コウの異変
「どうしたの、アズサ。なんかいいことでもあった?」
コウが聞いてくる。夜の寮部屋ではもっぱら、コウは勉強、アズサは漫画を読むというのが日常だったが、今日はアズサも勉強机に向かって勉強していた。
「アズサが勉強するなんて・・・明日は雪が降るんじゃない?」
「ねーよ・・・っとは言ったが、まだ6月だし、ありえないことはねーな」
アズサは、自分の考えに一人で納得しながらうんうんと頷く。すると、コウはぽつりと言う。
「それとも僕に何かいいことが起きるとか?」
互いに勉強机に向かい、手元の大学ノートや教科書に目を落としながら話し続ける。
「何で俺が勉強したらお前にいいことが起きるんだよ」
「君が夢に一歩近づく」
「おいおい、俺は別に学者になりたいわけじゃねーぞ」
苦笑いしながら、それでもコウの方を見ずにツッコミを入れる。
「あれ、ツッコむとこ、そこなんだ。どうして君が夢に近づく事が僕の良い事なのかってとこだと思ったけど」
コウの言葉に、アズサはぽん、と手を叩いた。
「ああ、それもあったな。なんでだ?コウ」
微妙にかみ合ってない会話が続き、コウは溜め息を吐いた。
「別に。親友が夢を叶えるなんて、誇らしいことじゃないか」
「そうか。・・・ま、それで悲しむ場合もあるみたいだけどな」
今日の昼間に聞いたミモリのことを思い出し、目を細めた。
「ふうん。さしずめ、先輩から何か聞いたんでしょ」
コウはアズサの行動パターン、思考パターンは完全に把握しているようだった。
「ご明察。その話が、今の俺に微妙に重なってさ。ちょっとしんみりしたんだよな」
「それが君がガラにもなく勉強を始めた理由か」
「ガラにもなくとか言うなよな!・・・ていうかさ、なんか今日、コウ不機嫌じゃね?」
そのアズサの一言に、コウは溜め息を一つ吐いて手を止めた。確かに今日は返しがどことなく冷たい。
「気づくの遅くない?不機嫌っていうか、ちょっといろいろあって動揺してるだけだよ。でも、アズサの夢を応援してるのはホントだから。むしろ、僕の方もいろいろあって、アズサが夢を叶えるっていう事が僕の夢に直に繋がっているって知ってホントに頼りにしてるんだから。だから頑張って勉強してくれよ」
そう話すと、またコウは大学ノートに向かった。
何があったのか聞きたかったアズサだが、コウ自ら触れてこないという事はあまり言いたくないことなのだろうと判断し、わかってるよ、とだけ返し、勉強を再開した。
「久しぶりにしっかり勉強したから疲れたな~」
アズサが勉強を終えて、伸びをする。コウの方をみると、まだ机に向かっていた。
「ほんとにお前は勉強大好きだな~」
「別に・・・。アズサがバッジ争奪戦に参加するのと同じさ。僕の夢を叶える方法だから」
アズサはベッドに向かって歩き出す。
「そっか。ま、頑張れよ。体壊さない程度にな」
「アズサもね。君の方が怪我をする可能性は高いんだから、無理はしないようにね」
アズサは、おう、と後ろ手に答え、ベッドに入った。そして、3秒ほどすると、すでにいびきが聞こえた。
アズサの寝つきの速さは人一倍だった。コウも、もう慣れっこだった。
コウはアズサが寝付いたのを確認すると、かばんの中から一つのファイルを取り出した。
「どうして・・・こんな・・・」
コウは一人、ファイルを見つめて唇を噛みしめた。その様子をアズサは知る由もなかった。
次の日。朝日がカーテンの隙間からアズサの顔に降りかかる。アズサは軽く身じろぎすると、ゆっくり起き上がった。
ふと、目覚まし時計を見ると、起床の時間にはまだ早かった。
しかし、コウはもうすでにクローゼットから制服を取り出して着始めてる所だった。
「・・・おはよ。やっと起きたの?」
コウはアズサをちらりと横目で見て、ネクタイを締めながら言う。アズサは目をこすりながら、朝で働かない頭を動かし言う。
「はよー・・・ってか、まだ早くねぇか?」
「何言ってるの?今日は朝から集会だって、ホームルームで先生言ってたよね?」
「・・・」
アズサは、しばし記憶を掘り起こしてみた。しかし、全く覚えが無かった。
「・・・そうなのか」
その言葉に、コウは溜め息をついた。
「アズサはいつも寝てるからだよ。全く・・・」
「ったく、俺が寝てるって分ってんだから教えてくれてもいいだろー?」
「寝てる事を正当化しないの」
仕度が完了したコウはアズサの制服をベッドへ投げた。
「ほら、すぐ着替えて。今は6時半だから、あと30分で集会が始まるよ」
「7時からか・・・わかった。俺も支度してから行くから先行ってていいぜ」
「言われなくてもそうさせてもらうよ」
じゃ、後で。とコウは玄関を出た。部屋に一人残されたアズサも伸びをして、仕度を始めた。
すると、勉強机に目が行く。そこには一つのファイルがあった。
「あのコウが出しっぱなしって・・・珍しいな」
昨日の夜といい、今といい、本当にあいつはどうしたんだ、とそのファイルを手に取る。
何気なくファイルを開くとなにやら黄ばんだ紙がファイリングされていた。しかし、古代文字で書かれているので、何がなにやらさっぱりなアズサだったが。
