タブラカセ!
大見得を切った。海よりも深いほど反省しているが、後悔はまだしてない。
反省点は一つ。皆の命を勝手に預かり、そしてスタンドプレーで話を加速させようとしていること。
俺はリーダーでもなければ、しれっとした顔で仲間の運命を左右する度胸も無い。正直、常にストッパー役になってくれるジミーの助けが欲しい。俺よりも常に深く考えて正答を導き出すナムさん、そして、理屈じゃなくて根本的なところで核心をつく親分からの助言が欲しい。
……仲間全員からの意見と同意も欲しかった。
けど、今は何より迅速に対処しなければならない局面であり、尚且つ、正攻法では埒が明かない局面である。そう、自分に言い聞かせて、なんとか心のバランスを保とうとする。その傲慢さが我ながら忌々しい。
ここまで自分で追い込んだ以上、失敗は許されない。閉じた狭間の奥で一向に変わらない仲間たちの不安げなやりとりを見ながら、気合を入れる様に大きく呼吸をする。
オーケー、遊びはここまでだ。
「……いつから意識が戻っていたかわからないが、とりあえず仲間との会話中に寝たふりをしていてくれた、あんたのその理性に礼を言っておく」
「気が付いて―――……別に、貴方の為じゃないわ」
「知ってる。だから『とりあえず』だ。利害は一致していた」
覚悟を決め、振り返りもせず放り投げた言葉に、控えめな声で返事が帰ってきた。
返事の主は確認するまでもない。寝起き早々、状況を見極める為にワザと寝たふりをしていた割りには、決して大人しく無い―――よく言えば意志の強そうな凛とした声音だ。
敵意が無い事を示す為に両手を挙げながら振り返ると、女の子が今まで寝ていたベッドから身を起こし、やや警戒するような素振りでこちらを睨みつけていた。
ミルクティー色のふんわりとしたクセがつた長い髪。精緻だが感情の灯った顔の造り。疲労が若干読みとれるが、それでも狭間の世界で気高く輝く赤茶色の瞳。シルクの着物に隠されているが先ほどまで抱き上げていたからわかる、細身だがしなやかな肉付きのプロポーション。
寝ていた時は、本当に大人しげな「お姫様」だったが、こうして眼を覚ました彼女と対峙してみると、(どちらかと言うといい意味で)気位の高い印象がちらほら見受けられる。それでいてとっつきにくい印象を受けないのは、髪の色と質、顔の造りが原因だろう。一歩間違えばアンバランスに感じてしまう、そのあどけなさが気品に華を添えている。
「とりあえず確認させてくれ。セルヴズの王女か?」
「…………………………」
最低限の確認ぐらいはしたかったが、こんな状況じゃ黙秘するのは当然か。覚醒し、身を起こしたとは言っても、彼女はまだベッドから降りようとしない。下手な行動を控えているというのもあるのだろうが、おそらくまだ身体が上手く動かせないのだろう。
もし俺が彼女の立場だったとしたら―――眼を覚ましたら非常識な空間で、どこから来たのか分からないベッドから身を起こせば、見知らぬヤツがいて、肝心の身体が動かない、そんな状況だったら、同じく時間稼ぎをするだろう。
滅多にない女子との会話だ。本来ならば、時間がかかっても―――彼女が人の話を大人しく聞いていられる内に、丁寧に口説き落としてしかるべきなのだが、仕方が無い。
「もし、アンタがセルヴズの王女だとして、今一番知りたい情報を教えよう」
正面からカマを掛けようとする俺の言葉に、彼女の整った細い眉がピクリと動く。
「アンタがセルヴズに召喚した人間は総勢32名。うち―――勇者はゼロ、だそうだ」
「嘘っ!?」
……予想以上に、搦め手には弱いらしい。失言に気が付いて思わず口を抑えるその姿は滑稽でもあるが、王女という、異臭を放ってしかるべき権力の持ち主がそれでいいのだろうか。
「嘘じゃ無い。今、召喚術の欠陥の発覚により、セルヴズは混乱し、術者であった第二王女を失い、そして召喚された者たちは今、窮地に立たされている」
「貴方は……誰?なぜそれを、」
「俺もその窮地に立たされている者の一人だからだ、と言ったらわかるな?」
彼女は俺の着ている制服などを一瞥し、確認してから軽く頷いた。あまり詳しい事はわからないが、ブレザーは少なくとも彼女の近辺には無いようだ。
「ここは、」
「ここは、世界と世界の狭間。アンタの身柄は世界を渡る際に俺がここで偶然拾った―――アンタがその言葉を信じてくれるならば、だが」
