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勇者不在のお知らせ

 さて、状況確認と行こうか。

 

 つっても、情報なんざ、まったくと言ってもいいほど手元に無いんだけどよ。

 確定している情報は2点……いや、3点。4点……あるかも。


 1つは今俺たちが漂う「狭間の世界」についての情報。

 あれだけ意味深に引っ張っておいて、「やっぱ出られませんでした……」じゃ締まらない。当然のことながら、何度か検証を行ってみた。

 結果は最上。

 俺の意思ひとつで「出たい」と思ったところに出る事が出来る。

 非常に不思議というか、むしろ気持ち悪い感覚だが、物理法則もその他常識の壁もすべて無視して、何もない虚空に出口をつなぐことができる。

 

 ただ、自由過ぎて逆に不便かも、という印象は否めない。

 意志のひとつで自由に闊歩できるという事は、その分、「その結果」という先々の事を見通さなければならない。出た先はどうなっているのか。出て行ったあとはどうするのか―――既に何度か検証中に、曲がり角や部屋から不意に現れた人物と鉢合わせをしそうになっている。

 元々、人知れずして移動したいと思ったから、こんな博打を打ったのに、ついうっかりで台無しにしたら本末転倒だ。


 それに、俺はこの狭間を行き来し、自由に闊歩するには、現実世界の情報を知らなさすぎる。

 この場所の地形はどうなっていて、地理がどうであって、部屋のレイアウトはどうなっていて、そこで行動する人物はどういった行動原理の下で動いているのか。


 堂々と女子風呂に乱入できるラッキースケベ(確信犯)おあつらえ向きの力なのに、この世界は風呂に入る習慣がありません―――なんて言われたら台無しってことだ。


 ワタクシ、宮古理玖はこの世界がある程度の衛生的な概念を持っていることを切実に求めております。


 ちなみにだが、今現在この狭間の空間は先ほどこの世界に飛ばされてきたときのように、激しい流れと言うものは存在していない。少なくとも俺の漂っている周辺は凪と言ってもいい状態で、かつ、今現在の行動範囲内であれば、その場から移動しなくとも希望の場所に出る事が出来る。この途方もない広さの無重力空間で迷子になる危険性が無い事は非常にありがたい。


 次に確定している情報だが、俺が元の世界から漂着した場所はセルヴズの王城敷地内だったという事だ。

 それは検証中に、ごく小さな穴をあけて盗み聞きしたり、様子を伺ったりして確定している。

 その中で、「異世界から人間を多数召喚した」という趣旨の話があった事から、クラスメートたちが同じ敷地内にいる事も確定済み―――既に、現状彼らがいる位置もある程度特定している。

 

 ただ、腑に落ちないのは、城内の様子。

 異世界から俺たちを無理矢理召喚した割には、あまり城内が浮ついた雰囲気になっていない。メイドや従者じみた人たちが慌ただしく動き回っていることは、まあ、大人数がいきなり来たんだから当然かなとは思う。だが、身なりの良さそうな者たちも、誰一人としてのんびりとはしておらず、むしろ誰も彼もが悲壮な表情をしながら動き回っていたことが非常に印象的だ。まるで、俺達が歓迎されていないかのようにも思える。


 結果としてだが、この狭間の世界を使うという博打をとった事は正しかったのかもしれない。

 慌ただしく、かつ、どこか殺気だっている状況下で、「みんなどこ~?」と人ひとり(それもおそらく身分のある少女)を抱えながらうろうろしていたとしたら……危ねぇよなぁ。

 下手したら問答無用で叩き斬られてもおかしかない。


 しかしそこは、安心安全狭間の世界。いまだ眠ったままの少女のために適当にベッドをかっぱらう余裕すらある。


 ベッドが無くなった?!と悲鳴を上げていたメイドさんごめんよ。仕方なかったんや……。

 そして、その部屋に入る予定だったであろうクラスメートの誰か、悪いな。女の子の為だ。堪忍して床で寝てくれ。


 あー、そうそう。ざっと見たこの世界の世界観、そしてこの国の印象だが、統括して言うと中世ヨーロッパベースのファンタジーにありがちな世界と思っておいていいだろう。

 政治体制は王制。貴族がいて、騎士がいて、従者がいて、魔法があって、人種は入り混じっているようだが、ある程度西欧人チックな雰囲気の人間が多い。ファンタジーで定番のエルフの姿はまだ確認が取れていないが、獣の耳を持った存在は確認が取れている。