「あいつ古代文字まで勉強してんのか・・・すげぇな」
いくら眺めていても自分がわかるわけはないので、さっさと仕度を済ませる事にした。
集会場はそこまで遠いことは無い。なにせ、寮の真ん中に大きい集会場があるのだから。
朝など、生徒が寮にいる場合はそこで集会を開く。また、昼間など、学校生活中ならば体育館で集会をする。
惑星の侵略のことなどで、緊急連絡を全員にまわさねばならぬ時などがあるので、最寄の集会場に駆け込めという目的で多数集会場を設置してあった。
アズサは、ぎりぎりに集会場に駆け込んだ。もう皆集まっているところだった。幸いまだ始まってはいなかったが。
「アズサ。遅いよ」
コウが咎める。
「悪かったって・・・あ、そうだ。お前、昨日勉強してたやつ出しっぱだったぞ」
「え、ほんと?ごめん、勉強道具は全部片付けたつもりだったんだけどな」
「確かに筆箱は片付いてたけどさ、なんかファイルみたいなのが残ってたぞ」
「えっ!」
コウが明らかに動揺する。アズサは不思議に思いながらも続けた。あのファイルにコウの異変の手がかりがあるのだろうかとも思ったが、今の自分にはどうしようもない事なので、とりあえずスルーすることにした。
「全く、お前らしくもないな。しゃんとしろよ」
その言葉にコウは、はは、と乾いた笑いをもらし、苦笑いする。
「ごめん、僕もアズサの事言えないね。・・・ところでさ、中身、見たの?」
「ん?ああ、なんか古代文字みたいのが書いてあったな。この学校だと管轄外の教科なのに、よくやるよなって思ったよ」
この学校では古代文字を教えられる事はなかった。まぁ、惑星へ向かう人間に必要ないので当たり前といえば当たり前だが。
「・・・ああ。やっぱり、どの文献を調べるにも古代文字は必要だからね。惑星行きを目指してない研究者タイプの人は皆結構勉強してるよ」
少し、声にいつもの穏やかさが戻ってきた。やはり、ファイルのことになると、何か様子が変わるらしい。とりあえず、今は様子見をするのが一番だと、アズサはあえて考えない事にし、気が付かないふりをした。
「ふーん、そういうもんなのか」
前を向くと、朝礼台のようなものの上に先生が立つところだった。
「静粛に!」
先生のその一言で、その場が静まり返った。
「えー、皆さん、おはようございます」
ちらほらと、生徒達からおはようございます、と返しが聞こえる。朝のだるさがあいまってか、とりあえず挨拶しておきました、という雰囲気の者ばかりである。
「先日、惑星の侵略の対策として、一昨年から工事していた巨大ドーム型の対惑星ラムス用防御装置が完成いたしました。これは、人類初の対惑星ラムス用防御装置でもあります」
おお、とどよめきの声が上がる。おそらく、緑の物体が降ってきたら、そのドームを閉じ、潰されないようにするというものだろう。
先生は続ける。
「しかし、今の状況でドームを使わなければいけない状況に陥った場合は緑の物質に塞がれて、ドームが開かなくなり、空を眺めることができなくなる恐れがあります」
えー!?と大ブーイングの嵐が巻き起こった。天体好きが多いこの学校では、当然といえるだろう。
惑星行きを目指すものは、未知なる天体を余すところ無く調べられるからだという者が多かった。もちろん、どんどんと地球の土地と人間の命を奪っていく惑星への怨恨という者も多いのも事実だったが。バッジ争いに興味が無い1割の研究型の人間は、皆、惑星を調べつくしに来たと口をそろえて言う。コウのように研究対象が博士という者は他にはいなかった。
「しかし、背に腹は変えられません。なので、今のうちによく見ていて下さい」
その言葉で、防御装置に関する話題は終了した。
(星が、見れなくなる可能性があるのか・・・)
アズサは、悲しみに打ちひしがれていた。アズサも星を調べたいタイプの人間なので、悲しまないはずが無かった。
「アズサ、大丈夫だよ」
コウが、横で小声で話す。
「恐らく、ドアから外に出れる構造にはなっているはずだ。そこから出て見ればいい」
「な、なるほどな。でも、確か学園から出る行為は禁止じゃなかったっけ?」
この学校から外に出る事はできなかった。なぜなら、バッジ争奪戦で不正を働く者が現れるからだ。この学校にはほとんどのものがそろっている。服屋に、家具屋。また、本屋にゲーム屋まで。ありとあらゆるものがここでそろう。電器屋もあるし、ゲームセンターもある。なのでその分敷地面積も多かった。食事は食堂で食べる事になっているし、給金は、毎月学校から支給される支給金額に加え、敷地内の店でバイトをする事もできる。生活にはおおよそ困らなかった。
もはや、学校と呼べないほど大きな組織になっていた。
「だから、先生に抗議すればいいだろう。星好きの署名を集めて、ね」
「うまくいくかねぇ・・・」
「それは君達次第さ」
コウはそう笑った。だが、周りの星好きの者達は、皆、絶望した表情になっていた。
「ほら、あとで君が星好き代表として、しっかり指揮を取らなきゃ。皆、戦意喪失しちゃってるよ?」
「だな。ま、やってみるか」
その後の先生の話を全然聞かず、笑いながらずっと話していた二人だった。