三件目
普段のおちゃらけた事務所の空気から一転。今日はかなり張りつめた状況下に俺たちはいた。あの幽華ですら口を開くことができないほどである。
俺のちょうど目の前に座った小柄な老人――子泣き爺は涙ながらにこう語る。
「最近はなぁ、畏れが全然集まらんのじゃよ。おぶさってくれと頼んでも、すぐ救急車とやらを呼ばれ、担架というものにも乗せられる。おぶさらずして、何が子泣き爺か」
曰く、最近の若者は親切ではあるのだが、方法が間違っているらしい。しかも、この子泣き爺、ことあるごとに「昔はよかった」と言って昔話を始める始末。そろそろ三時間くらいぶっ続けで聞いていると思う。
「じゃからのう、何とかしてほしいんじゃよ。畏れが集められんわい」
ようやく本題に入れた。回り道が多いぞ、この人。
「ええっとそうですねぇ。子泣き爺さんはある種危険な妖怪でもありますから……」
子泣き爺とは、人間におぶさられた瞬間から重さを増し、最終的にはその人を潰してしまうという妖怪である。流石にこのご時世で、殺人はまずい。
とはいえ、畏れが集められないのもまた問題だ。何とかしなければ。
「う~ん……そうですね。今はどちらにお住まいで?」
「今は徳島の小さな山に住んでおる」
徳島か……四国は東北・京都に次ぐ妖怪の聖地でもあるし、合ってるといえば合っている。だが、確かあそこは狸たちが幅を利かせていたはずだ。
「何とか、上手く人間と折り合いが付けられませんかね?」
「難しいのう。潰さず、寸前で解放することなら可能じゃが」
これは困った、と俺が頭を悩ませている折、幽華がポンッと手を打ちあわせた。
「あ! いいこと思いつきましたよ!」
「何じゃい? お嬢さん」
「いっそのこと、人間世界に溶け込んだらどうです?」
「いや、幽華。それじゃ、何の解決にもならないだろう」
しかし、彼女は俺に向かってフルフルと首を振った。
「でも、楓さん。畏れって、人から恐れられるだけじゃなくて、尊敬とかを集めることでもいいんですよね?」
確かにそうだ。厳密にいうなら「畏れ」とは、恐怖と畏敬の念を対象に抱かせることで生じるもの。つまり、必ずしも驚かしたり、化かしたりする必要性はないということだ。
すると幽華は勝ち誇ったように頷き、
「ですからね、子泣き爺さん。いっそ街に降りてパフォーマンスしたらいいんですよ。ほら、その姿。傍から見たら出来のいいコスプレに見えますよ」
言われてみれば……そうだ。というか、本人なんだからまんまである。
「最近はコスプレイヤーというのが大きな注目を集めているらしいですし、やってみる価値はあるのでは? それで、ある程度注目が集まったところで今自分が住んでいる山には本物の子泣き爺がいるといえばいいじゃないですか」
なるほど。つまり、広報活動というわけか。本人が精巧なコスプレをしているように見せかけ、それは自分があの山で本物を見たからだといえば、興味本位で人も集まるだろう。確かに妙案と言わざるを得ない。これは素直に感じた。
その提案には子泣き爺も納得してくれたようで、感涙にむせび泣いていた。ちょっとソファーが沈み込んでいるのが気になるが、まぁ、良しとしよう。
一方で、幽華はドヤ顔で俺の方を見ていた。
悔しいが、今回は俺の完敗である。
後で、好物でも買ってきてやるとしようか。