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朝はシリアルと決めている

アホな姉とシスコンな弟

 突然だが、俺の姉はアホである。

 いや、こう言ってしまうとなんだかひどい弟に思われてしまうかもしれないが、残念ながら事実なので仕方がない。

 俺自身、まだ誰とも付き合いをしたことがない純粋無垢な存在ではあるが、日常生活においてクラスメイトの女子と前日に放送されていたテレビ番組について話したり、近所に住むマダム達と挨拶や世間話をしたりするくらいには女性との関わりは持っている。

 だがしかし、未だかつて我が姉ほどのアホな女性に出会ったことは一度もない。

 一人くらい姉と同レベルのアホな人もいるもんじゃないかと探してみたこともあったが、女性どころか男性においてもあのレベルのアホに出会ったことはない。

 恐るべしアホ力の高さを誇る姉なのである。

 実際どれほどアホかと言うと……おっと、噂をすればちょうど本人が来たではないか。


「カズキー帰ろー」


 校則通りにブレザーを着こなし、肩に鞄をかけてやってくる人物――こいつこそが我が姉にして最強のアホ、黒沢あんずである。

 髪型も校則通り、しっかりと二つ結びにしている。俺のクラスのドアの前で笑顔で手を振姉に、クラスメイト達はくぎ付けになる。男子に至っては顔が赤い。

 そうそう、言い忘れていたが姉はアホなばかりではない。

 姉は、びっくりするほど可愛いのである。

 透き通るような白い肌に、くりくりとした真ん丸の瞳、長い睫、すっと通った鼻筋、桜色の唇。そして太陽の光を浴びるとキラキラ輝いてみる色素の薄い柔らかそうな長い髪。

 身内だから贔屓目になるんだろという声が聞こえてきそうだが、少し考えてほしい。

 本当に身内フィルターのようなものが俺にかかっているとしても、今この場にいるクラスの男子のあの緩みきっただらしのない顔についての説明が出来なくなる。

 同時に、俺の顔をちらっと見て女子が少し残念そうな顔をする。まるで姉の美貌を少しでも分けてもらっていればイケメンだったのにとでも言いたそうにしている。チクショウ。

 何も気にせず姉は一年生の教室に入ってくる。

 するとどうだろう、先ほどまで少しだけ赤かった男子の顔が、さらに赤くなるではないか。

 同時に、女子たちは口を開けて驚いた顔をする。

 そんなに姉のナイスバディに心奪われたか、お前ら。なんてことではないのだ。

「……あんず」

「ん?」

 首を傾げ、弟相手に上目遣いする必要があるのかは謎だが、高校生になった今ではすっかり俺の方が、二十センチほど身長が大きくなってしまったので、自然とそうなってしまうのだろう。

 大きな瞳でこちらを見てくる姉の姿を確認し、俺ははぁっとわざとらしくため息を吐いた。

 ちなみに、俺は姉のことを普段「あんず」と呼び捨てにしている。親からは「お姉ちゃんと呼びなさい」と怒られるが、こんなアホをお姉ちゃん呼ばわりするのもなんだかむず痒くなるっていう話だ。

 今度は姉にも違和感が分かるようにわざとらしく視線を落とすが、依然として姉は分かっていない様子。

どうしてだ、どうしてそうなるんだ、姉よ!


「お前はここまでそうやってパンツ晒して歩いてきたのか?」

「え?」


 そう。姉はパンツ丸出しでこっちまできた。肩からかけているカバンにスカートが巻き込まれている。いったいどうやったのかは見当もつかない。

一旦肩にかけた後、カバンの位置をずらそうとして、カバンと一緒にスカートの裾も持ち上げたのだろうか。

最初は顔の可愛さに気を取られていた男子も、我めがけて歩いてくる姉が、近くを通った時にそれに気づいて更に顔あが赤くなって……ということである。

 女子は女子で、最初は姉に羨望のまなざしを向けていたが、パンツ丸出しに気付き、同じ女としてこれは恥ずかしい、教えてあげたい! でもどうやって伝えよう……と悩んでいただけである。

 ――誰も何も言えないのなら、身内である弟が言うしかないじゃないか。


「うっそ! やだ! もう!」

 

 そりゃこっちのセリフだ、うっそ、やだ、もう。大慌てでスカートを下ろす姉。

 そう、姉はこれくらいアホである。なぜ気付かないんだ。

 三年生の教室から一年生の教室に来るには、階段を下りて、さらに渡り廊下を伝って隣の校舎まで来ないといけないのに。

 そしてなぜだ。なぜ誰も姉がここに来るまでに指摘してやらないんだ。チクショウ。


「ふー、危なかったねー」

「危なかったじゃない、アウトだ」


 スカートを直して一仕事終えましたみたいな顔してるけどな?

 危なかったセーフみたいな顔してるけどな?