放った言葉とは裏腹に、信じてくれ、と心の中で願いながら軽く眼を閉じる。害意は無いという事だけでも伝わって欲しい。そして、自分の心を覗き見た後、再び彼女の姿を捉える。
「だからこそ、俺は訊きたい。貴女が俺たちを召喚した、セルヴズの……王女か?」
「……そうだとしたら?」
「取引をしたい」
「断ったら?」
「断られたら、俺は仲間をこの空間に呼び寄せ、どこかに逃げる。アンタは……そうだな、王城に置いていってやるよ。そこで責任を果たせばいい」
俺を試す様な口調に、アンタなんて人質の価値すら無い、と言外に伝えて返す。おそらくこの事態で、彼女が一人王城に戻ったとしたら、責任を取らされ、あまり良くない立場に追い込まれるだろう。最悪処刑。良くても幽閉、だろうか。どちらにしても、その方が、彼女にとって過酷なはずだ。
彼女もそれがわかっているのか、顔をゆがめて渋い表情を作った。
「何故、そこまで考えてあって、黙って行動しないの?貴方たちは、セルヴズに恨みこそあれど、恩も義理もないでしょう?」
「確かにな……正直、その通りなんだけど」
俺は彼女の座るベッドの横までゆっくりと飛び、警戒する彼女の顔を間近で見ながら苦笑する。
「実は義理はなくとも、興味があってな。召喚の際、遺された者たちが哀しまないように、わざわざ召喚術式を変えた優しい王女様に」
「…………………………………」
俺が日本で最後に見た光景。そして、王女が術式を改良していたという情報。今彼女に告げた内容は、そこから勝手に推測しただけだ。
結果として、俺たちは退路を閉ざされてしまった格好になってしまったが、多分、アレは善意によるものだと信じたい。そうでなければ、召喚される人間の代理を精製するなんて手間は必要無いはずだ。
「……どうして」
沈黙を破る様に小さく彼女が呟く。
「結果として貴方たちは召喚されてしまったのに」
「結果として俺たちは召喚されてしまったからだ」
それも、退路を断たれた形で。その事について、わざわざ言及するつもりなんて無い。
退路が無いならば、せめて、マシな所を選ぶだけだ。この世界の他の連中がどんな人格者か知らないが、少なくとも俺は彼女と利害が一致している。
「中にはアンタに一言言いたいヤツもいると思う。けど、一人一人の意見を拾っていたら、その間に俺達は揃って殺されてしまう。だからこれは俺の独断だ。俺は仲間の為にアンタと取引をしたい」
「……どういう取引?」
「簡単な話だ―――アンタが俺の仲間の後ろ盾になれ。その代わり、俺がアンタに力を貸す」
俺の提案に彼女はしばらく思案した後、ゆっくりと首を横に振った。
「無理よ。私にはそんな権限も力も無い」
「それでもいい。ただ、異世界から来た俺達が声を挙げるよりも、王女であるアンタが声を挙げてくれた方が都合が良い。だから、今は体裁さえ取り繕える事が出来ればいい」
今の彼女に権限など求めていない。もし彼女に権限があったとしたら、独断で召喚術をイジる事などしないだろう。むしろ、俺達の力に由来しない権限、権力があった方が不都合だ。下手したら、強権的に俺達は破滅の道を歩まされてしまう。
だが、俺達のおかげで彼女に権力が生まれたらどうだろう?
だから、都合がいいのだ。
「具体的には……どうすればいいの?」
「今、俺達の処遇を巡って会議が行われているはずだ。そこに乗り込んで、責任をとって、俺達の身柄を預かると宣言してくれればそれでいい」
「それだけ?」
「それだけでいい。後は何とかする」
言葉を切って、俺は彼女の瞳を真っ直ぐ見つめる。
色々葛藤があるのだろう。その紅茶色の瞳が微かに揺れていた。
「保証が必要か?」
「いえ……貴方、名前は?」
「宮古理玖。理玖が名前で姓は宮古」
「姓があるのね……貴族?」
「……いや。俺達の国に貴族はいない。身分平等の国だ。誰もが姓を持っている」
「変な国ね」
少し困ったように笑って彼女は右手を差し出してきた。
「セルヴズ王国第二王女、ラシェル・セルヴズよ。ラシェルでいい。貴方の話……乗ってあげる」
「取引、成立だな」
俺も差し出された彼女の右手を握り返す。
とりあえず、一人。
代償は俺の身柄。
後悔は―――させない。
もしかしたら、年内最後の投稿かと。
いつか、主人公の力に調整を入れたいと思ってます。何も考えずに設定したのですが、狭間のくだりが自分も知ってる某STGキャラとだだ被りしている事に気が付いたからです。
よければ意見を下さい。