は、人間と妖怪のバランスを取ることだ。妖怪には殺すことでしか生きられない奴もいるとはいえ、度が過ぎないように調整しなければならない。辛いが、これも仕事だからと割り切ることにした。

「っと、ここか」

 俺はもらったメモを見ながら、辺りを見渡した。暗く、人気のない道路。以下にも、妖怪が好みそうな場所だ。

「うぅ……」

 俺のものではない。掠れた、不気味な声が前方から響く。おそらく、犯人だろう。

「来たか」

 俺は手に炎を纏わせながら、臨戦態勢をとる――が、その声の正体は途端に慌てたように叫んだ。

「ま、待ってくれ! 殺さないでくれぇ!」

「大丈夫だ。殺しはしない。お前が抵抗しない限りな」

「そ、そんな殺生な!」

「とりあえず、姿を見せてみろ。話はそれからだ」

「わ……わかった」

 ゆっくりと、奴の気配がこちらに寄ってくる。俺は明かりをともしながらその姿を確認して――思わず息を呑んだ。

「お前……人面犬か?」

 そう。俺の目の前にいるのはまさしく人面犬だった。

 体はたぶんプードルか何かだろう。もこもことした毛が印象的だ。が、それを打ち消すのは顔のインパクト。可愛らしい犬の体に中年のおっさんの顔が付いているのである。不気味なことこの上ない。

 すると、俺の言葉を聞いてそいつはハッとしたように叫ぶ。

「じ、人面犬? 違う! 俺は人間だ!」

「いや……残念だが、違う。ほら、見てみろ」

 鏡を使って今の体を見せてやると、ショックを受けたのか人面犬は開いた口がふさがらない状態だった。

 妖怪には、複数の種類がある。この世界が生まれた時から存在するもの。器物や動物が年月を経て妖怪化するもの。そして――人間が、ある条件下におかれることによって妖怪化するもの。こいつは、人面犬はその類だ。

「なぁ、おっさん。あんたは確かに昔人間だったろうよ。でも、もう妖怪なんだよ」

「……そんなの、わかってたさ。何せ、死んだ自分の体を見たんだからな」

 そこで、人面犬は器用に二足歩行になりながら壁にもたれかかった。

「あの時はなぁ、娘の誕生日だったんだ。それで、誕生日プレゼントを持って走っていたら、車に轢かれてドカン、だ。気づいたらこの姿だしよぉ。どうしたらいいかわからなかったんだよ」

「辛かっただろうな、おっさん。今から時間あるか?」

「ああ、あるぜ」

「なら、いい所紹介してやるよ。付いてきな」


 ――それから小一時間後。俺とおっさんは二人屋台に座っておでんを食らっていた。

「ったくよぉ、何だって俺はこんな姿に……」

「辛かっただろうな。のめのめ。今日は俺のおごりだから」

「ありがとよ、兄ちゃん。あんた、いい奴だ」

 俺は店の親父に熱燗をもう一杯注文する。ちなみにこの親父も妖怪だ。より詳しく言うのなら、のっぺらぼうである。普段は人間に擬態しているが、たまに化かしているらしい。

 出された熱燗をグイッと煽りながら、おっさんは目尻に浮かんだ涙を拭う。

「俺はさ。確かにさえない男だったよ。万年係長とも言われたさ。でも、家族だけは俺を愛してくれた。俺だって愛してた! なのに何で失わなくちゃならなかったんだ!」

 おっさんはテーブルに突っ伏し、おいおいと泣き出してしまった。

 というか、さっきから薄々感じていたのだが……。

「おっさん。あんた、数日前女子高生に声かけなかったか?」

「ああ……かけたさ。だって、俺の娘だからな……向こうは気づいてなかったが、俺はわかったさ」

 なるほどな。だとすれば、一連の行動も納得がいく。

「おっさん。実は、俺今日その子に依頼されてきたんだよ」

「そうなのか?」

「ああ。確かに気付いていないみたいだったが、会ってやったらどうだ?」

「会うったって、こんな姿じゃ……」

「家族はあんたを愛してくれていたんだろ? だったら、信じてやろうぜ? な?」

 おっさんはしばしためらいがちに肩の毛を弄っていたが、やがてゆっくりと首肯を返した。

「決まりだな。ちょっと待ってな」

 一応断りを入れて、件の娘にメールを送る。すると、十分もしないうちに返答が帰ってきた。無論、答えはイエスである。

「おっさん。もうすぐ来るってよ」

「本当か? それにしても改めて会うとなると緊張するな……」

「大丈夫だって。自信を持てよ。とりあえず、たまごでも食えって」

「おう、ありがとよ、兄ちゃん」

 おっさんと俺はしばしおでんに舌鼓を打っていたが、そんな折誰かが後ろから俺の肩を叩いた。見ればそこには――例の娘の姿。俺はすぐさま、おっさんの方に呼びかけた。

「おっさん。頑張れよ」

「お、おう……」

 おっさんはどぎまぎしながらも娘の方を向き、ゆっくりと口を開いた。

「ひ、久しぶりだな……って言っても、こんな姿じゃ……」

 だが、娘は首を振り、

「お父さん」

 とだけ、小さく言った。

 刹那、おっさんの双眸からボロボロと涙がこぼれ落ちる。

 見れば、娘の方も涙を流していた。

「お父さん。そんな姿になってまで、私に会いに来ていたんだね。ごめんね。すぐに気付いてあげられなくて」

「いいんだよ……俺の方こそ、ごめんな。お前と母さんを残して逝っちまって」

「ううん……そんなことない。だってこうして会えたんだもの」

「……どうやら俺がいるのは野暮のようだな」

 そう立ち上がったところで、

「あの! 報酬は……」

 娘が声を張り上げてきた。だが、俺は言ってやる。

「今日は久々に美味い酒が飲めた。それでチャラにしてやるよ」

 店主に手持ちの金を全部渡して、俺はその場を後にした。

 きっと、あの二人はもう大丈夫だろう。

 家族の愛とは、時として奇跡を起こすのだから。


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