師匠と弟子
屋上にて。
昨日から、アズサはテルキに弟子入りし、稽古をつけてもらっていた。
「ほら!反撃もっと早く!」
「はいっ!」
「もっと相手をよく見ろ!」
「っ!はい!・・・いてっ!」
「ぼさっとすんな!ちゃんと避けろ!」
「は、はいぃ・・・」
テルキの稽古は厳しかったが、的確な指導に、初めよりもテルキのスピードに追いつけるようになってきた。しかし、まだまだ二日目である。その程度でなんとかなるほど、道のりは甘くない。
「おい、体力無さすぎ!体力無いなら無いなりの動きで戦え!そんなんじゃやつらには追いつけねぇぞ!」
「は、はい!」
今日は持久戦に持ち込まれたときの練習として、テルキは縦横無尽に屋上を動き回る。アズサはそれを追い、攻撃していくのだが、いかんせん、頭を使う喧嘩に不慣れであるし、学校の中でトップを独占するテルキに、体力だって敵うはずが無い。
とうとうアズサは膝に手をついて肩で息をしてしまう。その様子を見て、テルキはアズサのところまで戻ってくる。
「なっさけね~な~。喧嘩慣れしてるみたいだから、多少体力あると踏んでの練習だったはずだぜ」
「さ・・・さすがに、師匠に、は・・・敵いませんよ・・・」
息も途切れ途切れになりながらも言うアズサに、テルキは呆れる。
「おいおい・・・俺は別段体力があるわけじゃねーぞ?それと師匠はやめろって」
「だって、あんな跳ね回ってるのに、息切れないなんて・・・」
だいぶ回復してきたアズサは、心の底からテルキを尊敬した。アズサの何倍も筋肉を使ってたはずなのに、汗一つかいていないし、息の一つも乱れていない。
「あの程度じゃ、全然疲れねぇよ」
「ほら、やっぱり体力あるんじゃないですか」
「ありゃ筋肉の使い方だ。お前みたいに体力が無いやつが、どたばた走り回ってたら、そりゃ息切れするわな」
これは思っていた以上にバッジ獲得までの道のりは長いかもしれない、とへこむアズサだった。
「い、意外とずばずば言うんですね、師匠・・・」
その言葉に、テルキは半ば呆れる。
「ずばずば言わねぇと、稽古の意味がねぇじゃねぇか。それと、なんで師匠っていうんだよ」
アズサは事あるごとにテルキを師匠と呼ぶ。それはアズサのテルキへの憧れと、尊敬の現われなのだろう。
「当たり前でしょう。俺を弟子にしてくださいって言って、先輩、了承してくれたじゃないですか。俺にとっては、あなたは師匠です」
「その呼ばれ方、違和感半端ないんだよな・・・ま、いいけどよ。とにかく。お前は早く体力つけろよ」
「師匠のその才能が欲しいです・・・」
「俺の才能もらったらきっと今のお前の状況より悪化するぞ。俺は努力タイプだったからな。才能0の段階からスタートだったからよ」
その言葉にアズサは驚愕する。
「そんなまさか!あんな身のこなし、才能0でできるはずないですよ!」
テルキはけらけらと笑う。
「俺は自分で言うのもなんだが昔は優等生タイプだったからなぁ・・・。ガキの頃の喧嘩の弱さが証拠だ。一発殴られただけで勝負ありって感じだったんだぜ。お前だって、努力すりゃなんとかなるもんさ」
努力。とても純粋な響きのする言葉だ。アズサにはその言葉がやけに新鮮に思えた。
「なるほど・・・。やっぱ師匠には惑星を目指す執念があったから、成せた技なんですね・・・俺に、できるかどうか・・・」
テルキには、家族を奪った惑星を潰すという目標があった。それが原動力だったことは容易に想像ができる。
「お前にだって、執念があるんじゃねぇのか?」
「え?」
アズサはテルキの目を見る。その目は、心なしか怒気をはらんでいた。
「お前が惑星に行きたいのは、夢を叶える為だろう。それは十分原動力になるはずだ。お前の目的は、執念を持つほどのものじゃないのか?」
「そ、れは・・・」
アズサは俯く。アズサは正直、自分に執念を感じるほど、あの惑星の事を思ったことはない。今、ここで、また格の違いを見せ付けられたような気がした。
静寂に包まれる。ややあって、その静寂がテルキによって破られた。
「・・・俺は、お前が俺に弟子入りを申し込んだ時の目が、本気だったから、了承したんだぜ」
「!!」
「自身を持て。俺を失望させるな。お前の惑星に行きたい思いは自分が気づいていないだけで、かなりのもんだ」
その言葉に、アズサは泣きそうになった。
「俺・・・強くなれますか?」
「俺は無責任な事を言うつもりはない。だから、わからないとしか言えない」
テルキは無常にも言い放った。しかし、アズサはその言葉を真っ向から受け止める。テルキは続ける。
「だがな、わからないってことは、お前次第ってことだよ。お前の頑張り次第で、来年の今頃はあの緑色の惑星の中で地球を見下ろしているかも知れないんだぜ?可能性があるっていうのは恵まれてると思え」
にかっと笑ったテルキがとてもまぶしかった。
「そう、ですよね・・・!俺、頑張ります!」
「おう、頑張れ!」
それから、また特訓が再開した。
「よし、今日はここまでだ」
テルキがそう言うと、アズサはその場にへたり込んだ。
「ありがとうございました!」
「おう。・・・にしても、ここも真っ暗になっちまうかも知れねぇのか・・・」
テルキは屋上のフェンスに近寄り、遠くを見渡す。
これが、いつの日か、何も見えない、忌々しい緑すら見えなくなるのは悲しかった。
もちろん、それがいつかはわからない。テルキが卒業した後かもしれないし、明日かもしれない。だが、自分が卒業するまでこのままだと思えるほど、テルキの頭はお花畑ではなかった。もちろん、ここが潰されたら人類はおしまいだ。むしろ、今までここに降ってこなかったのが奇跡のようなものである。
(今空から降ってきてもおかしくは無いんだ・・・くそっ!)
「師匠・・・?」
アズサはフェンスの向こうを苦い顔で睨んでいるテルキが心配になり、声をかける。テルキはぽつりと話した。
「俺は、ここからの景色が大好きなんだ」
「朝の集会で言ってたドームの話ですよね。俺も、残念です」
アズサとて、ここの景色が大きなドームにさえぎられるのは嫌だった。
「あの物質は、固まれば、何をしても壊れない。風化もしないし、固まってしまったらおしまい、と。本当に忌々しい!」
「師匠・・・」
テルキは、ぽん、とアズサの肩に手を置いた。
「アズサ、早くお前もバッジ誰かから奪って来い。一緒にあの惑星をなんとかしよう」
「そうですね・・・!」
師匠の隣で戦えるようになりたい、と夢とは違った目標を持ったアズサだった。