 余裕でアウトだからな、姉よ。

 あ、女子がひそかに親指を立てている。グッジョブってことだろう。

 男子は……あ、睨んでる。何余計なことをしてくれたんだって睨んでる。アホか。

 お前らに姉のパンツを晒しっぱなしにするわけないだろ。


  *

 帰り道。姉が何だかそわそわしている。

 こちらの様子を伺っているようだ。

 かといって目が合うと気まずそうに目を逸らす。気になって仕方ない。姉よ何があった。


「さっきから何だよ、こっち見たり、かと思えばそらしたり」

「う、うんあのね、カズキ」

 

 もじもじしながら、とても言いにくそうにしている姉。

 どうしたんだ何か嫌なことでもあったのか。


「あのね、私、彼氏が出来たの!」


 ああ、そう。彼氏ね、彼氏。

 ――は?


「隣のクラスの松木君って言ってね、告白されたから付き合うことにしたの」

「は?」


 心の中で言った言葉が、そのまま声としても出てしまった。

 何、告白されたから付き合う? 松木って誰だよ!


「なんか一年生のころからずっと好きでいてくれたみたいで……その」


 あー、完全に流された感じね。はいはい。さすがアホ姉。

 多分その松木とやら以外にも一年のころから姉に好意を寄せてくれていた男子はいたと思うが。ただ、口にしない、思いを伝えに来ないだけで結構いるだろう。


「もちろんき、キスとかそういうのはまだしないよ!?」

「何を言ってるんだ落ち着け」

「健全! 健全なものよ! 喫茶店でお茶したりとか」


 何で弟にそんな必死に弁明してるんだ。よくわからないな。

 良かったなと社交辞令のように返事をすると、姉は笑顔でありがとうと言った。突然だったが、姉に初めて彼氏が出来たことに俺はなぜか不安が募る。

 見た目だけで好きになったとかじゃないならいいけど。

 姉、アホだから。この前も鍵がないのよ! 家に入れないどうしようって鍵握りしめて泣いてたくらいアホだから。

 その松木とやらが姉を見捨てないことを祈る。同時に、姉のアホが少しでも改善されることと、松木とやらに見捨てられないことを祈る。


「でね、松木君ってばね」

「……」

「あの時のデートで写真撮って……」


 松木と付き合ってからというもの、姉の話題はもっぱら松木である。

 寝ても覚めても~というくだりのキャッチフレーズを使う某アイドルがいるが、それに当てはめると、姉は今、寝ても覚めても松木ワールド! この一言に尽きる。

 俺は何となくしか、姉の話を聞いていなかったからてっきり上手くいっていると思っていた。仲良くしているならそれで結構。

 けれど、悲しいかなアホな姉のせいで事件は起きてしまうのだ。



  *

それは、姉が松木とやらと付き合ってもうすぐ三か月に差し掛かろうとしていた時だった。

「おい、俺にもくれよ!」

「俺も俺も!」

「やだねー」

 男子が何やら騒いでいる。ていうかそこ俺の席なんだけど。これじゃ座れないじゃないか。

 全く、人の座席付近で騒ぐのはやめてほしい。

「貸せよー!」

「やだね、そんなに欲しいなら取ってみな」

 まるで小学生のやり取りである。何をしてんだ、何を。

 とりあえず、カバンだけでも机に置こうとしたとき、バランスを崩した男子が俺のほうに倒れこんできた。突然のことで避けきれず、そのまま男子のクッションになるようにして床に倒れこむ。