 まあ、漂着先が石造りの西洋様式の建物だった時点で、なんとなく想像していたが―――、

 つまり米と醤油と味噌終了のお知らせだぜ、くそったれ。

 ごく普通の家庭で育ったが、おふくろの実家が京都の老舗料亭だったので、俺は基本和食派だ。流石に今まで食べたパンの数が数えられるほど極端じゃないけど、シチューとかクリーム系のメシがあまり得意じゃないんだ。

 

 ……まあ、それはともかく、以上が現時点で把握しているすべてだろうか。

 

 情報の整理を終えて、さて、と俺は思案する。

俺たちが置かれている状況は、想像よりも悪いのかもしれない。

無理矢理引っ張られてきたのだから、少なくとも歓迎はされるだろうと思っていたのだけど、それすらされていないという辺りが特に響いている。


 ……まあ、どうするにしても、みんなとコンタクトを取らなければどうしようもない。


 俺は結論を出した後、狭間の世界で手を翳す。すると、手を翳した個所がスクリーンのように観たい場所の様子を映し出した。

 おそらく、賓客の待合場所なのだろう、教室の3,4倍はあろうかという落ち付いた家具に彩られた部屋。一段低くなった場所に鎮座する大きなソファに、辺りを彩る細かい細工がされた高そうな木造の調度品。一段高い場所には軽食も取れそうな大きなテーブルもある。

 そんな空間に、いるわいるわ……見慣れた連中が総勢31名。

 おそらく座るスペースの関係で、何名かのグループに分かれ、めいめいに過ごしているが、それぞれがこの非常事態に暗い顔をしている。まあ、気持ちはわからないでもないが、傍から見れば、野郎が31人も同じ空間にいて静かにしている状況もむさくるしい。


 ……ん?言ってなかったか?

 うちは男子校だ。女子なんて……女子なんているわけがねぇ(哭)。

 異性がいないから青春のパッションが悪ノリするし、色恋沙汰が無いから団結力があるんだよなぁ……

 

 そんな状況をのんきに考えつつ、俺はこんな状況下で一番頼りになりそうな三人がソファに座っている姿を見つけ、そこに近寄った。つーか、まるでズームみたいに視界が動くさまは少し気持ち悪い。


 この状況下でも、割といつも通りにぼんやりとした様子の、幼稚園からの連れでウチのミクスチャーバンドのDJ、「ジミー」こと門野長流。


 少しイライラ気味な様子の、中学の時のヤンキー仲間にしてウチのバンドのドラム担当、「親分」田神紅真。


 そんな親分をなだめつつ、平静を保とうとお茶を口にしている、学力一位の秀才、ウチのバンドのベース、「ナムさん」小金井宏。


 仲のいいクラスの中でも、最も頼りになる奴らがそれぞれソファーでジッとしている中、俺は先ほどベッドのついでにかっぱらってきた羊皮紙になんとか文章を書き、彼らの眼の前にそれをぽとりと落とした。

 ……映画の中じゃ結構サラサラと書いていた印象だけど、結構書き辛いんだな、羽ペンと羊皮紙。

 

 「なんだこれ?」

 

 一番最初に気が付いて拾い上げたのは、ジミー。さっすが相棒。その渾名の由来通り、地味だけど地味によく気が付く。

 

 「どうした?ジミー」

 「いや、何か急にこれが降ってきた」

 「手紙……か?」

 「多分……どこからだろう?」


 急に現れた俺からの伝言を手に、ジミーと次に気が付いたナムさんは不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡した。そりゃそうだろうな、俺だっていきなり手紙が落ちてきたらびっくりする。