 ――その時、男子が持っていたと思われるものが目の前に落ちてきた。

「あっ」

 男子たちが慌て始め、教室が静かになる。

 手を伸ばしてこちらに引き寄せて確認すると、それは他の誰でもない、うちのアホ姉の写真であった。しかもパンチラ。

 俺はその写真を改めて握りしめると、上に乗っている男子を勢いよくどかして立ち上がる。そのまま呆然と立ち尽くす男子の胸ぐらをつかみ、小さな声で問いかけた。

「これ、誰にもらったんだ」

 男子がなかなか話さないので、仕方なく俺は男子の二の腕の内側の肉を二、三ミリほどつかんでぎゅっと力を入れた。

「い、いてえよ!」

 そりゃそうだ。痛くしてんだから。人間、ここをつねられるとめちゃくちゃ痛いんだから。

「言え。誰にもらった」

「……き先輩」

「あ?」

「ま、松木先輩だよ!」

 男子は叫ぶと同時に、痛みをこらえて俺のつねり攻撃から腕を引っこ抜いた。

 つねられた部分を確認しながら、まだ痛がっている。

 あー、なるほどね。大体理解した。

 同時に、姉が話していたあの惚気話の数々も思い出す。

 そういうことね。


 放課後。俺は姉に「荷物が届くけど、すぐ帰れそうにないから先に帰ってほしい」と訴えた。姉はアホなのでまだ「松木君と帰ろうと思ったのに」などと言う。ふざけるな。

「あんずごめん! 今度あんずが好きなガトーショコラ買ってくるから」

「ならいいよ! うん!」

 すっかり上機嫌の姉を見送り、俺は松木のところへ向かった。

「あ、あんずちゃ……あれ? 君は確か」

「弟のカズキです」

「お姉ちゃんは?」

「あんずは、ちょっと用事があるので帰りました」

「そうか、伝えに来てくれたんだね。ありがとう」

「いえ」

 松木というやつの顔をまじまじと見たのはこれが始めてた。優しそうな顔をしており、いかにも真面目という印象である。話し方もどこか弱弱しい。

 でも、そんなのは今の俺にとっては演技にしか見えない。

「これ、どういうつもりですか?」

 俺は先ほど教室で拾った写真を見せた。

 姉のパンチラ写真。背景からすると放課後、近くのショッピングセンターに寄った時に至近距離から撮られたものだろう。しかも姉はカメラ目線である。警戒心ゼロ。

 このことから、犯人は至近距離にいても怪しまれず、その上カメラを構えていても警戒されない人物であることがわかる。

 いくら姉がアホだからだって、知らないやつにカメラを向けられたら少しくらい警戒するし、それよりも何よりもそんなことがあったら真っ先に弟である俺に相談してくるはずだ。

 それがなかったということと、姉の惚気話に頻繁に出てくる「写真を撮った」という言葉をたどればますます犯人は絞られる。

 俺は少し勘違いをしていたのだ。姉の言葉の意味を。


『写真を撮ってね……』


 この言葉を、俺は勝手に、姉が松木と一緒に写真を撮った、すなわち二人一緒に写っている写真を想像していた。

 ところが、このパンチラ写真はどうだろう。どこにも松木の姿はない。もし姉が手前になっている状態であったとしても、後ろに松木がちらっとでも写っているはずだし、あんなに惚気まくっている姉が、松木と一緒にいる最中によそ見をするとも思えない。

 もう一度姉の写真に目を向ける。

 この姉は、一体何を見ているのか。

 ――そう、カメラを構えている松木を見ていたのだ。


「なんだこれ! ひどいな!」

 わざとらしく松木が怒ってみせる。

 なるほど、あくまでもシラを切るつもりか。

 ならこっちだって。

「ひどいですよね……姉の彼氏である松木さんに知らせようと思って」

「ありがとう。僕も今後不審者には気を付けるよ」

「はい。しかもこれクラスの男子が言うには一万円で買ったって言うんです」

「い、一万円!?」

「はい、ひどいでしょう?」

「そんなばかな、俺は千円で……はっ」

 意外とあっさりと、松木はボロを出した。

「やーっぱり、あなたが犯人でしたか」


 しまったといういうより口元を抑える松木。もう遅い。


「ち、違うんだその、これはほんの冗談で……」

「冗談?」


 こっちは冗談じゃない。


「たまたま撮れて、それで冗談で売るよーって言ったら……」

「乗ってきたから本当に売ったんだ? あんたサイテーだな」

「なっ! 頼むよあんずちゃんには内緒に……」

「するわけないだろ? 今すぐ電話する」


 そう言って電話を取り出すと、松木はいよいよやばいという感じでさらに焦りだす。


「お願いだ! 僕は本当にあんずのことは好きで……」

「あんずはあなたのこと信頼してたのに裏切られたんですよ? 好きな人にパンチラ写真撮られてその上、それを千円で売られて」

「やめてくれ! 頼む!」


 松木が土下座するのを、俺はじっと見下ろしした。

 情けない。こんな男を姉は初めての彼氏に選んだのか。


「分かりました」

「ほ、ほんとかい」

「ええ。その代り、あんずとは別れてください」

「何言ってるんだ、そんな」

「当然でしょう? あんずの弟として、そんなことする男と付き合ってるのは耐えられません」

「うっ……」

 もはや何も言い返せなくなった松木は、がっくりとうなだれて俺の要件を飲んだ。

 撮った姉のその他の写真も没収することを約束したところで、姉のパンチラ及びブラチラ及び、普通の写真売買事件は無事に幕を閉じた。

 当然、今まで売られていた写真も、あらゆる手段を使って回収済みである。



  *

 松木に突然振られる形となったあんずは、ものすごく落ち込むかと思っていたが、そうでもなかった。


「ね、カズキ! ガトーショコラまだー?」

「ちょっとは落ち込めよ!」


 こんな感じで、破局に追い込んだ張本人である俺ですらツッコミを入れる勢いである。

 それでも姉は「えー?」といった具合で、こちらも力が抜けてしまう。


「あのね」

「なんだよ」

「私、しばらくは彼氏いらないかなーって思うの」

「そうかい。松木に振られたから?」

「ううん、そうじゃなくてね」


 姉が後ろから首を絞め……いや抱きついてくる。

 なんだこのまま技でもかけられるか。


「カズキがいるからしらばくはいーの!」

「何言ってんだ」

 

 呆れてため息が漏れる。


「今度は自分から好きになった人と両想いになれるようにするの! まだ好きな人できたことないけど……カズキみたいに優しい人がいいなあ」


やれやれ。少しうれしいと思ってしまう俺はやはりシスコンだろうか。

ともかく、姉の面倒を見なくて済む日が来るのはまだ遠そうだ。


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