 「とりあえずジミー、なんて書いてある?」

 「んー……読めるのかな。あ、読める―――成程、うん。はい、オヤビン」

 「あー……なんだぁ?なになに、〝もしもし、私、理玖ちゃん。今あなたの後ろにいるの”―――って、理玖?!」

 

 折角の俺からのネタを一番反応の良さそうな親分に横流しするとか、流石、地味にいい性格してるぜ、ジミー。まあ、それはともかく、俺は彼らの眼の前に視認できないほどの小さな穴を繋いで、小さく声を出す。


 「いい反応をありがとうよ」

 「おい!理玖!これは何の……おまえどこにいるんだよ!?」

 「ちょっとな、頼む。ちょっと潜んでる場所がバレるから、静かにしてくれ」


 親分がドスの利いたでかい声で怒鳴ると、俺の名前我出て来た瞬間に周りが少しざわめいた気がするが、俺は声だけで三人を制した。 


 「……理玖ちゃん。今までどうしてたんだ?君だけいないから、みんな心配してたぞ」

 「悪いな、ナムさん。端的に言うと、今さっきこっちに着いたばかりなんだ。で、だ。状況がわからないから、誰にも見つからないように忍んで行動していたらお前たちがいたからさ。状況が知りたい」

 

 至極真っ当なナムさんの疑問に答えると、ナムさんは頭が痛いのか、思いっきり頭を抱えた。

 愛称で「さん」が付いているが、クラスの中でも身長がぶっちぎりで低く、どこからどう見てもショタな容姿の彼が小さくなると、本当に同級生に見えないから困る。

 

 というか、身長150前半のナムさんの隣に、190オーバーの親分って軽いいじめのような気がしないでもない。街で私服姿の二人が並んでいたら、見慣れているはずの俺だって兄弟か親子かと勘違いする。

 彼らの正面に座っているジミー?こいつヒョロいけど、地味に170後半はあるんだよなぁ……。


 「相変わらず理玖ちゃんの言ってる事が意味不明過ぎてツッコミ所が多すぎる……何で君だけ遅れてきてるのさ」

 「まあまあ、ナムさん。どうせ理玖だし。ねぇ?オヤビン」

 「ああ、この訳わかんなさは実にいつもの理玖だな」


 ボリュームを絞ったナムさんの声を合図に三人は仲良くため息をついた。

 つーか、ジミーと親分は俺の名前をディスるのはやめてくれませんかねぇ?


 「遅れた理由なんて俺が知るかよ。俺が知りたいよ。で、お前らはいつこっちに?」

 「理玖ちゃんがこっちに着く3、4時間前……になるかな?ジミー」

 「大体そんなもんだね」

 「日を跨いでないだけマシか」


 とはいってみたものの、同時に飛ばされたにしては結構ラグがあるよな……もしかしてこの狭間の世界を認識していたのは俺だけなのか?まあ、命題の一つではあるが今考えても無駄か。


 「で、その3,4時間で何があった?」

 「何があったって言われてもね……ボク達も結構混乱中だよ」

 「理玖、端的に言えば、オレら、異世界に飛ばされたらしい」

 「異世界?」

 

 ちょっとワザとっぽいかもしれないが、俺は親分の言葉に少し驚いたように応える。

 それを補完するようにジミーが一つ頷いて言葉をつなげた。


 「ああ。魔法があって、人間以外の人種がいるファンタジーの世界だ。で、この国はセルヴズって国らしい。んで、さっきこの国の王様に会ってきたんだけど、彼が言うには俺達はこの国に召喚されたらしいんだ」

 「……何の為にだよ」

 「それがよくわかんない話なんだけど、勇者が必要なんだってさ」

 「……オーケー。さよなら常識。テンプレよ、ありがとう。ジミー、お前はとりあえず病院へ行って来い」

 「何でさ?!いや、確かに自分で言っておいて結構アレな話だけど!」


 傍から聞いたら余計にアレに聴こえる話だよ、と俺は一つため息をつく。

 

 「しかし、勇者ときたか……勇者ねぇ。勇者がねぇ。勇者……もう、こんな事なんのてらいも無く言いきれるジミーが勇者でいいんじゃね?」

 「お断る!!つーか、そう連呼しないでくれ……気持ちはわかるけどさ」

 「……まあ、それは置いておくとして、何でこの国は勇者が必要なんだ?魔王でも攻めて来たのか?」

 「いやー……それが、あればいいなって程度の話で、特に意味はないらしい」

 「ねぇの!?魔王は!?テンプレだろ!?」

 「魔王はずっと昔に封印されてるらしい」

 「いねぇのかよ!?」


 なんだその片手落ちのテンプレは!?

 クラスごとの召喚なのに「ドキッ!野郎だけの異世界冒険譚!」になってるし、微妙に変化球が多すぎるんだよ。


 「正直、ボクらも訊いたんだけど、厳密に言うとジミーが今言ったようにあまり深い理由は無いらしいよ。ただ、異世界からの知識が活用できて、それにボクら異世界の人間はそれなりの力があるらしいから、いるだけでも国の利益になる……らしい」

 「……それって別に勇者じゃ無くてもいいんじゃね?」


 俺の正直な感想に、ナムさんとジミーは「うん」と素直に頷き、親分は腕を組んで渋い顔をした。


 「その事だが……理玖。お前、ちょっとステータス開いてみ?」

 「ステータス?」

 「ああ、ステータスだ。念じれば見れるはずだ」


 いよいよもって、ゲームじみてきたな、と思いつつも俺が「ステータス」と念じると、狭間の世界のスクリーンのように目の前にウィンドウのようなものが浮かび上がってきた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

宮古 理玖 (リク・ミヤコ)

9月9日生まれ 16歳 男


クラス 道化師トリックスター空狐レジェンド


特殊スキル

鬼出神行

狭間の世界を行き来し、空間に干渉する宮古理玖のワンオフスキル。


天衣無縫

天性はスタイル、戦場を選ばない。全てのスキル習得可。


自動翻訳

読文を含む、全ての言語の自動翻訳化。 


妖化

その身体に流れる大妖の血の力を十全に開放することが可能。


高速演算

複雑な術式の理解速度、および、構築速度の高速化。


スキル:熟練度(未習得は無表示)

特殊火属性 狐火 :1000/1000

身体能力強化 :200/500

仙術 : 600/1000

妖術 : 550/1000

魔術 : 150/800

体術 : 600/1000

詐術 : 120/1000

剣術(逆手) : 100/800

飛行術 : 1000/1000

料理(和) : 410/1000


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ……いろいろツッコんでいいだろうか?誰がキツネやねん、とか、術ばっかりやんけとか、特殊スキル多くね、とか、誰がケツネやねん(二回目は京都バージョン)とか、 剣術(逆手)ってモロに勇者の師匠ポジやん、とか、なんで熟練度が元から高いんや、とか、トリックスター要素がほとんどなくね?とか。言いたいことが多すぎて、熱きパトスが暴走しそう。

 うち、キツネの家系なんや……初めて知ったわ。


 「あー……理玖ちゃん?」


 声にならない叫びを察してか、ナムさんが心配げに声を掛けてくる。ああ、さすがに神々しいぜ。

 ぶっちゃけ、その綽名、「宏って漢字を分解したらカタカナで「ウナム」になるよな」って理由だから、聖人とはまったくもって関係ねぇんだけど。


 「オヤビン、この様子だと……」

 「ああ。当たりか?理玖」


 心配げなナムさんとは対象的に、したり顔で頷き合うバカ二人。何か嫌な予感がするぜ。


 「何が当たりだよ?」

 「何がって……勇者、おまえだろ?」


 ん?


 「いや、俺じゃないぞ。ジミー」

 「「「嘘だろ!?」」」

 「いや……マジで。トリックスターとレジェンドって書いてある」


 全く違うタイプの三人が三人とも同じような反応するってことはまさかとは思うが……。


 「……おい、もしかして、32人もいて1人も勇者いねぇって事は……ねぇよな?」

 「「「………………………………………………………………」」」

 

 「……マジか」


 こういうのをなんつーんだろうな。

 骨折り損のくたびれ人生?

遅くなりました。

勇者不在。魔王終了。そしてヒロインは狭間の彼方へ……。

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